修士論文 手話言語条例からみる高等学校手話普及取組の研究 令和3年度 筑波技術大学大学院技術科学研究科 情報アクセシビリティ専攻 平石 量子 目次 第1章 序論 1 第1節 研究の背景と目的 2 第1項 全国の手話言語条例の制定の状況2 第2項 研究の目的 2 第3項 本論文の全体構成 3 第4項 用語の定義 5 第2章 本論 6 第1節 予備調査手話言語条例地域調査(高等学校における取組)7 第1項 目的 7 第2項 方法 7 第3項 結果 8 第4項 予備調査まとめ 11 第2節 本調査1(全国の手話教育実施校)12 第1項 目的 12 第2項 方法 12 第3項 結果 14 第4項 本調査1結果まとめ 20 第3節 本調査2(神奈川県手話教育普及の取組)21 第1項 目的 21 第2項 方法 21 第3項 本調査2 結果 21 第4節 本調査3(神奈川県立高等学校の手話ニーズ調査)23 第1項 目的 23 第2項 方法 23 第3項 本調査3 結果 26 第3章 結論 42 第1節 考察 43 第2節 まとめ 45 第3節 今後の課題 46 引用参考文献 47 参考資料 49 謝辞 59 筑波技術大学 修士(情報保障学)学位論文 第1章 序論 第1節 研究背景と目的 第1項 全国の手話言語条例制定の状況 平成18年障害者権利条約の第2条定義において「『言語』とは音声言語及び手話その他の形態の非音声言語をいう。」で手話が『言語』として位置づけられた。その後、平成23年8月5日施行された改正障害基本法で初めて第3条3に「全て障害者は、可能な限り、言語(手話を含む。)その他の意思疎通のための手段についての選択の機会が確保されるとともに、情報の取得又は利用のための手段についての選択の機会の拡大が図られること。」とされた。それを機に鳥取県は、平成25年手話を言語として認め、「鳥取県手話言語条例」を全国で初めて制定・施行し、現在(令和3年4月30日)では410の自治体で手話に関する条例(以下「手話言語条例」とする)が制定されている。手話言語条例は手話の普及啓発を目的としており、手話に関する福祉施策だけでなく、教育現場においても施策が行われている。一方、手話言語条例を制定したことで高等学校における手話教育がどのように普及したか明らかになっていない。また、先行研究としても知見のかぎりみられない。 第2項 研究の目的 手話言語条例を制定したことで、高等学校における手話教育がどのように普及したのか。また、手話教育普及の取組がどのように行われているのか。本研究は、全国の高等学校における手話教育の実態を質問紙調査にて把握し、手話言語条例との関りを調査することを第一の目的とする。この結果を踏まえて、都道府県の中では鳥取県に次ぐ2番目に制定された神奈川県を取り上げ、神奈川県の高等学校において手話普及の実状を把握し、手話教育のニーズと手話教育普及の手立てを検討することを第二の目的とする。 第3項 本論文の全体構成 本研究は、第1章 序論・第2章 本論・第3章 結論で構成する。第1章では、全国の手話言語条例の現状を研究における背景として述べる。第2章 本論では、予備調査として、手話言語条例制定が全国で1番目の鳥取県と2番目の北海道石狩市の高等学校における手話教育の取組について、聞き取り調査の結果と考察を述べる。本調査1として、全国における手話教育実施校を把握するために、全国的な手話関連行事からデータを抽出し、さらに各都道府県の聴覚障害者協会に質問紙調査にて手話教育実施校に関する情報の提供を依頼した。このデータをもとに、手話教育を実施している高等学校への質問紙調査を実施し、その結果と考察を述べる。本調査2では、手話言語条例制定が都道府県において2番目の神奈川県を取り上げ、神奈川県における高等学校の手話教育普及の実状を聞き取り調査にて把握した。本調査3として、神奈川県立高校140校に対して質問紙調査を実施し、手話教育の普及の現状を確認した。また。手話教育普及の課題を検討する。そして第3章 結論で、手話教育の普及の手立てを検討し本研究から得られた知見と今後の課題について述べる。 第1章 序論第1節 研究の背景と目的 第1項 全国の手話言語条例の制定の状況 第2項 研究の目的 第3項 本論文の全体構成 第4項 用語の定義 第2章 本論 第1節 予備調査 手話言語条例地域調査(高等学校における取組) 第1項 目的 第2項 方法 第3項 結果 第4項 予備調査まとめ 第2節 本調査1(全国の手話教育実施校) 第1項 目的 第2項 方法 第3項 結果 第4項 本調査1 結果まとめ 第3節 本調査2(神奈県手話教育普及の取組) 第1項 目的 第2項 方法 第3項 本調査2 結果 第4節 本調査3(神奈県立高校手話教育ニーズ調査) 第1項 目的 第2項 方法 第3項 本調査3 結果 第3章 結論第1節 考察 第2節 まとめ 第3節 今後の課題 Fig.1-1-1本論文の構成 第4項 用語の定義 【手話言語条例】 手話言語条例について、手話に特化したもの、具体的には、手話を「言語」として普及させることを目的とする自主条例を手話言語条例と定義することとする。自治体によって、言語条例の名称は異なるが、本研究においては、「手話言語条例」と呼ぶこととする。 鳥取県手話言語条例→「鳥取県手話言語条例」 北海道石狩市手話に関する基本条例→「石狩市手話言語条例」 神奈川県手話言語条例→「神奈川県手話言語条例」 【手話】 ろう教育や手話通訳の関係者間で日本語対応手話、日本手話、手話言語など様々な用語が使われる現状があるが、一般的にはこれらの全てを区別せずに「手話」の呼称が使われ、耳が聞こえにくい。又は聞こえない人が使用する言語という認識が広まっているものと考える。本研究のアンケート調査においては、より様々な教育活動例を収集するために「手話」を用いる。 第2章 本論 第1節 予備調査手話言語条例地域調査(高等学校における取組) 第1項 目的 全国で初めて手話言語条例を立ち上げた鳥取県と2番目に立ち上げた北海道石狩市の2地域は高等学校で手話教育を実施していることから、聞き取り調査によってその現状を把握した。この調査を踏まえて、本調査の全国の高等学校における手話教育の質問紙調査と神奈川県立高等学校を対象に手話教育に対するニーズ調査の質問項目を作成するという目的もあった。 第2項 方法 対面方式による聞き取り調査 1)対象 [鳥取県] 鳥取県福祉保健部ささえあい福祉局障がい福祉課 鳥取県教育委員会事務局特別支援教育課 公益社団法人 鳥取県聴覚障害者協会 鳥取県教育委員会事務局特別支援教育課 手話教育実施校A高等学校 手話教育実施校B高等学校 [北海道石狩市] 北海道障がい者保健福祉課社会参加グループ 石狩市保健福祉部障がい福祉課 北海道教育庁学校教育局特別支援教育課 公益社団法人 北海道ろうあ連盟 手話教育実施校C高等学校 2)調査期間 [鳥取県]令和1年11月4日から令和1年11月6日[北海道]令和1年8月21日から令和1年8月23日 3)調査内容 手話言語条例の学校における手話普及の取組、一般高校へ手話教育の支援、手話教育科目の実施経緯や科目内容など 第3項 結果 1)鳥取県の手話教育普及の取組 鳥取県手話言語条例第8条第1項に基づいた「鳥取県手話施策推進計画」が策定され、その中の手話施策推進方針において「イ教育における手話の普及」を掲げている。ここでは小中学校、高等学校、特別支援学校において、ろう児、地域のろう者との交流を通じて、教職員、児童・生徒一緒に楽しみながら手話の普及を進めると記されている。地域における教育環境整備として、具体的には手話普及コーディネーターの配置、手話普及支援員による学習支援、手話ハンドブックを手話学習教材として作成され、小学校、中学校、高等学校の全生徒に配布された。また、手話検定の受検及び関連する受講の補助も行われている。手話施策推進方針では、毎年目標とすべき数値を示し、評価を出している。平成30年度における「学校における手話の取組」の実施率は100%である。 高等学校における手話教育では、手話言語条例立ち上げを機に鳥取県の要請により、高等学校2校において「手話言語に関する科目」を立ち上げ、年間を通して授業が実施されていることが明らかになった。手話教育の科目状況をTable2-1-1に示す。 Table2-1-1鳥取県立高等学校での手話授業の状況 A高等学校 科目名 「手話言語基礎1」福祉類型2年必修科目 「手話言語基礎2」福祉類型3年必修科目 指導体制 A高校教員+鳥取聾学校教員+手話普及支援員(Team Teaching) B高等学校 科目名 「手話言語」学校設定科目(3年自由選択科目) 指導体制 B高校教員+鳥取聾学校ひまわり分校教員(Team Teaching) A高等学校とB高等学校2校の「手話言語」の科目は手話言語条例の手話施策推進方針に沿って「手話教育」を実施するために設置された。科目の目標として、聴覚障がいや手話に関する基礎的な学習やろう者との交流を目標に運営されており、科目の授業指導支援として公益社団法人鳥取県聴覚障害者協会が協力し、教育委員会は、聾学校教員を出張扱いで科目の授業に派遣している。また、教育面における手話に関する環境整備を整え、手話普及支援員(A高等学校)は、財政上の措置として予算計上されている『手話で学ぶ教育環境整備事業費』より派遣費を支出している。授業支援として、講師の確保や手話普及支援員の活用などを行っている。両高校とも授業運営に関する課題としてあげたのは、手話を指導できる教員が校内にいないということであった。講師の確保はできているが、授業運営を行う教員がいない、手話を指導できる教員の養成も進める必要があるとの意見があった。 2)北海道石狩市の手話普及の取組 平成25年に制定された北海道石狩市の石狩市手話に関する基本条例(以後、手話言語条例)は、全国市町村としては初の制定である。石狩市の手話言語条例の特徴として、手話を理解できる地域社会の構築を目指し、出前講座の提供を数多く行っている。小・中学校における手話出前授業は平成26年〜平成30年まで、延べ691回、25,277人の児童生徒が受講し、これは石狩市のすべての児童生徒が1回以上の授業を受けたことになる。また、石狩市内の道立高校では学校設定科目「手話語」が開始された。手話を学ぶだけでなく、言語として理解を深めることを狙いとしている。言語として位置付ける科目は全国的に珍しい例である。きっかけは生徒からの要望であり、条例が後押しとなり、同校は総合学科ということもありカリキュラムを比較的柔軟につくることが出来た。道立高校のため管轄が違うが、科目立ち上げの際は、石狩市、石狩市教育委員会(手話通訳者派遣)、道立教育委員会(予算)とC高等学校4者で協議し決定した。授業支援として、ろう講師と手話通訳者の派遣をしている。ろう講師の人選は、北海道ろうあ連盟、石狩市聴覚障害者協会、石狩市障がい福祉課、C高等学校4者で協議し決定したとのことである。 科目の内容は、実技との理論の両方を取り上げ、理論では「全日本ろうあ連盟70年史」を参考にろう者の歴史に触れると共に、ろう講師の体験や、地域学習としてのアイヌ問題を取り上げる。年間70時間中、理論35時間、実技35時間の構成となっている。課題としてあげられていたのは、講師の確保である。現在の講師は民間派遣非常勤講師であり、高齢である。次の講師をどうするかといった今後の方向性が問題としてあげられた。手話授業の状況をTable2-1-2に示す。 Table2-1-2 北海道立C高等学校での手話授業の状況 科目名 「手話語」学校設定科目3年自由選択科目 指導体制 C高校教員(2名)+ろう者講師+専任手話通訳者(2名) C高等学校の科目「手話語」に関わる派遣非常勤講師を含め、専任手話通訳者2名の派遣費は、手話言語条例による財政上の措置として石狩市が経費を補っている。手話教育の授業運営についても支援している。 第4項 予備調査まとめ 高等学校における手話教育普及の取組について、鳥取県と北海道石狩市は、条例の施策や方針に沿って、行政と教育委員会、聴覚障害者協会の支援のもと手話教育の取組がなされている。鳥取県のA高等学校とB高等学校は福祉科の科目に沿って実施しており、北海道のC高等学校は第二外国語科の科目において実施していた。科目に関わる外部講師の雇用経費においては予算措置がとられている。両方とも手話教育科目の実施における課題としては、外部講師の確保や科目を指導できる教員の確保があげられた。手話教育普及については、手話言語条例の具体的な施策の一環として高等学校の手話教育科目の設置に繋がっていることが聞き取り調査により分かった(Fig.2-1-1参照)。 Fig.2-1-1鳥取県・北海道石狩市の手話言語条例制定後の動き(筆者が聞き取り調査を受けて作成) 第2節 本調査1(全国の手話教育実施校) 予備調査の結果、手話言語条例を早く制定した自治体において高等学校における手話教育が進められている実態と手話教育の科目の詳細、そして手話教育科目を実施するための課題が明らかになった。この結果を踏まえて作成した質問項目を用いて、本調査1では、全国の手話教育を実施する高校を対象に質問紙調査を実施し、手話教育の実状を把握する。 第1項 目的 本研究は、全国の高等学校における手話教育の実状を質問紙調査にて把握することを目的とする。 第2項 方法 (a):全国の高校生を対象とした手話の行事として、朝日新聞社主催「スピーチコンテスト」、鳥取県主催「手話パフォーマンス甲子園」と2つが実施されている。この全国的な手話関連行事における参加校を確認し、両行事に参加している6高校を抽出した。 (b):一般財団法人全日本ろうあ連盟に加盟している47都道府県の聴覚障害者団体に対し、選択・記述式の書面による質問紙調査(郵送方式)を実施し、各都道府県の高等学校における手話教育の実施の有無を確認した。その後、電話調査を実施し、実際に手話教育を実施している学校を37校確認した。予備調査済みの3校を除き、34校とする。 (c):上記(a)(b)の手順で得られた手話教育実施校40校のリストを作成し、郵送方式で手話教育実施校への質問紙調査を実施した。 1)対象 全国の高等学校手話教育実施校40校 (方法(a)で抽出した6校、方法(b)で抽出した34校、合計40校。) 2)質問項目の設定 予備調査の鳥取県と北海道石狩市の高等学校で手話教育を実施している学校の聞き取り調査から「手話言語条例の関り」、「手話教育科目の実施内容」、「手話教育科目実施における課題」の情報を得られた。それらを参考に質問項目を作成した。調査項目は、「基本情報 (学校名)」(1問)、「実状」(2問)、「授業運営」(2問)、「外部との関わり」(2問)、「生徒の関心」(1問)の計8問とした。Table2-2-1に問いを示す。また、質問紙を資料に添付する。 Table2-2-1 手話教育実施校 質問紙概要 1.基本情報 項目1 学校名 記述式 2.実状 項目2 手話教育の科目の立ち上げのきっかけ 選択式 項目3 2019年度に手話教育科目を受講した生徒の実数 記述式 3.授業運営 項目4 手話教育科目の指導計画の作成 選択式 項目5 手話教育科目を運営するにあたっての課題 選択式 4.外部との関わり 項目6 外部講師等の場合、主となる外部講師等の人選 選択式 項目7 外部講師等の雇用経費 選択式 5.生徒の関心 項目8 手話教育科目の開講により、生徒の手話への関心は高まっているか 選択式 第3項 結果 回収状況 手話教育実施校40校中32校より回答があった(回収率80%)。 回収したアンケートの集計を行い、図表で整理した。また、質問項目の選択肢の回答数を集計し、最も多かった回答と2番目に多かった回答で有意な差があるかどうかを確認するために、二項検定を行った。 項目1 手話教育実施校回答校のその内訳Table2-2-2を示す。 Table2-2-2手話教育実施校回答校内訳 項目2 手話教育科目の立ち上げのきっかけについて教えてください。(※複数回答) Fig.2-2-1手話教育科目立上げのきっかけ**p<0.01 手話教育科目の立ち上げのきっかけについて最も多かった回答と2番目に多かった回答で、有意な差があるかどうか二項検定を行った結果、「教育課程に科目がある、または科目内容に手話が含まれている」回答の方が有意に多かった(g=0.308p<0.01)。 手話教育科目立上げのきっかけのその他の理由としての回答については、下記の通りである。Table2-2-3に示す。 Table2-2-3科目立上げについてその他の理由 多様な選択科目設定のため 生徒が様々な科目を選べるように学校を立ち上げから設置した 福祉教育の充実のため 以前の2校に科目があったから 10年以上前のことでわかりません 科目立ち上げ当時の教員がいないため不明 着任で開講されていたため不明 科目というよりはボランティア部の活動で学んでいる時間が長い 手話に興味を持ってもらいたく有料ではあるが企画し、参加者を募集している。福祉を目的としたコースを設置したため 教育科目ではなく探求活動の一つとして取組む生徒がいる 項目3 2019年度に手話教育科目を受講した生徒の実数について教えてくだい。 2019年度手話教育科目受講者合計 1,297名 アンケート回収32校の2019年度の手話教育科目受講者人数の合計は、1,297名であった。 項目4 2019年度の手話教育科目について、指導計画は誰が作成していますか。 Fig.2-2-2授業の指導計画作成者*p<0.05 最も多かった回答「外部講師と担当教諭が一緒に作成している」と2番目に多かった回答「外部講師が作成している」または「担当教員が作成している」間で有意な差があるかどうか、二項検定を用いて分析した結果、「外部講師と担当教諭一緒に作成している」回答の方が有意に多かった(g=0.219 p<0.05)。 項目5 手話教育科目を運営するにあたっての課題は何ですか。(※複数回答) Fig.2-2-3授業運営の課題**p<0.01 手話教育科目を運営するにあたっての課題では、最も多かった回答「指導を担当できる教員がいない」、2番目に多かった回答「指導を担当できる外部講師がいない」の間で二項検定を行った結果、有意な差があった(g=0.333p<0.01)。 その他の理由Table2-2-4においても「指導にあたる外部講師がいない。少ない」と記され指導者不足が手話教育を実施するにあたり課題となっていることが示された(Table2-2-4参照)。 Table2-2-4手話教育科目を運営するにあたってのその他の理由 外部講師が見つかりにくい。手話はできてもその指導ができることとは別問題である 聞こえる講師が担当しているが、聞こえない講師一人で授業をできるような手立てを確立できていない。 指導を担当できる外部講師が少ない 校内の教員では指導できない 定期試験の難易度の調整(平均点の調整) 評価・評定 ろう講師の確保 特になし(3) 外部講師の高齢化 生徒から授業料を徴収して募集しているが参加者が少ない 項目6 外部講師等の場合、主となる講師の人選はどのようにしていますか。(※2019年度) Fig.2-2-4手話教育における外部講師の人選**p<0.01 外部講師の人選について、二項検定を行った結果、最も多かった回答「聴覚障害者等からの紹介」と2番目に多かった回答「教員又は外部講師からの紹介」よりも有意に多かった(g=0.233p<0.01)。しかし、本調査は聴覚障害者協会の情報提供をもとに実施されているため、この結果が出ることは予想された通りであった。 項目7 外部講師等の雇用経費はどうされていますか。(2019年度) 教育委員会より助成が出た(県費等) 学校の私費より支出した 雇用経費は発生しなかった(ボランティア等) その他 Fig.2-2-5外部講師等の雇用経費について**p<0.01 外部講師等の雇用経費をどこから捻出しているのか尋ねた。二項検定を行った結果、最も多かった回答「教育委員会(県)から助成」が、2番目に多かった回答「学校の私費より支出した」より有意に多かった (g=0.240p<0.01)。手話教育実施校では、雇用経費について支出先が担保されている。雇用経費が発生しなかった1校については、「総合的な学習の時間」での実施であった。その他の理由をTable2-2-5に示す。 Table2-2-5外部講師の様経費その他の理由 社会人講師招致授業により、毎年予算が付くとは限らない 本格的には部活動です。その場合経費が高く苦しいです 生徒からの徴収 私学につき人件費として支出 項目8 手話教育科目の開講により、生徒の手話への関心は高まっていますか。 Fig.2-2-6生徒の手話への関心**p<0.01 生徒の手話への関心において二項検定を行った結果、最も多かった回答「高まっている」が、2番目に多かった回答「特に変化はない」より有意に多かった(g=0.375p<0.01)。 手話教育の実施科目において、生徒の手話への関心に変化が生じたことが示された。 第4項 本調査1結果まとめ 手話教育実施校への質問紙調査では、40校中32校の回答を得られた。手話教育科目の立ち上げについては、「教育課程に科目がある、科目の内容に手話が含まれている」が多数を占めた。科目においては、福祉科目「コミュニケーション技術」又は、科目の実施内容に合わせて学校設定科目で実施する学校が多いことが分かった。また、手話授業の指導は外部講師が中心となり運営している。その雇用経費については確保されているが、校内で担当できる教員がいないことや外部講師の確保が難しいといった課題が見出された。 第3節 本調査2(神奈県手話教育普及の取組) 第1項 目的 手話言語条例が都道府県の中では鳥取県に次ぐ2番目に制定された神奈川県を取り上げ、神奈県の高等学校における手話教育普及の取組について現状を把握する。 第2項 方法 対面による聞き取り調査 1)対象 神奈川県福祉子どもみらい局福祉部地域福祉課 神奈川県教育局指導部高校教育課 公益社団法人神奈川県聴覚障害者協会 2)調査期間 令和3年10月下旬 3)調査内容 手話言語条例の学校における手話普及の取組、神奈川県内高等学校へ手話教育の支援、手話教育科目の実施経緯や科目内容など 第3項 本調査2 結果 神奈川県の学校教育における「手話」の取組では、平成28年度〜平成32年度(5年間)「神奈川県手話推進計画」の施策の関りが大きい。手話の普及等を推進するための手話普及の3つの柱に沿って実施しており、教育現場では、学習教材の作成・提供(小学4年・中学1年・高校1年)、手話教材の動画の配信を実施している(Fig.2-3-1参照)。 〔神奈川県手話推進計画〕 Fig.2-3-1手話推進計画イメージ (筆者が聞き取り調査を受けて作成) 高等学校における手話普及の取組では、平成28年度より毎年5月5日の「手話記念日」を含めた1カ月間を学校における手話の取組強化月間(手話月間事業)とし、この期間を中心に、各学校の実状や生徒の実態に応じて、手話の普及に向けた取組を行っている。手話月間事業は神奈川県すべての高等学校に取組報告の提出が毎年指示されており、手話普及の手立てとしてシステムが確立されている。この実施報告は県立高等学校及び県立中等教育学校すべての学校が対象となっており、報告書回収率は100%である。このように高等学校の手話普及や啓発において、報告を課している県は今のところ神奈川県のみと思われる。 一方、神奈川県内の高等学校における手話教育の科目設置について、教育委員会はいくつか例として確認はしているが、手話教育実施校全てのデータを把握していなかった。手話教育に携わる外部講師の人選等についても各学校に任せているため、教育委員会としての把握がないことが明らかになった。 また、県聴覚障害者協会においても、当事者団体として神奈川県手話推進計画の手話普及には携わっているが、高等学校における手話教育との直接的な関りは見られなかった。神奈川県では、手話教育に関して、各学校と教育委員会と聴覚障害者協会の三者の連携は図られていない。また、教育委員会で執行できる手話推進計画の運営にかかわる費用などの予算措置はほとんどない状況であることが、教育委員会と聴覚障害者協会への聞き取りにより明らかとなった。 第4節 本調査3(神奈県立高等学校の手話ニーズ調査) 第1項 目的 神奈川県立高校に対し質問紙調査を実施し、今後の手話教育の普及に必要な条件を検討する。 第2項 方法 Google Formを用いた。 1)対象 神奈川県立高等学校140校(中等教育含む)学校長宛 (市立高校、私学(学校法人)では組織が違う為、市立高校、私学(学校法人)を対象としない) 2)調査期間 令和3年9月13日〜平成3年11月9日 3)質問項目の設定 質問項目は、予備調査の鳥取県と北海道石狩市の高等学校で手話教育を実施している学校の聞き取り調査から得られた「手話言語条例の関り」、「手話教育科目の実施内容」、「手話教育科目実施における課題」を参考に作成した。 質問内容は、「基本情報(学校名)」(1問)、「実状」(2問)、「手話教育の関心」(5問)、「手話普及の取組」(2問)、「手話への意見」(1問)の計11問とした。 「実状」では、手話言語条例との関りがあるか確認した。「手話教育の関心」では、手話教育に関心があるか、手話教育実施の可能性について尋ねた。「手話普及の取組」では、実施した手話教育普及の取組の有無を確認した。最後に、学校教育現場で手話についてどのように考えているかを自由記述で尋ねた。質問の流れについては以下の通りとした。Table2-4-1に問いを示す。 Table2-4-1 神奈川県立高校手話教育に対するニーズ調査 質問紙概要 1.基本情報 項目1 学校名 記述式 2.実状 項目2 手話を取扱った授業の実施について  選択式 項目3 手話言語条例制定前から実施している 選択式 3.手話教育の関心 項目4 手話授業の取組みに関心があるか 選択式 項目5 手話を取組むために必要だと思う内容 選択式 項目6 手話授業実施の課題が解決された場合、手話授業実施の可能性 選択式 項目7 手話授業を取り入れる可能性があると思われる理由 選択式 項目8 手話授業を取り入れない理由 選択式 4.手話普及の取組 項目9 生徒を対象に手話(授業)に関心があるかアンケート調査を実施したか 選択式 項目10 授業以外で手話の取組みを実施したか 選択式 5.手話への意見 項目11 学校教育現場における手話について自由記述 記述式 Fig.2-4-1質問の構成 第3項 本調査3 結果 回収状況 神奈川県立高校140校中79校から回答があった(回収率56.4%)。 回収したアンケートの集計を行い、図表で整理した。また、質問項目の選択肢の回答数を集計し、最も多かった回答と2番目に多かった回答に二項検定を行い有意差があるかを確認した。また、設問の選択肢が3つの場合は、母比率ライアン多重比較を行った。 項目1 手話を取扱った授業(手話授業)を実施しているかを尋ねた。実施の有無をFig.2-4-2に示す。 Fig.2-4-2手話授業の実施の有無 手話授業実施の有無について母比率ライアン多重比較を行った結果、3つの選択肢に有意差があった(x2(2)=41.418p<.01)。母比率ライアン多重比較を用いた多重比較によれば、「実施していない」は「無回答」と有意差がなく(p=0.597)、それ以降の「実施している」よりも有意に多かった(p=0)。また、「無回答」は「実施している」よりも有意に多かった(p=0)。実施していない高校が無回答となった可能性は高い。 項目2 Table2-4-2 ※手話授業については、1年間を通して実施していることを条件とした。 手話を取扱った授業を実施している11校の手話実施の科目名を示す。「社会福祉基礎」は福祉科の科目、「総合的探求の時間」は調べ学習、「音楽」は芸術科、そして「手話」は学習指導要領に科目の設定はない為、学校独自で設定している科目になる(Table2-4-2)。 項目3 手話教育を実施している11校に対し、手話言語条例前から実施しているかたずねた。回答結果をFig.2-4-3に示す。 Fig.2-4-3手話科目の実施時期 二項検定を行った結果、「手話言語条例の前から実施している」と「後から実施した」では回答の有意差は見られなかった(g=0.136p>0.10)。手話言語条例制定後から実施している4校については、手話言語条例との関係性を確認できなかった。そのため、手話言語条例の制定との関係性は明らかにできていない。 項目4 項目1で手話授業を「②実施していない」と回答した68校に手話授業の取組に関心があるかたずねた。回答結果をFig.2-4-4に示す。 Fig.2-4-4手話授業の実施について関心度 手話授業を実施していない68校のうち、手話授業の取組に「①関心がある」8校(11.8%)、「②関心はあるが実施できる(教えられる)人がいない」44校(64.7%)、「関心がない」9校(13.2%)、「その他」7校(10.3%)の回答を得た。「①関心がある」「②関心はあるが実施できる(教えられる)人がいない」を合わせた数は76.5%になる。手話教育を実施していない学校の約80%以上は手話の授業に関心があるということがわかった。 その他(自由記述)の回答を見ると、「教育課程に位置付けられない」、「実施が難しい」との意見がみられる。自由記述の回答をTable2-4-3に示す。 Table2-4-3(自由記述)手話教育実施について ・関心はあるが、教育課程に位置付けるには無理がある ・教育課程に位置づけるのは無理がある ・コミュニケーション技術の授業の中で、3分の1単位時間程度取り組んでいる・関心がないわけではないが、必要に迫られていない ・関心があり、1年ではないが授業の中で取り組んでいる・教育課程上、実施が難しい ・手話授業の取組に関心はあるが、手話を授業で年間通して教えることは難しいと考える 項目5 項目4の「①関心がある」8校、「②関心はあるが実施できる人がいない」44校、「その他」7校、合計59校に対し、手話の授業の取組で必要なことを複数選択で尋ねた。回答結果をFig.2-4-5に示す。 Fig.2-4-5手話の授業の取組で必要なこと 複数選択で128の回答が得られた。「手話授業を担当できる教諭の配属」と「手話講師を配置する予算」に対して二項検定を行った結果、有意差は見られなかった(g=0.0139p>0.10)。 手話教育を実施するための予算については、手話教育を実施していない学校では「手話講師を配属する予算」が必要であると考えていることが明らかになった。一方、本調査1の手話教育実施校の調査では雇用経費については問題とならなかった。手話教育を実施している学校とそうでない学校との差が示された。その他の自由記述の回答をTable2-4-4に示す。 Table2-4-4その他手話の授業の取組で必要なこと(自由記述) ・手話講師の資質能力。高校生などの子どもに教えるのは、カルチャースクールのように興味をもって学ぶ聴者とは違う。教員同様に、教え方や生徒との関係づくりなどの工夫が求められる。手話サークル参加者やろう者というだけで講師役が務まるとは限らない。もちろんろう者の方から当事者の話を聞くような機会は重要であり手話学習の中には、手話だけでなくろう者の生活についても触れる必要がある。 ・教育課程の変更 ・総合的な探求の時間での時間数確保 ・科目によっては、紹介程度はできるが継続する時間がない 項目6 項目4の「①関心がある」8校、「②関心はあるが実施できる人がいない」44校、「その他」7校、合計59校に対し、項目5の課題が解決された場合、自由選択や学校設定科目で手話授業を取り入れる可能性はあるかを尋ねた。回答結果をFig.2-4-6に示す。 Fig.2-4-6手話授業の実施の可能性 手話授業の実施の可能性において母比率ライアン多重比較を行った結果、3つの選択肢に有意差があった。(χ2(2)=21.593p<0.01)。「可能性はある」と「可能性は少ない」の間で有意差が認められた(p=0.005)。また、「可能性はある」と「可能性はない」の間で有意差が認められた(p=0.005)。しかし、「可能性は少ない」と「可能性はない」の間には有意差は見られなかった(p<0.0002)。全体の74.6%が手話科目の実施の可能性は低いと回答していることになる。 項目7 手話授業を取り入れる「①可能性がある場合」と答えた15校に対し、取り入れる可能性があると思う理由は何かを複数選択で尋ねた。Fig.2-4-7に示す。 Fig.2-4-7手話授業実施の理由 複数選択で30の回答を得た。「生徒の学びを充実することができる」8校(27%)、「手話の普及につながる」8校(27%)が同数となった。15校中、11校は、2つ以上の理由を選択し、多岐にわたる理由をあげている。その他の自由記述をTable4-2-5に示す。 Table2-4-5その他手話授業実施の理由について(自由記述) ・必須ではないが現在ニーズがある ・多様性への理解が広がる 項目8 手話授業を取り入れる「②可能性が少ない」8校又は、「③可能性がない」3と答えた36校、合計44校に対しその理由を複数回答で尋ねた。Fig.2-4-8に示す。 Fig.2-4-8手話授業を取り入れない理由 手話授業を取り入れる「②可能性が少ない」又は、「③可能性がない」と回答した44校より、133の回答を得た。「科目としての設定が難しい」が29%と最も多く、次いで「科目を担当できる教諭がいない」24%と続いている。この結果は、項目5と同様に課題としてあげられている。その他としてTable2-4-6に自由記述を示す。 Table2-4-6その他手話授業を取り入れない理由(自由記述) ・福祉教科があれば可能 ・総合学科の場合は可能であるが、普通科では難しい ・どの教科、科目で取り扱うか不明 ・県が学校設定科目を開設しない方向である。開講が難しい 手話を取り入れられない理由として、自由記述にもあるように科目の取扱についての意見が比較的多いことから、学習指導要領の関りが推察できる。 項目9 140校全ての高校に対して、「今年度、または過去に生徒を対象に手話(授業)に関心があるかアンケート調査をしたことがあるか」のアンケートの実施の有無を尋ねたところ、79校の回答が得られた。Fig.2-4-9に示す。 Fig.2-4-9生徒に手話に関わるアンケート調査の有無 生徒を対象とした「手話への関心」についてアンケートの実施については、「実施した経験がない」73校(92.4%)が最も多く、「実施したことがある」高校は5校(6.3%)、「わからない」1校(1.3%)であった。普段の教育活動の中で実施する場面がなかったものと推察される。 一方、アンケート調査を実施したことのある5校のうち3校は、委員会活動や手話講演会、授業のアンケート調査で実施していることが分析により判明した。しかし、残り2校については、どのような経緯で実施したのか明らかにすることはできなかった。 項目10 県立高等学校140校に対し、授業と手話月間事業以外で手話の取組を実施したかを尋ねた。 Fig.2-4-10授業と手話月間事業以外での手話の取組**p<0.01 授業と手話月間以外で手話の取組をしていたのは15校(19.0%)、実施していないは64校(81.0%)であった。 二項検定を行った結果、「実施した」と「実施していない」では有意差が認められた(g=0.3101p<0.01)。 [その他]自由記述 ・朝のホームルームでの紹介 ・入学式、卒業式、学校説明会で生徒が手話通訳をする。教員の手話講習会でサポーターとしての手伝いをさせる ・体育祭の開会あいさつで手話を取り入れた ・社会福祉委員会の活動の一環として、文化祭で展示や発表を行っている今年度は動画の上映を行う予定 ・手話講演会 ・ロングホームルームで簡単なゲーム ・挨拶などの手話を掲示物で体育祭での手話ダンス、1学年オリエンテーション合宿のクラスでの手話の振り付けによる歌の発表、手話であいさつDAY ・以前、生徒会の活動誌で掲載していた ・地域連携活動において、手話をまじえた合唱の発表を行った・生徒会によるあいさつ運動、手話絵の掲示 ・教職員の研修 ・学校行事の際の手話講座 ・手話(単語)を紹介するポスターの作成と掲示 ・福祉委員による手話に関する資料の掲示 手話月間事業以外の取組は、県からの要請とは別の活動である。その活動内容を見ると、手話の理解や普及についての啓発活動が主な内容であった。 項目11 学校教育場面における手話に関する意見を自由記述にて回答してもらった。30校より寄せられた回答をTable2-4-7に示す。下線太字は筆者がキーポイントとみなした部分である。 Table2-4-7手話に関する自由記述一覧 1)手話を広めるには学校現場よりも人気俳優などによるドラマ等のメディアのほうが圧倒的だと思います。学校現場で広めていくためには必ずやらなければいけないものに位置付けない限り他にやることが多岐にわたるため厳しいです。 2)必要な場面があれば学びへの関心が高まる。 3)手話学習は言語であることから、英語と同じように必要に迫られないとなかなか身に付きにくい。そういう意味で、ろう者と聴者が関わる機会が学校教育の中で増えていくことが必要だと思います。しかし、そのための準備等を進められるだけの体力や人材が学校にはないと考えます。 4)回答者は以前、別の県でろう学校に勤めていた経験があり、授業の中で手話に関する授業をしている。設問の1で「1年間を通して教えていることを前提としています」とあったので、【実施していない】と回答した。授業の中では指文字や手話による挨拶、簡単な会話について教えている。生徒も興味をもって取り組んでいる。手話の理解が広まることは非常によいことで、今後の共生社会の実現にもつながってくる。 大学の教員養成の中に、手話に関する講座を入れ、手話ができる人材を広げていくことができないとなかなか学校の中では広がっていかないのではないかと思う。 5)年間を通した手話授業となると、教育課程(カリキュラム)に入れるような学科(科目)がなければ難しいです。本校では総合ビジネス科に国際分野がありますが、手話授業を取り入れる可能性は低いです。 6)手話だけでなく、要約筆記の方が、評判が良いです。2つ一緒にアピールしてみる。 7)手話の授業は非常勤講師(その道のベテランの方)にお願いしていますが、高齢になりつつあります。本校で十数年に渡り講師をお願いしています。今後、代わりになる方が見つかるか心配しています。 8)現状の仕事量や教員数では、手話を必要とする生徒が入学してくる等きっかけがないとなかなか取り組めないと感じる。 9)学校では、授業よりも(部活動、委員会、ホームルーム等)での取組を推進するほうが現実的だと思われる。県下には「高校生ボランティア大会」のような発表の機会もあり、(本校は参加していないが)継続的に参加している学校がある。昨今は手話ソングが「声を出さないパフォーマンス」として感染拡大防止の観点から注目されている側面もあり、コロナ禍がかえって手話普及の促進に繋がるかもしれない。 10)インクルーシブ教育実践校では、推進されているかもしれません。 11)昨年度、パラリンピアンによる講演会を実施し、生徒の障がいへの理解を深めたが、手話やろう者についての取組を今後行うことでインクルーシブな考えを広げていきたい。 12)ボランティアの部活、委員会などで講習会等があれば、身近になると思います。本校はインクルーシブ推進校なので障がいを持つ子どもたちに関心がある生徒もいます。きっかけがあれば学びたいという希望も出てくるかと思います。 13)スポット授業は可能だが、通年授業では普通科では難しい 14)普通科でも手話等について触れる機会は大切だと思います。 15)本校は国際高校であるということから海外に繋がりのある生徒が多く在籍するので、職員指導(手話月間)については、日本手話ではなく国際手話について職員にレクチャーを管理職が行っています。 16)手話言語条例制定のこと自体認識している人が少ない印象。そこの改善がまず一歩だと思います。どうしたら関心が持てるのか、その糸口を探っています。 17)特別活動で積極的に手話に取り組んでいるが、授業として教育課程に位置づけることは、なかなか難しいと思われます。 18)手話を題材にした小説や漫画が本校図書館にも入っています。生徒はよく読んでいる様子です。関心はあると思います。 19)職員の研修も必要であるが、まずは福祉コースや、部活動、委員会活動などで興味関心を育てることからはじめ、回を重ねる中で、行事や集中講座によって行うことができるのではないかと思われる。 20)手話の重要性は理解しているが、取り組む時間の余裕がない。また、日常で使う場面もあまりないことから、手話技術の向上について、今一つ盛り上がりに欠けると感じる。 21)教員に学びの機会がもっとあると良いと思います 22)手話月間での取り組みは実施しているものの授業での取組を検討したことはない。 23)神奈川県では毎年5月に手話教科月間を設け、手話の生徒や教職員への普及を行っている。しかし「月間」を設けると、どうしても「やらされてる感」が強くなってしまい、手話を学ぶモチベーションの向上にいまひとつ繋がっていないように思う。やはり恒常的に手話の学びに取り組める環境、制度づくりが必要である。 24)手話が生徒たちにも必要なことであることはわかるが,何かを取り入れるのであれば何かを捨てる発想でいかなければ崩壊してしまう。 25)総合的な探究の時間等において実施した実績はあるが、継続的実施は難しい。 26)生徒、職員にとって手話は、未だ身近なものになっていないため、目が向きにくい。また、専門高校と言う意味では、資格取得や進路教育などがあり意識が向きにくいと考えられる 27)福祉科の生徒は特に手話に興味があります。看護・福祉系の進学および就職希望者の生徒は将来、現場で話せるようにないりたいと考えています。 28)手話講師を呼びたいのですが、学校の予算的に困難です。「お金がないなら私が話そう!」と考え、手話技術検定3級までは取得したものの、恥ずかしながら授業をしていても基礎的な事しか教えられないと痛感しております。また、自己研鑽を試みても「日本手話」「日本語対応手話」など地域により手話文化が異なるため、どの手話を軸に教えることが生徒にとって、またその地域の聴覚障がい者の皆さんにとって望ましいかといつも悩ましく思っております。また、手話の「技術」だけが先行することにも悩んでおります。つまり、「心の通う手話」は「当事者と生徒がつながる環境」があってこその言語だと考えているからです。ですから、私たち健聴者が主体的に手話を学ぶことは大前提としながらも、ろう者と関り、学んだ手話を通して心を伝えあう機会があればなお良いと感じています。 29)特になし 30)特にありません 自由記述から、キーポイントを抜き出しKJ法で整理した。「合理的配慮」「手話言語条例」「状況」「学校の体制」「手話指導者」「特別活動」と5つのカテゴリーに分類し、Table2-4-8に示す。 Table2-4-8学校教育現場における手話に対する意見KJ法による整理 「状況」が最も多く、次いで「学校の体制」、「手話言語条例」、「合理的配慮」と「特別活動」と続いた。「状況」のカテゴリーでは、手話が必要な場面がない、手話教育をやるきっかけがないといった意見が多くあげられた。また、「学校の体制」として手話教育を実施できる教員や実施するための人材の不足があげられ、手話教育を実施できない要因の一つと考えられる。 また、手話が教育課程に位置付けられていないことから、そもそも実施は難しいことが考えられる。一方、「手話言語条例」のカテゴリーでは神奈川県の手話月間事業の意義や手話は言語であるといった手話言語条例に関わる意見もみられた。手話に触れる機会を手話月間事業により得られており、その成果が意見の中でも寄せられるようになったと考える。 第3章結論 第1節 考察 本調査1の全国の手話教育実施校では、手話教育科目の立ち上げについて、「教育課程に科目が位置付けられているから」との回答が多かった。手話言語条例に関連して、手話教育を実施している県はこの調査では確認できなかった。それは、手話言語条例が基本的に理念を中心とした条例であり、「手話は言語である」と明記されていても、実際は施策の推進方針や計画において福祉的な要因が大きく、とくに教育分野で言語としての施策がなされていないからだと考える。 本調査2、3を通して、高等学校において手話教育科目を立ち上げるための課題としてあげられたのは、学習指導要領における科目設置(学校設定科目)が難しいことや科目を実施する指導者がいないことである。さらに、手話教育を実施するための費用が課題であることが明らかになった。 学習指導要領に規定されていない科目(学校設定科目)を教育課程に位置付ける場合、学校に認められている裁量の範囲は小さく、このことが学校で手話を科目として設置できない主な原因だと考えられる。つまり、学校教育において手話教育を実施するには、高等学校の福祉科を設置している、又は福祉系のコースを設置している必要がある。これは福祉科の学習指導要領に基づき、科目内容に即して手話教育を実施できるからだ。一方、福祉科がない学校では、「手話」が学習指導要領の科目になく、「国語」や「外国語」、 「社会」などの科目で位置付ける例もないため、学習指導要領(学校設定科目)の規定が障壁となり、科目設置が困難な状況にある。ただし、本研究において第二言語として実施している例が確認され、今後の手話教育実施のための根拠になりうると考える。 また、手話教育を指導する教員または外部講師が不足していることも課題としてあげられている。これは、手話通訳に関する資格の関りも大きいであろう。厚生労働省平成26年度障害者総合福祉推進事業「意思疎通支援講師養成カリキュラム等策定事業」報告書は『手話通訳などの意思疎通支援は手話通訳資格を有する者などの意思疎通支援者が担っているが、現状では、手話通訳者や手話奉仕員といった養成を行うための講師が不足している。』と述べている。そもそも事業を担う講師を養成する仕組みがないため、手話を指導できる指導者が少ないのである。そのため、学校教育においても手話を指導できる講師がいないといった現状に繋がっていると考える。 また、雇用経費の課題については、県の学校における予算が決まっており、教育行政の予算にも影響している。各学校で予算執行することが難しい側面もある。予備調査の鳥取県や北海道石狩市のように予算措置が講じられている場合、手話教育実施に繋がる可能性は高くなると思われるが、そうでなければ新たに科目を設置し、そのための講師費用を捻出しなければならない。手話教育に関心はあっても実際の動きには繋がりにくいだろうと考える。 第2節 まとめ 本研究では、手話言語条例からみる高等学校手話教育普及取組について調査を行った。手話言語条例を早期に制定した地方自治体を対象として、手話言語条例制定と手話教育の関係、手話教育の実態、課題に関する予備調査を行った。その結果、手話言語条例制定に基づいて手話教育が実施されており、 そのための予算措置が講じられていること、講師を担う人材が不足していることが明らかとなった。また、その他の自治体では手話言語条例制定と手話教育の関係は確認できず、手話言語条例の学校における手話教育の普及については、手話の理解や啓発にとどまっていることが判明した。 そこで、これらの点に関する調査を全国の高等学校と神奈川県の高等学校を対象として本調査を行った。その結果、調査した高等学校で実施されている手話教育は、手話言語条例とは関係なく一部の高等学校で福祉科等の科目の一部として実施され、学校行事として組み込まれ予算も確保されていることが明らかになった。また、手話教育を実施する講師の人材不足が課題であることも明らかになった。神奈川県の手話教育普及の取組では、手話強化月間事業としてすべての県立高等学校で手話普及の取組がなされていることが明らかになった。手話教育の取組については約8割以上の学校より「手話教育に関心がある」と回答があったが、手話教育を実施することには、7割以上の学校が「実施は難しい」と回答した。それを阻む要因については、学習指導要領における科目設置の課題と指導者不足が主な要因であると考察した。 以上の結果から、本調査においては手話言語条例と高等学校の手話普及の関りはほとんど見られず、手話教育を実施する為には手話言語条例の制定が学校教育の手話普及に直接的につながらないことが明らかになった。 第3節 今後の課題 神奈川県立高等学校のアンケート調査により、手話や手話教育への関心は高いことが明らかになった。手話教育科目の科目設置は容易ではないが、学校設定科目を教育課程に位置付けることができれば、実施は可能である。また、手話指導者の人材の確保や雇用経費の問題が解決されれば、今後、全国に手話を科目に取り入れる学校が増える可能性はある。また、手話教育普及の手立てとして、神奈川県の手話言語条例の施策の一環である手話月間事業の取組は、他県の例は見られず神奈川県のすべての県立高等学校がこの取組をしている意義は大きい。このような手話月間事業をモデルとして、全国に広がれば、学校における手話教育も変化していくのではないだろうか。また、 手話言語条例の条文に「教育における手話普及」のような文言が明記され、明記だけに留まらず具体的な活動につなげられることが重要である。さらに、高等学校の教育活動に応じた手話ニーズを掘り起こし、今後の手話教育の普及に繋がることを期待したい。 引用・参考文献 1.神奈川県ホームページ神奈川県手話推進計画HP https://www.pref.kanagawa.jp/docs/n7j/cnt/f537527/index.html(最終閲覧日:2022年2月3日) 2.鳥取県手話言語条例/とりネット/鳥取県公式サイトHP https://www.pref.tottori.lg.jp/220879.htm (最終閲覧日:2021年12月20日) 3.石狩市手話基本条例の推進-北海道石狩市公式ホームページHP https://www.city.ishikari.hokkaido.jp/ (最終閲覧日:2021年12月20日) 4.阿部光一(2017)学習指導要領の変遷-現場での体験を交えて-明治大学教育会紀要,9:63-70 5.国立教育政策研究所教育研究情報データベースHP https://erid.nier.go.jp/index.html(最終閲覧日:2022年1月23日) 6.二神麗子(2020)障害者政策の合意形成過程に関する研究群馬県と前橋市の手話言語条例をめぐる議論に着目して 立命館大学,博士論文 7.文部科学省(2015)平成27年度公立高等学校における教育課程の編成実施状況調査の結果についてHP https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1263169.htm(最終閲覧日:2022年1月25日) 8.文部科学省学習指導要領とは何かHP https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/idea/index.htm(最終閲覧日:2022年1月25日) 9.文部科学省(2013)学習指導要領等の改訂の経過HP https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/idea/index.htm(最終閲覧日:2022年1月25日) 47 10.一般社団法人全日本ろうあ連盟手話言語条例マップ https://www.jfd.or.jp/sgh/joreimap(最終閲覧日:2022年1月4日) 11.厚生労働省平成26年度障害者総合福祉推進事業「意思疎通支援講師養成カリキュラム等策定事業」報告書 https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou12200000Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000099354.pdf (最終閲覧日:2022年2月6日) 参考資料 本調査1(手話教育実施校)質問紙 本調査3(神奈県立高校手話ニーズ調査)質問紙(GoogleForm) 【福祉科学習指導要領】 高等学校の専門学科の一つとして教科「福祉」は平成11年の高等学校学習指導要領の改訂により新設された、平成15年から実施されている学科である。福祉科の科目は、人間と社会分野として「社会福祉基礎」、介護分野として「介護福祉基礎」、「コミュニケーション技術」、「生活支援技術」、 「介護過程」、「介護総合演習」、「介護実習」、こころとからだのしくみ分野として「こころとからだの理解」、情報分野として「福祉情報」の四分野で構成している。福祉科「科目」分類一覧を以下に示す。 福祉科「科目」分類一覧 [「手話」の取扱いについて] 介護分野「コミュニケーション技術」の科目に取扱いがある。指導項目を以下に示す。 〔指導項目〕 (1)福祉実践におけるコミュニケーション ア コミュニケーションの意義と役割 イ コミュニケーションの基本技術コミュニケーション技術の科目の (2)サービス利用者や家族とのコミュニケーション ア サービス利用者に応じたコミュニケーション イ サービス利用者や家族との関係づくり 平成30年改訂福祉科学習指導要領第3節 福祉科の目標(抜粋) 〔内容の範囲や程度〕 アサービス利用者に応じたコミュニケーション ここでは,感覚機能,運動機能及び認知・知覚機能の低下している人などのコミュニケーション技法について,先天性障害や中途障害,障害のもたらす二次障害など障害の特性に応じたコミュニケーションの基本技術とその必要性について扱う。また,認知症の人に対するコミュニケーションについては,その特性を十分理解した上で具体的なコミュニケーションの方法を扱う。さらに手話や点字など多様なコミュニケーションツールやコミュニケーションロボット等も扱い,個々の特性に応じたコミュニケーションについても扱う。あわせて,高齢者介護のための「聞こえの保障」について理解し,補聴器等の活用により生活の質(QOL)の向上にもつながることなどについて扱う。 平成30年改訂福祉科学習指導要領第3節 福祉科の目標(抜粋) 【教科「外国語」学習指導要領(その他の外国語について)】平成30年改訂の学習指導要領は「その他の外国語に関する科目」として英語以外の言語の科目、第二言語の設置を認めている。 1その他の外国語に関する科目については,第1から第6まで及び第3款に示す英語に関する各科目の目標及び内容などに準じて指導を行うものとする。 平成30年度改訂学習指導要領外国語編第8節 その他の外国語に関する科目(抜粋) 第1から第6までとは、「外国語によるコミュニケーションにおける見方・考え方を働かせ,外国語による「聞くこと」,「読むこと」,「話すこと」,「書くこと」を統合的に結び付けた言語活動を通して,情報や考えなどを的確に理解したり適切に表現したり伝え合ったりするコミュニケーションを図る資質・能力を育成することを目指す」という目標の下に、各科目の内容等を定めなければならない。 【学校設定科目】 学校設定科目は、平成11(1999)年の学習指導要領改訂により、学校設定教科とともにその設置が認められた。どの教科においても、学習指導要領で定められている科目以外の実施については、学校設定科目として設置しなければならない。基本的には高等学校段階において各学校が生徒の実態等を勘案して独自に設定(開設)できるよう、新学習指導要領で制度的に認められた科目である。各教科における「その他の科目」として位置付けられ、設置は各都道府県教育委員会で教育課程編成基準を設け、都道府県教育委員会の承認事項としている。 4学校設定科目 学校においては、地域、学校及び生徒の実態、学科の特色等に応じ、特色ある教育課程の編成に資するよう、教科について、これらに属する科目以外の科目(以下「学校設定科目」という。)を設けることができる。この場合において、学校設定科目の名称、目標、内容、単位数等については、その科目の属する教科の目標に基づき、各学校の定めるところによるものとする。 5学校設定教科 (1)学校においては、地域、学校及び生徒の実態、学科の特色等に応じ、特色ある教育課程の編成に資するよう、教科以外の普通教育又は専門教育に関する教科(以下「学校設定教科」という。)及び当該教科に関する科目を設けることができる。この場合において、学校設定教科及び当該教科に関する科目の名称、目標、内容、単位数等については、高等学校教育の目標及びその水準の維持等に十分配慮し、各学校の定めるところによるものとする。 (2)(省略) 平成30年度改訂版学習指導要領第1章総則(抜粋) 【高等学校等教育課程編成基準】 学校設定科目の科目設置には各都道府県教育委員会で教育課程編成基準を設け、都道府県教育委員会の承認事項としている。平成30(2018)年3月に告示された新しい高等学校学習指導要領の教育基本法及び学校教育法その他の法令の示すところに従い、適切な教育課程編成に取り組み、それらに掲げる目標を達成するよう教育を行うことが規定されている。各学校においては、法令や学習指導要領の内容について十分理解するとともに創意工夫を加え、学校の特色を生かした教育課程を編成することが重要としている。 以前は、各学校の大幅な裁量が認められ、それゆえに、各学校の生徒のニーズ、あるいは各学校が目指す方向性に合わせた柔軟な教育課程編成を可能にさせる有力なツールであった。今回の新学習指導要領の編成基準においては、「教育課程の編成に資するような設置理由があること。学習指導要領に記載された科目の目標及び内容によって、扱うことのできない学習内容等について学習させる必要ある場合に限り設置すること」となっている。科目設置にはより明確な理由が求められるようになった。 謝辞 本研究を進めるにあたり、指導教員の大杉 豊教授、副指導教員の小林洋子講師には仕事を続けながら大学院での研究活動を励まし、指導していただき心より感謝申し上げます。 そして、審査では長南浩人教授、中島幸則教授、小林洋子講師にはご多用中のところ、ご助言とご指導を賜りました。本当にありがとうございました。また、先輩、同期、後輩、情報保障の磯田恭子先生、萩原彩子先生、中島亜紀子先生、職員の皆さまにはご支援をいただき感謝申し上げます。 本研究を進めるにあたり、協力してくださった鳥取県福祉保健部ささえあい福祉局障がい福祉課、鳥取県教育委員会事務局特別支援教育課、公益社団法人鳥取県聴覚障害者協会、鳥取県教育委員会事務局特別支援教育課、手話教育実施校A高等学校、手話教育実施校B高等学校、北海道石狩市北海道障がい者保健福祉課社会参加グループ、石狩市保健福祉部障がい福祉課、 北海道教育庁学校教育局特別支援教育課、公益社団法人北海道ろうあ連盟、手話教育実施校C高等学校、神奈川県福祉子どもみらい局福祉部地域福祉課、神奈川県教育局指導部高校教育課、公益社団法人神奈川県聴覚障害者協会、神奈川県立高等学校のみなさまのご協力なくしては、この研究は成り立ちませんでした。紙面をお借りしてお礼申し上げます。 さらに、私の職場である神奈川県立小田原東高等学校の同僚の協力があり仕事と大学院の研究活動を両立することができました。心よりお礼申し上げます。また、3年間の大学院生活と仕事の両立を常に寄り添い励まし、支えてくれた家族に「ありがとう」の気持ちを伝えます。 最後に、本研究の結果が、今後の高等学校における手話教育の普及の一助となれば幸いです。 令和4年2月平石量子