論文の要旨 視覚障害者のための音声サポートによる東洋医学学習ツールの開発と実用性の検討 令和3年度 筑波技術大学大学院技術科学研究科 保健科学専攻 井上 萌美 指導教員 石崎直人 目的: 2017年より検討されてきた視覚障害学生のための東洋医学用語検索教材は、墨字使用者用に作成されており、音声読み上げ機能には非対応なため、点字使用者の利用は困難である。また、実際の自主学習における有用性は検討されていない。そこで本研究は、点字使用者のための東洋医学用語検索教材を試作し、操作性と自主学習における有用性の検討を目的とした。 方法: 教材は、点字使用者の利用を前提に読み上げや配置を工夫して作成した。ソフトウエアは、データの拡張性や柔軟性に富んだFileMaker Proを使用し、iPhoneのVoiceOver機能による読み上げに対応させた。 作成した教材の操作性と自主学習における有用性について、筑波技術大学の鍼灸学専攻在学生・卒業生、及び東西医学統合医療センター研修生のうち点字使用者10名を対象として検討した。操作性の検討では、あらかじめ用意した14種類の東洋医学用語からランダムに抽出した3つの用語を、点字教科書、インターネット検索、試作教材の3種類の方法により検索させ、用語解説箇所へのアクセスおよび解説読了時間をそれぞれ測定した。自主学習における有用性については、あんまマッサージ指圧師、はり師、きゆう師国家試験の過去5年分の東洋医学概論の問題から、被験者が解答を導き出せない問題を選出し、試作教材、点字教科書、インターネット検索の3種類の方法を用いて正答を導くまでの時間を計測した。各教材間で問題のレベルを均質化する目的で、単一カテゴリーの知識で解ける問題(レベル1)と、複合的なカテゴリーの知識を要する問題(レベル2)に分け、各検索方法ごとにそれぞれのレベルから1問ずつ使用した。制限時間(600秒)以内に解けなかった問題は試作教材で再試行させた。測定終了後、試作教材の使用感と有用性についてアンケート調査を実施した。 結果: 用語の検索所要時間(及び検索開始から解説読了までの時間)の中央値[95%CI]は、点字教科書で134[112-235]秒(189[150- 252]秒)、インターネット検索で204[155-325]秒(296.5[219-481]秒)であったのに対し、試作教材では25[18-36]秒(51.5[38-65]秒)と顕著に短縮した(p<0.001、v.s. 点字教科書及びインターネット検索)。また、制限時間内に検索個所にアクセスできなかった件数は、点字教科書4件、インターネット検索7件であったのに対し、試作教材は全てアクセスできた。用語別、被験者別の所要時間は、点字教科書、インターネット検索では時間にばらつきが生じていたが、試作教材は全て短時間で終了できた。アンケートでは、用語検索のしやすさ及び解説のわかりやすさについて、それぞれ9名及び7名の被験者が試作教材を1位に上げていた。一方、ボタンの配置と音声読み上げについては、最高評価はそれぞれ4名と3名に留まった。各検索方法ごとの国家試験問題解答所要時間は、点字教科書及びインターネット検索では半数以上が時間切れで中央値が600秒以上であったのに対し、試作教材は150[85- 356]秒であった。また、各方法それぞれのべ20問の検索中、制限時間内に解けたのは、試作教材18問、インターネット検索9問、点字教科書8問で、点字教科書及びインターネット検索で解けなかった問題のうち、試作教材による再試行で解けたのは、点字教科書で12問中10問、インターネット検索で11問中10問であった。難易度レベルごとの解答所要時間は、点字教科書及びインターネット検索ではどちらのレベルにおいても中央値が500秒以上もしくは時間切れだったのに対し、試作教材ではレベル1が81[65-600<]秒、レベル2が352[230-600<]秒で、レベル1と2との間に有意差を認めた(p=0.001)。有用性に関するアンケート結果では、解答の見つけやすさについて9名が試作教材を1位に上げており、被験者全員が導入を希望していた。 考察: 今回データベースソフトを基盤として教材を再構築した結果、用語検索及び解説読了時間は試作教材で明らかに短縮しており、点字使用者においても用語検索教材の優位性が示された。点字教科書による検索は、膨大な冊数の中から該当箇所を見つける作業に時間がかかる場合が多く、インターネット検索では、入力語の漢字変換や複数表示されるサイトの中から必要な個所を見つけだすのに苦労している場面が多々見られたが、試作教材は、数回のタップ操作のみで目的個所にアクセスでき、文字入力や漢字変換、選別などの問題が生じない点などが今回の結果に反映されたと考えられる。その一方で、読み上げ音声の聞き取りやすさやボタン配置については半数以上が最高評価に至らなかったが、これは被験者の大半が画面内の移動をフリック操作で行っていた結果であると考える。国家試験問題の解答では、試作教材は他の方法と比較して短時間でほとんどの問題を解くことができた。教科書、インターネットを用いた解答では、適切な情報にアクセスするために複数回の検索が必要となる場面が多く苦労したと言う声が聞かれ、難易度の高い問題の正答率は低かった。試作教材では、付録の一覧表やデータベースの優位性を活かした関連情報への柔軟なアクセス機能によってスムーズに正答が導けたと考える。また、教科書、インターネットで解答できなかった問題を、試作教材で再試行した結果、8割以上の正答を導くことができたことからも試作教材は他の教材と比較して優れていると考えられる。検索のしやすさ及び解答の見つけやすさどちらにおいてもほとんどの被験者が試作教材を1位に上げており、被験者全員が導入を希望していたことから試作教材が使いやすく実用性の高い教材であることが確認できた。 結論: 点字使用者のための東洋医学解説教材を試作し、操作性及び自主学習の有用性を検討した結果、点字教科書、インターネット検索と比較して試作教材が有用な教材であることが確認できた。