論文の要旨 体幹(頸肩背腰殿部)へのマッサージが下肢血流、上下肢皮膚温、心臓自律神経系に及ぼす影響 令和3年度 筑波技術大学大学院技術科学研究科 保健科学専攻 鍼灸学コース 宮村 大地 指導教員 近藤 宏 准教授 目的:手技療法には按摩・マッサージ・指圧、推拿、カイロプラクティック、オステオパシー、スポンデロテラピー、整体術などがあり、さらにマッサージにはタイ式、スウェーデン式などがあり全身の各組織に機械的刺激を与える治療法である。特に刺激法の中心となる触圧刺激に関しては、自律神経機能への影響や体性内臓反射の入力刺激としての有用性が明らかになってきた。今回、あん摩を含むマッサージ刺激による遠隔部の影響についてNIRS(Near-Infrared spectroscopy:近赤外線分光法)による筋酸素化動態の変化を検討した研究はこれまでにみられない。本研究の目的は、腹臥位での体幹部へのマッサージが下腿の筋酸素化動態、血流量、四肢の皮膚温、心拍変動への影響について検討することである。 方法:対象は機縁法によりボランティアを募り賛同を得られた健康成人15人(男性10人、女性5人平均年齢29.8±9.8歳)とした。実験場所は筑波技術大学東西医学統合医療センター東棟2階大学院院生研究室にて実施した。実験中の環境は、室温23~25℃、湿度44.8±13%であった。実験期間は2021年4月29日~7月18日に実施した。なお、本研究は筑波技術大学研究倫理委員会の承認を得て行った。(承認番号2020-22)。研究対象者に紙面および口頭にて研究の目的・趣旨を説明し、書面にて同意を取得した。 研究デザインは、介入(マッサージとコントロール)の2群の比較によるクロスオーバー法を用いたランダム化比較試験である。2群の実験間隔は1週間以上あけた。介入は、腹臥位での頸肩背腰殿部へのマッサージ(軽擦法、揉捏法、圧迫法、叩打法)15分とした。測定項目は、右下腿三頭筋部の総ヘモグロビン(tHb)、酸素化ヘモグロビン(O2Hb)、脱酸素化ヘモグロビン(dHb)、血流量とし、NIRSを用いて測定した。また心拍上昇幅(臥位心拍数と立位心拍数の差)、皮膚温(左右母指球、左右下腿後面、左右足底)とした。なお測定は、介入前、介入直後、5分後、10分後に行った。群間および郡内比較を行い、有意水準は5%未満とした。 実験前には血圧、体温測定、問診を行い問診として身長、体重、既往歴、常用薬の有無、運動経験、現在の運動習慣、あん摩を受けるのは好きか、体幹への刺激の程度(強さ)、現在冷えを感じるか、緊張しやすいか、利き手、自律訓練法、瞑想法など経験の有無、前日の睡眠時間、本日の体調、実験前の行動、食事摂取の時間と有無を聞き取り、血圧と体温を測定した。女性については性周期の確認し異常のない者を対象とした。 なお、実験後には事後問診を行い、実験室の環境(温度)、介入(マッサージ)の強度、刺激は気持ちよかったか、痛みはなかったか、眠気を感じたか、くしゃみ、せきなどをしたかったか、腹臥位、体位変換は苦痛ではなかったか、介入により体が暖かくなったか、いらいらしたか、トイレに行きたくなったか、再度施術を受けたいかなどを聞き取った。 結果:tHb、O2Hbは、マッサージ群において介入前と比較して介入10分後で有意に上昇した(P<0.05%)。血流量はマッサージ群、コントロールともに介入前と比較して介入10分後で有意に上昇した(P<0.05%)。2群の間に有意差はみられなかった。dHb、皮膚温、心拍上昇幅に群間及び郡内で有意差はみられなかった。事前問診では実験に支障となる項目はなく、事後問診では全員が介入(マッサージ)の刺激は適切、実験室の温度も適切と答え、体が温かくなったのは14人/15人中であった。部位では腰9人/15人中、背中8人/15人中、頸・上肢・下肢・殿部5人/15人中、頭2人/15人中、顔・胸部、腹部1人/15人中であった。 考察:体幹へのマッサージは下腿の筋酸素化動態に影響を及ぼす可能性があるが、この筋酸素化動態の変化は、心臓自律神経系とは異なる機序が存在することが示唆された。 上下肢皮膚温は有意な変化はみられなかったが、マッサージにより身体のどの部位が温かくなったかを聴取しマッサージ群では腰部60%、背部53%で、上肢、下肢は33%であった。つまり、自覚的には刺激局所の温度上昇を四肢よりも強く感じていたと考えられこれは背部マッサージで局所の皮膚温が介入前後で有意に上昇した先行研究と同様の傾向を示している、 臨床応用として先行研究で慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者に対する背部マッサージで入院中の呼吸困難を経験する患者19人に対し脈拍数、呼吸数、手指でのパルスオキシメーターでSpO2(動脈血酸素飽和度)を介入前後で測定し5日間介入した。SpO2の平均値は介入2日目から有意に増加した。脈拍数は介入5日間のうち3日間で有意に減少した。呼吸数も介入5日間のうち3日間で有意に減少したことから呼吸補助筋の緊張が解かれ副交感神経が有意に上昇したと報告している。本研究は副交感神経の変動をとらえることはできなかったが、マッサージで呼吸補助筋の緊張が解かれ呼吸数の減少、血中酸素化Hb量の上昇によりCOPD患者に対して有用性・有効性がある研究テーマと考えられる。 結論:健康成人15人に対し、腹臥位での体幹部マッサージを行い、下腿三頭筋の筋酸素化動態、四肢の皮膚温、心拍変動への影響を安静と比較・検討した。 tHbおよびO2Hbは、安静と比較して、マッサージ終了10分後に介入前より有意な増加がみられ、体幹部へのマッサージにより下腿三頭筋のヘモグロビン量の増加を促進することが示唆された。一方で、四肢の皮膚温や心拍変動に影響は与えなかった。