論文の要旨 ストレス負荷後の頭部へのマッサージが心理生理反応に及ぼす影響 令和3年度 筑波技術大学大学院技術科学研究科 保健科学専攻 福井 祐子 指導教員 近藤 宏 目的: ストレス負荷後の頭部へのマッサージが心理生理反応に及ぼす影響について検討した。 方法: 研究デザインは、クロスオーバー法を用いたランダム化比較試験とした。60分間の文書入力作業によるストレス負荷後における10分間の頭部へのマッサージが心理生理反応に及ぼす影響を仰臥位安静と比較し検討した。研究対象者は、健康成人ボランティア男女14人。研究対象者は、マッサージの介入による試験(M群)と仰臥位による試験(C群)の両方を受けた。対象者の順序は、コンピュータプログラムで乱数表を生成し、ランダムに割り付けた。なお、マッサージはあん摩マッサージ指圧師の有資格者で、実務経験がある研究当事者1人とした。マッサージの手技は、軽擦法、圧迫法、揉捏法を含むあん摩である。対象者は、閉眼・仰臥位の姿勢で、頭頂部・側頭部に対する10分間の施術を受療した。測定項目は、心理反応では疲労感VAS、気分状態を示すPOMS2短縮版、生理反応では、唾液アミラーゼ活性、自律神経活動とした。なお、自律神経活動の分析は、脈波変動(R-R間隔)を周波数解析し、高周波成分(HF;0.15Hz.0.4Hz)と低周波成分(LF;0.04Hz.0.15Hz)を抽出して分析した。また、ストレス負荷前、介入後には自記式質問票による回答を得た。試験は筑波技術大学春日キャンパス東西医学統合医療センター棟東洋医学研究室(大学院生研究室)で実施した。 結果: 疲労感VASは、群間比較(M群、C群)での有意差は認められなかった。群内比較では各項目すべて有意差が認められ(P<0.05)、Bonferroni法による多重比較検定では、負荷前と介入前、介入前と介入後で有意差(P<0.05)が認められた。交互作用は認められなかった(P>0.05)。 POMS短縮版の7つの下位尺度およびTMD得点は、群間比較(M群、C群)および群内比較での有意差は認められなかった(P>0.05)。唾液アミラーゼ活性は、群間比較(M群、C群)および群内比較での有意差は認められなかった(P>0.05)。自律神経活動は、HF成分とLF成分ともに群間比較(M群、C群)での有意差は認められなかった。群内比較ではHF成分において有意差が認められ(P<0.05)、Bonferroni法による多重比較検定では、負荷前と介入後で有意差(P<0.05)が認められた。交互作用は認められなかった(P>0.05)。介入後の質問回答では、M群では、介入後の気分について「快適」と回答した者は13人、「普通」と回答した者は1人、「不快」はいなかった。C群では、「快適」と回答した者は3人、「普通」と回答した者は9人、「不快」と回答した者は2人であった。M群での自由回答では、爽快感や肩や腕の疲れの軽減、頭重感の軽減等があった。C群では、だるさ感やぽーっとする等があった。 考察: ストレス負荷後の10分間の頭部へのマッサージでは、目や頚肩、上肢の各部位の自覚的な疲労感や精神的な疲労感は、マッサージ後に有意に低下しているが、仰臥位安静でも有意に低下し、マッサージと仰臥位安静に有意差はみられなかった。つまり、本研究と同様のストレス負荷による一時的な疲労感であれば、マッサージの有無にかかわらず、10分間の仰臥位での安静で自覚的疲労感は軽減できると考える。POMS2短縮版を用いた気分状態では、マッサージと仰臥位安静では有意な変化はみられなかったが、10分間の仰臥位安静で3人が「抑うつ-落込み」が上昇した。また、「怒り-敵意」が仰臥位安静後も高値のまま変化しなかった対象者もいた。仰臥位安静だけでは、ストレス負荷が解消されない者も存在し、「抑うつー落込み」や「怒り-敵意」の気分状態に反映したと可能性がある。 一方、マッサージ後の気分について「快適」と回答している者は多く、「不快」と回答した者はいなかった。このことから、頭部マッサージが「心身の活性化」という、POMS2短縮版で評価する気分状態とは異なる別の尺度で検出できるような作用がある可能性が示唆された。唾液アミラーゼ活性では、心地よく感じた者が唾液アミラーゼ活性が下降することはなかった。マッサージ中に唾液アミラーゼ活性を測定していないことや、受療する姿位が異なっていたことなどの要因が異なる結果をもたらした可能性があるが、これらの要因を明らかにするためには、今後、検討が必要となる。一方、頭部へのマッサージ後と仰臥位安静後の両方において、HF成分が負荷前と比較して上昇していることから、副交感神経活動の増加の要因については今後十分に検討する必要がある。 結論: 頭部へのマッサージにより、ストレス負荷により誘発された身体的、精神的な疲労感は有意に低下した。仰臥位安静においても有意に低下したが、マッサージ群においては心地よい快適感や、活力や爽快感が得られた一方、仰臥位安静ではそのような評価はなく、むしろ不快感という評価も得られた。したがって、マッサージによる疲労感の軽減は、単なる安静による疲労感の回復とは異なる効果である可能性が示唆された。これにより頭部へのマッサージは、情報機器作業後のストレスが生体に及ぼす影響を研究するために用いられるマッサージ手法のひとつとなり得る可能性があると考える。今後、頭部マッサージの作用に関する研究を進めていく上で、適切なストレス負荷と疲労の評価と共に、新たな評価指標も検討していく必要があると考えられた。