点字ディスプレイによる盲ろう者向け通訳法 ─ 設定方法 ─ 関田 巖 筑波技術大学 保健科学部 情報システム学科 要旨:点字で情報を受け取れる盲ろう者に対して,点字ディスプレイを用いた通訳方法は,通訳介助者に点字の知識がほとんどなくても行うことができる利点がある。本稿では,茨城県内でニーズが高まっている盲ろう者に対する点字ディスプレイを用いた通訳方法を,各種点字ディスプレイと通訳介助者の点訳スキルレベルに応じて,IPtalkを用いる方法と,BM ユーティリティを用いる方法とを紹介する。特に点訳スキルのない人でも通訳介助の行える前者について,設定方法を中心に,より詳しく紹介する。 キーワード:点字ディスプレイ,盲ろう者,文字通訳,IPtalk,BM ユーティリティ 1.はじめに 盲ろう者に対する通訳介助には,盲ろう者が利用可能なコミュニケーション手段を用いることが重要である。そのための手段として,視覚障害や聴覚障害の受障時期の違いや残存機能等により,点字,拡大文字,手のひら書きなどの文字に基づく方法,手話に基づく方法,音声に基づく方法などがある。点字に基づく方法には,ブリスタ,指点字,点字ディスプレイなどを用いる方法がある。ブリスタや指点字により通訳介助を行うためには,通訳介助者に点訳のための知識と技術の習熟が必要であるため,すぐに通訳介助者の数を増やすことができない。一方,点字ディスプレイによる通訳介助では,機械点訳を利用できるため,完璧な点訳にはならないものの,点訳についての知識と技術がほとんどない人でも通訳介助を行えるメリットがある。茨城県内では,会議,講演会,授業などで点字ディスプレイにより盲ろう者に通訳できるボランティア(以下,入力者と記す)の養成が進められている。本稿では,県内の盲ろう者が使用している点字ディスプレイの種類や入力者の点訳スキルに応じて,入力者がフリーウェア(IPtalk[1], NVDA[2], BMシリーズ機器用ユーティリティ[3])だけで実践可能な通訳方法を紹介する。 2.点字ディスプレイによる通訳の方法と特徴 茨城県内の盲ろう者が利用している点字ディスプレイは,主に,KGS社販売のもの(KGS社製のブレイルメモ,ブレイルポケット,ブレイルノートなど)と,エクストラ社販売のもの(HIMS社製のブレイルセンスU2など)がある。点字ディスプレイの種類と通訳者の点訳のスキルとに応じた,利用可能な通訳方法を表1にまとめる。ただし,文字 通訳の文章を入力する過程で生じる,入力されたキーの情報やかな漢字変換等の変換過程の情報は,利用者にとって不要である。このため,文字通訳のための文字列が確定されたときにのみ,その文字列が点字ディスプレイに表示される方法が重要であると考えられる。 表1 点字ディスプレイの種類と点訳スキルに応じた通訳方法のまとめ 点字ディスプレイの種類 KGS社製のもの KGS社製のもの HIMS社製のもの 通訳者の点訳スキル 初心者 中級者* 初心者 通訳方法(パソコンの最少台数) IPtalkを用いる方法(2台) BMユーティリティを用いる方法(1台) IPtalkを用いる方法(2台) *中級者とは,点字の分かち書きの規則や,点訳時における助詞や長音等の文字の置き換えについて習熟しており,それらの規則に従ってパソコンにひらがなを入力できるレベルとした。 3.通訳のための機材と方法 点字ディスプレイを用いて通訳介助を行う際に必要な機材とその設定方法を,表1の通訳方法の分類に基づき紹介する。 3.1 IPtalkを用いる方法 3.1.1 機器,ソフトウェアの構成 表2にまとめを示す。 表2 IPtalkを用いて点字ディスプレイでの通訳を行うために必要な機材の一覧 入力者用 利用者用 ハードウェア PC1台 PC1台,点字ディスプレイ1台 ソフトウェア IPtalk IPtalk,NVDA 3.1.2 各種ソフトウェアの主な機能と役割 IPtalk[1]は,LAN接続されたパソコンを用いて聴覚障害の方へ文字通訳をすることができるフリーウェア(無料のソフトウェア)である。NVDA[2]は,画面を読み上げることができるフリーウェア(無料のスクリーンリーダー)であり,その内容を点字ディスプレイに表示できる。よって,IPtalkを用いて,入力者が入力した文字列をLAN経由で利用者用PCに送り,利用者用PCが受信した文字列をクリップボードに送る。NVDAは,クリップボードの内容を機械点訳して点字ディスプレイに表示する。 3.1.3  各種ソフトウェアの設定 入力者用のPCの設定を「入」,利用者用PCの設定を「利」として表現し,ソフトウェアの最低限の設定を示す。(1) IPtalk(IPtalk9t66_160924)入力者用PCと利用者用PC共に,IPtalkを起動し,以下の設定を行う。「入」「利」:「選択」タブで,「上級者用(全機能)」のラジオボタンをチェック。「入」「利」:LANで接続するために「,パートナー」タブで,両者のPCを同じ班とチャンネルにする。これにより「,メンバーを探す」をクリックして,「班のメンバー一覧」に相手のパソコンの名前が見えていることを確認する。「入」「利」:「表示1」タブで「改行,の表示方法」の「空行のみ改行」にチェックを入れる。これにより,入力者からの文字列が利用者に受信されるごとに,点字ディスプレイの表示が読んでいる次の行に改行されて空行になるのを防ぐことができる。この設定をしないと,利用者が文字列を読むためには,前の部分(前行)に戻るという余分な操作が必要になる。 「入」:入力予定位置を明記するために「表示,1」タブで,「入力位置を■◆で表示。」にチェックを入れる。「利」:入力予定位置の表示は不要なので,「表示1」タブで,「入力位置を■◆で表示。」にチェックがないことを確認する。「利」:画面上の改行が点字ディスプレイの改行として影響を与えるので,その影響を最小にするために,「表示1」タブで「表示部」,の「フォントサイズ」を視認できる最小(例えば,8ポイントなど)にする。 「利」:受信文をクリップボードに送るために,「表示3」タブで「表示,をクリップボードへ」の「受信文をコピー」にチェックを入れる。「入」:句点等で自動改行すると1文送られるごとに点字表示が空行になるので,それを避けるために「入力,2」タブで,「『。』『?(全角のみ)』で空行を流す。」の「『。』で自動改行」と「全角『?』も」のチェックがないことを確認する。「利」:IPtalkのウィンドウを最大化する。「利」:受信文の内容を利用者のペースで自由に読めるようにするために,「表示・入力」タブで,「ワ」をクリックしてワープロモードにし,表示部(「モニター部」の上にある大きな領域)の中をクリックし,カーソルを最下行に持って行く。補足として,ここで設定したIPtalkの各種設定をIPtalk起動時の初期設定とするために,「保存」タブで,「表示設定などの保存・読込」の「起動時設定にする」をクリック。(2)NVDA(nvda_2016.3jp)利用者用PCでNVDAを起動(Ctrl+Alt+N)し,以下の設定を行う。NVDAメニューを開き(NVDA+N),「設定(P)」を選択し),「点字設定(R)」を選択する。点字ディスプレイ(D)として,以下のものを選択する。KGSブレイルメモBM32, BM24, BMPocketは,「KGS BrailleMemoシリーズ」。KGSブレイルテンダーBT46は,「KGS BrailleNote 46C/46D」。HIMSブレイルセンスU2は,「HIMS Braille Sense/Braille EDGE/Smart Beetleシリーズ」。 3.1.4 点字ディスプレイの接続 (1)KGS社製のブレイルメモやブレイルテンダーなど以下の(1.1)が設定済みならば,(1.2)からでよい。(1.1)KGS社のホームページから対応する点字ディスプレイのドライバをダウンロードして実行し,ドライバをインストールする。(1.2)点字ディスプレイをUSBケーブルでパソコンと接続する。 (2)HIMS社製のブレイルセンスU2(以下ブレイルセンス)以下の(2.1)から(2.3)が設定済みならば,(2.4)からでよい。(2.1)エクストラ社の当該ページからUSBドライバをダウンロードして,実行する。(2.2)ブレイルセンスをターミナルモードに設定する(F3-s(②③④))(F3,②,③,④等は図5参照)。(2.3)⑩でスクロールして,「 USBポートuLI」を選択して,Enter。もしも実行できないときは,ターミナルモードを終了 (Backspace-Space-z(①③⑤⑥))。これでうまく行かないときには,リセット(リセットボタンを短く押す)して(2.2)へ。 (2.4) ブレイルセンスをUSBケーブルでパソコンと接続する。 3.1.5 機器の接続の順番と取り外す順番 (1)接続の順番例(1.1) IPtalkの起動はいつ行ってもよい。(1.2)必要に応じて点字ディスプレイの電源を入れ,ブレイルセンスU2はターミナルモードにする。(1.3) 点字ディスプレイをパソコンに接続する。(1.4) NVDAを起動し,点字ディスプレイに点字が表示されることを確認する。 (2)取り外す順番例NVDAを終了してから,点字ディスプレイを取り外したり必要に応じて電源を切る。 3.1.6 通訳の方法 入力者用PCのIPtalkでの「表示・入力」タブで,「入力部」に通訳の文章を入力する。このとき1つの文章が長いと,点字ディスプレイでの表示が複数行にわたる頻度が高くなり,利用者が前の行に戻ったりしながら点字を読むことが多くなる。このため,点字を読み続けることの疲労と,点字ディスプレイでの表示が複数行にわたる頻度を下げるために,入力する文章は,できるだけ簡潔に要約したものにすることが肝要である。また,機械による漢字の読み間違いをなくすためには,ほとんどかなで,適当に分かち書きして入力するとよい。入力者が適当に入れたスペースは,NVDAが点訳時に挿入する分かち書き用のスペースと重複しても2つにならず1つのスペースで表示される。もしも利用者が,入力された文章を,その都度点字ディスプレイの左端から読みたい場合には,入力者は入力部の文字列をEnterキーで表示部に流す代わりに,F12キーを用いて表示部に流すことで実現できる。 3.1.7  点字ディスプレイでの読み方(例) (1)Braille Tender BT46現在表示している文字列よりも,図1①で前の部分が表示され,②で後ろの部分が表示される。 (2)Braille Memo BM32現在表示している文字列よりも,図2③で前の部分が表示され,④で後ろの部分が表示される。 (3)Braille Memo BM24現在表示している文字列よりも,図3⑤で前の部分が表示され,⑥で後ろの部分が表示される。 図1 Braille Tender BT46 図2 Braille Memo BM32 図3 Braille Memo BM24 図4 Braille Memo Pocket 図5 Braille Sense U2 (4)Braille Memo Pocket現在表示している文字列よりも,図4⑦で前の部分が表示され,⑧で後ろの部分が表示される。 (5)Braille Sense U2現在表示している文字列よりも,図5⑨で前の部分が表示され,⑩で後ろの部分が表示される。 3.1.8 通訳文字を音声認識で入力する方法(例) 参考までに,通訳のための文章として,より簡潔かつ平易で明瞭な発音でリスピークなどを行い,音声認識で通訳文章を入力する方法を紹介する。ここでは,音声認識ソフトウェアとして,AMIVoice SP2を用いた方法を紹介する。(1.1)入力者用のPCに音声認識ソフトウェアをインストールする。(1.2)入力者用のIPtalkの「補W1」タブで「,サブ入力ウィンド」で,「サブ入力W」をクリックして,サブ入力ウィンドを出す。(1.3)「サブ入力ウィンド」内で,「確定で自動表示(ドラゴンスピーチ)」のチェックを入れる。(1.4)「サブ入力ウィンド」の下側の枠をクリックして,カーソルを枠内に移す。(1.5) マイクをONにし,通訳のための文章を発話し,「AmiVoiceエディター」に表示される音声認識結果の内容を必要に応じて編集し,「転送」アイコンをクリックしてIPtalkに送る。 3.2 BMユーティリティを用いる方法 ここでは,KGS社が提供するBMシリーズ機器用ユーテリティ(Ver.6.5.0)を用いて行う方法を紹介する。 3.2.1 機器,ソフトウェアの構成 表3に示す。 表2 IPtalkを用いて点字ディスプレイでの通訳を行うために必要な機材の一覧 入力者用 利用者用 ハードウェアPC1台 PC1台,点字ディスプレイ1台 ソフトウェア IPtalk IPtalk,NVDA 3.2.2 各種ソフトウェアの主な機能と役割 (1)BMシリーズ機器用ユーティリティ(Ver.6.5.0)BMシリーズ機器用ユーティリティは,KGS社製のBMシリーズ機器をPCに接続して利用可能にするフリーウェアであり,複数のソフトウェアが入っている。KGS社のホームページ[3]よりダウンロードしてインストールできる。BMシリーズ機器用ユーティリティの中に,BMChat等がある。 (2) BMChatBMChatを用いて,点字の規則に従ってひらがなを入力すると,点字ディスプレイに,点字が表示される。この方法を利用できる入力者には,点字特有の分かち書き(マスあけ)や,助詞や長音の置き換えに関する規則を習得し,規則に従って即座に入力できる能力が要求される。点字ディスプレイには,PCで入力された文字列が,既出の文章につながる形で表示されていく。この際,通訳の文字列の長さが点字ディスプレイで表示できる1行の点字のマス数を超えることになった場合でも,点字ディスプレイに表示される内容が次の行の内容に変更されたり,点字が左に流れたりすることがおこらず,利用者のペースで読み進めることができる。これは読みやすい反面,実際に話されている内容と読んでいる内容との時間差が開き,その場への参加の保証ができなくなる恐れが生じる。もしもこの問題がしばしば起こる場合には,入力者が,要約等により入力する文章をより一層短くすることが求められる。ひらがなを固定して入力するためには,ATOKでは,「Ctrl+無変換キー」を数回叩くことにより,「ひらがなをそのまま入力します」というひらがな固定入力のモードにできる。IMEではCtrl+F10でメニューを出して,変換モードで「無変換」を選択する。 (3)BMPad(長い通訳への利用は不向きと思われる)BMPadを用いる場合には,入力者が点字の分かち書きや置き換えの規則を知らなくても,BMPadが自動的に点訳して点字ディスプレイに表示してくれるため,点訳の知識がほとんどない初心者でも利用できる。しかし,入力過程までもが点字ディスプレイに表示されてしまうので,特にローマ字入力の場合には,利用者に伝わる余分な情報が多くなり,読みにくい表出となる。また,入力文字列が点字ディスプレイの1行で表示できる文字数を超えると,点字が左に流れていくため,読みにくくなる。それを避けるために1行に収まる程度の文章で改行するように入力すると,利用者にとっては読んでいる途中でいきなり次の文章が表示されるので,前の部分を読み戻そうとして3.1.7で示した「前の部分を読む」ためのボタンを押すことが起き得る。前の部分に戻った場合,カーソル位置が前行に移動されるので,もしもこのときに新たな文字列が送られてきたときにはその文字列がカーソル位置に挿入されてしまい,通訳の文章が壊れてしまうという問題が生じる。このため,BMPadを講義や講演会等の通訳に使うのは不向きと思われる。 4.おわりに 本稿では,点字ディスプレイで通訳可能な盲ろう者に対する通訳方法を,機材の設定を中心に紹介した。IPtalkを用いる方法では,NVDAによる機械点訳を利用するため,漢字の誤った読み,分かち書きのミスなどが含まれることがあるが,点訳の初心者でも入力者になることができ,入力者の層を厚くすることができる。間違った読みや分かち書きのミスについては,利用者がどこまで許容できるかに依存する。誤読を少なくするためには,入力者がほとんどかなを用い,適当に分かち書きした文章を生成すればよいことも示した。BMChatを用いる方法では,点字ディスプレイの種類がKGS社製に限定されたり,入力者が点訳のスキルをもった人に限定されるが,分かち書きや助詞や長音の変換方法に習熟した人が入力者になることで,誤読や分かち書きのミスの少ない通訳を行うことができる。いずれの方法にせよ,利用者にとって読み進めるときの負担を小さくするためには,入力者が入力する文章をできるだけ短く簡潔に要約することが重要となる。盲ろう者が点字ディスプレイやパソコンをどのように活用するかについては,文献[4]に詳しく書かれている。 参照文献[1] IPtalk ホームページ http://www.geocities.jp/shigeaki_kurita [2] NVDAホームページ https://www.nvda.jp/ [3] BMシリーズ機器用ユーティリティホームページ http://www.kgs-jpn.co.jp/index.php?QBlog- 20160413-1 [4] 全国盲ろう者協会:盲ろう者向けパソコン指導マニュアル-Windows 8編- http://www.jdba.or.jp/db/profile.cgi?_v= 1420211107 Note-taking Method for Deaf-blind People Featuring a Braille Display— Setting Method — SEKITA, Iwao Department of Computer Science, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology Abstract: A note-taking method featuring a braille display can be applied by beginner note-takers who do not have sufficient knowledge of braille. This method can be useful for some deaf-blind people who can read braille. This manuscript describes some such methods that feature a braille display, and which vary according to the display and the skill level in braille of the note-taker. The methods are composed of freeware like IPtalk, NVDA, and BM-utility-software. Keywords: Braille display, Deaf-blind, Note-taking, IPtalk, BM-utility-software