盲ろう職員に対する職場環境整備を通した本学教職員の教育力向上 白澤麻弓1),後藤由紀子2),磯田恭子1),高橋伸幸3),岩渕政憲3),和田智子3), 石田裕貴3),戸井有希3),森敦史3),福永克己4),坂尻正次4),河野純大2) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター1),産業技術学部総合デザイン学科2), 総務課3),保健科学部情報システム学科4) キーワード:盲ろう者, 就労支援, 職場環境の整備・改善 1. はじめに  本学では,令和2年度より先天性盲ろう者を契約職員として迎え入れ(以下,盲ろう職員)ともに業務にあたってきた[1][2]。当該盲ろう職員は,先天的に重度聴覚障害と重度視覚障害を合わせ有し,触手話を主なコミュニケーション手段として用いている。現在は,本人の希望により週3回勤務となっており,主に広報関係の業務を担当している。  就業にあたっては,配属先の職員と,触手話によるコミュニケーションが可能な支援者2名(後述)を中心に日常的な指導と支援を行うとともに,障害に関する専門的な支援が必要な部分については,天久保地区障害者高等教育研究支援センターや産業技術学部リカレント教育プロジェクト教員(以下,天久保地区教員)を中心に,春日キャンパス情報システム学科教員,春日地区障害者高等教育研究支援センター技術職員(以下,春日地区教職員)等が加わって,部局を越えたサポートを行ってきた。  本稿では,こうした盲ろう職員の就労環境について,4月当初から行ってきた環境整備と,その後の業務の状況に分けて概要を報告する。   2.採用時の環境整備  盲ろう職員の採用にあたっては,本人のニーズや配属先の係・課の現状にあわせて,天久保地区教員が適宜助言を行いながら,以下のような環境整備を行った。   1)職場環境整備  盲ろう職員は,本学大学院の卒業生でもあり,在学中の経験から,ある程度キャンパス内の単独歩行が可能であった。このため,本人が利用可能な階段から,職務室までの廊下,職務室入り口から本人のデスクまでの導線について,点字マットを敷設したり,机や備品を移動したりして安全に移動できる環境を確保した。  また,職務に必要なパソコンや点字ディスプレイ・スクリーンリーダー等の機器については,春日地区教職員の助言も得てリストアップし,教育研究等高度化推進事業経費(C)を利用して,購入・整備した。  さらに,勤務時間中は,常時,触手話によるコミュニケーションが可能な支援者1名(2名による交代勤務)を配置し,上司や同僚とのコミュニケーションをサポートしたり,本人の作業を補助したりする等の体制を整えた。 2)就業開始当初の体制  4月当初から6月上旬までの約2ヶ月間は,天久保地区教員が業務の様子を見守り,必要に応じてパソコン操作を教えたり,触手話通訳を行ったりする等のサポートを行った。当初は,すべての日程について教員が支援を行っていたが,4月中旬~5月以降,前述の支援者による支援体制が構築されたことから,徐々に支援者中心の体制に移行した。支援者が日常的に行っている業務は,以下の通りである。 ・上司や同僚とのコミュニケーションにおける触手話通訳 ・書類のレイアウト確認・調整 ・文章添削,誤字の修正(漢字の変換ミスなど) ・画像データの確認・編集 ・スクリーンリーダーに対応していないソフトを用いた作業 ・紙媒体の資料やスクリーンリーダーによる閲覧が困難な資料のテキスト化 ・パソコン操作におけるトラブル対応 3)就業に必要な技術の習得  盲ろう職員が業務を遂行するためには,パソコンを用いた文書作成やOffice系ソフトウェアの活用スキルが不可欠であった。当該盲ろう職員は,モバイル型点字端末をはじめ,各種IT機器を活用していたが,職務で求められるようなパソコン操作については不慣れであったため,就業開始当初は,これらの技術の習得が一つの課題となった。  このため,日常的には天久保地区教員が基本的な技術を教えるとともに,春日地区教職員の協力を得てパソコン研修を開催し,フルキーボードやPC Talker・NVDAを用いたWindowsやOffice系ソフトウェアの基本操作について学習を行った。なお,本研修は非常に有用で,盲ろう職員自身も継続的な開催を希望していたが,緊急事態宣言の発令により,本人も在宅勤務となったため,やむなく3日間で中断し,その後はMicrosoft Teamsのチャットを用いて,質問に対応いただく形とした。 3.その後の就業環境 1)日々の就業体制と環境改善  6月以降は,支援者が中心となったサポートを活用しながら,日々の業務を行ってきた。この中では,毎朝,担当係内でその日の業務についての確認を行い,職員間のコミュニケーションを図ったり,Microsoft Teamsのチャットを活用して,報告・連絡・相談を行ったりするなど,業務上,必要なやりとりがスムーズに行える方法を模索してきた。  この中では,以下のような指導も併せて行うことで,社会人1年生として,学ぶべき知識や心構えについても,学習できる機会を保障できるよう心掛けた。 ・打合せで確認した事項に齟齬が生じないよう,重要なポイントについては繰り返し確認したり,メモしたりすること ・従事する業務の期限に合わせて,勤務時間内で仕事が完結できるようにスケジューリングすること ・学生を預かる組織の一員として,立ち振る舞いには最新の留意を払うべきこと  一方,障害ゆえに生じる困難や業務上の課題等については,日報や週報等の形で報告してもらう形をとり,必要に応じて,配属係職員と盲ろう職員,支援者,天久保地区教員の話し合いを設けて,対応策を話し合ってきた。  この中では,業務上用いているソフトウェアやシステムで,スクリーンリーダーに対応していないものへの対処方法など,業務上必要な環境整備について調整を行った。また,書式が複雑で,確認に時間を要していた「学報」について,盲ろう職員が単独で調整可能な様式に変更したり,テレワークの推進により活用が推奨されていた電子決裁システムを積極的に導入したりして,盲ろう職員自身が責任をもって作業に携われる体制を整えてきた。  これらの改善は,そのほとんどが,盲ろう職員の所属している課内で自発的に検討・提案されたもので,障害による困難性への理解と,本人の能力に対する期待がかけ合わさったからこそ生まれたものと考えられる。 2)機会の拡大に向けて  1)で述べたような形で日常的な業務を行う一方で,本人の活躍の場を広げたり,能力を伸長したりできる機会を積極的に与えるなどの工夫も行った。関東・甲信越地区の大学職員を対象に開催された広報関連の研修会への参加などがこの例であり,自身が携わっているSNSによる発信について,広い知識を得るとともに,いわゆる「職員文化」に触れる機会にもなったと考えている。  また,こうした研究会に参加する際に,自身の手で文字通訳や触手話通訳の依頼を行ったり,職場で利用する支援機器を自分で選定するよう求めたり,自身が利用するパソコンのセットアップを,自分で行わせる形をとったりすることで,自分自身の利用する支援環境を,自分でコントロールできるよう心がけた。  このほか盲ろう職員の視点を生かした仕事として,以下のような業務に携わる機会も作っている。今後も,日常的な業務を通して社会人として必要な基礎力を養うとともに,こうした職務の拡大を図ることで,自身の強みを生かした活躍をして欲しいと考えている。 ・メールマガジンにおける連載コラムの執筆 ・新しく構築したWebサイトのアクセシビリティチェック ・学内グループウェアの更新にともなう提案 ・視覚障害のある教職員が利用する学内書類のフォーマットに対する提案 4.今後の展望  本稿では,盲ろう職員に対する職場環境の整備とその後の業務状況について報告してきた。こうした取り組みを通して,本人の就業能力も徐々に向上するとともに,周囲の教職員も多くのことを学ぶ機会を得た。これらの効果は,本学が目指す教育にも繋がるものであり,今後,より広い範囲に波及効果を及ぼすことができるよう,担当係以外の教職員も巻き込みながら,事例の発展を図っていきたい。   参照文献 [1] 白澤麻弓(2021)令和2年度[盲ろう職員の採用と職場環境整備] 業務報告.令和2年度障害者高等教育研究支援センター運営協議会. 当日資料. [2] 森敦史,後藤由紀子,白澤麻弓 (2020) 盲ろう者の大学事務職における就労事例―コロナ禍での在宅勤務を経験して―. 第28回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集,40-41.