新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する東西統合医療の開発─麻黄剤治療応用へのエビデンス構築─ 平山 暁1),富田 勉2),長野由美子1),藤森 憲1),片山幸一1),青柳一正1) 筑波技術大学 保健科学部附属東西医学統合医療センター1) (株)タイムラプスビジョン2) キーワード:COVID-19,麻黄湯,一酸化窒素,ライブイメージング 1.研究背景  新型コロナウィルス感染症(COVID-19)は人類の生存に大きな危機を及ぼしている全世界喫緊の最重要課題である。その治療には,レムデシビルなどの抗ウイルス薬,トシリズマブ,ナファモスタットなどが用いられているが,比較的重症患者への応用に限られており,9割以上を占める軽症〜中等症患者への特異的な治療法はない。一方で,新型コロナウィルスによるCOVID-19は中国で最初に発症したことから中医学的治療が多く試みられてきており,麻黄がCOVID-19中医学治療の中心となっている。実際,同国の「新型コロナウィルス肺炎診療方案」では当初麻杏よく甘湯(第5版),あるいは麻杏よく甘湯に広藿香,青蒿草,虎杖などを加した処方が用いられている(第7版)。麻杏よく甘湯や麻杏甘石湯などの麻黄剤はすでにわが国の日常臨床で広く用いられている漢方製剤であり,これらによる治療は,治療法のない軽症〜中等症のCOVID-19患者にすぐに応用可能な治療となりうる。この実現のためには,早急にエビデンスを構築することが必要である。  わが国における漢方医学は,前漢時代の中国を起源とする東アジア伝統医学であり,現西洋医学とは異なる体系のもと,独特な病気の捉え方,すなわち病態認識がある。例えば,「瘀血」は西洋医学にはない東洋医学独特の病態である。麻黄の含有成分であるephedrineを西洋医学的に用いた場合,強力な交感神経刺激薬として血管収縮と気管拡張を短時間のうちにもたらすため,末梢血流は減少する。しかし麻黄剤として用いた場合,桂枝・杏仁・薏苡仁・甘草等の配合により単なる血管収縮ではない,血流量改善効果が臨床上経験的に認められている。COVID-19における呼吸不全は,単なる肺の炎症のみでなく,血栓形成を主体とした肺微小循環障害,更に全身の血流不全を伴うことが短期間の間に明らかになってきており(J Am Coll Cardiol S0735-1097(20)35008-7),上述の麻黄剤の循環動態特性は,COVID-19治療において大きなアドバンテージである。  我々は先に,最先端の微小生体撮影技術(ライブイメージング)の手法を用い,桂枝茯苓丸の微小循環に対する薬理効果を解析し報告し(Evidence-Based Compl Alt Med vol. 2017, Article ID 3620130,doi:10.1155/2017/3620130),続いて証の異なる駆瘀血剤である桃核承気湯・桂枝茯苓丸・当帰芍薬散のライブイメージングによる解析を報告した。これらの研究は,今まで未知であった東洋医学独自の病態を視覚的に提示したものであり,国民に対し漢方医療の理解を大きく促進すると共に,専門研究者においても,証に基づく伝統的な漢方処方に現代科学的な理論背景を与えるものとして広範な興味を引き高い評価を得ている。さらに,瘀血病態には一酸化窒素(NO)や活性酸素種(ROS) が大きく関与し,酸化ストレス病態との深い関連が指摘されているが,微小循環レベルでのROS/NO動態の描出はまた大きな困難を伴う。  本研究は,漢方方剤の薬理効果を可視化するライブイメージングライブラリを構築し,東洋医学独自概念の現代科学的実証に資することを目的とする一連の研究として計画された。本年度は麻黄剤を対象として,その血流動態に対するライブイメージングを行い,その標的血管や効果発現時間・半減期などの薬理効果動態および酸化ストレス平衡への影響を解析し,COVID-19治療への麻黄応用の理論的基盤に資することを目的とした。  なお,当初計画として,地域住民における抗体保有率の解析を行い,COVID-19治療の基盤的データの収集を行うことを予定した。入手可能な抗体キットは能書上十分な感度特異度が謳われていたが,実臨床ではいずれも不充分であり,有用な解析が不可能なばかりか,対象者に健康上の不利益を与える可能性が強いと判断し中止した。 2.研究方法 2.1 倫理  本研究は共同研究者施設である(株)タイムラプスビジョン社の実験設備を用い,同施設の倫理委員会の承認のもとに施行した。同施設は日本学術振興会の科学研究費補助金(科研費)において機関認定されている(株式会社タイムラプスビジョン(研究部),機関番号92402)。   2.2 ライブイメージング  本研究のライブイメージングは,既報に基づきマウス皮下の血管群およびラット腸間膜を用いて施行した。実験前夜より絶食とし麻酔下に実験腹側部皮膚剥離し,皮下血管をガラス製の固定板の上に展開した。次いで塩化ビニリデン薄膜で被い,水分の蒸発を防ぎつつ固定した。麻黄湯を湯で懸濁し,室温に冷ましたあと,経食道的に留置したカテーテルより胃内に投与した。  ライブイメージングは正立生体顕微鏡を用い,皮下血管の血流を薬剤投与前から,投与直後より30分おきに投与後180分まで動画記録し,取得した画像をコンピューター上で画像解析ソフトImageJ ver.1.45sを用いて解析した。観察対象血管を動脈,細動脈,毛細血管とし,各血管において血管内径および血流速度を0,30,60,90,120,150,180分において,血流速度は0,30,60,90,120,180分において解析した。血管内径は1回の撮影において3カ所を定め3回の撮影を行い,時間経過ごとに画面上で血管内径を3個体計9カ所において測定した。血流速度は動画上において固定のフレーム数を定め,このフレーム数経過前後において血管内を1つの赤血球が移動する距離と移動に要した時間から算出した。計測は1カ所において4回行った。 3.結果  本研究成果の詳細は現在英文学術誌に投稿予定であり,二重投稿回避のため本欄での詳細な公表は差し控える。以下に要旨のみを記す。 •上述の方法によりマウス皮下血管における瘀血病態の再現とそのライブイメージングに成功した。 •麻黄湯は過去に検討した漢方製剤(桂枝茯苓丸他)と比べ薬理効果標的血管(動脈・細動脈・毛細血管),薬理効果出現時間および持続時間において特徴的な血行動態を認めた。 •一酸化窒素(NO) 動態に関し,特徴的な所見を示した。 4.附記  本研究で使用した漢方製剤は(株)ツムラより提供を受けました。ここに深謝致します。本稿は研究成果報告書であり,詳細は今後論文発表予定です。   5.関連成果発表 [1] 平山 暁,富田 勉,横田 廣夫,笠巻 祐二,松﨑 靖司,青柳 一正。ライブイメージングによる,桃核承気湯,桂枝茯苓丸,当帰芍薬散の微小循環動態への特性評価日本東洋医学雑誌71:8-17, 2020 [2] 平山 暁,富田 勉,長野由美子,青柳一正 映像化解析による補腎剤と駆瘀血剤の血流改善効果の差異の描出 第71回日本東洋医学会学術総会(優秀演題選定)(COVID-19 のため2021年に延期) [3] Hirayama A. Kamishoyosan ameliorate antioxidative profile via oxidative stress-related hormesis pathway. 第71回日本東洋医学会学術総会 日韓合同シンポジウム(COVID-19のため2021年に延期)