iPadを用いた関節可動域測定の精度に関する研究 松井 康 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 理学療法学専攻 キーワード:関節可動域測定,iPad 成果の概要  我が国では,国連の「障害者の権利に関する条約」の締結に向けた国内法制度の整備の一環として,全ての国民が,障害の有無によって分け隔てられることなく,相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向け,障害を理由とする差別の解消を推進することを目的として,平成25年6月,「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(「障害者差別解消法」)が制定され,平成28年4月1日から施行された。障害者差別解消法には,合理的配慮の提供が明記されており,教育現場においても合理的配慮は必要であると考えられる。本学の保健科学部保健学科理学療法学専攻における教育には,理学療法士を養成するカリキュラム,すなわち理学療法士になるために必要な内容が組み込まれている。理学療法士になるためには,様々な知識,技術を修得する必要がある。本学における視覚障害学生は,個人により障害の性質や程度が大きく異なり,視覚障害学生の中には,実技を伴う授業において,検査器具を用いての検査をする場合に,検査器具の文字,数字などが見えにくいことがあり,このことは医療職として実際に臨床医療現場で働く際の支障となり得ることがある。  このような検査技術の一つの例として,関節可動域測定という関節の動く範囲を計測する技術がある。これまで行われている関節可動域測定の方法は,関節角度計を使用して測定を行い,角度計に記載されている角度の数字を読み取るという方法に行われていた。しかし,関節角度計に記載されている数字は小さく,視覚障害者が読み取るには時間がかかり,ときには困難であり,そのような方法は視覚障害者にとっては効率が悪く,測定誤差が生じやすいという問題がある。理学療法士にとって,関節可動域測定は患者の状態把握に重要な基本的検査の一つであり,この検査を正確に速くできるかどうかで,臨床医療現場でのリハビリテーションの進行に大きな影響を及ぼす。そのため,視覚障害者にとって,関節可動域測定を正確に速く行うことは,長年の重要な課題であった。また,健常者における関節可動域の精度の研究によると,従来の関節角度計を用いた測定の場合,体幹の関節可動域測定において,検者内信頼性は高いものの,検者間信頼性は低いことが問題として挙げられ [1],健常者においても関節可動域の測定誤差は課題となっている。  これらの課題を解決でき得る方法としてiPadによる測定を考えた。現在iPadに搭載されているLiDARスキャナ機能を用いた新しい身体機能評価ツールが開発されており,関節可動域測定に用いることができるようになっているが,2020年秋に発売予定が,開発の遅れにより2021年4月現在未だ発売されていない状況で,発売され次第この方法による測定精度に関して検証を進めたいと考えている。現在,iPadによるROM測定が可能である方法は2つあり,1つはカメラ撮影後に4点を指定してその角度を算出する方法(Takenori Awatani 製 4点 - 角度可動域測定CR,以下iPad4 点法),もう1つはiPadの傾きを検知して基本軸,移動軸にあてることにより角度を算出する方法(Interactive Medical Productions製 GetMyROM Pro,以下iPad傾き法)がある。今回,従来のゴニオメータによる測定と,iPad 4点法,iPad 傾き法の測定精度に関する検討を行った。  測定者3名,被験者4名にて,それぞれ3回ずつ,膝屈曲の計測を行った。3名の検者内信頼性の平均値は,ゴニオメータでは ICC(1,1)=0.92,ICC(1,3)=0.97,iPad 4点法では ICC(1,1)=0.90,ICC(1,3)=0.97,iPad 傾き法では ICC(1,1)=0.82,ICC(1,3)=0.93であった。また検者間信頼性は,ゴニオメータでは ICC(2,1)=0.826,ICC(2,3)=0.935,iPad 4点法では ICC(2,1)=0.804,ICC(2,3)=0.925,iPad 傾き法で ICC(2,1)=0.687,ICC(2,3)=0.868であった。また測定方法の違いによる信頼性の3名の平均値は,ゴニオメータとiPad 4点法では ICC(3,1)=0.71,ICC(3,2)=0.82,ゴニオメータとiPad 傾き法ではICC(3,1)=0.80,ICC(3,2)=0.89であった。ICCに関しては0.7以上で普通,0.8以上で良好,0.9以上で優秀とされており[2],今回の結果よりiPadを用いた関節可動域測定は従来のゴニオメータによる測定と比較して,大きな差はないと考えられる。 参照文献 [1] 濱窪隆,明﨑禎輝,他 : 体幹回旋可動域測定における測定誤差の検討 ─検者内・検者間測定信頼性について─ . 理学療法科学.2010; 25(1): p29-32. [2] 桑原洋一,斉藤俊弘,稲垣義明 : 検者内および検者間の Reliability(再現性,信頼性) の検討.呼吸と循環.1993;41: p945-952