視野障害の程度に着目した視力と机上動作時の姿勢に関する調査 中村直子 1),柳 久子 2) 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 1),筑波大学 医学医療系 2) キーワード:弱視,視野障害,視力,デスクワーク, 姿勢 1.背景  ロービジョン者が日常生活活動の中で困難を生じやすい作業の一つとして,読み書きなどの机上動作が挙げられる。弱視者の机上動作時の姿勢を観察すると,晴眼者(健常者)と比較し文字や画面に眼を近づけた前傾姿勢を維持したまま読み書き作業を行うことが多い。しかし,弱視者は晴眼者と比べ頭頚部の前傾が強いのか否か,この姿勢を継続することにより身体への二次障害の影響はあるかなどについては,国内外でほとんど報告されていない。  私は墨字から情報を得ているロービジョン者を対象に,机上動作時の頭頚部肢位と痛みの有無の調査を行ってきた。これまでの調査結果をまとめると,視野障害が大きい群(視野障害群16人)では机上動作時に頭頚部の前傾が強くなる傾向が見られた。しかし,視野障害は少なく,視力障害が中心の群(弱視群16人)では,視力の程度と頭頚部の傾斜角との間に関連が認められなかった。また視覚補助具を用いない作業とノートPC作業時については,傾斜角と主観的な尺度である姿勢のしづらさとの間に若干の関係が認められた。以上の結果を,第16回日本ロービジョン学会,第25回視覚障害リハビリテーション研究会,筑波技術大学テクノレポート(2016-2019)にて報告した。しかし,この際の研究の限界として,視野障害群には良い方の眼の矯正視力が0.03~1.9の人が含まれており,視力 0.3以下に限定した弱視群と比べ,視力の影響が結果に反映されやすかった可能性が考えられた。  そこで今回は,視力0.3以下の弱視者のみを対象とし,両目による視野の1/2以上が欠損している群と視野欠損1/2未満の2群に分け,両群の年齢・性別・視力を個々にマッチングさせ,交絡因子を最小とし,机上動作時の姿勢(視距離・頚~腰部肢位)の特徴と視力・視野障害の程度との関係を調べることとした。(後者の調査結果の一部は日本ロービジョン学会誌 2019[1],筑波技術大学テクノレポート2020[2] に報告した。今回の報告は同じ対象群に実施した調査結果の一部であり,これまで未発表の内容のものである。) 2.目的  ロービジョン者の机上作業時の姿勢(視距離・頚~腰部の傾斜角)および視力との関係を調べる。また視野障害の程度の違いによる影響を調査する。 表1 対象者の特性 3.対象  対象者の特性を表1に示した。対象者は18~40歳代の男女で,墨字から情報を得ている,良い方の眼の矯正視力0.3以下の弱視者とし,両眼による視野欠損の割合により以下2群に分けた。1)視野欠損1/2未満群,2)視野欠損 1/2 以上群。除外基準は,独歩や姿勢保持が困難なもの,重篤な合併症や視覚以外の知覚障害のあるものとした。視野欠損1/2以上群と1/2未満群で性別は一致し,年齢は±2 歳以内,少数視力は±0.05以内(LogMARは±0.3以内)のペアを作り,対象とした。 4.方法 A.机上動作の測定条件  以下 1) ~ 6)を使用して書字・読字(タイピング・入力)作業を3分間ずつ行ってもらい,最後の30秒間でBの測定を行った。1)視覚補助具なし(眼鏡・コンタクトレンズのみ使用)で紙媒体の資料の読み書き,2)ノートPC操作,3)デスクトップPC操作,4)携帯電話操作,5)タブレット端末操作,6)拡大読書器使用。 B.測定内容 1)各姿勢における外眼角と文字の距離(視距離)および頚部・胸部・腰部の傾斜角を測定。 レーザー距離傾斜計DISSTO TMC300, Leica Geogystems社製を使用。(頚部:外耳孔と第7頚椎棘突起を結ぶ直線の矢状面の傾斜角。胸部:肩甲骨下角(第7胸椎)の高さの胸椎棘突起部の傾斜角。腰部:両腸骨稜を結んだ高さの第4腰椎棘突起部の傾斜角) 2)主観的な姿勢の困難さを聴取。各姿勢の困難さを継続可能時間で表したオリジナルのスケール「姿勢のしづらさ0~6段階を作成し(表2),口頭にて聴取。 3)基本情報の確認。事前に対象者の視覚障害の種類や程度,筋骨格系の痛みの有無などを自記式質問紙にて調査。 4)統計解析  視力(小数)と姿勢(視距離・傾斜角)の単相関をみるためSpearmanの順位相関係数を用いた。統計処理はSPSS Statics25を使用し,有意水準を5%とした。 表2 姿勢のしづらさ 5.結果  机上動作時の姿勢と視力との単相関を表3に示した。視距離についてはほぼ全ての測定条件において,両群とも視力との間に有意な関係がみられた。また腰部傾斜角については両群とも,視力との間に関係はほとんど認められなかった。頚部・胸部の傾斜角については,視野欠損1/2以上群では,視覚補助具なしとノートPCの条件のみ,読字・書字とも視力との間に有意な関係が認められた。しかし,その他の条件との間には関係はみられなかった。1/2未満群については,ごく一部の作業のみ有意な相関があったものの,多くの条件において,頚部・胸部傾斜角と視力との間に関係性が認められなかった。  主観的尺度である姿勢のしづらさと視力との単相関について表4に示した。両群ともほとんどの条件において,視力としづらさとの間に有意な関係はみられなかった。視野欠損1/2未満群については携帯電話使用時のみ,負の相関がみられ,視力が低い人ほど姿勢がしづらいと感じていた。1/2以上群についてはノートPCの読字作業のみ,負の相関がみられた。 6.考察 ・視距離と視力の関係(表3)  両群とも視力が低いほど,視距離(目と文字の距離)が有意に近くなり,また視野欠損が重度なほど,その傾向は強く表れていた。1/2未満群についてはノートPC・デスクトップPCともに読字作業では視力が低いほど有意に視距離が近づいたが,タイピングの際は視距離と視力との関係が認められなかった。つまり,PC の画面で文字を読む際は,画面の文字を拡大表示したうえで,更に視力が低い人ほど画面に近づいて文字を確認したが,タイピングの際は視力の低さと視距離は関係ないことが分かった。この理由として,タイピングの際はキーボードを打つための手の作業範囲を確保する必要があること,また画面とキーボードを交互に眼で確認する必要があるため,読字のみの作業時と比較し,画面と眼の距離が少し遠くなっている可能性が考えられた。対して1/2以上群については,PCのタイピング作業時にも視力の低い人は視距離が近くなっており,視力および視野障害が重度なほど,常に画面に眼を近づけた姿勢を維持しなければいけない可能性が示唆された。 ・頚部・胸部・腰部の傾斜角と視力の関係(表3)  頚部・胸部の傾斜角について,1/2未満群についてはほとんどの条件で視力との間に有意な関係は認められなかった。これより,視力が低いほど視距離は近づくものの,体幹の前傾はあまり視力とは関係ないことが示された。1/2以上群については,視覚補助具なしとノートPCについてはすべての作業で視力と傾斜角の間に有意差がみられたが,その他の条件については関係は認められなかった。視覚補助具なしで紙の文字を読み書きする場合やノートPCの画面を見る場合は,机(紙やノートPC 画面)に近い位置に目(顔)を固定し,体幹前傾位を持続させる必要があり,視力が低いほど,机に近づくため頚~胸部の前傾が強くなったと予想された。反対に,その他のデバイスでは視力が低くても体幹の前傾は強くなっておらず,これらのデバイスを使うことにより低視力の方も体幹の負担が少ない姿勢で机上作業を行うことが可能である可能性が考えられた。この理由としてデスクトップ PC・拡大読書器は,画面が大きく文字の拡大や白黒反転などの調整がしやすい,画面の位置を自由に変えることができるという利点があげられる。また携帯電話・タブレット端末はハンドヘルドで画面を目の近くに近づけやすく,文字の拡大や色の反転などの調整がしやすい利点が考えられる。視力・視野障害が重度になるほど,これらのデバイスを積極的に使うことにより,体幹の前傾を少なくすることができ,頚などの負担を減らすことができる可能性が示唆された。  今回,腰部の傾斜角と視力との間には有意な関係は示されなかった。視力に影響を受けやすい脊柱の部位は,頚部・胸部のみで,腰部はあまり関係ないことが示された。 ・姿勢のしづらさと視力の関係(表4)  今回,主観的な尺度である姿勢のしづらさと視力との間にはあまり関係が認められなかった。いいかえれば,視力が低さは,姿勢継続のしづらさにはあまり影響を与えないことが示された。これについて,筆者の別の分析 [1] において,姿勢のしづらさは視力ではなく視野の障害と関係が深いことを報告している。今回の結果からも同様の内容が示されたと考えられる。また今回の視力としづらさとの単相関からは,1/2未満群では視力が低い人ほど携帯電話操作に姿勢継続のしづらさを感じやすく,1/2以上群では視力が低い人ほどノートPCでの読字作業が辛いと感じていることが示された。視覚障害のタイプの違いによって,配慮すべき内容が異なることが明らかになった。 ・その他の調査結果  本研究の関連調査結果として,下の文献 [1,2] に視距離・傾斜角の数値や姿勢のしづらさの結果,デバイス調査の結果などを報告している。 ・本研究の限界  本研究はサンプルサイズの小さい横断研究である。また研究の特性上,視覚障害についての盲検化・無作為化が困難であり,ホーソン効果が否定できない。 表3 机上動作時の姿勢(視距離・頚~腰部の傾斜角)と視力との単相関 表4 視力と姿勢のしづらさ(主観的尺度)との単相関 【まとめ】 ・視力0.3以下の弱視者を視野障害の程度で2群に分け,視力と姿勢との関係を調べた(2 群は年齢・性別・視力を個々にマッチング) ・視距離は両群ともほぼすべての条件において視力との間に有意な関係がみられた。視野障害の有無にかかわらず,視力が低いほど机上動作時の視距離は近くなることが示された。 ・頚部と胸部の傾斜角は,視野欠損1/2以上群においては視覚補助具なし・ノートPCの作業で視力が低いほど前傾が強くなることが示された。これら2つの条件は視力・視野障害者には頚部・胸部の前傾が大きくなる作業と考えられる。頚や脊柱への負担という点から考えると,視野障害があり,かつ視力障害の程度が大きい人ほど,視覚補助具・画面が大きく顔の近くに配置しやすいデバイス・ハンドヘルドデバイスなどを使用することが望ましい。 ・主観的なしづらさは,視力とはあまり関係が見られなかった。(主観的な作業のしづらさは視野障害との関係が大きい可能性がある) 7.成果報告 [1] 中村直子,柳久子.弱視者の机上動作における頭頸部の傾斜角と視力・視野障害との関係について.日本ロービジョン学会誌.2019; 19: 109-117. [2] 中村直子,柳久子.視野障害の程度に着目した机上動作中の痛みと使用するデバイスに関する調査.筑波技術大学テクノレポート.2020; 28: 86-87. 8.謝辞  本研究は JSPS科研費24700586,および筑波技術大学教育研究等高度化推進事業の助成を受けたものです。