視覚障害者が基礎医学を学ぶための教育コンテンツに関する研究─ 情報の共有化を目指して ─ 志村まゆら1),工藤 滋 2),田中秀樹 3),半田こづえ4) 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 1),筑波大学附属視覚特別支援学校 高等部専攻科 2), 東京都立文京盲学校 高等部専攻科 3),筑波大学 理療科教員養成施設 4) キーワード:視覚障害,ウェブ教材ネットワーク,医療系職業教育,基礎医学,調査 1.背景  国立教育政策研究所が配信する「理科ねっとわーく(2003 年~)」[1] に代表されるように,初等・中等教育機関の教員・児童・生徒向けの教育コンテンツが,インターネットで配信されている。また筑波大学附属特別支援学校 5 校は,学内の教材情報をデータベース化し,国内外にインターネットを介して情報発信するプロジェクトを始めている [2]。一方視覚障害の医療従事者を養成する職業教育機関には,インターネットを通じて教育コンテンツを共有する仕組みがほとんどない。日本理療科教員連盟がホームページ上で,解剖模型などの教材情報を発信しているが,情報公開は会員に限られている [3]。視覚特別支援学校でInformation and Communication Technology (ICT)の活用推進 [4] により,タブレット型コンピュータの学内利用やインターネットを使う機会が増えるなか,職業課程でも教育コンテンツを共有するウェブ・ネットワークシステムを構築する時期に来ている。  そこで全国の視覚特別支援学校(文部科学省管轄)や視覚障害支援センター(厚生労働省管轄)の理療科・保健理療科,理学療法科 , 柔道整復科等に所属する教員を対象に,インターネットを通じた教材コンテンツの共有化への関心と,求める情報の種類に関するアンケート調査を行うことにした。  本研究では専門基礎分野「人体の構造と機能」の生理学と解剖学の教材に的を絞って調査を行った。その理由は,当該科目が,はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師,理学療法士,柔道整復師を養成する機関で共通して学ぶ必修科目であり,理療科・保健理療科の科目で,「人体の構造と機能」の教材に苦慮することが最も多いという調査結果 [5] に基づいている。 2.方法 調査対象:視覚障害の医療系職業教育課程を有する学校および施設(視覚特別支援学校,国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局視覚障害支援センター,社会福祉法人,大学など)67 校である。調査対象者:専門基礎科目の生理学または解剖学を10年以内に担当した専任教員。調査期間:2020 年 12 月1日~ 2021 年 1 月22日手続き:各学校・施設へ,電子媒体(Excelファイル),点字紙媒体,拡大文字紙媒体を郵送し,無記名自記式質問紙法により回答を求めた。調査項目の概要:年齢,経験年数,主な使用文字,担当してきた科目,教材情報の入手方法,作成できる教材の種類,作成に苦労した教材の種類,単元別に利用している教材,利用したい教材の種類,ウェブ・ネットワークシステムへの興味・利用希望,提供できる教材の有無などである。なお,ここでいう教材とは教科書以外の教材・副教材を示す。  この研究調査は筑波技術大学研究倫理委員会の承認(2020-27)を得て実施した。 3.成果の概要  67 校中 61 校(91%)から332 名の回答が得られた。以下の%は統計処理に有効な回答数 312 に対する割合を示す。回答者は 40 歳代が最も多く,ついで 50 歳代が続く。経験年数 10 年以上が 72%であった。主な使用文字は,墨字 61%,点字 27%,音声 12%である。教材情報の入手先は,同僚からが最も多く,インターネット利用が 2位,書籍等の利用は3 位であった。書籍や資料より,インターネットから情報を得る教員が多いことがわかる。インターネットによる教材共有化に 83%が「興味ある」とし,80%が「ウェブで教材を利用したい」と回答した。利用したいと回答した者のうち,求める教材の種類(複数回答)は,画像教材データ,動画教材データ,音声教材データの順に多かった。動画教材は利用してきた教材では 1%に過ぎない。自己が作成した教材の公開については,条件付き公開を含めると,公開可能と回答した者は 49%(162 名)に至った。  教材の情報収集について教員の半数以上が「苦労している」と回答した。しかし,教材収集の苦労と,ウェブ教材への興味および利用希望の項目間には相関(Spearmanの順位相関係数)がみられなかった。  利用教材と利用希望教材の単元ごとの分析は論文にて報告する。  調査を行った 2020 年度は新型コロナウイルス感染症対策として,オンライン授業を開始した学校が多い。そのような状況下で画像や動画教材の作成が必要になったことが,今回の調査結果に影響していると推測する。「感染症や災害等の非常時にやむを得ず学校に登校できない児童生徒に対する学習指導について」に関する通知が文部科学省 [6] より発出され,登校できない児童生徒に対する学習指導として,オンライン授業を認めることができる旨が示されている。さらに全国の視覚支援学校専攻科に在籍する生徒の使用文字のうち,点字使用者は十数パーセントまで減少し,普通文字,音声と録音教材を併用する生徒が増加傾向にあるようだ [7]。こうした流れをみると,画像教材や動画教材のデータを教員が求める傾向は継続するであろう。今後は,ウェブ教材情報ネットワークシステムの構築に向けて,収集するデータの種類,収集方法,ネットワーク運営方法について調査研究を進めていく予定である。  本研究は,2020 年度 筑波技術大学 教育研究等高度化推進事業(競争的教育研究プロジェクトA)研究費により行われた。 参照文献 [1] 理 科 ね っとわ ーく,https://rika-net.com/about/rikanet.php (cited 2021-3-12) [2] 筑波大学特別支援教育教材・指導法データベース,筑波大学特別支援教育連携推進グループ http://www.human.tsukuba.ac.jp/snerc/kdb/index.html (cited 2021-8-20) [3] 日本理療科教員連盟ホームページ , http://www.rikyouren.com/ (cited 2020-6-12) [4] 金子 健.特別支援学校(視覚障害)における教材・教具の活用及び情報の共有化に関する研究-ICT の役割を重視しながら- 国立特別支援教育総合研究所,http://www.nise.go.jp/cms/7,9720,32,142.html (cited 2021-3-22) [5] 工藤 滋,渡辺雅彦,栗原勝美,他.盲学校理療科教員の授業における苦慮事項の実態に関する研究 -回答者の状況と苦慮事項の概要を中心に -.理療教育研究.2015; 37: p.27-34. [6] 文部科学省初等中等教育局通知(令和 3 年 2月19日)感染症や災害等の非常時にやむを得ず学校に登校できない児童生徒に対する学習指導についてhttps://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/mext_00015.html (cited 2021-3-19). [7] 柿澤敏文,髙瀬葉実.2020年全国視覚特別支援学校視覚障害原因等調査結果報告.日本特殊教育学会第59回大会(2021 つくば大会), 2021年9月20日