鍼通電刺激による細胞内の情報伝達関連タンパク質の活性化の同定

加藤一夫
筑波技術大学　保健科学部　保健学科　鍼灸学専攻

キーワード：c-Src, FAK, focal adhesion, 通電刺激 , 情報伝達

成果の概要
　筋肉線維の元となる筋芽細胞は短時間に機械刺激に対する応答を起こし，細胞の形態の変化と細胞内のリン酸化タンパク質の変化が起こることが現在までの申請者らの研究で明らになっている。また，血管の管腔面に局在する血管内皮細胞などの細胞は，敏感に血流刺激による機械刺激に応答し，細胞の形を変えることを申請者らの研究で明らかになった。しかしながら，鍼灸による療法のうち，皮膚や筋肉に鍼を刺し通電刺激を与えることによる１個の細胞レベルでの応答・反応や，細胞の形態変化，電気刺激特異的なタンパク質合成の制御に関しては現在までほとんど明らかになっていない状況である。鍼療法における細胞の応答を細胞学生物学的に解析することにより，鍼療法による電気的刺激が，個々の細胞内部に与える分子生物学的な影響を解析し，電気刺激が体細胞に与える情報伝達関連タンパク質の活性化を明らかにすることを目的とし，本研究を行なった。

　鍼による通電療法における我々の体に与える影響は細胞に与える“ 電気的な刺激 ” である。通電刺激は，パルス的なものであるが，通電刺激により血流の促進，交感神経活動の抑制，筋肉のこわばりの除去などに効果があるとされている。この通電刺激が細胞に何らかの影響を与えることにより，正常に機能することを促進することに他ならない。現在まで，鍼通電刺激によりチロシンリン酸化タンパク質の活性化が起こるところまでは明らかになったが，チロシンリン酸化タンパク質のうちどのタンパク質が活性化されるのかまでは分かっていない状況である。本研究は，細胞内のどのチロシンリン酸化タンパク質が活性化し，またどのような情報伝達経路で活性化（チロシンリン酸化）が起こるのかを顕微鏡技術を用いて解明を行なった。50ボルトの電気刺激を１分間に６０回程度の刺激を細胞に与えると，線維芽細胞の伸長，細胞骨格系の変化が顕著に現れることが明らかになった。また，細胞に電気刺激を与えたものと，コントロールとして刺激を与えなかった細胞の間で情報伝達系タンパク質の活性化，細胞骨格系の変化，細胞形態の変化が起こることが確かめられた。チロシンリン酸化タンパク質は，細胞内の情報伝達系に広く関わっていると考えられており，細胞内の骨格構造であるストレスファイバー（細胞内の収縮装置）と接着斑は細胞の外部と内部とを繋ぐ構造として，様々な細胞刺激の伝達に関わっていることが予想される。
　接着斑は細胞の細胞膜を貫通する構造であり，細胞の外側にある基質（培養細胞であればガラス面，またはプラスティック面）と細胞内を繋ぐ ”足場 ”となる構造である。接着斑それ自身は現在までの他の報告から情報伝達部位と考えられている。従って電気刺激の受容装置としては，実験室内の培養系の細胞においても，接着斑とそれと連絡する収縮構造であるストレスファイバーが重要な役割を演じている可能性が極めて高い。また，通電刺激により接着斑が顕著に増強し，特に活性化型 c-Srcと活性化型 FAK （focal adhesion kinase; 接着斑キナーゼ）が接着斑に集積してくることが蛍光顕微鏡による観察で明らかになった（図版１）。通電刺激により，接着斑を構成するc-SrcやFAK のチロシンリン酸化により活性化することにより，その情報が細胞内部へと伝達されることが予想された。
　今後は，「鍼による通電刺激が細胞内の情報伝達関連タンパク質を活性化し，細胞の持続的な健康状態を保つ」いう仮説をもとに，通電刺激により活性化される細胞内情報伝達タンパク質を明らかにするべく引き続き研究を進めていく。

　本研究は，令和 2 年度　筑波技術大学　教育研究等高度化推進事業 (競争的教育研究プロジェクトA) 研究費により行われた。

本研究による成果
[1] FAK-Dependent Cell Motility and Cell ElongationKazuo Katoh., Cells 2020, 9(1), 192; https://doi.org/10.3390/cells9010192
[2] Regulation of fibroblast cell polarioty by Src tyrosine kinase. Kazuo Katoh., Biomedicines 2021,9(2), 135; https://doi.org/10.3390/biomedicines9020135

図版1　通電刺激を20時間程度与えると，細胞内に分布する接着装置である接着斑が大きくなり，特に，チロシンリン酸化型c-Src（図版A）とチロシンリン酸化型FAK（focal adhesion kinase;接着斑キナーゼ）（図版B）の発現量が増強することがわかった。培養線維芽細胞　図版A: チロシンリン酸化型c-Src抗体による染色　図版B: チロシンリン酸化型 FAK 抗体による染色　　スケール　20μm