視覚障害者のための音声サポート機能を利用した東洋医学学習ツールの開発と実用性の検証 石崎直人 1),井上萌美 2),鮎澤 聡 1) 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻 1)筑波技術大学大学院 技術科学研究科 保健科学専攻鍼灸学コース2) 要旨:本研究では,視覚障害者が東洋医学を学ぶための学習ツールとして開発された,携帯型端末用の用語検索システムに,音声ユーザーの利用に適した機能を追加して試作した教材の実用性について検討した。音声ユーザー用システムのコンセプトは以下の通りとした:①携帯型端末の音声読み上げ機能の利用を前提とする,②端末のキーボードによる入力は不要とする,③画面上の空白を最小限にしてボタンや文字を配置する,④用語の複数文字目まで絞り込めるようにする,⑤常に検索開始ページに戻れるようにする,⑥画面が切り替わったことが認識できるようにする,⑦音声読み上げに適した表記法を用いる。実用性は,複数の東洋医学用語を,点字教科書,インターネット検索,試作教材の3種類の方法で検索し,解説箇所に到達するまでの時間と解説を読み終えるまでの時間で検討した。音声ユーザーによる延べ 45 件の検索シミュレーションの結果,用語検索時間(及び読了時間)の中央値は点字教科書で 388(439) 秒,インターネット検索で 120(180) 秒,試作教材で 24(65) 秒で,試作教材で明らかに短縮した。 キーワード:東洋医学,視覚障害者,音声サポート,用語検索 1.研究の背景と目的  著者らは,視覚障害を有する学生が東洋医学を学ぶための補助教材として,タブレット端末で簡易検索が可能なPDFファイル形式の用語集の開発を進めてきた。同教材はタブレットの1画面に並んだ五十音をタップして絞り込みを行った後に表示される用語リストから目的の用語を選べるよう工夫されている。コンテンツは,教科書 [1] の索引と同等の見出し用語(約 1,000 語)を配置し検索できるようにした。見出し語の検索機能と主な用語解説が整った段階で,アクセスの速さや利便性などについて,教科書の索引やインターネット検索との比較による検証を実施し,優位性を確認した[2, 3, 4]。同システムは,筑波技術大学の鮎澤らにより開発され実用化されている国家試験学習ツール「こくしくん」[5, 6] にも実装され,一部の学生に利用されている[7]。  しかしながら,現行のシステムは,あくまで携帯端末のディスプレイを視認することが前提となっているため,点字使用者のニーズには対応できていない。また,用語へのアクセス速度等についての検証はこれまでの研究で進めてきたが,学習の実践でどの程度役立つかについては検証できていない。  本研究では,現行の東洋医学用語検索システムを再構築し,音声ユーザーが使用可能な機能を追加し,その実用性を検討することを目的とした。 2.方法 2.1 試作教材のプラットフォームと基本コンセプト  今回試作する用語検索システム(以下試作教材)では,拡張性と利便性の向上を目的として,音声読み上げ機能が充実したiOS 端末で利用可能なFileMakerを採用し,以下の基本コンセプトに従って構築した:①携帯型端末の音声読み上げ機能の利用を前提とする,②端末のキーボードによる入力は不要とする,③画面上の空白を最小限にしてボタンや文字を配置する,④用語の複数文字目まで絞り込めるようにする,⑤常に検索開始ページに戻れるようにする,⑥画面が切り替わったことが認識できるようにする,⑦音声読み上げに適した表記法を用いる。  図1に,試作教材の五十音検索画面と用語解説画面の一例を示す。音声読み上げに対応した五十音検索画面から,用語の先頭3文字目までを指定できるよう工夫し,指定した文字に従って表示される用語一覧から任意の用語を選んで解説画面に移動する構成とした。各画面のボタン配置は,ユーザーが画面のどこに触れても居場所がわかるように,出来る限り空白が少なくなるよう工夫した。また,一般的に,携帯型端末の音声読み上げ機能では同一フィールド内の長い文章は一気に読上げられてしまい,ユーザーのペースに合わせて読み進めることが困難なことから,試作教材の解説画面では,用語解説部分のフィールドを最大6分割し,画面上部から順にフィールドを指でなぞるか,フリック操作でフィールドを切り替えることによって,ユーザーが任意のペースで読み進められるよう工夫した。さらに画面下部には,見出し語に関連する用語の一覧を最大 12 語まで一覧表示し,任意の関連用語をタップすることでそれぞれの解説詳細画面に移動できるようにした。 図1 試作教材の五十音索引画面と用語解説画面  五十音索引画面(図1左)では,任意の用語の先頭3文字まで指定できるようにし,指定した文字に従って表示される用語一覧画面(非掲載)から選んだ用語の解説画面(図1右)が表示されるようにした。 2.2 実用性検証シミュレーション  試作した教材の実用性について,音声ユーザーである共著者(井上)が,過去の研究に準じた方法 [2] でシミュレーションを行った。具体的には,予め用意した 14 種類の東洋医学用語の中からランダムに選択した用語について,点字教科書 [8],インターネット,試作教材の 3 種類を利用して検索し,検索開始から用語解説箇所に到達するまでの時間(以下用語検索時間)と,検索開始から解説を読み終えるまでの時間(以下解説読了時間)の2つの指標を測定した。いずれの場合も,試行時間の上限を10 分として,検索または読了が完了していない場合でも10 分で試行を打ち切ることとした。 3.結果  3種類の各検索方法それぞれで延べ 15 件,計 45 件の検索シミュレーションを実施した結果,用語検索時間の中央値は,点字教科書で 388 秒,インターネット検索で 120 秒,試作教材で 24 秒,解説読了時間の中央値は,点字教科書で 439 秒,インターネット検索で 180 秒,試作教材で 65秒であった。 4.考察  東洋医学用語の意味や定義が記述されている一般向けの書物は複数存在するが [9,10],視覚障害者が任意の東洋医学用語について意味を調べる用途としては適していない。現時点において学生が任意の東洋医学用語の意味を調べるための一般的な手段としては,教科書の索引を利用するか,PC あるいはタブレット端末を利用したインターネット検索に頼っているのが現状である[11,12]。視覚に障害を有する学生が教科書の索引から,本文の該当ページを探し出し,その中に任意の用語を見つけるためには相応の労力と時間を要する。又,インターネット検索では,複数表示される情報の中から正しい情報を得るためには予備的な知識や検索技能が必要となる。  このような問題を解決する手段の一つとして試作された東洋医学用語検索教材は,視覚障害者が携帯型端末上で簡便に用語の意味にアクセスするための有用なツールとなることが検証された [2, 3, 4]。しかしながら,同教材の利用者は,あくまで携帯端末の画面が視認可能な者に限られているほか,PDF のリンク機能を利用しているため,見出し語追加や用語間の関連付けなどの拡張性に乏しい点が課題であった。  今回試作した教材は,音声読み上げに適した iOS 端末で利用可能なデータベースアプリであるFileMakerを利用して構築し,視認性に依存しないタッチ操作に適した画面配置で構成し,さらに音声読上げに適した表記法でコンテンツを改変した。  試作教材を利用して,音声ユーザーがシミュレーションした結果,点字教科書やインターネット検索と比較して明らかに検索及び解説読了に要する時間が短縮したことから,音声ユーザーが東洋医学用語の意味を調べるための有用なツールになると考えられた。  今回の試行は,1名の音声ユーザーによるシミュレーションであったが,今後は複数の音声ユーザーでの検証を実施し,さらには国家試験問題等の解答など,より実践的な場面での有用性についても検証する。 5.結語  音声ユーザーが利用可能な携帯端末で利用できる東洋医学用語検索システムを試作し,その実用性についてシミュレーションを行ったところ,用語検索時間及び解説読了時間は,点字教科書やインターネット検索と比較して明らかに短縮することが分かった。 6.謝辞  本研究は,令和 2 年度学長のリーダーシップによる教育研究等高度化推進事業・競争的教育研究プロジェクト事業(A)の助成を受けて実施した。 参照文献 [1] 東洋療法学校協会編.新版東洋医学概論,第1版, 医歯薬出版(東京),2015. [2] 石崎直人.東洋医学を学ぶ視覚障害者のための用語 検索教材の開発と実用性の検証.全日本鍼灸学会雑誌.2018, 68(4): p.274-282. [3] 石崎直人.視覚障害者が東洋医学を学ぶための補助教材としての携帯型東洋医学用語検索システムの開発.筑波技術大学テクノレポート.2018, 26(1): p.123-125. [4] 石崎直人.東洋医学を学習する視覚障害者のための用語解説集構築の試み.第 67 回全日本鍼灸学会学術大会抄録集;2018-6-3(大阪).2018; p.243. [5] 周防佐知江,鮎澤聡,近藤宏,笹岡知子,緒方昭広,石塚和重.弱視教育における検索機能の活用─汎用データベースソフトウェアとタブレット端末を用いた試み ─.弱視教育.2017;55(2): p1-7. [6] 鮎澤聡,周防佐知江.ノートとしてのタブレット端末の活用に関する検討.第 60 回弱視教育研究会全国大会北海道大会抄録集;2019-1-28(札幌).2019; p40-41. [7] 石崎直人,周防佐知江,鮎澤 聡 . 視覚障害学生のための国家試験自主学習ツールとしての東洋医学用語検索システムの有用性と展望―「こくしくん」への実装と課題―.筑波技術大学テクノレポート.2020, 27(2): p.1-5. [8] 東洋療法学校協会編.新版東洋医学概論点字版.岡山ライトハウス(岡山),2015. [9] World Health Organization. Regional Office for the Western Pacific. WHO International Standard Terminologies on Traditional Medicine in the Western Pacific Region. 2007. https://apps.who.int/iris/handle/10665/206952 ( 最終アクセス日:2021.04.22). [10] 創医会学術部編.漢方用語大辞典.燎原(東京).2012. [11] 周防佐知江,鮎澤 聡.アクティブラーニング支援を目的とした視覚障害学生の学習形態調査.筑波技術大学テクノレポート 2018, 26 (1): 57-62. [12] 吉田次男.視覚障害学生の学習教材に関する調査-教科書,参考書の現状と希望教材に関するアンケート調査-.筑波技術大学テクノレポート 2008, 15: 125-131. Usefulness of an Oriental Medical Terminology Search System Specially Designed for Screen-Reader Users ISHIZAKI Naoto1), INOUE Moemi2), AYUZAWA Satoshi1) 1)Course of Acupuncture and Moxibustion, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2)Course in Acupuncture and Moxibustion, Division of Health Sciences, Graduate School of Technology and Science, Tsukuba University of Technology Abstract: We have developed an Oriental medical terminology search system which is specially designed for users of screen-reader support system and have verified its usefulness through measuring actual time taken to access the specified term in comparison to standard braille textbook and web based searches. The system was constructed according to the following concepts: (1)use screenreader support function of mobile device, (2)do not use system keyboard of the device, (3)mimize blank space between active contents on the screen, (4) narrow the candidate terms through specifying the first letter(s), (5)always indicate 'back to home screen' button (6)notify the user of entering new screen, (7)write contents suitable for screen-reader system. Result of a total of 45 simulation trials by a user indicated median time (sec.) consumed for access (and for complete reading of the explanation of the term) using braille textbook, web-based search and the experimental system were 388(439), 129(180) and 24(65), respectively. We suggested that the newly developed system is a useful learning tool of Oriental medical term for screen-reader users as it significantly shorten time for interpretation of specific terms. Keywords: Oriental Medicine, visually pmpaired, screen-reader user, terminology