盲ろう事務職員の在宅勤務に関する事例報告 後藤由紀子1),白澤麻弓1),磯田恭子1),岩渕政憲2),和田智子2),森敦史2),石田祐貴3) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者支援研究部1),総務課2),筑波大学大学院人間総合科学研究科3) 要旨:本学では,2020年4月に先天性盲ろう者を事務補佐員(以下,盲ろう職員)として採用した。盲ろう職員は総務課広報・情報化推進係にて本学の広報に係る業務に従事することとなり入職前から受け入れ体制を整えてきたが,入職後間もなく新型コロナウイルス感染症の流行により在宅勤務に移行することとなったため勤務体制が大きく変わった。本稿では,盲ろう職員の就労状況について,特に2020年4月下旬から9月にかけて在宅勤務を取り入れていた時期における雇用環境の変化や支援体制の整備に焦点をあてて報告する。 キーワード:盲ろう,事務職,在宅勤務 1.はじめに 1.1 盲ろう者の就労  「盲ろう者」とは,一般に「目と耳の両方に障害を併せ持つ者」を指す [1]。全国盲ろう者協会が 2012 年に行った全国調査の結果,各自治体で「視覚と聴覚の両方の障害の身体障害者手帳を交付している者」は13,952人であった(回収率:都道府県・政令指定都市・中核市 98.1%,市区町村 92.2%)ことから,盲ろう者は国内に約 14,000 人いるとされている[2]。  全国の都道府県に在住している盲ろう者を対象に行った調査 [2] によると,回答者 2,281 名のうち聴覚と視覚の両方に身体障害者手帳 2 級以上の障害がある者(821名)の中で日中の過ごし方を「就労(正社員)」あるいは「就労(正社員以外)」と答えた者はわずか 43 名であった。つまり,日中に就労している盲ろう者は同程度の障害を有する者の中の 5.2%に過ぎないことが明らかになっている。このため,就労している盲ろう者の事例は極めて少なく,学術的に報告されているものはアッシャー症候群といった進行性の障害に関わる事例がわずかにあるのみである[3]。  盲ろう者が持つ支援ニーズは聴覚・視覚障害の程度や受障時期によって非常に多岐にわたるため,就労場面においても盲ろう者個人の状態に応じた独自の支援が必要である。つまり,個別性の高い支援が求められる盲ろう者の就労においては,前例が非常に少なく,支援現場では常に試行錯誤の状態であることが想定できる。 1.2 本学における盲ろう事務職員の採用  本学では,2020 年 4 月より先天性盲ろう者を事務補佐員として迎え入れ,ともに業務にあたってきた(週 3日勤務)[4]。総務課広報・情報化推進係に配属された盲ろう職員は,本学大学院情報アクセシビリティ専攻の卒業生でもあり,就業にあたっては,配属先部署を中心に,天久保地区障害者高等教育研究支援センターや産業技術学部リカレント教育プロジェクト教員(以下,天久保地区教員),春日キャンパス情報システム学科教員,春日地区障害者高等教育研究支援センター技術職員(以下,春日地区教職員)等が加わって,部局を越えた支援を行ってきた。新型コロナウイルス感染症の流行に伴い在宅勤務などの新たな働き方が求められる中で,盲ろう職員と配属先職員,支援に携わる関係者の間で試行錯誤が続いている。  本稿では,盲ろう職員の就労について,特に 2020 年 4月下旬に茨城県から発出された緊急事態措置等において休業要請対象施設に大学が含まれたことを踏まえて本学が在宅勤務を取り入れ,出勤者減の対応を行うこととなった時期における盲ろう職員の雇用環境の変化や支援体制の整備を中心に報告する。 2.盲ろう職員の概要 2.1 障害の程度  下記の障害から身体障害者手帳 1 級を所持している。 視覚障害(2 級):光覚弁 聴覚障害(3 級):90dB 程度 音声言語障害(3 級):音声による発話は困難 2.2 コミュニケーション方法  主なコミュニケーション手段は触手話(盲ろう職員は手話で発話し,相手の発話内容を把握する際には盲ろう職員が左手で相手の右手に触れて手話を読み取る方法)である。その他点字も習得しており,点字を活用したパソコンの利用や 50 音ボード(50 音の点字と普通文字が併記された文字盤,図 1 参照)を用いた会話なども可能である。 図1 50音ボード 2.3 略歴  幼少期から高等部まで,難聴幼児通園施設および聴覚特別支援学校,視覚特別支援学校に通い,私立大学を卒業後,本学技術科学研究科情報アクセシビリティ専攻へ進学,2020 年 3 月に修了したのち本学へ就職した。 3.盲ろう職員の配属先・支援体制 3.1 所属部署・業務内容 所属部署:  総務課広報・情報化推進係 盲ろう職員の担当業務:  SNS による情報発信,メールマガジンの作成,学報の作成,ウェブマガジンの発行,文教ニュースの投稿,等 3.2 盲ろう職員配属先の人的体制(2020 年 4 月現在) 常勤職員:係長 1 名,専門職員 1 名,係員 1 名 非常勤職員:事務補佐員 3 名(盲ろう職員と支援者 2 名)(以下,2 名の支援者を支援者 A・支援者 Bと表記)  盲ろう職員は週 3日勤務,支援者 A(4 月16日入職)は週 2日,支援者 B(5 月13日入職)は週 1日勤務であり,盲ろう職員の出勤日に合わせて交代で勤務する。支援者 A・B 共,触手話による通訳が可能。 3.3 盲ろう職員入職前後の環境整備  盲ろう職員の入職前には,点字マットの敷設・使用機材の購入等の物理的な環境整備を行った他,配属先の上司・同僚との顔合わせを行った。入職後の数週間は,盲ろう職員が業務に必要なパソコン操作を習得するための支援として,天久保地区教員が同席し基本的な技術を教えるととともに,春日地区教職員の協力を得て 2日間各数時間ずつのパソコン研修を開催し,タイピングスキルの向上やスクリーンリーダーを用いた Windows の基本操作等について指導を行った。 3.4 盲ろう職員の使用機材  機材を使用している様子は図 2を参照のこと。各機材の用途は下記の通りである。 ノートパソコン:作業用。スクリーンリーダーとして PC-talker・NVDAをインストール済み。支援者が入力用キーボードに点字シールを貼付した。 USB ハブ:各種機器・USBメモリの接続用。 ブレイルテンダー BT46:点字ディスプレイ。スクリーンリーダーが読み込んだ内容を点字で表示する。 点字ボード:50 音の他,業務上頻回に用いる人名や挨拶等を点字と普通文字で併記した文字盤。盲ろう職員が手話の出来ない職員と直接会話する際に用いる。 ブレイスセンスU2(盲ろう職員の私物):インターネットに接続可能な点字端末。作業手順等を盲ろう職員が個人的にメモする際等に使用する。  ノートパソコンの手前に入力用キーボード,画面読み上げ用点字ディスプレイ(ブレイルテンダー BT46),右側にメモ用の点字端末(ブレイスセンスU2),左側に USB ハブと点字ボードが配置されている。 図2 盲ろう職員の勤務時の様子 4.盲ろう職員の在宅勤務 4.1 経緯  新型コロナウイルス感染症の流行に伴い 2020 年 4 月22日から茨城県の休業要請対象施設に大学が含まれたことを踏まえ,在宅勤務制度の活用により大学への出勤人数を調整する体制となった。 4.2 在宅勤務の経過  2020 年 4 月21日に茨城県から緊急事態措置等が発出されたため,盲ろう職員を含めた多くの教職員がその翌日から在宅勤務を行うこととなった。在宅勤務開始時には,盲ろう職員の配属先職員が前述の機材を盲ろう職員宅に届け,盲ろう職員は大学での勤務時と同様の機材を用いて自宅で業務にあたれるようになった。新型コロナウイルス感染症の流行状況が落ち着いたことから,在宅勤務の体制は9 月末で解除され,盲ろう職員は 10 月1日より週に 3日,大学へ出勤する形となった。勤務体制の変化や支援者の役割,配属先職員とのコミュニケーション方法等に関する経過の概要は表 1 のとおり。  在宅勤務の開始前は盲ろう職員の隣席に支援者が常時いたため,盲ろう職員の手が止まった様子に支援者が気付けば状況を確認し周囲の職員に助言を求める,支援者が盲ろう職員の作業の様子を観察している際にパソコン操作の誤りが見つかればその場で作業を中断させ助言をするといった対応が出来たものの,在宅勤務時は盲ろう職員からのメールによる発信がなければ支援者は支援・助言が必要な事態に気づけない体制となった。そのため,在宅勤務の開始当初は盲ろう者自身が「自分で対処すべきこと」と「支援を受けた方が作業を円滑に進められること」を判断するのが難しかったことから,パソコンの不具合等のトラブルが生じてからかなりの時間が経過したのち盲ろう職員からのメールにより支援者が事態を把握する場面が多く,トラブルからの復帰に時間を要し中々業務が進まなかった。天久保地区教員による面談や配属先職員からの盲ろう職員の日報・週報に対するフィードバック,定期的な振り返り・意見交換の実施を通して,徐々に盲ろう職員の作業が滞りやすい場面(スクリーンリーダーでは読み取りにくいレイアウトの書式があること,支援者への援助要請に迷う場面があること,等)が明らかとなり,対処法を検討していく中で少しずつ在宅勤務体制が安定化していったと考えられる。 4.3 関係者の所感 盲ろう職員の在宅勤務における所感を配属先職員や支援者,盲ろう職員に尋ねた。概要は以下の通りである。 4.3.1 配属先職員から  在宅勤務が開始された時期は,盲ろう職員が業務の流れを習得する前であり,かつ我々が盲ろう職員のパソコンスキルや言語能力を把握する前であったことから,指示や提案等に対する盲ろう職員の理解度を確認することが困難であった。業務指示や確認を全てメールで行ったため,件数が多く内容を把握できるまで時間がかかったことに加えて,行き違いもよく発生した。在宅勤務の開始前は,作業指示や連絡事項の伝達においては支援者による触手話通訳を介したコミュニケーションが中心であったため,メールのみによって情報を伝達するにあたっては作業を指示する側としても苦労と時間を要する場面が多かった。  盲ろう職員の業務の進捗管理をはじめとするコミュニケーションの円滑化のために,盲ろう職員が大学に出勤する日に合わせてミーティングを開催し状況確認等を行う,盲ろう職員に困りごとや作業状況に関する日報を提出させる,等の工夫を行った。 4.3.2 支援者 A(在宅勤務時の支援を担当)から  在宅勤務開始当初の課題として,支援者が盲ろう職員の業務遂行状況を把握することが困難であったことが挙げられる。そのため,「毎朝の業務予定の報告・打ち合わせ」「昼休憩明けの業務の進捗状況の報告」といった支援者 - 盲ろう職員間の報告体制を整えた。メールを通じた報告・相談により大幅な時間ロスが生じることも課題の 1つであったが,盲ろう職員のタイピング技術の向上,チャットの導入によって徐々に円滑に行えるように改善できた部分もあった。  しかしながら,盲ろう職員から支援・助言を求められた際,メールやチャットでの文字を介したやりとりだけでは的確に状況を把握することが難しいケースも多くあり,有効な課題解決方法を提案できずに,支援者が盲ろう職員に代わって作業を担わざるを得ないことも少なからずあったことは,今後の課題である。 4.3.3 盲ろう職員から  在宅勤務時は作業の進め方が分からなくなる場面,特定のソフトが起動しないといったパソコンの不具合,支援者からの助言を元に作業手順の改善や不具合の復旧を試みても上手くいかない場面が頻繁に生じたが,パソコン画面上の視覚的情報の把握が難しく,支援者に状況を説明し,対処するまでに時間を要することが多かった。しかし,在宅勤務期間を通して,パソコンの操作方法についてインターネット等を使って自ら調べる,トラブルの対処方法について支援者や知人に尋ねるといった行動が徐々に身につき,これらの工夫によって,より安定した業務が可能となった。自主的な課題解決方法が身についたことは,その後の業務にも活かされている。 5.まとめ  本稿では,大学事務職員として入職間もない盲ろう者が在宅勤務へ移行した際の勤務状況や支援体制の変化について報告した。聴覚障害者支援・視覚障害者支援の経験豊富な教職員が在籍する本学においても,在宅勤務に合わせて支援を遠隔で行う状況についてはノウハウが少なく,在宅勤務中の支援ニーズを把握する方法や盲ろう職員と支援者との関わり方について試行錯誤する時期が続いた。在宅勤務期間中に顕在化した,支援者との役割分担や作業の効率化といった課題は通常の勤務体制においても盲ろう職員が就労継続する中で将来的に検討が必要になったことであるとも考えられる。本稿で取り上げた期間以降の盲ろう職員の勤務状況や支援体制についても随時報告を行い,盲ろう者の就労における一事例として今後の盲ろう者支援の一助となることを期待する。 参考文献 [1]社会福祉法人全国盲ろう者協会.盲ろう者向け通訳・介助員養成講習会指導者のための手引き書.~日本のヘレン・ケラーを支援する会○ R ~社会福祉法人全国盲ろう者協会(東京都新宿区),2016; p.16 [2]全国盲ろう者協会.厚生労働省平成 24 年度障害者総合福祉推進事業盲ろう者に関する実態調査報告書,2013. [3]松谷直美.障害と支援 アッシャー (Usher) 症候群の盲ろう者の就労継続支援の在り方 (パート2). 社会事業研究 . 2010; 49: p.123-128. [4]森敦史,後藤由紀子,白澤麻弓.盲ろう者の大学事務職における就労事例―コロナ禍での在宅勤務を経験して―.第 28 回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集.2020: p.40-41. Remote Work of an Administrative Assistant with Deafblindness: Case Report GOTO Yukiko1), SHIRASAWA Mayumi1), ISODA Kyoko1), IWABUCHI Masanori2), WADA Tomoko2), MORI Atsushi2), ISHIDA Yuki2) 1)Division of Research on Support for the Hearing and Visually Impaired, Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology 2)General Affairs Section, Tsukuba University of Technology 3)Graduate School of Comprehensive Human Sciences, University of Tsukuba Abstract: Tsukuba University of Technology hired an administrative assistant with congenital deafblindness (hereinafter the staff with deafblindness) in April 2020. The staff with deafblindness was assigned to General Affairs Section and he works in public relations of the university. We had prepared the working environment of the office before the staff with deafblindness joining us. But soon after he was hired, we began remote work depending on the situation of COVID-19 pandemic. Our work system has changed significantly because we adopted working from home. This is a case report focused on the development of support system for the staff with deafblindness and changes in the working environment of him during the period from late April to September 2020 when he had been working from home. Keywords: deafblindness, office work, remote work