書見台型学習支援システムの改良 村上佳久 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎研究部 要旨:タブレットPC のように指で自由に拡大縮小が可能な操作方法と見えやすい大型の画面を有する,書見台型学習支援システムを弱視の利用を改善すべく,利用者の様々な声を元に新たな学習環境に適応すべく,細部を改良した。特に表示される拡大文字の視認性が向上し,弱視の使い勝手が向上した。 キーワード:書見台,ディスプレイ,タブレット 1.はじめに  コロナ禍のなか,GIGA スクールと呼ばれる,小・中学校向けの PCプロジェクトが,盲学校等でも進み,高等部や専攻科も含めて,一人一台体制で進みつつある。また,盲学校では,小・中・高等部での弱視向け電子教科書の普及が進み,電子教科書とGIGA スクールで,盲学校の情報教育も劇的に変化しつつある。  一方,視力障害センターなどでも,タブレットPCを利用した電子教科書が,非常な勢いで普及しており,個人の利用を含めるとほとんどの弱視が,何らかのタブレット型電子機器を利用している状況となった。  スマートフォンを含めると,指で操作する電子機器類が非常な勢いで増加しており,従来型のパソコン室の機器類も指で操作できる機器にすべきという意見も,盲学校や視力障害センターなどでも聞かれるようになってきた。  従来型のキーボードで操作する手法から,キーボードと指操作を併用する新しい情報機器をどのように使いこなし,生徒・児童・入所生の学習環境を整備するかは,今後の大きな問題になると思われる。  そこで,タッチパネル式ディスプレイを利用した書見台型学習支援システム[1]を指操作時代の新しい情報機器に改良したので報告する。   2.書見台型学習支援システム  図 1 は,書見台型のディスプレイを利用した視覚障害者の学習支援システムである。  このシステムの特徴は,書見台型の 22インチのタッチディスプレイを用い,指操作で,様々な拡大操作が可能なことである。また,点字ディスプレイを接続し,ソフトウェアを整備すると,拡大文字・点字出力・音声出力の3つを同時に出力することが可能なシステムとなる。 図1 書見台型学習支援システム 現在,盲学校 4 校,視力障害センター 2 校で,実証実験中だが,次のような様々な改良事項が寄せられている。 1)書見台の高さ 2)書見台の大きさ 3)文字やフォントの拡大と「拡大鏡」の視認性 4)手元スピーカー 2.1 書見台の高さ  書見台を見る場合,上から下方に首を曲げると,肩こりの原因となる可能性がある。そこで,少しでも改善するため,図 2 のようにディスプレイ台で,8cm 程度書見台を高くすると,利用者から好評であった。また,図 3 のようにディスプレイアームで,目の高さまで持ち上げると,逆に圧迫感があって,少し低めの方が良いとの意見が多かった。つまり,首を大きく曲げることなく,少し目線を下げる程度で利用できる高さが利用者にとって好まれるようである。 図2 ディスプレイ台に乗せた書見台ディスプレイ 図3 ディスプレイアームを取付た書見台ディスプレイ 2.2 書見台の大きさ  大きさの異なるタッチディスプレイを3 種類用意し,使い勝手を評価した。図 4 は,15インチタッチディスプレイのシステムで,視野が狭い場合に利用する事を想定したもので,ディスプレイアームで高さが確保される。 図4 15インチタッチディスプレイとディスプレイアーム  図 5 は,24インチタッチディスプレイとディスプレイアームの組み合わせである。強度弱視用に大きな文字で利用することを想定した。両者ともに様々な視覚障害者に対応すべく対応したものであるが,15インチのものは,タッチパネル式のノートPC やタブレットPCと変わりないとの評価で,否定的な意見が多く,一方,24インチの方は,以前,27インチのタッチディスプレイを評価したが,やはり,24インチでも22インチよりも圧迫感が大きく,否定的な意見が多いようである。 図5 24インチタッチディスプレイとディスプレイアーム 2.3 文字やフォントの拡大と「拡大鏡」の視認性  近年の Windows10 以降,CPUとGPU のめざましい発展によって,画面の文字の視認性は飛躍的に向上した。  フォントやアイコンなども拡大しても視認性の良いベクトル表示で一般健常者のみならず,視覚障害者でも十分に利用できる文字拡大が可能である。一方で,視覚障害者向けの Windows 操作のため,「拡大鏡」と呼ばれる機能があり,画面や文字を拡大可能となる。しかし,「拡大鏡」は,部分拡大であり,拡大率が高くなると,フォントやアイコンなどの視認性が著しく低下する。  Windows10 の画面解像度の変更や文字の大きさの変更は,『設定 → システム → ディスプレイ → 拡大縮小とレイアウト → テキスト,アプリ,その他の項目のサイズを変更する』で,プルダウンメニューから変更可能である。また,表示スケールの詳細設定 により細かいカスタマイズが可能であるが,文字フォントの視認性が良好なのは,プルダウンメニューの選択肢の数値である。  さらに,ディスプレイ解像度を変更することによっても,文字サイズを変えることが可能であるが,前項の設定による方が,フォントの視認性は向上する。  この場合,フォントはベクトルフォントであり,Windows10のグラフィックス機能で,拡大縮小されるため,視覚障害者,特に拡大文字を必要とする弱視にとっては,この部分の設定は,きわめて重要である。  一方で,Windows10 の文字拡大の手法として,『設定→簡単操作→視覚→ディスプレイ→文字を大きくする』では,Microsoft の Windows10 の表示や Office 製品のメニューなどの文字を大きくすることは可能であるが,他社ソフトの多くが対応しないので,留意が必要である。  また,昔の Windows から視覚障害者からよく利用される,拡大鏡も,この設定項目にあり,様々な設定が可能となる。Windows10 では,非常に多彩な,アクセシビリティー設定が可能となり,色の反転なども即座に可能となる。  通常の Windows10を利用中に拡大鏡を起動するには『Windows キー + +(プラス) キー → 拡大鏡起動』で行うことが一般的であるが,拡大鏡には留意すべき点がある。それは,ソフトウェアによる部分的な拡大であるため,拡大率が高くなると,フォントなどの文字の視認性が非常に低下する。 図5 Word 2019 12Pでの100%拡大率表示  図 5 は,Word2019 の MSPゴシック12P で文字入力した場合の拡大率 100% の状態である。  この場合,文字が非常に小さく視認性が悪いので,文字を拡大するには,3つの方法がある。一つが,Word2019の『表示 → ズーム』で画面文字のみを拡大する。この場合,最大 500%まで拡大可能である。Word の場合は500% であるが,Excel では 400%となる。図 6 は,図 5 の500% の場合である。 図6 Word 2019 12Pでの500%拡大率表示  二つ目が,ディスプレイの設定から,『設定 → システム → ディスプレイ → 拡大縮小とレイアウト → テキスト,アプリ,その他の項目のサイズを変更する』 で,拡大率を変更する方法である。両者ともに文字フォントはベクトル文字できれいに表示される。  三つ目が,拡大鏡を利用する方法である。図 7 は,図 5を拡大鏡で,800% 拡大したときの様子で,拡大された文字が非常にぼやけて,文字フォントの視認性が著しく低下している。 図7 図5を「拡大鏡」で800%拡大  そこで,Word 2019 で拡大率を500%としてから「拡大鏡」で 200% 拡大したものと,前項の設定から,『設定 → システム → ディスプレイ → 拡大縮小とレイアウト → テキスト,アプリ,その他の項目のサイズを変更する』で,拡大率を175%とした後に,拡大鏡で同様に拡大した場合は,ほぼ同一となり,図 8 に示す。 図8 図6を「拡大鏡」で200%拡大  文字フォントの視認性がかなり異なることがわかる。このように,Windows10では,なるべく文字やフォントを拡大してから,「拡大鏡」を利用すると,視認性の良い拡大が得られることがわかる。 2.4 手元スピーカー  書見台型タッチディスプレイは,HDMI ケーブルで本体と接続されるため,音声は,ディスプレイ内蔵のスピーカーから出力される。しかし,音量を調整するのが簡単ではないため,小型のボリューム付きのスピーカーを購入し,書見台の左右に置いた。音量が自由に変更できるため,利用者の利便性が向上した。   3.ハードウェアの変更 3.1 メモリ  初期の頃のシステム[1] では,メインメモリは,8GB であったが,最近では 16GB[2,3,4]となった。しかし,実際に利用しているメモリを精査すると,Windows10 のバージョンの20h2 以降では,8GB でも十分であることが判明した。[5]  負荷としては,ビデオ会議システムの Zoom や Teams,画面読み合成音声ソフト,点字変換用の点訳ソフトなどが,大きな負荷のソフトウェアであるが,Pentium Gold のような,Core i3よりも安価な CPU でも,必要十分な性能を示すようになった。但し,ビデオ会議システムの Zoom の仮想背景などは,Core i5 の 4コア以上の CPU 性能を要求するため,機能的に不可能な場合もあるが,一般的には視覚障害者が利用する場面においては,性能的に過不足はないと思われる。したがって,メモリも8GBを最低担保すればよく,より必要な部分にコストをかけるべきである。   3.2 ディスク(SSD)  初期の頃は,128GB の SSDを使用したが,最近ではマザーボード直結型の M2:SSD[3] に変更し,より高速に動作させていた。しかし,メモリと異なり,ビデオ会議システムの Zoom や Teams では,非常に多くのディスク領域を要求するため,128GB では,不足気味となり,最新のシステムでは 256GB[5]を利用している。2021 年 10 月にリリース予定の Windows11 へのバージョンアップも考えると,256 ~512GB の SSD 容量が必要と思われる。 3.3 CPU  最新の Intel CPU である,10,11 世代 CPU は,きわめて高性能で,Pentium Gold 5400 や 6400 程度のローコストCPU でもCore i3-6000 番台程度のパフォーマンスを有しており,デスクトップ型で 55W 程度の電力消費量なので発熱も少なく,長時間の負荷に耐えうるため,視覚障害者の利用に安価で対応可能である。CPU に Pentium Goldクラスを利用すると,PC のハードウェアの総額は 6 万円程度となり,OSとOfficeと画面読み合成音声ソフトを導入しても,15 万円以下で調達することが可能である。[4]よって,Coreシリーズを利用する必然性を感じない。 3.4 設定  ビデオ会議システムの Zoom や Teams の利用により,最も大きな負荷がこのビデオ会議システムとなったため,レジストリを変更して,負荷に対するメモリの分配を大きくしたが,メモリの項でも述べたように,メモリ消費量が,Windows10の最新バージョンでは,より少なくなってきているため,OS の自動配分でも問題はなくなった。  最近のソフトで最も大きな負荷は,市販のウィルス対策ソフトである。負荷が非常に大きく,インターネットの閲覧をあまり行わないのであれば,ウィルス対策ソフトの導入は,行わない方がよいと思われる。CPUをCore i7 に変更しても負荷が大きいためである。 4.タッチパネルとソフトウェア対応  書見台式タッチパネルを使用し,指先で文字サイズを自由に変更する場合に留意すべき事項を列挙する。 4.1 Microsoft Office  Word では,文字拡大は,2 章で述べたように,最大500%まで拡大可能である。これは,Word の仕様である。同様に Excel や PowerPoint では,400%となる。指 2 本の操作でスムーズに大きさを変更可能となる。タッチパネルでは,マウス操作の左クリックに相当する操作もダブルタッチで可能であり,操作性は良い。タッチディスプレイのガラス面と指先の濡れ具合で,操作性はかなり違うので,スマートフォンのようにガラス面保護用のフィルムを貼った方が良いかもしれない。 4.2 メモ帳  メモ帳では,Word 等と異なり,フォントサイズの選択コンポボックスの数字毎に文字の大きさが変化する。そのため,Word 等のようにスムーズに変化しない。  文字拡大可能な他社のソフトの多くが,このメモ帳と同じような変化を行う。Windows10とiPad の様な Apple 社の OSとの違いを感じる一例である。 4.3 その他  Windows10 では,多くのソフトウェアが,指先の拡大に対応しない。各々のソフトウェアで対応するのが一般的であるからで,この辺りの考えが iOSと異なり,固定的な文字サイズを利用するWindows の基本的な考えである。しかし,近年,アクセシビリティーが Windows でも強化され,視覚障害者のみならず様々な障害に対応したユニバーサルデザインの OS に変貌しつつあるので,今後開発されるソフトウェアは,指先での操作が行えるようなシステムになることを期待したい。 5.タッチパネルの操作指導  タッチパネルを指で操作することの多い,書見台型学習支援システムは,従来の視覚障害者の情報教育で行われてきたキーボード入力の学習をより簡易に進めるものであるが,全盲がキーボードのみで操作するのに対して,一部の弱視は,指操作の指導も行う必要がある。  問題は,タッチパネル機器の操作方法の違いである。電子教科書で多用されるiPadとWindows10 のタッチディスプレイ操作は,少し異なる。生徒や児童,入所生の学習者が十分に理解して,操作が行えるように,指導する側も,十分な知識が必要である。よく盲学校などでは,「生徒から教わった方が速い」と言う,自虐的な言葉も聞かれるが,ほとんどの教員がスマートフォンを利用する昨今では,教員側がきちんと各々の情報機器の特徴や使用方法を理解するよう,日頃から練習しておく必要がある。日々の使い方が練習の第一歩なので,日々タッチパネルに触ることが,教える側にとって重要である。 6.おわりに  書見台型学習支援システムを改良し,県を越えた協同学習を実現する全盲・弱視を同一教材で対応する学習支援システムをさらに改善・改良した。Windows10 のバージョンアップと共に,メモリや SSD 容量など様々な改良が加えられた。視覚障害者向けの学習支援システムは,常時アップデートを行うと,最新の学習支援システムとなり得る。常に利用者の意見を聞いて,機器にフィードバックすることにより,視覚障害者が使いやすい環境を提供することが可能となる。今後とも,このような改善・改良を続け,Windows11に向けた新たな知見が得られるようにしたいと思う。 7.備考  本研究は,2018-2021 年度 科学研究費 基盤研究(C)課題番号:18K11562「同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの開発」研究代表者:村上佳久 で構築されたシステムを2021-2023 年度 科学研究費 基盤研究(C)課題番号:21K02825「県を越えた協同学習を実現する全盲・弱視を同一教材で対応する学習支援システム」で改善・改良したものである。 参考文献 [1] 村上佳久.書見台型学習支援システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2018; 25(2): p.12-16. [2] 村上佳久.同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの開発.筑波技術大学テクノレポート.2018; 26(1): p.47-50. [3] 村上佳久.同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの改善.筑波技術大学テクノレポート.2020; 27(2): p.12-16. [4] 村上佳久.電子メディアを利用した視覚障害者の家庭学習システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2017; 25(1): p.1-4.[5] 村上佳久.県を越えた遠隔授業で協同学習を実現する学習支援システム.筑波技術大学テクノレポート.2020; 28(1): p.36-40.