精神障害を持つ障害学生の修学支援について~過去6年間の統計から~ 佐々木恵美 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 理学療法学専攻 キーワード:精神障害,発達障害,視覚障害,聴覚障害 1.はじめに 昨今,大学生のメンタルヘルスの悪化や自殺の問題,発達障害学生の増加に伴い,各大学で様々な支援の試みが行われている。また,合理的配慮の観点からも精神障害や発達障害を持つ学生への修学支援が求められている。 筆者は平成22年度より本学学生のメンタルヘルス対応,調査を継続して行っているが,精神科対応件数は増加傾向にある。幸い自殺既遂例はこの7年間生じていないものの,大量服薬や縊首による自殺企図,強い希死念慮を持つ学生,不穏や問題行動への緊急対応は例年少なからず認めている。思春期・青年期が好発年齢である統合失調症や双極性障害,うつ病,パニック障害等の精神疾患は,今後も一定の割合で出現すると思われ,早期発見・早期対応,教職員や家族との連携が重要となる。発達障害学生は,気分障害や適応障害等の他の精神障害を合併しやすい。本学では未診断のまま入学している例が多く,卒業し社会人になってから診断された例もある。成人の発達障害が近年軽症化し見えにくくなっていることが指摘されているが,視覚・聴覚障害を重複する発達障害学生では,より診断が正確になされていない現状が伺われる。こうした現状から,学生の精神的諸問題の早期発見のための試みとして,春日キャンパスでは平成25年度より健康診断を利用しUPIの有所見者を対象に個別面接を行っている。平成26年度は新入生の42%,在校生の12%が呼出対象となり全員と面接を行ったが,学年が上がるにつれ対象者は減少する傾向にあった。このため,平成27年度から在校生の質問紙をUPIから「こころの状態チェックリスト」(筑波大学保健管理センター作成,PHQ-9を改変)に変更したところ,新入生は48%,在校生は32%(既に精神科通院中の者を除く)が面接対象となった。これにより早期発見,早期対応につながっており,今後も引き続き継続する予定である。 現在,精神障害を持つ学生に対する修学支援は個々の教官に委ねられていることが多い。関係者による連携は可能な限り行っているが,支援体制は未だ十分とはいえない。以上の背景から,精神障害・発達障害を持つ障害学生の特徴について,本学での過去6年間の統計からその特徴について調査し,支援について検討した。 2.対象と方法 平成22年度から平成27年度の間に,保健管理センターおよび附属東西医学統合医療センターの精神科(カウンセリングは除く)で対応した本学学生・大学院生について調査した。各年度の国際分類に基づく精神科受診統計から,利用者数,相談・診断別の割合,視覚・聴覚障害学生間での比較,自殺企図や緊急対応件数,支援等について検討し,考察を行った。 3.結果 精神科対応件数は年々増加傾向にあり,平成27年度はのべ544件,71人であった。平成25年度からは視覚障害学生を対象として健康診断時にUPI呼出面接を行っているが,平成27年度から筑波大学保健管理センターの協力により,在校生の問診票を「こころの状態チェックリスト」に変更したところ,呼び出し対象者は1.8倍に増加した。診断別ではICD-10のF4 34%, F2 22%, F3 18%, F8 14%の順に多かった。診断別では,統合失調症と適応障害がほぼ同数,次いで発達障害,うつ病の順に多く,その他,パニック障害,双極性障害,解離性障害,症状性を含む器質性精神障害を認めた。視覚・聴覚障害別にみると,受診のべ数は4対1で視覚障害学生が多かった(図1)。単純に健康度の違いだけではなく,キャンパスの立地,聴覚学生は他の医療機関も利用しやすいこと,健康診断時の呼出面接実施の有無等も関与していると思われる。しかし,自殺企図件数は聴覚障害学生も決して少なくない。視覚障害学生では,統合失調症と適応障害,発達障害,うつ病圏の順に多く,聴覚障害学生では統合失調症,うつ病圏と適応障害,発達障害の順に多かった(図2)。発達障害学生は多くの例で適応障害,うつ病等を合併していた。入学前に発達障害と診断されていた例はわずか16%で,大半は未診断のまま入学していた。精神障害でも同様に入学前に発症していながら未診断であった例が散見された。調査期間中の自殺既遂例はないが,自殺企図例は毎年数件ずつみられ,問題行動や強い希死念慮のため緊急対応を要する回数も多い(図3)。支援について,当初は担任と個別に連携していたが現在は担任,AA,専攻長,支援課学生係,保健管理センター,カウンセラー等でミーティングを行う機会が増えている(図3)。 4.考察 1)健康診断時に呼出面接を行うこと,在校生への問診票をUPIから「こころの状態チェックリスト」にしたことで,呼び出し対象者が増加し,より早期発見・早期対応が可能となった。従来,在校生は毎年UPIを行っているため,慣れてしまい正確な回答を得られない傾向にあった。マンパワー不足や健康診断時間内に終えなければならない時間的制約,UPIと同様に慣れてしまう可能性等の課題はあるが,今後も継続して実施し有用性を検討したい。 2)統合失調症やうつ病,双極性障害の割合は,障害のない学生と同程度と思われる一方,適応障害や発達障害の割合は障害学生でやや多い印象がある。 3)視覚障害学生の受診数は聴覚障害学生の4倍であった。様々な要因を排除しても,視覚障害学生の方が心理・適応面で,より支援が必要であるかもしれない。 網膜から視交叉上核を介した光の非視覚作用,すなわち生体リズム調整や抗うつ作用が視覚障害学生では得られにくいといった器質的背景も関与している可能性も考えられる。今後,視覚障害の病変部位や睡眠との関係も含め検討したい。精神疾患の比率は視覚・聴覚障害学生間で大きな差は認めなかった。 4)聴覚障害学生の受診率は低いものの,統合失調症,うつ病等は教職員から紹介されることが多く,重症例もあり自殺企図にも注意を要する。 5)未診断の発達障害例が多くみられた。視覚・聴覚障害を併せ持つ発達障害は診断が難しいことが伺われた。 発達障害の特性を視覚・聴覚障害があっても把握できるよう臨床場面で心がけることや,各障害に応じた問診や心理検査の工夫等,必要と思われた。 6)発達障害ほど多くはないが,精神障害でも同様に未診断例が散見された。 7)支援については,短時間であっても関係者が集まってミーティングを行うことが,個別の連携よりも効率的で有効であった。 図1 障害別受診数・自殺企図件数 図2 障害別の診断 図3 対応・支援について