コロナ禍における国際交流 オンラインによる講演会「美術館・博物館とアクセシビリティ(聴覚障害)」の実施概要①〜企画と情報保障〜 小林洋子 1),井上正之 2) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 1) 筑波技術大学 産業技術学部 2) 要旨:新型コロナウィルス感染症拡大の影響による対面での国際シンポジウムやキャンパス内の国際 交流活動に代わり,オンラインを活用した新しい国際交流の形として,講演会「美術館・博物館とアク セシビリティ(Museum and Accessibility)」を企画した。また,アメリカ手話⇄日本手話 手話言語 通訳,日本手話⇄日本語 手話言語通訳,日本語文字通訳による情報保障も遠隔で実施した。本稿 ではオンラインによる国際交流講演会の企画と情報保障の実施概要について報告する。 キーワード:オンライン,国際交流,聴覚障害,アメリカ手話,情報保障 1.はじめに  コロナ禍による全世界的な渡航制限により,これまで筑波技術大学が取り組んできた海外留学 [1, 2, 3],外国人留学生の受入等を通じた大学のグローバル化に向けた取組は大きな影響を受けている。海外留学や外国人留学生の受入等だけでなく,国際シンポジウムなどキャンパス内における国際交流活動も影響を受けている。  コロナ禍の影響がいつまで継続するのかは不透明な状況ではあるが,一方で,コロナ禍により国際的な人の往来が制限されたことに伴い,これまでの対面型の授業,国際的な学生交流に加えて,情報通信技術を活用した新しい形態の学修の有用性が顕在化するとともに,新たな潮流の一つになりつつある。  本稿では,オンラインを活用した新しい国際交流の形として企画した,講演会「美術館とアクセシビリティ(Museum and Accessibility)」の企画および情報保障の実施概要について報告する。 2. 企画選定の経緯  近年,障害者権利条約で最も重要な用語として「アクセシビリティ(利用のしやすさ)」がある。差別の禁止だけでなく,あらゆる領域における障害者の社会参加の権利と,それに対する政府の責務を示している。特に,第 9 条「施設及びサービス等の利用の容易さ」,第 21 条「表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会,第 30 条「文化的な生活,レクリエーション,余暇及びスポーツへの参加」では,多様な状況での情報保障とアクセシビリティの重要性が提起されている。  文化庁の調査によれば,障害のある人の文化芸術の観賞機会は障害のない人に比べて低い割合にとどまっていると言われている。障害者差別解消法(2016 年)や障害者による文化芸術活動の推進に関する法律(2018 年)の成立や施行といった社会情勢の後押しや,バリアフリー,ユニバーサルミュージアムの機運の高まりが見られるようになってきているものの,障害のある人の文化芸術へのアクセスは十分に改善されているとは言い難い。  聴覚障害者の美術館へのアクセスにおいても,美術館における情報アクセス等の整備が進んでおらず,聴覚障害者が文化芸術を享受する機会が妨げられている現状がある [4]。こうしたバリアの存在は,聴覚障害者の美術館への関心やアクセスを遠ざける一因にもなっていると考えられる。  このように,日本における障害者の情報アクセシビリティをめぐる状況はその重要性が認められつつも,十分に実現されているとは言えない。文化芸術関係者を取り巻く障害者対応への知識やノウハウの不足も指摘されており,研修機会の提供や文化関係機関と福祉団体の連携の必要性も求められている。  筑波技術大学は,国内で唯一の聴覚障害者のための高等教育機関として知られている。聴覚障害のある学生の中には,当事者経験に基づいてアクセシビリティなど幅広いテーマについて教育研究活動に関わってきている学生も多い。美術館とアクセシビリティについて学ぶことで,当事者の視点からアクセシビリティ向上について考え,将来的に文化芸術へのアクセスの改善に向けた活動に寄与する機会にもなるのではないかと考え,今回この企画を選定することにした。 3. 企画内容 3.1 講師に関する情報  企画開始から開催まで実質約 1ヶ月であった。企画に際しては,筑波技術大学と長年国際交流があるギャローデット大学にあるナショナルデフライフミュージアム(National Deaf Life Museum,以下 NDLM)においてディレクターをされているメレディス・ペルツィ(Meredith Peruzzi)氏に,企画の背景と趣旨の説明および講師依頼したところ,ご快諾いただくことができた。メレディス氏は,過去に筑波技術大学でのインターンシップや特定非営利活動法人日本 ASL(American Sign Language)協会で 2 年間語学指導を担当した経験があり,本企画についての同意はスムーズに行われた。  ギャローデット大学は,米国の首都ワシントンD.C. にある聴覚障害のある学生のための私立の総合大学で,“ 世界のどこにもない大学(There is no other place like this in the world.)”をスローガンとしている。アメリカ手話(ASL)と英語の併用によるバイリンガル・アプローチが採用されており,約 2000 人の聴覚障害のある学生が在籍している。学生は,幅広い分野から専攻を選択することができ,専攻に応じて教養学士(Bachelor of Arts, B.A.)または理学士(Bachelor of Science,B.S.)の学士号を取得することができる。 3.2 ナショナルデフライフミュージアム  ナショナルデフライフミュージアム(National Deaf Life Museum)は 2007 年に設立された博物館である [5]。特に歴史的な部分に力を入れており,他にも文化や手話に関するものも展示されているが,絵画はほとんど展示されていない。ギャローデット大学やろう者社会,手話を取り巻く歴史的なものをメインに展示しており,世界中からきこえる,きこえないに関係なく,多くの人が訪れてくるが,きこえる人は手話やろう文化に関心を抱く人が多い。このように,キャンパス内もしくはオンラインでの展示やプログラム活動を通して,ろう難聴(聴覚障害)の豊富かつ複雑な体験や経験といった歴史や遺産に関する情報を発信するという役割も持ち合わせている。  展 示は,キャンパスにある Chapel HallとMuseum Annexという2 つの建物内に設置されている。Chapel Hall では,「Gallaudet at 150 and beyond(150 年 以上もの歴史のあるギャローデット大学)」,「We are equal: The National Fraternal Society of the Deaf(私たちは平等である:全米ろう社交組織)」などが展示されている。Museum Annex の方は,Student Academic Center(学生センター)内にあるWeyerhaeuser Gallery(ウェアハウザー・ギャラリー)にあり,その都度展示の内容を変えている。過去に展示した内容の一部について紹介する。 • Olof Hanson Conspicuous Leader 1862-1933(オロフ・ハンソン:先駆者(建築家),1862 年〜 1933 年) • Making a Difference: Deaf Peace Corps Volunteers(変化をもたらす:ろう平和部隊ボランティアたち) • Deaf HERstory Exhibition(ろう女性史) • The Life of Robert Panara(ロバート・パナラの人生) ※ロチェスター工科大学・国立聴覚障害工科大学への展示貸出 • Language, Culture, Communities: 200 Years of Impact by the American School for the Deaf(言語,文化,コミュニティ:アメリカ聾学校)※アメリカ聾学校への展示貸出  NDLM は,学内関係者のみならず学外の人も鑑賞することができる。鑑賞できるスケジュールについて,Chapel Hall の方は学期中は平日10 時から16 時,夏季休暇と冬季休暇中は,平日の月曜日と金曜日は 10 時から16 時,火曜日から木曜日は予約制となっている。Museum Annexの方は 24 時間 365日開放されている。  広報活動にも力を入れており,登録をすれば NDLM が発行するニュースレターや SNS(Facebook,Twitter,Instagram)から最新情報を受け取ることができる。オンラインストアもあり,様々なグッズを購入することもできる。 3.3 事前準備  オンラインによる国際交流講演会と情報保障の実施は今回が初めての試みということもあり,当日までに企画関係者をはじめ,情報保障担当者や講師とオンラインで繋ぎ,何度も確認作業を重ね,事前準備を行った。  一方,コロナ禍にあって,本学学生にイベントを周知していく際には工夫を要した。先ずは,語学関連の講義を履修している学生や国際交流に関心があると思われる学生を中心に本イベントに関する情報提供を行った。 4. オンラインによる講演会と情報保障の実施体制  これまで国際交流を目的としたシンポジウムや講演会では,直接会場に参加者が集い,その場で手話通訳や外国語通訳,文字通訳などによる情報保障を行ってきている。今回は,テレビ会議システムZoom(以下,Zoom)を使用し,遠隔手話通訳と遠隔文字通訳による情報保障を実施した。以下,概要をまとめる。 4.1 情報保障の実施体制 4.1.1 手話通訳  手話通訳は,アメリカ手話⇄日本手話 手話言語通訳(以下,ASL/JSL 通訳)2 名,日本手話⇄日本語 手話言語通訳(以下,JSL/日本語通訳)2 名体制で実施した。ASL/JSL 通訳 2 名,そして JSL/日本語通訳 1 名は,遠隔地からZoom に入室してもらい,画面に表示される手話を読み取りながら通訳,通訳の映像を参加者に向けて配信した。  また,講演会中手話通訳者同士の確認作業ができるように関係者用 Zoomを別に用意した。交代時間は 15 〜 20分前後とし,交代する時間が近づいてきた時に関係者用Zoomを通して Zoom 管理担当者に伝えることで,交代時にスムーズに画面を切り替えられるようにした。  機器については,ASL/JSL 通訳の場合,配信画面表示用パソコンとは別に,関係者用 Zoom 表示用のタブレット,ASL/JSL 通訳者同士のみ表示用タブレットも用意し,通訳が円滑に進められるようにした(写真 1)。 写真1 ASL/JSL通訳側からの様子 4.1.2 文字通訳  文字通訳は,外部団体に遠隔地からの入力を依頼した。入力者は遠隔地からZoom に入室してもらい,講演会の音声を聴取しながら入力,文字通訳の映像を参加者に向けて配信した。 4.2 講演会  本企画は登壇者(参加者)が 50 名以下であったため,Zoomのウェビナーではなくミーティング機能を用いてリアルタイム配信を行った。 4.2.1 システムセッティング  講演会当日は,やりとりの利便性を考慮し,感染対策を講じた上で,学内の 1 教室を使用,Zoom 管理担当(ホスト),進行担当,手話言語通訳担当 4 名のうち遠隔地からの通訳 3 名を除く1 名,文字通訳調整担当が同教室に集まり,1 つのセッティングとした。また,先述の担当者は各自ノートパソコン1 〜数台を用意したのとは別に,メインルームの映像を確認できるように,大型モニターも用意した。なお,インターネットは学内のネットワークを使用した(写真 2)。 写真2 セッティング場の様子 4.2.2 配信画面調整  講演会時の配信画面は,利用者(参加者)の見やすさを考慮し,スピーカービューで配信する画面内には,講師,スライド資料・進行担当者,手話通訳,文字通訳のみ,質疑応答時は質疑者の画面を追加表示するのみとし,多くてもZoom 画面上の 7 分割以上にならないようにした。Zoom 管理担当者(ホスト)が状況に応じて,スポットライト機能を用いてそれぞれの映像のピン留めをし,配信画面の調整を行った(図2〜4)。 図2 導入(進行担当),講演 図3 質疑応答(質問者が手話話者の場合) 図4 質疑応答(質問者が音声日本語の場合) 以下,それぞれの画面の大まかな説明である。 ① 講師映像(遠隔地・米国):固定された位置で映像を表示するようにした。使用言語は ASL のみである。 ② スライド資料と進行担当映像:進行担当(使用言語は日本手話)が画面に表示する際はスライド資料の画面と合成して表示するようにした。講師が講演している間は,スライド資料の映像のみ表示できるようにした。画面合成用の緑色のバックスクリーンも用意した。 ③ 日本語文字通訳映像(遠隔地):他の画面と同じサイズになるように,講演中ずっと画面を表示した。画面のスクリーンネームは「PC 文字通訳」とした。 ④ ASL/JSL 通訳映像(遠隔地):講師のアメリカ手話を読み取り日本手話の表出,または質疑者の日本手話,ASLを読み取り,日本手話や ASL に表出した画面を表示するようにした。参加者が確認しやすいように,画面のスクリーンネームは「ASL-JSL (1)」「ASL-JSL (2)」とした。 ⑤ JSL/日本語通訳映像(遠隔地,学内):講師が講演している間は画面表示はせず,ASL/JSL 通訳者の手話を読み取り,音声のみ配信した。参加者からの音声による質疑応答の際は,JSL/日本語通訳の手話による映像も表示するようにした。画面のスクリーンネームは「JSL- 音声 (1)」「JSL- 音声 (2)」とした。 ⑥ 質疑者が手話で発言する場合は,画面に表示し,ASL/JSL 通訳者が日本手話に,JSL/日本語通訳者が音声に通訳した。質疑者が音声で発言する場合は,画面に表示するか,または表示せずに,JSL/日本語通訳者が手話に,ASL/JSL 通訳者が ASL に通訳した。 5.まとめと今後の課題  オンラインを活用した新しい国際交流の形として,講演会「美術館・博物館とアクセシビリティ(Museum and Accessibility)」を企画した。本国際交流講演会は,国際交流や語学力向上,異文化コミュニケーションなどに関心のある本学学生と教職員を対象に実施したものである。  また,国際交流講演会では初めての試みとして,オンラインによる情報保障も実施した。内訳は,ASL/JSL 通訳,JSL/日本語通訳,日本語文字通訳である。JSL/日本語通訳 1 名を除く他の人は遠隔地からの通訳となり,対面での通訳時には可能であった顔を合わせての確認作業がオンラインでは難しいため,このような細かい作業に対するより良いあり方については今度の課題となった。  今後も,オンラインによる国際交流講演会や情報保障の取り組みは増えていくと思われる。より良い運用について検討を重ねるとともに,あらゆる人が参加しやすい形を模索していきたい。 参考文献 [1] 小林洋子,白石優旗,白澤麻弓.2017 年度大学間協定 に基づく国際交流:米国東部研修 – 異文化交流体験を通した聴覚障害のある学生のグローバル化教育の一環として - .筑波技術大学テクノレポート.2018; 26(1): p.68-73. [2] 小林洋子,白石優旗,白澤麻弓,辻田容希,佐藤正幸. 先天性盲ろう学生の短期海外研修への参加における支援実践の概要.筑波技術大学テクノレポート.2018; 26(1): p.18-23. [3] 小林洋子,中島幸則,大杉豊.2015 年度大学間協定 に基つく国際交流 米国東部研修報告.筑波技術大学テクノレポート.2016; 24(1): p.38-43. [4] 管野奈津美,大杉豊,小林洋子.美術館における聴覚障害者を対象とした観賞支援と情報アクセシビリティ.筑波技術大学テクノレポート.2017; 24(2): p.32-38. [5] Gallaudet University. The National Deaf Life Museum. https://www.gallaudet.edu/museum/ International Exchange during the COVID-19 Pandemic — Outline of the Online Lecture “Museum and Accessibility (Deaf and Hard of Hearing) (1) — Planning and Remote Interpreting KOBAYASHI Yoko1), INOUE Masayuki2) 1)Division for General Education for People with Hearing and/or Visual Disabilities, Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, 2)Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology, Tsukuba University of Technology Abstract: Instead of face-to-face international symposiums and on-campus international exchange activities due to the COVID-19 pandemic, we planned an online lecture, "Museum and Accessibility" as a new form of international exchange. In addition, we provided remote interpreting; American Sign Language / Japanese Sign Language Interpreter, Japanese Sign Language / Japanese Language Interpreter, and captioning. This paper reports on the outline of the planning and remote interpreting of online international exchange lectures. Keywords: Deaf and Hard of Hearing, Online, International Exchange, Remote Interpreting, American Sign Language