高等学校に在籍する視覚障害を有する生徒の学習支援に関する調査 近藤 宏 1),宮城愛美 2),香田泰子 2),福島正也 1),堀江則之 3),中村直子 4),小林ゆきの 2),小林 真 3) 筑波技術大学 保健科学部保健学科鍼灸学専攻 1),障害者高等教育研究支援センター 2),保健科学部情報システム学科 3),保健科学部保健学科理学療法学専攻 4) 要旨:本研究では,高等学校に在籍する視覚障害生徒の学習支援や卒業後の進路の状況について把握するため,全国の高等学校 4,835 校を対象に,無記名自記式の悉皆調査を実施した。回収した 1,548 件(回収率 32.0%,有効回答率 100%)について単純集計を行った。35.8%の高等学校で視覚障害生徒が現在または過去に在籍していることが明らかとなった。視覚障害生徒が在籍する学校では,視覚障害の状況に応じて学習上の配慮が行われていたが,一方で生徒自身の学習上の課題や教員の支援方法に課題があるが明らかとなった。 キーワード:視覚障害,高校,学習支援,合理的配慮,進路実態 1.はじめに  障害者と健常者が共に学ぶ「インクルーシブ教育」を国が進める中で,学校教育において学習の基礎的な環境整備と合理的配慮は,大きな検討課題となっている。  学習支援等を検討するため,視覚障害を有する児童生徒の通常学校での学習指導に関する実態に関する調査が行われ,その報告が散見される。小学校および中学校における弱視学級や通級指導等の実態調査から視覚障害児童・生徒の学習指導等の実態や,教員が抱える問題や課題について明らかにされている[1-5]。一方で,高等学校における特別支援教育[6-7]やインクルーシブ教育[8]に関する現状や課題についての報告も散見される。視覚障害生徒に焦点をあてた学習状況や支援の実態についての報告では,全国の高等学校における視覚障害生徒の在籍状況[9], 体育・スポーツ活動[10]に関する調査や高等学校における視覚障害生徒を対象とした授業での実践的研究[11-14]についての報告はみられるが,高等学校における視覚障害生徒の学習支援の状況や課題についての大規模な調査を行った報告はみられない。  一方で,大学での視覚障害学生の在籍状況について調査が行われている。日本学生支援機構は全国の大学,短期大学,高等専門学校を対象にアンケート調査を実施し,6割の大学等に障害者が在籍し,平成 18 年度以降増加傾向にあり,平成 30 年度の調査では 864 人の視覚障害学生が在籍していることが明らかになっている[15]。また 7割以上の学校が,障害のある学生が充実した学生生活を送る上では,高等学校と大学の連携が必要であると回答している[15]。  障害のある幼児・児童・生徒に対する進学等のキャリア教育の施策が推進される中で,視覚障害生徒の学習環境や学習支援の状況,卒業後の進路状況を把握することは重要であり,高大接続を推進する上で,本学が行うべきことはなにかを検討するために必要な基礎的資料を得ることができる。本研究では,高等学校に在籍する視覚障害を有する生徒の学習や学習支援の状況,卒業後の進路状況について把握することを目的に調査を行い,合理的配慮の内容や課題に関して知見を得たので報告する。   2.方法 2.1 対象  全国の高等学校 4,835 校を対象に,アンケートによる悉皆調査を実施した。研究デザインは,無記名自記式調査とした。調査は全国の高等学校に調査の協力を依頼し,回答は所定の調査票に記入するように各校の養護教諭に依頼した。なお,本研究は筑波技術大学研究倫理審査委員会の承認を得て行った(承認番号 2019−31)。   2.2 調査方法 調査期間は 2019 年 12 月から2020 年 2 月とした。本調査では,視覚障害(見えない,見えにくい)生徒を「視力検査等での D 判定(0.3 未満)に該当し,全く見えない,周囲が見えにくい,真ん中が見えにくい,大きな文字なら読める,明るいとまぶしい,白くにごったように見えるなどの生徒」と定義した。  調査項目は,次の①〜⑪とした。①視覚障害生徒の在籍状況(過去,現在),②視覚障害支援に関する連携施設の状況,③視覚障害生徒の使用教科書,④授業中の配付資料への配慮,⑤授業中の配慮内容,⑥定期試験での配慮内容,⑦体育の授業内容,⑧学習等の指導上の課題や悩み,⑨在籍している視覚障害生徒の卒業後の進路希望,⑩直近で卒業した視覚障害生徒の進路先,⑪視覚障害生徒が入学する場合の準備状況  回答方法は多肢選択式とし,項目により単一または複数回答とした。その他の回答では,自由記述ができるようにした。書き終えた調査票は,返信用封筒に入れ,郵送するよう依頼した。調査票の発送回収ならび回答の入力については専門業者に委託した。 2.3 集計方法  回収した 1,548 件(回収率 32.0%,有効回答率 100%)を集計の対象とした。回答データについては単純集計を行った。集計結果は実数および百分率で示した。 3.結果 3.1 視覚障害生徒の在籍状況  現在および過去の視覚障害生徒の在籍状況について表1に示した。現在,視覚障害生徒が在籍してる高等学校は 398 件(25.7%)であった。過去に視覚障害生徒が在籍してる高等学校は 391 件(25.3%)であった。現在または,過去に視覚障害生徒が在籍したことがある高等学校は 554 件(35.8%)であった。 表1 視覚障害生徒の在籍状況 3.2 視覚障害生徒の使用教科書  視覚障害生徒の使用教科書について,表2に示した。学校が準備した通常の教科書 495 件(89.4%)が最も多く,次いで,学校が準備した文字が拡大された教科書 42件(7.6%),学校が準備したデータ化された教科書 15 件(2.7%)と続いた。 3.3 授業中,配付資料,定期試験での配慮  視覚障害生徒への授業中に配慮している(いた)内容について表3に示した。最も多い回答は,座席の位置の配慮 465 件(83.9%)であった。次いで授業担当教員への周知 318 件(57.4%)と続いた。その他 78 件(14.1%)の回答では,各高等学校で生徒の状況に応じて,配慮を行っていることが伺える。  資料の配布での配慮の内容について表3に示した。資料を拡大コピーして配布 216 件(39.0%)が最も多かった。  定期試験で配慮している(いた)内容について表3に示した。別室受験 88 件(15.9%)が最も多かった。次いで時間延長 69 件(12.5%)と続いた。その他 108 件(19.5%)では,問題用紙や回答用紙の拡大コピー 80 件(14.4%)が最も多かった。   3.4 体育の授業内容の健常生徒との相違  視覚障害生徒の体育における授業内容は,健常生徒とすべて同じ内容 434 件(78.3%),一部異なる内容 93 件(16.8%)であった(表4)。 表4 体育の授業内容の健常生徒との相違 3.5 学習等の指導上の課題や困難事項  学習等の指導上の課題や困難事項について表5に示した。最も多い回答は,教員が生徒の見え方がわからない123 件(22.2%)であった。次いで,板書されたもの等についてのノートテイクが難しい 89 件(16.1%)であった。 表5 学習等の指導上の課題や困難事項 3.6 在籍する視覚障害生徒の進路希望  現在,在籍している在籍する視覚障害生徒の進路希望について表6に示した。四年制大学に進学(医学,歯学などの六年制課程や海外の大学を含む)228 件(57.8%)が最も多く,次いで,専門学校・各種学校に進学 147 件(36.9%)であった。 3.7 視覚障害生徒の卒業後の進路  直近に卒業した視覚障害生徒の進路について表7に示した。四年制大学に進学(医学,歯学などの六年制課程や海外の大学を含む)175 件(44.8%)が最も多く,次いで,専門学校・各種学校に進学 89 件(22.8%)であった。   表6 在籍する視覚障害生徒の進路希望 表7 視覚障害生徒の卒業後の進路 3.8 視覚障害支援に関する連携施設の状況  視覚障害生徒に対する支援に関して,助言や指導を受けたり,情報共有などの連携をしている施設のある高等学校は 304 件(54.9%)であった。連携施設では,眼科152 件(27.4%)が最も多かった(表8)。 表8 視覚障害支援に関する連携施設の状況 3.9 視覚障害生徒が入学した際の備え  視覚障害生徒が入学した際の備えについて,視覚障害生徒が一度も在籍したことのない学校(n=994)のみに質問した。特になしが 72.4%を占めた(表9)。一方の備えのある学校では,合理的配慮に関する資料の作成・共有97 件(9.8%)が最も多く,次いで,障害者への合理的配慮に関する学習会の実施 70 件(7.0%)であった(表9)。 表9 視覚障害生徒が入学した際の備え 4.考察  本研究では,高等学校に在籍する視覚障害生徒の学習や学習支援の状況について把握するため,全国の高等学校を対象にアンケート調査を実施した。 4.1 学習上の配慮の状況  2016 年 4 月1日より,「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」が施行され,学校にとって過度な負担でない限り,当該生徒が十分な教育を受けられるように学習内容・方法の変更・調整,支援体制や施設・設備等の整備を行うことととなった。文部科学省の中央教育審議会では,見えにくさからの学習上又は生活上の困難を改善・克服する配慮事項として,座席を前にする,教材や掲示物の明確なコントラストや文字サイズの配慮,分かりやすい板書,採光の調整,見えやすい用具や視覚補助具(弱視レンズ,拡大読書器など)の活用を挙げている。また,見えないことからの学習上又は生活上の困難を改善・克服するための指導を個別に行うと共に学習活動に活用することを学習上の合理的配慮の観点として挙げている[15]。本調査から,視覚障害生徒の使用教科書については,生徒の状況に応じて学校側が拡大化,データ化,音声化,点字化された教科書を準備していることが伺えたが,一部では保護者やボランティアが準備した教科書を活用している学校もみられた。現在,学校現場では,教科書のみならず,補助教材の使用頻度も高まっており,多様な支援体制が必要となるであろう。授業中における配慮では,座席位置,授業担当教員や他の学生への周知が上位を占めた。また配付資料についても拡大コピーをはじめ,生徒の視覚障害の状況に応じた提供を行っていた。これらの配事項は,小中学校で行われている配慮事項と同様の内容であった[1-4]。  小学校では,学習するために必要な視覚補助具等の訓練や日常生活技能の指導などの支援を行う割合が高く,中学校になると歩行訓練指導の割合が高い[4]。つまり,小中学校では学習や生活する上で必要な基本スキルを身につける指導があることが特徴と言える。また近年ではデジタル教科書や ICT 機器の活用に関して検討が進められているが,すべての視覚障害児童生徒が常に使用できる状況には至っていない。  一方で,高等学校では,板書の撮影や拡大鏡として利用するためにタブレットの使用を許可している学校がみられた。高等学校で学習する科目数や内容も拡がるため,効率よく学習することが求められる。撮影機能や文字等の拡大機能を備えたタブレットは,視覚障害生徒の学習の情報支援機器として大変有用なものであり,タブレットの使用は小中学校とは異なる高等学校における特徴的な配慮であると考える。  高等学校における特別支援教育は,小中学校と比べると遅れているといった指摘はあるものの,通級の制度化など今後ますます充実する方向で進んでいる[7-8]。  今後,高等学校における視覚障害生徒の多様な学習を支えるために,視覚障害状況に応じた教材・教具の利用方法の検討や視覚障害の支援体制の構築が望まれる。 4.2 学習等の指導上の課題や困難事項  学習等の指導上の課題や困難事項の中で,教員が生徒の見え方がわからないと言う回答が最も多かった。弱視学級のある小中学校を対象とした調査では,4割の学校が児童生徒の見え方や支援方法がわからないと回答している。その要因として,視覚障害の状況を把握するために必要な検査等が行われていないこと[1]や,視覚障害教育の経験や専門性の不足[3]が指摘されている。高等学校においても同様の要因があるものと考える。  45%の高等学校では,視覚障害支援に関する連携施設を持っていなかった。また,視覚障害教育が専門分野である地域の視覚支援学校(盲学校)と連携している学校は17%であった。視覚障害生徒の見え方を理解することや支援方法を習得するためには,視覚障害教育に関する知識と経験が必要である。そのためには,視覚障害教育の専門性を有する地域の視覚支援学校と連携することは非常に重要である。また,視覚障害に関する特別支援教育コーディネーターからのアドバイスを受けながら,視覚障害生徒の見え方を理解し,当該生徒の課題を解決していくこと支援方法を習得するためにも重要である。  視覚障害生徒の進路希望先として大学が最も多かった。大学では,高等学校よりさらに専門性が高く,広範囲に学修することが必要となる。そのため,高等学校在籍時に学習方法が確立されていることは,大学での学習に大きく影響するであろう。滞りなく大学で学修するために,視覚障害生徒の学習方法に関する高大接続による本学との連携が重要になるかもしれない。   5.結語  本調査から35.8%の高等学校で視覚障害生徒が現在または過去に在籍していることが明らかとなった。視覚障害生徒が在籍する学校では,視覚障害の状況に応じて学習上の配慮が行われていたが,一方で生徒自身の学習上の課題や教員の支援方法に課題があるが明らかとなった。 謝辞  本研究は , 2019 年度 学長リーダーシップによる教育研究等高度化推進事業 C(部局を越えたプロジェクト推進事業)の助成を受けて行われた。ここに深く謝意を表する。 参照文献 [1] 澤田真弓,田中良広.全国小・中学校弱視特別支援学級及び弱視通級指導教室実態調査 ( 平成 24 年度 ).独立行政法人国立特別支援教育総合研究所成果報告書.2013. [2] 千田耕基,田中良広,澤田真弓.全国小・中学校弱視特別支援学級及び弱視通級指導教室実態調査(平成 19 年度 ).独立行政法人国立特別支援教育総合研究所成果報告書.2008. [3] 近藤宏.弱視特別支援学級に在籍する児童・生徒への学習指導等に関する調査 学習指導の実態と視覚障害教育歴別での課題について.弱視教育研究.2018;56(2):p.1-7. [4] 近藤宏,香田泰子,木下裕光,他.弱視特別支援学級に在籍する児童・生徒の体育指導に関する実態調査.日本障がい者スポーツ学会誌.2018;26:p.59-65. [5] 高橋眞琴,植村要,佐藤貴宣.視覚障害児のインクルーシブ教育における支援の組織化 : 視覚障害教育の教材供給における論点整理のために.兵庫教育大学教育実践学論集.2016;17:p.93-105. [6] 田部絢子.高校における特別支援教育の動向と課題. 特殊教育学研究.2011;49(3):p.317-29. [7] 吉村匡,飯塚一裕.高等学校における特別支援教育の現状と課題~愛知県の公立高等学校教職員へのアンケート調査の結果より~.障害者教育・福祉学研究.2020;16:p.65-74. [8] 海口浩芳.高等学校におけるインクルーシブ教育の現状と課題 発達障害のある生徒への対応に注目して.拓殖大学論集 人文・自然・人間科学研究.2020;44:p.108-19. [9] 笹岡知子,大越教夫,坂本裕和,他.全国高等学校アンケート調査の結果報告.2010;17(2):p.91-95. [10] 香田泰子,天野和彦,伊藤忠一.一般校における視覚障害者の体育・スポーツ活動.筑波技術短期大学テクノレポート.2018;4:p.33-36. [11] 鳥山由子,寺西真人,宇野和博 , 他.一般高校での視覚障害生徒の受け入れに関する実践的研究 -- 筑波大学附属盲学校と筑波大学附属高校との交流学習を通じて.弱視教育.1999:36(4);p.10-20. [12] 木室義彦,寺岡章人,家永貴史,他.視覚障害のある中高生のためのロボットを用いたプログラミング教育.電子情報通信学会論文誌.2012;95(4);p.940-947. [13] 石塚陽子,池本喜代正.高等学校における特別支援教育の推進に関する実践.宇都宮大学教育学部教育実践紀要.2016;2:p.187-190. [14] 内田智也.サイエンスを民主化せよ-視覚障害学生への合理的配慮や基礎的環境整備 ( 理系を中心に)-.リハビリテーション・エンジニアリング.2019;34(4):p.152-155. [15] 日本学生支援機構.平成 30 年度 (2018 年度 ) 障害のある学生の修学支援に関する実態調査 (cited 2019-6-30),https://www.jasso.go.jp/gakusei/tokubetsu_shien/chosa_kenkyu/chosa/__icsFiles/afieldfile/2019/07/22/report2018_2.pdf. [16] 文 部 科 学 省.中 央 教 育 審 議 会 資 料 3: 障 害 種別の学校における「合理的配慮」の観点 ( 案 )(cited 2020-12-28),https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/046/siryo/attach/1314384.htm. Survey on learning support for high school students with visual impairments KONDO Hiroshi1), MIYAGI Manabi2), KOHDA Yasuko3), FUKUSHIMA Masaya1), HORIE Noriyuki4), NAKAMURA Naoko5), KOBAYASHI Yukino3), KOBAYASHI Makoto4) 1)Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2)Division of Research on Support for the Hearing and Visually Impaired, Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology 3)Division of General Education for the Hearing and Visually Impaired, Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology 4)Department of Computer Science, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 5)Course of Physical Therapy, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: The aim of this study is to understand the learning support of high school students with visual impairments and the status of career paths after graduation. The subject of the survey is 4,835 high schools in Japan. This survey is an anonymous self-administered complete enumeration. We simply tabulated the 1,548 cases collected (recovery rate 32.0%, valid response rate 100%). We found that 35.8% of high schools have visually impaired students now or in the past. In high schools with visually impaired students, learning considerations were given according to the situation of the visually impaired. On the other hand, we have clarified that there are problems in the students' own learning and how to support teachers. Keywords: Visually impaired, high school, learning support, reasonable accommodation, career path