高大接続型理系基礎リメディアル講義の実施 新田伸也 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター キーワード:リメディアル教育 <背景> 本学産業技術学部の工学コースでは,高校数学後半部(特に初等解析学)の履修の不十分な入学者が多い。これら学生が,大学正課教育としての理系教養教育や専門教育に入るためには,高校数学後半部の補強および大学教程理系講義との橋渡し(高大接続)をするためのリメディアル教育が必要となる。本学正課教育としての数学教育では,算法の習熟に力点を置いているが,それだけでは理系講義に数学を応用する基礎力に不足を生じる。初等解析学に含まれる各演算の定義や意味の理解を重視し,その応用法まで組織的に学ぶことを目指すリメディアル教育が必要となる。 <事業概要> 高校数学(数学IIおよびIIIに含まれる主に微積分など初等解析学部分)のエッセンスの解説を行うとともに,これらを正課教養課程での理系教育(物理学関連科目など)に応用するための高大接続型リメディアル教育を行った。必要に応じて,関連するさらに基礎的な内容についても解説した。外部講師を雇用し,90分x8回の講義形式を採った。 本講義で取り扱った内容は下記の通りである。 1: イントロ,関数や級数の極限 2: 平均変化率,導関数の定義,初等関数の導関数,微分公式 3: 定積分の定義と区分求積法,微積分学の基本定理,部分積分,置換積分 4: Newton力学の基礎 5: 微分演算子法,振動型2階常微分方程式(復習),オイラーの公式 6: 振動型2階常微分方程式,単振動,減衰振動,区分求積法(復習),微積分学の基本定理(復習),微分方程式(復習) 最初の2回で参加者はほぼ固定し,2名であった。今期の受講者は熱心ながらも,例外的に優秀であった昨年度の受講生と比して高校数学の基礎が定着不十分であった。担当講師は,例外的に熱心かつ高校数学習熟度の高い受講生の多かった昨年度から本講義を担当していたため,2年目の今回,受講生の学力の急な低下にうまく対応出来なかったようである。途中から当初の予定よりも進度と解説レベルを下げ,対応を試みた。それでも出席者無しの回が2回あり,その後参加者のある時には,さらに振り返っての復習解説を行う等,非常に苦心していた。受講生の参加をみたのは全8回中6回ではあったが,特に重視していた区分求積法,初等的常微分方程式,これらのNewton力学への応用については予定通り解説できたので,本事業の目的であった高大接続を行い,かつ大学教養課程レベルの物理学の基礎にまで踏み込んだと言える。 <達成度> 本講義では,単純計算力を高める事ではなく,解析学の基礎概念の定着と共に,それらを用いての数理的思考力の向上を目的とした。このために,各演算の定義の意味の理解,定理の意味の理解と証明を重視した。本学学生の多くは,入学までに証明問題にほとんど接していないため,数学を学ぶ意義について,単なる計算以上の理解を示さない場合がほとんどである。講義最終回に行ったアンケートでは1名の回答しか得られず,この学生は,進度が速くて難しかったと回答したが,同時に, 微積分の理解が深化し,証明の能力や数理的思考力の重要性を理解したとのことである。今年度については,満足出来る実績には至らなかったものの,こちらの本事業実施意図は受講生に伝えられたと考えられる。毎年度,受講学生の基礎学力が大きく異なる本講義では,安定した実績を作ることが困難である。毎年度,講義回数と受講生基礎学力がある程度安定した状況が実現することで講義運営もやり易くなり,本講義の実効性も高められることと思う 。 <多様な情報保障形態の試行> 本学聴覚障害コースでは,手話による情報保障が主力となっているが,理系科目については手話「だけ」による情報保障には,下記の欠点があった。・ 学生は理系用語の手話を知らない・ 手話では復習時の解説再現が困難 ・卒業後の活躍のために理系文書読解力,理系語彙力を向上させるのには適さない・ 手話を知らない外部講師の登用が困難これらの問題を解決するための試行として,本講義では,外部講師による手話無しの講義を行った。情報保障として,教材提示画面に並べる形で,予め講師が用意した解説字幕を提示した(図参照)。 本事業だけでなく,2008年度より同様の情報保障形態でのリメディアル講義を実施してきた。これまでの受講者アンケートによると,字幕による情報保障には取り立てて問題が無い事が判明している。本学の正課教育でも,理系語彙を多用する場面や複雑な論理展開を要する場面では字幕による情報保障を取り入れることは有効であろうと思う。すなわち,手話だけに偏らず適材適所の情報保障が望まれる。本成果は,多様な情報保障形態を試行する動機を本学教員に提供するものと思う。 <本リメディアル講義の必要性> 先に示した講義内容から分かるように,本リメディアル講義の解説内容は,理系科目に於いて数学を応用して思考するために不可欠の基本である。新田担当の物理学関連講義でも,受講の前提となる基礎素養として期待したい部分である。しかし,本学の正課としての数学教育では,演算能力の向上に重きが置かれているようで,必ずしも各演算の意味の理解や応用を促すのには適していないように思われる。この意味で,本講義は,正課教育で不足する部分を補うリメディアル講義でもあった。正課教育カリキュラムについても,理系学問の学修への応用を目的とした数学基礎教育への再構成が必要であろう。 <今後の課題> カリキュラム・ポリシーに合致した教育体制実現のために,本学では,大学の責任に於いて組織的かつ系統的なリメディアルコースを確立することが望まれる。本学学生の多くは,本事業が目指した高大接続レベルのリメディアル以前の段階(高校前半および中学レベル)のリメディアルをも必要としている。これらに対応するには,講義だけでなく,簡単に反復学習出来るe-learning教材の開発も有効と思う。本講義の問題は,毎年受講者が非常に少ない事と,受講者の基礎学力に年度毎の大きなバラツキがあることである。今後は,カリキュラム指導担当者(クラス担当,AA,学科毎のガイダンス担当者)にはリメディアル講義への参加推奨を要望したい。現状のように,リメディアル講義実施のために一教員が毎年個人的に予算申請する状況では,年度開始早々の実施は不可能で,後期の実施になってしまう。高大接続のためには入学直後から実施出来る事が望ましい。また毎年度予算額が異なってしまうため,安定したカリキュラムの構築が困難になっている。今後は,大学の責任に於いてリメディアル教育のための安定財源の確保を期待する。これによって,本学でのリメディアル教育の位置付けを強固なものとすべきと思う。 本経費にて全8回の講義を実施し,最小限の高大接続数学教育を実施できた。感謝する。 講義風景。教材提示(左画面)と解説字幕提示(右画面)を併用する事で情報保障している。