論文の要旨 ヘルスキーパー(企業内理療師)の就業現場における課題に関する調査 令和2年度 筑波技術大学大学院技術科学研究科 保健科学専攻 星野直志 指導教員 石崎直人 目的: 本研究の目的は、横断調査によって、へルスキーパー従事者の職場環境、抱えている課題や業務に対する意識を調査し、現在の状況を把握するとともに、課題を抱えている者の特徴や、要因間相互の関係について探索的な解析を行い、ヘルスキーパーが抱えている課題を明らかにすることである。 方法: 調査対象は、2020年1月現在における日本視覚障害ヘルスキーパー協会会員90名とした。調査期間は2020年7月13日から、同年10月31日までとした。調査は郵送法を基本とし、回答者の視認状況や要望に応じてオンライン回答もしくは電話による口頭での回答のいずれか、もしくはこれらの方法の組み合わせにより実施した。調査項目は、回答者の基本属性、職場環境、ヘルスキーパー業務、就労に関する意識、稼働率拡大の取り組み、自己研鑽等に関する計32項目の設問とした。年収及び意識に関連する要因の多変量解析には二項ロジスティック回帰を適用し、必要に応じてステップワイズ法による変数選択による検討を加えた。 結果: 調査票を配布した90名中56名が回答した(回収率62.2%)。男女比は約7:3で男性が多く、年齢の中央値[最小-最大]は46[27-65]歳、居住地及び勤務地は東京、神奈川、愛知、大阪が7割近くを占めていた。2003年の調査と異なる属性として、墨字使用者が約25%増加し、点字使用者は約17%減少したこと、男性が女性より多くなり、平均年齢は約10歳高いことなどが主な特徴であった。業務関連の属性では、回答者の約8割は盲学校で免許を取得しており、ヘルスキーパー歴は10~20年が約4割で、2003年の調査と比べると経歴が長い人が増えていた。主な施術内容はあん摩マッサージ指圧施術で、約3割が鍼を併用し、約7割の職場ではカルテをPCにて管理していたが、紙媒体を使用している回答者の年齢はPCを使用している者より高かった(P=0.031)。産業医などとの連携は3割弱に留まっていた。2003年の調査では報告されていなかった特例子会社については、約3割が所属していた。雇用形態では正社員が約半数を占めていたが、女性では契約社員が多かった。年間給与は200万円から400万円台が回答者全体の84.6%を占めたが、女性では200万円台が多く(46.7%)、400万円台が少ない傾向がみられた(6.7%)。また、600万円以上の水準に該当する者は、2003年の調査で6名(10.0%)、今回の調査では1名(1.9%)で、差異がみられた。300万円未満と以上で分割した給与水準を従属変数としたロジスティック回帰分析で有意となった変数は、年齢、勤務地、施術稼働率の3つで、関東都市部では年間給与が低い者が少なく、関東都市部以外の地域では年齢が高い方で年間給与が低い者が多かった。回答者の中で転職を希望しているのは27.8%で、2003年の20.3%と比べてやや増加した。一方、「特に転職を考えていない」と回答した者は66.7%であり、2003年の調査(43.8%)と比較して20%以上多かった。また現在の雇用継続について不安を感じている者は全体の約6割で、2003年の調査とほぼ同等であったが、感じていないと回答した者は今回の調査では約18%多かった。年齢、性別、現社歴、視力、給与水準、雇用形態、ヘルスキーパー歴などの各属性ごとの比較では、転職希望の有無による有意差は認めなかった。給与、人間関係、障害への配慮、人事評価などに対して「満足」または「まあまあ満足」と回答した者の割合は、転職を希望していない者の方が転職希望者より20%~40%程度多く、転職希望の有無を従属変数としたロジスティック回帰分析では人間関係及び人事評価に対する満足度の2つの要因が有意となった。稼働率の低迷を1位もしくは2位に挙げた回答者は全体の53.6%で、利用者の固定化を1位もしくは2位に挙げた回答者は39.3%であった。稼働率の低迷を上位に挙げた回答者の月間利用者数の中央値[最小-最大]は40[7.3-133.3]であり、上位に挙げなかった回答者(70[9.2-130])との間に、有意差を認めた(P=0.014)。3大都市ではその他の都市と比較して稼働率が高いところが多く、社内の情報発信や利用者の分析等、稼働改善の取り組み項目が多い回答者の多くは、年齢が低い方に偏っていた。また3大都市では施術者の年齢が高いほうが稼働率が高い傾向があった。回答者の多くが、施術技術、病態把握、PCスキルの向上が必要と感じており、自己研鑽ではインターネットでの情報収集や技術交換などを行っている者が多かった。日々の施術業務において重視している要因のうち、インフォームドコンセントについては2003年では0%であったのに対して今回は約20%と伸びていた。 考察: ヘルスキーパーの職場環境や意識には、地域格差や施術稼働率、人間関係や人事評価などの影響が大きいことから、これらの要因に重点を置いた対策を講ずることが、ヘルスキーパーの環境改善に重要であると考えられた。 結論: ヘルスキーパーを対象とした過去の調査で指摘されていた待遇や雇用環境、及びそれらに対する意識等の課題と関連の深い要因について探索的解析を行った結果、人間関係や人事評価に対する意識、地域格差、施術稼働率、年齢に応じた昇給の状況などが重要な要因であることが明確になった。