視覚障害者の買い物行動のニーズ: アンケートの自由記述のテキストマイニング 加藤 宏 1),谷川ふみえ 2),飯塚潤一 1) 障害者高等教育研究支援センター 1),技術科学研究科 2) 要旨:視覚障害者の買い物行動における潜在的ニーズを知るために困りごとについてアンケート調査を行った。本研究では,アンケート中の自由記述項目についてテキストマイニング・ソフトKHCoderを用いて質的データの定量的分析を行った。結果は,買い物行動における視覚障害者の困難やニーズの背景には,空間配置の認識や文字情報取得の困難さだけではなく,店内でスマートフォン等の情報保障機器を使用する姿を見られたくないなどの心のバリアの要因も大きく,障害当事者に心理的負 担の少ない情報保障のあり方等の課題が明らかとなった。 キーワード:視覚障害,買い物行動,KHCoder,テキストマイニング,質的研究法 1.はじめに:背景と目的  買物はどのような人にとっても日常の一部であり,生活のためには必須である。そして買物行動には店舗内の移動から商品の選択,支払い,そのほとんどに視覚を通した情報入手(値段など)が円滑な買い物行動の鍵となっている。しかし,視力が低かったり視野が狭かったりするロービジョン者には,視覚情報の入手には課題も多く,買物行動の様々な場面で困難に直面している[1]。  日本盲人会連合の調査では,ロービジョン者の約8割が,“商品の値段や表示が見えにくく困っている”と報告されている[1]。また,共用品推進機構の調査では,スーパーが利用しにくい理由として,“商品の場所がわかりにくい”,“店内が広すぎてわからない”,“店員のサポートを受けにくい”などと回答されている[2]。高橋[3]は,視覚障害者には4つのバリア“文字・移動・コミュニケーション・心”があると述べており,上述の報告書の結果は,まさにこれら4つのバリアが障害のあるユーザーの具体的コメントして述べられたものといえる。 しかし,これら先行研究では,様々な見えにくさがあるロービジョン者の視覚特性との関係や,何が不自由さの要因となっているか等については必ずしも明らかになっていない。 加えて,店員とのコミュニケーション,視覚障害者であることを開示することになる心のバリアについても,分析されていない。 我々は,家族を含めた周囲の人たちとのコミュニケーションや障害受容など心の問題は,買物行動にとどまらず,生活環境改善の重要な要因であると考えている。そこで本研究では,ロービジョン者が実店舗で買物をする際に,直面している買物の課題やニーズに加え,その背景にある心の問題にも焦点を当てた調査を行い,快適な買物環境を実現するための方策を明らかにすることを目的とした調査研究を行った。本報告では,その調査研究の設問の一部である自由回答記述についてテキストマイニングの手法を用いて,視覚障害者の買い物行動における困難さとニーズを探った。 2.研究方法 2.1 アンケートの作成と本研究での分析項目  アンケートの質問項目は日本盲人会連合や共用品ス新機構等の先行研究を踏まえ,1.プロフィール,2.日常的に利用している店舗,3.店舗内でのショッピング,4.商品の清算,5.店舗内での支援や支援機器(ルーペなど)の使用,6.店舗の施設設備など,7.店舗への要望と提案などに関する計16問としし,うち3問を自由記述式とした。本研究では,このうち自由記述回答のみを分析対象とする。 2.2 アンケートの実施と収集方法  アンケートへの回答者は視覚障害者の就労支援をしている認定NPO法人「タートル」のメーリングリストを介して応募した。 ・対象者:全盲から軽度の視覚障害があり,連絡先がわかる人 ・調査期間(質問票の回収期間):2020年3月2日から19日 2.3 自由記述質問について  アンケートの問14から16の3問が自由記述質問であり,店舗への具体的要望や提案等についてなるべく具体的な記述を求めた。質問文は以下の通り。  問14 買物をする際に日ごろ感じている不便なことや不安があれば教えてください。  問15 買物をする際に工夫していることがあれば教えてください。(例:視覚に障害があることを理解してもらうため 白杖を使用)  問16 視覚に障害のある人が利用しやすい店舗づくりのための要望や提案等があれば教えてください。 2.4 KHCoderについて  KH Coder [4,5]は,樋口によって開発された計量テキスト分析(テキストマイニング)用フリーウェアである。今回利用したWindows版のパッケージには形態素解析システム「茶筌MeCab」,データベースMySQL,汎用統計ソフト「R」などが同封されており,計量テキスト分析に必要な形態素解析機能,データベース機能,分析機能が実現されている。 2.5 倫理面への配慮  メーリングリストの返信はタートルが受信し,個人情報等を削除した形で質問項目への回答部分だけを抽出したテキスト・データを送ってもらった。 なお,本研究は,筑波技術大学研究倫理委員会にて承認(承認番号:2019-39)を得て実施したものである。 3.結果 3.1 回答者の人数と属性  回答のあった者は計90名で,男性60名,女性30名,年代は10代から70代以上にわたった。     視力は,盲(0.01未満)37%,重度(0.05未満)33%,中等度(0.3未満)19%,軽度(0.3~1.2)10%であった。 3.2 自由回答項目について  問14から16の自由記述回答は,それぞれの不便,工夫,要望等に関する記述を質問別にせず,90人全員の3問分のデータをつなぎ合わせて,1つのテキスト・ファイルとして処理した。 3.2.1 前処理と抽出語  KHCoderによるテキスト分析には,かならず「前処理」が必要である。ここでは,回答者の単純な記入ミスや明らかな議事脱字の修正のほか,本来ことを指示していると単語での表現のユレの統一などである。そのほか,テキストははじめに単語に分画されるが,その際に自動処理では2語として扱われる単語を強制的に1語として抽出してカウントさせるための指定を行う。今回は,デフォルトでは「白」と「杖」に分画処理されてしまう「白杖」などの単語を強制的に1語として抽出するなどの前処理を施した。その結果,のべ総抽出語数は10,800語で,異なり語数は1,483語であった(図1)。総語数等は,前処理の強制抽出語やパッケージに組み込まれている形態素解析システムの選択によっても変化するが,今回はデフォルト指定のMeCabを使用した。 図 1 抽出語数とKHCoder操作画面 (図1)  抽出語で最も出現頻度が高かったのは「商品」で107回出現していた。出現頻度の高い上位30位までの単語と品詞分類と頻度を図2に示した。「商品」につづく上位10位までの頻出単語は,「店員」,「障害」,「店舗」,「買い物」,「店」,「思う」,「白杖」,「サポート」,「声」であった。続いて「レジ」,「案内,「場所」,「通路」,「行く」,「棚」といった店舗内の移動や空間配置に関連した語群が並び,「表示」,「見える」といった商品の品選びや属性を手に取って知ることとの関連が示唆される単語群がそれに続いていた。 図 2 抽出語(出現頻度上位30位まで)と出現頻度 (図) 3.2.2 階層的クラスター分析  次に抽出語の階層的クラスター分析の結果のデンドログラムを示す。KHCoderでは,階層的クラスターの描き方には集計単位を「段落」にするか「文」にするかオプションが選択できる。  「段落」とはテキスト内の改行で区切られた範囲を示し,これを選択することによって,アンケートのテキスト・データを「。」で区切られた「単文」単位ではなく,個々の回答者の各質問ごとの回答文をまとまった一つの「段落」として分析できる。ここでは「文」を選択した。すなわち,回答者の個性や属性を捨象して,90人全体の記述を「単文」の集まりとしてまとめて集計した。  また,計算方法は「Ward法」を,距離は「Jaccrad距離」を指定した。クラスター数は自動を選択した。  クラスター間の関係性を示した結果のデンドログラムは図3に示す。一番上に「視覚障害者」というクラスターがあり,それ以外のすべての語群は,このクラスターとの関係性において位置づけられた。 図3 クラスター(文単位分析) (図)  図の上方から「サービス」,「カウンター」,「点字ブロック」といった語群,「文字」,「表示」,「大きい」といった文字情報に関することが続く。続いて「配置」,「陳列」,「棚」,「商品」,「確認」,「場所」等といった店舗内の目的の商品に行き着くまでの経路や情報に関する単語が続いた。中段以降の語群には,「スマホ」,「読み上げ」,「人」,「対応」,「ガイド」といった情報保障や人的支援に関する単語群が来て,さらに「白杖」,「店員」,「声」,「お客」,「サポート」,「見つける」といった自分の障害を示すアイコンとそれによって周囲の支援や注意が喚起されることに関する単語がクラスターを成していた。  図の一番下方には,「レジ」,「探す」,「大変」といった実際に店舗内での困りごとを表現した単語群が並んだ。そして,これらすべてのクラスターはまとまって,最終的に一番上の「視覚障害者」という本人の属性に関連付けられていた。 3.2.3 共起ネットワーク  テキスト内のある語と他の語が一緒に出現することを共起といい,共起する語を線で結んだものが共起ネットワークである。KH Coderでは,出現パターンの似通った語,すなわち共起の程度が強い語を線で結んだ共起ネットワークを描くことができる。共起ネットワークはJaccard係数で単語間の類似性が算出されるが,今回の分析では,Jaccard係数の最小値は指定せず,単語出現頻度の上位60語についての共起ネットワーク図を作図した(図4)。円の大きさは語の出現頻度の大小を,円の色と線の太さは語と語の結びつきの強さの程度を表している。 図4 共起ネットワーク (図) 3.2.4 自己組織化マップ  KHCoderであは,R関数「som」を使った語と語の距離をもとXY座標上の六角形へ入れこむことで自己組織化マップを描くことができる。これにより図3の階層的クラスター分析のクラスター間の関係性がより直感的に理解できる。  最小出現数10回,クラスター数8でマッピングした結果が図5である。クラスター間で関係性の近いものがより近くに配置されるため,対角に配置されるもの同士がもっとも距離の遠い関係にあることがわかる。ここでは,「点字ブロック」,「設置」,「サービス」といった左上の語群と「陳列」,「場所」,「商品」,「覚える」といった単語群がもっとも離れた位置にマッピングされた。「視覚障害」に対しては「案内」といった単語が対極に配置された。 図5 自己組織化マップ (図) 3.2.5 頻出語のKWIC  KHCOderでは,特定の語彙がどのような文脈で出現しているかを表示できるKWIC(Key Word in Concordance)機能がある。  画像中の文字情報などを読み取り,自動で読み上げるアプリ等も一般的になり誰でもが使用できるスマホのアプリ等に関する記述を見ると,「スマホで会計履歴確認」,「スマホで商品情報の読み上げができる仕組みが欲しい」,「あらかじめスマホに買うものをメモ」,「スマホに買いたい物の画像を保存し,店員に示す」,「拡大機能を活用」,「スマホ決済を使用している」などの積極的な活用が見られる一方,「商品や店内でスマホをかざすことで何か言われないか心配」といった記述もあった。「点字ブロック」については,「設置を望む」との記述が多く,また,「白杖」については,視覚障害者であることのサインとしても積極的にショッピングにも携行されていることがほとんどの記述に示されていた。  点字ブロックや店舗床面のコーナー別の色分けなどの誘導装置や識別サインの設置に関しては,さらなる「設置希望」意見一色なのに対し,スマホなどの保障機器を人前で使用する際に感じているユーザー側の心のバリアが障壁となってともとれる。一方,「店員」に関しては,もっと積極的に支援を希望する記述が多かった。 4.考察とまとめ  視覚障害者の買い物行動には,店舗までの移動に始まり店舗内の移動や,目的の商品を探し,その商品に表示された情報を読み取ること,さらには会計を済ませて店舗から出るまで,すべてにわたって空間情報や文字情報の取得の問題がある。  本研究では視覚障害者の買い物におけるニーズに関するアンケート回答の自由記述部分に注目し,KHCoderによるテキストマイニング手法で分析した。その結果,視覚者の買い物に関して直面している問題として,店舗内の位置情報把握の困難や文字情報など品物の詳細にかかわる識別情報の取得の困難が明らかになった。情報保障に関しては,人的支援や点字ブロックなどのさらなる拡充は希望するが,視覚障害者自身が店内で情報保障機器等を操作することには,抵抗を感じていることが明らかとなった。一方「,白杖」等は視覚障害者を示すサインとして積極的に活用されている面もあり,店舗内で購入前の「商品」へ情報保障機器をかざして情報を読み取ることには,障害を開示することとは異なる心理的バリアの関与が考えられる。店舗内での情報の提供や障害者自らが操作する情報保障機器の開発には,空間情報や文字情報の定時だけでなく,心理的バリアへの配慮が重要であることが示唆された。 参照文献 [1]日本盲人会連合,厚生労働省平成28年度障害者総合福祉推進事業「視覚障害者が日常生活を送る上で必要な支援に関する調査研究事業報告書,2018. [2]共用品推進機構.2010年度(平成22年度)視覚障害者不便さ調査成果報告書.共用品推進機構.2011. [3]高橋広.OCULISTA.全日本病院出版会.2019.No.77.p.12-20. [4]樋口耕一,「社会調査のための計量テキスト分析:内容分析の継承と発展を目指して」第2版,ナカニシア出版,(2020) [5]牛澤賢二,「やってみようテキストマイニング:自由回答アンケートの分析に挑戦!」,朝倉書店,(2018) Needs for Shopping Behavior of the Visually Impaired: Text Mining Analysis of Questionnaires KATOH Hiroshi1), TANIKAWA Fumie2), IIZUKA Junichi1) 1)Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Disabled, 2)Graduate School of Technology and Science Abstract: We conducted a questionnaire survey on problems to understand the potential needs of the visually impaired in shopping behavior. In this study, we performed a quantitative analysis of qualitative data using the text mining software KH Coder for the free description items in the questionnaire. As a result, in the background of the difficulties and needs of the visually impaired in shopping behavior, not only the difficulty of the acquisition of spatial arrangement and text information in the stores, but also the mental barrier such as not wanting to see the use of information security equipment, such as smartphone, in the store. The issue of how to secure information with less psychological burden for persons with visual impairment in their shopping has become clear. Keywords: Visual impairment, Shopping behavior, KHCoder, Text mining, Qualitative research methods