GIGAスクール時代の視覚障害者のパソコン環境 村上佳久 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 要旨:文部科学省が打ち出した「GIGAスクール構想」が大きな話題となっており,盲学校などでも利用されるGIGAスクール対応のパソコンについて,視覚障害者向けの設定を行い,検証を行った。CPUの性能が低いパソコンでも,視覚障害者に対応できることが示唆された。 キーワード:GIGAスクール,パソコン,視覚障害者 1.はじめに  文部科学省が打ち出した「GIGAスクール構想」が話題となっている。GIGAスクール構想とは,義務教育を受ける児童や生徒のために,1人1台の学習者用PCと高速ネットワーク環境などを整備する5年間の計画である。 しかし,盲学校などの特別支援学校では,一般校に比べて児童・生徒が有する視覚障害の問題もあり,通常の整備計画では,不備な点が多すぎる。特に問題となるのは,一人1台となるパソコンの環境である。また,本来,全盲と弱視では同じ視覚障害でも設定が異なるのが一般的であるが,盲学校でも区別しない状況がある。ここでは,GIGAスクール構想に対応したパソコン環境を精査すると共に,特にCPU性能の低い実機で評価したので報告する。 2.GIGAスクール 前述のように,GIGAスクール構想とは,児童・生徒に,1人1台のPCと高速ネットワークなどを整備する計画である。目的は生徒・児童の一人一人の個性に合わせた教育の実現にあり,さらに,教職員の業務を支援する「統合系校務支援システム」の導入で,教員の働き方改革につなげる狙いもある。  小・中学校の教育ICT担当者がGIGAスクール導入で考えていくべきことは,  1)校内LANの整備  2)学習者用PC  3)学習と校務のクラウド化  4)ICTの活用 の4点とされている。それぞれについて概略する。 2.1 校内LANの整備  はじめは,校内LANの再整備である。すでにネットワーク環境を整えた学校では,Wi-Fiの通信が途切れたり遅くなったりして授業が滞ることもあり,教員ではトラブルに対処できないという声が多い。今後は,超高速通信網である5G等の普及もあり,遠隔授業なども増え,より高速なネットワークが求められるため,全校生徒が同時にネットを使っても問題のない環境整備が必要となる。  また,教室だけでなく,体育館や特別教室などを含め,校内のどこでも校内LANにアクセスできる環境を整えることが望ましいとされている。 2.2 学習者用PCの導入  次に,生徒・児童用のPCの導入である。文部科学省は学習者用PCの標準的な仕様を公開している。[1]  これはあくまで例のため,教育ICT担当者は標準仕様書を参考にして,それぞれの自治体や学校の状況に合わせて仕様書を作成する。  特に,盲学校(視覚特別支援学校)の場合には,様々な課題があり,視覚障害を補償するための様々なソフトが稼働する必要があるため,学校のカリキュラムや予算を照らし合わせ,検討する必要がある。 2.3 学習ツールと校務のクラウド化 その次が,学習ツールと校務のクラウド化である。GIGAスクール構想ではクラウドの活用を推奨しているが,盲学校(視覚特別支援学校)の場合には,一般の学校とは異なる。高等部の専攻科には視覚障害の教員も在籍しているため,Webブラウザ経由で使うクラウド型のアプリケーションの導入は厳しい。  そのため,視覚障害者向けに動作が確認されたソフトウェアを利用して,アクティブラーニングに活用したり,「協働学習」や「ファイル共有」などを行うのが一般的である。プレゼンテーションやワープロ,表計算などは,画面読み合成音声を利用しての動作が不可欠のため,基本的にMicrosoft Officeが必須となる。  よって校務システムも視覚障害の教員が利用できるシステムが求められている。  セキュリティの面から,共有型のファイルサーバよりも専用の NAS(Network Attached Storage)を利用する例が多く見られる。 2.4 ICT の活用  2020年度から小学校で実施される学習指導要領には「情報活用能力の育成」や「ICTを活用した学習活動 の充実」が明記されており,小学校ではプログラミング教育 が必修化し,動画活用なども進められる。  プログラミング教育では,算数や理科の単元の中でプログラミングを行う他,PCの操作を学び,理解していくことが望まれている。しかし,視覚障害者の場合には,一般的なソフトが利用できないため,プログラミング学習には様々な問題があり,事実上困難である。  以上要点を概略したが,GIGAスクール構想のPC等の整備は,一般健常者の学校と違って,特別支援学校特有の様々な問題があるため,予算的に厳しい。特に,全盲が利用する点字ディスプレイなどは高価であり,また,ソフトウェアとの整合性も考慮すると,かなり技術的なハードルが高いため,仕様書や導入には,それなりの注意が必要である。そのため,ICT活用については「導入して終わり」ではなく,導入後の効果や使い勝手の確認も含めて,学校での活用計画やフォローアップなど,継続的に改善を続けていくことが大切である。 3.GIGAスクール対応パソコン  GIGAスクール対応のPCの基本スペックは,以下のようなものである。 CPU:Celeron N4000相当以上 メモリ:4GB以上 ストレージ:64GB以上 Display:9~14インチ(可能であれば11~13インチが望ましい,タッチパネル方式) 無線LAN,カメラ(イン/アウト) 形状:デタッチャブル型またはコンバーチブル型  この仕様に基づいて様々なメーカから販売されているが,視覚障害者に対応するためには,様々な問題があるため整理する。 3.1 CPU性能  表1にCPUのベンチマークのスコアを示す。  上から3つが,GIGAスクール対応のCPUのベンチマークスコアで,下の2つが,「同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システム」の研究用デスクトップCPUのベンチマークスコアである。[2-5]  GIGAスクールPCでは最も良いスコアのPentium Silver 5000ですら,一般オフィス向けの最も安価なCPUであるPentium Gold 5420に,ダブルスコアとなる水準である。 表1 GIGAスクールPCに用いられるCPU (表)  また,Celeron N4000とN4100は,コア数が異なるだけで基本的なスペックは,ほとんど同一であるが,実際にパソコンに搭載されて使ってみなければ判別できない。 3.2 GIGAスクール対応パソコン  GIGAスクール対応のCPUが搭載されたパソコンについて,その性能を精査した。また,同一の性能のビジネス向けPCについても同様に精査した。画面読み合成音声ソフトウェアのPC-TalkerとMicrosoft Office,ZoomやTeamsをインストールし,実際に操作し性能を評価した。ここでは,様々なメーカのものを評価しているが,基本的には,CPUの性能とメモリの大きさが,重要となり,メーカ別の差異はないと言っても過言ではない。 3.2.1 Celeron N4000搭載パソコン  Thirdwave VF-AD4 SSD 256GB RAM 4GB 14inch  KANO eMMC 64GB RAM 4GB 11.6inch Touch  VF-AD4 は,ビジネス向けであるが3万円を切る価格で購入できるため,台数を確保する場合には候補になるかもしれない。KANOは,4万円台で購入可能な組み立て式のPCであるが,基本的性能は,GIGAスクールの規格に準拠している。両者ともに合成音声による操作では問題はないが,高速な操作には遅れが生じる。VF-AD4は,6点入力が不可であった。やはり,2コアでは,合成音声起動させた操作では,厳しいものがあり,ZOOMやTeamsでも遅延が起こったため,盲学校への導入は,性能的に厳しいと推測される。 3.2.2 Celeron N4100 搭載パソコン  Mouse C1 SSD 256GB RAM 8GB 11.6inch  Mouse E10 eMMC 64GB RAM 4GB 10.1inch Touch  C1はビジネス向けであり,E10はGIGAスクールの規格に準拠した製品である。メモリに余裕がある分C1は,非常に安定した動作を示し,合成音声が起動した状態でも遅延などは一切起こらなかった。E1では,高速な操作では,若干遅延が起こることはあったが,問題のないレベルであった。C1は,6点入力が不可であった。両者とも6万円台で購入可能であり,盲学校への導入は,技術的には問題のないレベルと思われる。 3.2.3 Pentium Silver 5000 搭載パソコン  Mouse P116B-V2 SSD 256GB RAM 4GB 11.6inch Touch  DELL Latitude 3190 SSD 256GB RAM 8GB 11.6inch Touch  両者ともにGIGAスクールの規格に準拠している。また,筐体周囲が硬質樹脂で覆われており,50cm程度落下しても大丈夫なように設計されている。但し,両者とも7万円以上と高価になる。基本的な性能は,合成音声を動作させた状態でも動作に余裕もあり,問題はない。メモリが多い分Latitude 3190の方が高速操作にも遅延することはない。タッチパネルも良好で,PDFファイルなどを指で大きく拡大することも出来るので,電子教科書の閲覧にも適していると思われる。また,6点入力も可能であり,盲学校への導入は,技術的に全く問題がない。 3.2.4 Pentium Gold 搭載パソコン  Microsoft Surface go SSD 128GB RAM 4GB 10.1 inch Touch  Microsoft Surface SSD 128GB RAM 4GB 11.6 inch Touch  本題からは外れるが,Microsoft社のSurfaceシリーズについて盲学校から問い合わせが多いため,精査する。このシリーズは8~10万円とやや高価になる。合成音声が稼働した状態でも操作にも余裕があり,性能的には,最も問題はない。6点入力も可能であるが,落下等の衝撃に弱く,キーボードが少し打ちにくい欠点がある。性能的には盲学校への導入は,技術的に全く問題がない。 3.3 盲学校に求められる機能  一般校と異なり,盲学校で求められる機能はどのようなものであろうか。それは,次の4つに集約できる。  1)画面読み合成音声ソフトがきちんと稼働する  2)6点入力が出来る(点字エディタが使える)  3)安定の動作し,頑丈である  4)安価である,台数が確保できる  この4つの機能は,盲学校では重要である。全盲や弱視が安定して利用できる最低限度の要求である。  つまり,画面読み合成音声ソフトが利用でき,Microsoft Office などを利用して,ワープロや表計算,プレゼンテーションなどが出来ることが重要である。  また,全盲が利用する点字の編集を行うために,キーボードで6点入力が出来ることが求められる。安価なビジネス向けのPCでは,6点入力できない場合があり,6点入力が出来ないノートパソコンが導入されたため,追加で別途キーボードを購入したと言う盲学校も有る。  さらに,視覚に不安があることから,机からPCが落下するなどの事故が多発するため,頑丈さも求められる。さらに,安価であることも重要である。CPUがCore i7などのPCは高速で動作するが,10万円以上の高価となり,教員が活用する場合はともかく,児童・生徒向けには,オーバースペックである。また,台数を揃えるのも教育現場では重要であり,その点で,GIGAスクールの仕様は当を得ている。  GIGAスクール対応のCPUで盲学校向けに利用できるとすれば,Celeron N4100以上のCPUが必要と思われ,メモリは,4~8GBあれば,合成音声による視覚障害補償を受けながら安定した動作を確保できる。さらに,落下に対する対応を考慮すると,DELL Latitude 3190やMouse P116-V2の様な硬質樹脂で補強された筐体が,50cm程度の落下にも耐えることが出来る頑丈さを備えている。また,6点入力が出来,タッチパネルの操作性も良好なことから,安心して操作することが可能である。 4.実際の動作  実際にMouse P116B-V2を利用して,様々な動作を実際に検証した。図1は,点字ディスプレイを接続し,合成音声による音声出力と,タッチディスプレイによる拡大文字出力の同時出力を行っているところである。 図1 拡大文字と音声と点字の出力 (図)  図2は,指でPDFファイルを拡大操作しているところである。指での操作も遅延なく安定に動作する。 図2 タッチパネルを指で操作 (図)  図3は,Teamsを使い遠隔授業を行っている様子で,仮想背景などは利用できないが,基本的な機能は問題なく安定に動作する。 図3 Teamsによる遠隔授業 (図)  デスクトップの機種と比較して操作を行うと,CPU性能が劣るのと,メモリが少ないため,高速操作を行うと音声や点字出力が若干遅延する。しかし,学校現場では,遅延が起こるほどの高速な入力を行うことは滅多に起こらないため,問題は起こらないと思われる。メモリが8GBあれば,遅延は少なくなると思われるが,価格的な問題から,4GBでもこれだけの性能が担保できることに驚きを禁じ得ない。 5.Windows 10  Windows 10がリリースされて,5年以上が経過した。 Windows 10は,年に2回の割合で新しいバージョンとなる。その変遷を表2に示す。 表2 Windows10 バージョン変遷 Version Name      Date 1507 リリースバージョン 2015/07/29 1511 November Update 2015/11/12 1607 Anniversary Update 2016/08/02 1703 Creators Update 2017/04/11 1709 Fall Creators Update 2017/10/17 1803 April 2018 Update 2018/04/30 1809 October 2018 Update 2018/10/02 1903 May 2019 Update 2019/05/21 1909 Nov 2019 Update 2019/11/12 2004 May 2020 Update 2020/05/27 20H2 October 2020 Update 2020/10/22  同じ,Windows10と言っても,内容は全く異なるが場合がある。従って,ソフトウェアが全てのバージョンで動作するとは限らない。例えば,画面拡大ソフトウェアである,Zoom Text V11は,1809まで動作するが,それ以降のバージョ ンでは動作しない。その為,Zoom Text 2019や2020を改めて購入する必要がある。 これは,内部のプログラム構造が相当変化しているためである。Windows の場合,Windows ServerとDesktop 用のWindows 10の関係で観ると,Windows Server 2019 と同一の GUI を構成しているため,2019 年以降に内 部構造が大幅に変わったことが推察される。  従って,旧式のソフトウェアを新しいバージョンのWindows 10 に導入する場合には,バージョンアップには留意する必要がある。安定に動作するかどうかは,実際にやってみないと判らないのが視覚障害者向けのソフトウェアの特徴である。これは,プログラム開発環境が大幅に変化しているためで,例えば,Microsoft .NET FrameworkやVisual C++などのライブラリーは,常に新しいバージョンを 導入しないと動作しないことが多い。  その為,同じWindows 10と言えども容易に更新しない方が良い。安定に動作しているのであれば,そのバージョンを使い続けるのが,安定動作を保証する。 しかし,残念なことにWindows 10も古いバージョンはサポートが停止されるため,5バージョンを目安に新しいバージョンに更新する必要がある。その時は,視覚障害者向けのソフトウェアの動作を確認する必要がある。  新しいCPUを搭載している場合は,最新のWindows10で動作するように設計されているため,最新のバージョンが必要となる。しかし,従来の視覚障害者用ソフトウェアが動作しなくなる事もあり,留意が必要である。 6.リサイクルPC  近年,リサイクルPCが盛況を帯びてきた。過去,廃棄されたパソコンをリサイクルし,視覚障害者向けのパソコンとして再生する手法を報告した。[6-7]  近年では,業者が,PCのリサイクル事業を積極的に行うようになった。例えば,IBMは,PC事業をレノボに売却したが,リサイクル事業を立ち上げIBMリフレッシュPCとして,リサイクルを行っている。主として,リース明けのPCを再生して,最新のOSであるWindows10やOffice 2019などのソフトウェアも導入し,さらに短期間の保証を付けて販売している。従って,PCのスペックを精査して,対応すれば視覚障害者向けのパソコンとして活用できる可能性がある。しかし,残念なことに都道府県の自治体がPCの新品購入にこだわるため,リサイクルPCについて,導入されることはない。視覚障害者に必要な機能を精査すると,必ずしも新品を購入する必要は無く,前述のように視覚障害者がパソコンを利用する場合は,機能別に用意しておく方が使い勝手が良いため,是非ともリサイクルPCの活用についても検討されることを強く願う次第である。特に台数を必要とする場合には積極的な活用が望まれる。 7.おわりに  GIGAスクール対応のPCについて,CPU性能を精査し,盲学校などへ教育用システムとして活用できるかどうかを検証した。Celeron N4100以上のPCでメモリが4~8GBあれば,安定に動作する事が示唆された。実機で検証したところ,様々な動作について安定的に稼働することが判明した。落下にも対応できる安心感もある。  Core i7のような高性能で高価なCPUを搭載した機器よりも,安価な機器でも,台数を揃えることによって,盲学校などでの視覚障害教育に活用できる事を切に願う次第である。 参照文献 [1] https://www.mext.go.jp/content/20200303-mxt_ jogai02-000003278_407.pdf [2] 村上佳久.同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの改善.筑波技術大学テクノレポート.2020;27(2):p.12-16. [3] 村上佳久.全盲と弱視を同一の教材で提示する電子黒板システム2.筑波技術大学テクノレポート.2019;(27)1:p.21-25. [4] 村上佳久.全盲と弱視を同一の教材で提示する電子黒板システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2019;(26)2:p.6-10. [5] 村上佳久.同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの開発.筑波技術大学テクノレポート.2018;26(1):p.47-50. [6] 村上佳久.書見台型学習支援システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2018;25(2):p.12-16. [7] 村上佳久.パソコン再生プロジェクトまだ使えませんか?.筑波技術大学テクノレポート.2016;24(1):p.10-15. Personal Computer Environment for the Visually Impaired for GIGA Schools MURAKAMI Yoshihisa Division of Research on Support for the Hearing and Visually Impaired, Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: A GIGA school-compatible personal computer advocated by the Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology was set up for the visually impaired and verified. Findings suggest that even a personal computer with low CPU performance can handle the needs of visually impaired students. Keywords: GIGA schools, Personal computer, Visually impaired,