情報システム管理技術の習得に関する学生の学習方略の研究 菊地浩平,西岡知之,安 啓一 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科 要旨:本研究では,ウェブサーバの構築および運用に関する知識・技術の習得を目指す授業の履修学生を対象として,彼/彼女らの学習方略選好の傾向を明らかにすることを目的とした調査・分析を行った。分析の結果,学習スタイルとして次の2つの類型が存在することが示唆された.すなわち(1)独力で課題に取り組む独力型学習スタイル,(2)社会的ネットワークを利用する社会型学習スタイルの2つである。この2つは,学習集団内の変種としてだけでなく,学習プロセス上の段階と考えることもできる。本研究ではこういった学習者ごとの学習スタイルを把握することで,それぞれの特性に基づいた適切な学習支援の在り方を検討することが可能になることを指摘した。また,そのことを通して個別の指導を効果的に行える可能性があることを指摘した。 キーワード:学習方略,学習スタイル,教育工学,メタ認知,よい学習者 1.研究の背景  本研究では情報システム管理技術に関する授業の履修学生が,関連知識・技能等の修得に用いている学習方略の類型化を試みる。  2008年の中教審答申「学士課程教育の構築に向けて」の中で,単位制度の実質化に向けた具体的方策のひとつとして「自己点検・評価活動の一環として学習時間等の実態を把握し,単位制度の実質化の観点から,教育方法の点検・見直しを行い,質の向上を図る」ことが示された[1]。この項目への対応として,授業内外での学習時間の目安の他,どのような学修を行うことが想定されるか・指示されるかも合わせてシラバスに明記されるようになるなど様々な取組が行われてきた。また,いわゆる授業評価アンケートにおいても当該授業についてどの程度の授業外学習を行ったかを学生に尋ねる項目が設定され,量的側面からの学修実態把握が試みられてきている。 本研究では,こういった従来の取組を踏まえつつ,当該授業において学生の学修実態を学習方略という観点から類型化し,その実態を明らかにする。このことを通して,質的な観点からの学修実態に応じた教育方法の点検・見直し方策についても検討したい。 2.先行研究 2.1 学習方略  本研究の中心的アイディアである学習方略(Learning Strategy)は,第2言語習得における「よい学習者(goodlearner)」研究の中で検討されてきた。学習方略とは,Oxfordによれば「学習をより易しく,より早く,より楽しく,より自主的に,より効果的に,新しい状況に素早く対処するために学習者がとる具体的な行動」(訳は執筆者による)と定義され,「直接的方略」(記憶・認知・補償)と「間接的方略」(メタ認知・情意・社会的)の2つに分類されている[2]。もちろん,学習方略研究はOxfordの整理したもの以外にも教育心理学の中で数学等の教科を対象とした整理や,使われている学習資源の違いに注目した整理等多岐にわたっており,記憶や構造把握に関わる認知方略と,自身の認知活動のモニタリングを通した制御に関わるメタ認知方略の2つに大別されている[3]。Oxfordの分類は比較的古いものではあるが,学習者自身の内的な認知状態だけでなく,外的な環境との関係性を含めたものになっているという点が大きな違いであり,学習者中心主義的観点から学習の在り方の多様性を捉えようとするものだという点で重要である。 3.研究の対象と手続き 3.1 対象  WordPress等のCMS(Contents Management System,コンテンツ管理システム)を管理・運営するための情報システム管理技術の習得を目標とした演習形式授業の履修学生15名を対象とした(全員3年次以上)。  同授業は1学期・2学期にそれぞれ15回ずつで,各学生に専用の端末とIPアドレスを割り当てる。1学期はWWWサーバ構築に関する内容とHTML/CSSによる静的ウェブサイトの構築,2学期はDBおよびアプリケーションサーバ構築に関する内容とCMSの導入・運用演習が中心である。授業の最初に当日中に行う演習に関する知識・技術の導入が教員による講義で行われ,それが終わると各自で提示された課題に取り組む形式である。成績評価は1学期・2学期で独立して行われる。 3.2 データの概要  データ収集は上記の対象に対して,2019年12月(2学期の第10回目が終了した時点)に質問紙調査により実施した.サーバ構築に必要な知識・技能を一通り導入し終え,各人が自分の端末内に環境を構築して実際にCMSを動かし始めるタイミングにあたる。  質問項目は,表1に示したとおり3つの大項目とそれぞれに該当する小項目から構成され,合計で14の質問項目がある.質問項目は,授業中の学生の行動観察と,言語習得研究において体系化された学習方略とを勘案して設計したものである。  各質問項目すべてについて,「とてもよくあてはまる(4)」「ややあてはまる(3)」「あまりあてはまらない(2)」「まったくあてはまらない(1)」の4段階リッカート尺度で回答を収集した(括弧内は数値化した際の値)。 収集したデータは統計的に処理し,各質問項目の平均値・標準偏差の基本統計量および質問項目間の相関係数を導出した。基本統計量については表1に示したとおりである。次節ではこれらの数値データを元に分析を試みるが,標本数の少なさから,一般化はできない(例えばこれまでもそうだったのか,来年度以降もそうなのか,他の学生全般についても言えるのか,などはわからない)。あくまでも当該の15名からなる学習集団の特徴や学習方略選好の傾向について述べるものである点には注意されたい。 表1 調査で用いた質問項目の一覧と回答の平均・標準偏差 (表) 4.分析  前述の通り,本節では収集データについて,学習集団としての特徴と学習方略選好の2つの観点から分析を試みる。 4.1 学習集団としての特徴  収集したデータについて,基本統計量(平均と標準偏差)から,当該データの表層的特徴について述べる。  まず,標準偏差はほぼ全項目で1未満となっている。最もばらつきが大きいのは「2-6友人によく質問をした」で,ピアサポート的学習の多寡は個々人の人的ネットワークに依存しているようである。ただし,座席配置については端末配置の密度と学習スペースの確保(端末操作や学習資料等を広げるスペースなど)を考慮して,基本的に1つおきに着座することになるよう教員側で調整していたため,周囲の学生に話しかけやすい環境だったかどうかは個々人で異なっていた可能性がある。  平均では2-2と2-8のスコアが2を下回っていることから,学生自身による授業用ノート作成や書籍の参照等,文字情報によるインプット・アウトプットは主たる学習方略としては用いられていない様子がうかがえる。一方でスコアが3以上の2-5,2-7,3-1,3-3の4項目は主たる学習方略として用いられている可能性があり,教員を利用した学習活動(社会的方略)や,インターネットの検索(外部化された知識の参照),自分自身の学習がどのようなものであったのかを振り返る学習活動(認知・メタ認知方略)が,大きな割合を占めている様子が窺える。 4.2 学習方略間の相関にもとづく2つの類型  2つめの分析として,各質問項目間での相関係数を算出し,複数の項目に対して正負の相関が見出された2つの項目を軸に,学習方略選好という観点から整理した。正の相関は立体,負の相関は斜体で示している(それぞれの質問項目番号に対応する質問内容については,前掲の表1を参照されたい)。分析の結果「,独力型学習スタイル」と「社会型学習スタイル」の2つの類型を得た。以下でそれぞれの学習スタイルについて詳述する。 4.2.1 独力型学習スタイル  1つめの類型は表2に示したとおり「自分自身が身につけた学習資源を活用して独力で課題に取り組む学習方略」であり,質問項目1-1「CUIでのディレクトリ・ファイル操作が思い通りにできる」を軸にした場合に見いだされるものである。この項目では1-2,3-1,3-4との間に正の相関,2-1,2-5との間に負の相関が見られる。  この類型から導かれる学習者像は,「CUI上での様々な操作を十分に行うことができ,自らの学習のメタ認知を元に,教員等の他者に頼らず独力で課題に取り組む傾向が強い」というものである.こういった学習の在り方のことを,ここでは独力型学習スタイルと呼ぶことにする。 表2 独力型学習スタイル(自分自身が身につけた学習資源を活用して独力で課題に取り組む学習方略選好) (表) 4.2.2 社会型学習スタイル  2つめは表3に示したとおり「社会的ネットワークを活用して課題に取り組む学習方略」で,軸となる項目は2-5「教員によく質問をした」である。この項目は2-7との間に正の弱い相関が見られ,1-1,2-2,3-1,3-4の2項目との間に負の相関が見られる。特に1-1と3-4の2つについては比較的強い負の相関が見られ,教員への質問がCUIでの操作に関するものに集中する傾向が見えてくる。  こういった傾向は,「課題に取り組むにあたって問題が生じた際,解決の選択肢として社会的ネットワークが優位であり,課題解決の資源としてはウェブを含む外化された知識を用いる」という学習者像を示していると考えられる。ここではこういった学習の在り方のことを「社会型学習スタイル」と呼ぶことにする。 表2 社会型学習スタイル(社会的ネットワークを活用して課題に取り組む学習方略) (表) 5.考察 5.1 類型に応じた適切な指導とはどのようなものか  分析から見出された2つの学習スタイル類型は,問題を解決し,知識・技能を修得しようとする際に,何を最適な方略として選択するかの違いを示していると考えることができる。この違いに応じた指導方法を検討することで,学生のよりよい学びが実現できる可能性がある。すなわち適正処遇交互作用[4][5]の観点から,個に応じた指導を検討する必要があるだろう。例えば「独力型学習スタイル」を持つ学生に対しては独力での学習に役立つリファレンスの紹介や,これまでの学習内容との関連を意識した解説を行うといったものである。  他方の「社会型学習スタイル」を持つ学生に対しては,社会的ネットワークをより効果的に活用するという観点から質問の仕方の指導や,ウェブ上での検索をより効率的に行うための指導を行う,といったものである。 5.2 学習の2側面(水平と垂直)に応じた指導の検討  5.1で述べたように,本研究で対象とした集団の分析からは,自分自身が身につけた学習資源を活用して独力で課題に取り組む「独力型学習スタイル」と,社会的ネットワークを活用して構成的に課題を解決していく「社会型学習スタイル」の2つの類型が見いだされた。この2類型は,当該の学習集団を共時態として捉えた場合,学習の水平方向の多様性として理解することができるだろう。 ただし,両者の軸となる質問項目1-1と2-5との間に相関が見られる点,1-1と3-1・3-4との間に正の相関,2-5と3-1・3-4との間に負の相関というように相関が正負逆転している点には注意が必要である。というのもCUIでの操作というシステム管理において重要なスキルを軸として考えた場合,「CUIでの操作に習熟しているほど,教員に質問をせずに自分で学習を進めることができる」または「CUIでの操作が苦手である場合,質問をすることで課題を解決せざるをえない」というステージの異なる学習者像が見えてくるからだ。  この2つの学習者像は同じ集団内での変種というよりも,学習を進めていくための基礎学力の習熟度合いによって生じた学習段階の違いを示しているようにも見える。すなわち,先に指摘した2類型は学習方略の水平方向の広がりではなく,学習プロセスの垂直方向の段階として解釈することもできる1。この立場からは,例えばブルームの完全習得学習理論に基づき[6],それぞれの段階への到達度を形成的評価によって体系的に把握し,適宜フィードバックを返していくことが重要になる。 6.おわりに  ここまで,学修実態の一側面を学習方略という観点から明らかにし,個に応じた指導につなげるための方策について議論してきた。昨今の高等教育を巡る議論を踏まえるなら,どのくらい学んでいるか(学習時間)だけではなく,どのように学んでいるのか(学習スタイル)にも注目した指導の在り方は,今後ますます重要なものになっていくと考えられる。収集データの数やデータの特性から今回の議論には限界があるが,定性的な調査・研究等と組み合わせつつ,今回の知見を深めていきたいと考えている。 謝辞 本研究は2019年度産業技術学部学部長裁量経費による支援を受けて実施されました。調査に協力していただいた学生諸氏に,この場を借りて御礼申し上げます。 参照文献 [1] 中央教育審議会.学士課程教育の構築に向けて(答申).2008;https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi /choke/chukyo0/toushin/1217067.htm [2] Oxford, Rebecca L. Language Learning Strategies: What Every Teacher Should Know. Boston: Heinle & Heinle. 1990. [3] 篠ヶ谷圭太.学習方略研究の展開と展望-学習フェイズの関連付けの視点からー.教育心理学研究.2012; 60: p.92-105. [4] Cronbach, L.J. The two disciplines of scientific psychology. American Psychologist. 1957; 12. p.671-684. [5] Snow R.E. Aptitude-Treatment Interactions in Educational Research. In: Pervin L.A., Lewis M. (eds) Perspectives in Interactional Psychology. p.237-262. Springer, Boston, MA. [6] Bloom, Benjamin S. Learning for Mastery. Instruction and Curriculum. Regional Education Laboratory for the Carolinas and Virginia, Topical Papers and Reprints, Number 1. Evaluation comment 1(2). 1968; n2. 1 紙幅の関係上詳述はできないが,次の点のみ急いで付け加えておく必要があろう。すなわちここでの議論は「目指すべきは独力型学習スタイルであり,社会型学習スタイルは望ましくないか,あっても途中経過としてのみ受け入れ可能だ」ということを意味するものではない。あくまでも時間軸上の変化として捉えることができるとしたら,何が言えるのかに注目した言及である点には注意されたい。 Study of the learning strategy for aquiring information system management technology KIKUCHI Kouhei, NISHIOKA Tomoyuki, YASU Keiichi Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology, Tsukuba University of Technology Abstract: This study aims to clear that how students learn information system management technology in a class. Especially we focused on their usage of learning strategies. As a result of analysis, it was clarified that there were two different learning styles. First, an independent learning style that can be described as following: they can learn by using their own skills for terminal operation, and several resources for learning. And they needed only small support from teachers. Second, a social learning style that can be described as following: they have a tendency for making some questions toward teachers when they are trying to solve problems. These two styles can be considered as not only learner’s varieties but also learning phases. These findings will lead some cogent discussions about relevant learning support for students. Keywords: learning strategy, learning style, educational technology, meta-cognition, good learner