テキストDAISYの閲覧における実時間自動点字変換機能の有用性に関する調査 宮城愛美 1),澤村潤一郎 2),長岡英司 1)2) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 1) 社会福祉法人 日本点字図書館 2) 要旨:電子書籍や電子文書を実時間自動点字変換機能を用いて点字で確実に読めるようになれば,視覚障害者の読書や学習の可能性が拡大する。その実現を図る準備として,テキストDAISY形式の電子文書を既存の点字ディスプレイ装置の機能を用いて閲覧した場合の読み取りの確実さの程度や改善すべき問題点を調査した。テキストDAISYは,テキストデータに見出し情報やページ情報等の文書構造が付加されたデータ形式であり,視覚障害者にとってアクセシビリティが高い。調査は,点字使用者の協力による実験とヒアリングで行った。その結果から,実時間自動点字変換を用いる方法で実用可能に近い水準の閲覧ができることを確認した。実用性の確立には,点字変換の精度の向上が欠かせないことが明らかになった。点字表示と音声読み上げの併用が読み取りの確実さと円滑さの向上に有効であることが,ヒアリングで提起された。 キーワード:視覚障害,電子文書,点字ディスプレイ装置,実時間自動点字変換,テキストDAISY 1.背景と目的 視覚障害者のための点字図書と録音図書のほとんどは,ボランティアによる点訳(書籍等の点字化)と音訳(朗読)によって製作されている。点訳は,1980年代後半にPC(パソコン)で点字データを作成する方法が開発されたことにより,用紙に点字を打つ作業からPCで入力・編集する作業に変わった。その結果,点字ディスプレイ装置で点字データを直接に読む方法での読書も行われるようになった[1][2]。一方,録音図書は,1990年代に,視覚障害者向けのデジタル録音図書の国際規格のDAISY(Digital Accessible Information SYstem)が定められ,近年は録音図書のほとんどがこのデータ形式で製作・提供されている[1][2][3]。また,肉声の録音を再生するのではなく,墨字(普通文字)のテキストデータを合成音声に読み上げさせ,それをDAISY方式の操作で聴く,テキストDAISY[4]という新たな形態の図書が,製作され始めている。テキストDAISYは,墨字のテキストデータを基盤にした電子書籍であり,文字データとしても利用しやすいうえに,肉声を録音するDAISYよりも短期間で製作できるという利点がある。 このように,視覚障害者用の書籍は,電子データ化が普及している。また,一般向けの電子書籍の利用を試みる視覚障害者もいる[5]。これらのことから,読書に関する不便が軽減し,可能性が拡大したが,次のような深刻な問題が残っている。 1 点訳や音訳に時間がかかるために,希望の書籍をすぐに読めない場合や利用を断念しなければならない場合がある[3][6]。 2 点字図書の製作が減少しており,読み取りの確かさに優れる点字での読書が[5][7][8],今後更にし難くなる恐れがある[1]。 3 点訳や音訳を担うボランティアの確保が難しくなる傾向にあり[1],深刻化が懸念されている[3]。 4 一般向けの電子書籍は,一部が音声化に不完全に対応しているだけで[5],点字化は全く考慮されておらず[9],確実な利用が難しい。 5 学習用デジタル教科書のガイドラインにおいて,視覚障害児童・生徒の学習で不可欠といえる点字でのアクセス[10]についての方針が示されていない。 視覚障害者の読書に関するこれらの問題を解消するには,墨字の電子書籍を点字で直接に読む方法の確立が有効である。本調査は,その実現を図るための準備段階として,視覚障害者にとってアクセシビリティが最も高い電子書籍といえるテキストデイジーを,市販の点字ディスプレイ装置の実時間自動点字変換機能を用いて点字で読むと,どの程度確実な閲覧ができ,また,どのような問題があるのか,を探る目的で実施した。 2.テキストDAISY[4]  テキストDAISYは,電子書籍や電子文書のデータ形式の一つであり,テキストデータに見出し情報やページ情報等の文書構造が付加されている。それゆえ,ナビゲーション機能により,書籍や文書内を,見出しやページ単位で移動することができる。画像の挿入も可能で,一般のリフロー型電子書籍の形式に近いと言える。  耳で聴く場合は音声合成機能に読み上げさせ,目で読む場合は文字サイズや画面の配色を調整できる。実時間自動点字変換機能を備えた点字ディスプレイ装置を用いて,点字で読むことも可能である。テキストDAISYに対応している再生機や再生アプリケーションを用いて,音声DAISYと同等の操作で閲覧する。合成音声の読み上げで漢字等の読み誤りや不自然なアクセント,点字表示で誤変換が発生するという欠点はあるが,再生アプリケーションによっては,漢字等の詳細情報を一文字単位で読み上げさせて確認できるという重要な利点がある。 3.調査の実施  点字ディスプレイ装置の実時間自動点字変換機能を活用してテキストDAISYを点字で閲覧した場合の読み取りの確実さを評価するとともに,問題点や改良課題を明確化するための調査を,以下の通り実施した。 3.1 調査の方法 2019年2月12日~13日に,筑波技術大学において,「点字使用学生が点字ディスプレイ装置でテキストDAISY形式の課題文書を閲覧し,その直後に,内容に関連する問いに口頭で答える実験」を実施した。併せて,実験参加学生(以下,「協力者」)に,閲覧時の点字表示や操作方法についての意見や感想を求めるヒアリングを行った。  調査は筑波技術大学倫理審査委員会の承認を得て行なった(承認番号 H30-30)。 3.2 実験の実施準備 (1)使用機材  点字ディスプレイ装置は,ケージーエス株式会社製のBMS40(点字表示部40マス)を使用することとした。同機は,DAISYデータを再生する機能を備えており,テキストDAISYでは,フォーカスされている箇所の墨字データを点字に自動変換し,点字ディスプレイに実時間で表示する。同様の機能を有する外国製機種もあるが,機能の改良等を依頼する際の利便性を勘案して,国産の同機を選定した。  同機でのテキストDAISYの閲覧では,体系的なキー操作を行う必要がある。各協力者が実験開始前と実験中に必要に応じて操作方法を確認できるようにするために,参考用の点字資料「BMS40でのテキストデイジー図書の閲覧について」を製作した。 (2)課題文書と設問  表1に示す通り,四つの課題文書を準備し,それぞれについての設問を作成した。課題文書は,いずれも既存のテキストDAISY図書からの抜粋である。 表1 課題図書と設問 (表) 3.3 実験の手順  各協力者個別に,次の手順で実験を行った。 ・点字資料「BMS40でのテキストデイジー図書の閲覧について」を用いて閲覧方法(音声読み上げは使用しない)を説明する。 ・各課題文書の閲覧終了直後に設問を1問ずつ口頭で伝え,口頭による回答を得て記録する。 3.4 協力者  実験に参加した協力者の属性は表2の通りである。 表2 協力者の属性 (表) 3.5 ヒアリング 実験後に,各協力者から,「自動点字変換を介しての読み」,「移動や検索の操作方法」等についての意見や感想を聴取した。 4.実施結果 4.1 実験  各課題文書の設問への協力者A~Dの回答を整理すると,以下の通りとなる。 (1)課題文書1  事物の名称や数を答える設問1~5の正答率はA:5/5,B:5/5,C:4/5,D:4/5。 (2)課題文書2 アルファベットの表記に関する設問に対して,全員が,記号の使用や分かち書きの誤りがあって読みにくいと指摘した。 (3)課題文書3  表の内容に関する設問1に対しては,全員が正答。  表の読みやすさを比較する設問2では,全員が,空白の挿入などレイアウトの修正を施していないものは読み取りが難しい,または読み取れないと回答した。 (4)課題文書4  図の説明に関する設問1~3の正答率は,A:3/3,B:未実施,C:2/3,D:1/3。 4.2 ヒアリング 協力者A~Dの答えを整理すると,以下の通りである。 (1)文書データの開閉について  全員が「スムーズにできた」と感じた。「データ読み込み完了のガイドがあるとよい」との意見があった。 (2)ページ単位の移動について  全員が「スムーズにできた」と感じた。 (3)見出し単位の移動について  3人は「スムーズにできた」と感じたが,他の1人は「デイジーの階層の概念に馴染みがなく,ページ移動のほうが分かりやすかった」と答えた。 (4)テキスト検索での移動について  テキスト検索は,有用と理解されている。2人は「スムーズにできた」と感じたが,そのうちの1人は検索の方向を間違えた。他の2人は,検索窓に知らない文字列が入っていて戸惑い,そのうちの1人は,入力モードに気を付ける必要があると感じた。 (5)読み取りや理解が難しかった箇所について  2人が,漢数字の箇所が読みにくいと感じた。そのうちの1人は「(数字ではなく)カナに点訳されるために読み取りにくい」と答えた。2人が,読み取れない漢字の人名があった。1人が「図は理解できない」と感じた。1人が,英語は縮約表示になると良いと思った。 (6)墨字を点字に自動変換しながら読むことについて A:渡された資料をすぐに読みたい場合,点訳・音訳を待てない場合,リアルタイムで読めるのは魅力。日本語だけ,英語だけなど,画一的な書式の文章に向いている。誤変換は間違った理解につながる。リアルタイムの音声化と併用すると,誤変換を補完しやすい。テキストがあると,表記を確認でき,検索性もよい。行頭マス空けがないことや,ページフレーズの前後にマス空けができないことが課題。 B:変換精度,墨字の改行と連動して点字も改行されるのが課題。会議資料や論文など文書構造が複雑なものでは,検索性においてプレーンテキストよりテキストデイジーの方が優れている。 C:漢字の変換精度が課題,リアルタイムの音声化と併用すると,誤変換を補完しやすい。 D:分かち書きの精度はよい。誤変換の経験歴は長いので,慣れている。段落行頭のインデントが課題。確実性を求めるときに音声化と併用するとよい。 5.考察  実験とヒアリングによって,実時間自動点字変換を用いる方法で実用可能に近い水準の閲覧ができることを確認した。その中で,実用性の向上に向けて,特に以下の事項に注目した。 (1)自動点字変換の精度  BMS40の自動点字変換の精度に関して,読みやすさを大きく低下させる以下の問題がある。日本語文の性質上,漢字の誤変換は避けがたいとしても,これらを解消するだけで自動変換された点字の読みやすさは大いに向上すると考えられる。 ・漢数字が訓読みに変換される。(例:「二十七日」を「はたちなのか」,「二百坪」を「にももつぼ」) ・段落行頭が1マスしか下がらない。(テキストデイジーでは段落行頭を全角スペース一つ分下げるため) ・漢字の熟語が行をまたぐと誤変換する。 ・原本ページのフレーズの後に1マスしか空かないため,本文との区別がつきにくい。 ・外字符・外国語引用符が日本語文に続く場合,間のマス空けが欠落する。 ・表組みされた要素において,セル間にマス空けがない。 (2)機能面の課題  以下のような問題の解決が課題であり,こうした改善がユーザビリティの向上につながると考えられる。 ・テキスト検索において,検索語の入力欄に意図せぬ文字列が自動挿入される。 ・「戻す」ボタンに触れてしまいがち。 (3)点字表示と音声読み上げの併用  協力者は,通常,自動点訳された点字の誤変換を補完するため,墨字の音声読み上げ機能を併用している。逆に,音声読み上げでは理解しにくい内容を点字表示を読んで確認する場合もある。点字表示と音声読み上げの両方で読まなければならないという二度手間的な閲覧ではなく,両者を効果的に併用できるようになることが望まれる[11]。自動点訳の精度や点字ディスプレイの読みやすさが向上するとともに,音声読み上げ機能も向上することにより,点字ユーザの読書環境が飛躍的に改善すると期待できる[12]。 6.まとめ  テキストDAISY形式の電子文書を実時間自動変換される点字で閲覧することの実用性を探った。調査協力者がいずれも点字ディスプレイ装置や電子文書の使用に慣れていたこともあるが,実験では,実用可能に近い水準で読み取りを行えた。その際に,漢字表記に関する読み手の知識の程度が誤変換への対応に大きく影響することが示された。  実時間自動点字変換機能については,変換精度に関する問題が多く出現したが,比較的容易に改善できると思われるものも含まれていた。また,変換精度の向上のために,閲覧対象ごと,あるいはその種別や分野に応じた変換辞書を準備することも有効と考えられる。  一方,テキストDAISYの製作に関しては,表のレイアウトや図の説明についての改善が求められる。それらによって,点字での閲覧の確実性と効率が大きく向上するものと期待できる。今後,閲覧が点字でも行われることを踏まえたテキストDAISYの製作基準の整備が必要といえる。  この調査は,テキストDAISYという特殊な形式の電子文書を対象として実施した。アクセシビリティの高いこのデータ形式でまずは実用的な閲覧環境の実現を図り,その成果を基盤にして一般的なデータ形式の文書や書籍への対応方法の確立を目指すという方針で,今後の取り組みを進めたい。 参照文献 [1]長岡英司.日本の視覚障害者.情報アクセスの現状. 日本盲人福祉委員会.2018; p.72-84. [2]長岡英司.視覚障害者の情報アクセスやコミュニケーションを支える機器とソフトウェア.総合リハビリテーション. 2012; 40(9): p.1201-1206. [3]長岡英司.録音図書製作ボランティアの回答から見える現状.録音図書利用者・製作者アンケート実施報告 平成18年度日本点字図書館「インターネットを用いたDAISY録音図書製作事業」.2007. [4]澤村潤一郎.図書館利用に障害のある人々へのサービス上巻.日本図書館協会障害者サービス委員会編テキストデイジー,テキストデータ.日本図書館協会,2018; p.94-97. [5]野澤しげみ,稲葉妙子,田中直子,長岡英司,藤井亮輔,小野瀬正美,納田かがり,鈴木志寿香.EPUB閲覧ソフト「EPUB音声リーダー」の開発と試用.筑波技術大学テクノレポート.2013; 20(2). P.1-6. [6]長岡英司.就業場面における点字の活用を考える.視覚障害.2013; 298. p.6-16. [7]長岡英司,宮城愛美.重度視覚障害者用プログラミング環境の開発とその活用.視覚リハビリテーション研究. 2011; 1(1). p.36-40. [8]長岡英司,黒川哲宇.重度視覚障害者のテキスト処理作業における点字出力利用と音声出力利用の比較研究.視覚障害情報機器アクセスサポート協会・PIN; 18号. 1997; p.13-17. [9]野澤しげみ,長岡英司,田中直子,富田彩,宮城愛美,小野瀬正美,納田かがり.「視覚障害者用EPUBブラウザII」の開発と試用 ─EPUBファイル内の点字データをピンディスプレイに出力する機能の実装─.筑波技術大学テクノレポート.2015; 22(2). p.13-18. [10]長岡英司.パソコンへのアクセスにおける点字ディスプレイ出力の利用効果 --音声出力と点字出力の利用比較実験--.日本特殊教育学会第41回大会発表論文集.2003; p338. [11]長岡英司,星加恒夫.実時間点字表示機能を備えたテキストエディタの開発と活用.第30回感覚代行シンポジウム論文集.2004; p.99-104. [12]長岡英司,加藤宏.マルチモーダル教材のアクセシビリティとユーザビリティ.日本特殊教育学会第48回大会発表論文集.2010; p128. 謝辞  ※本調査は,科学研究費補助金 基盤研究(C)(課題番号 18K11389)により実施した。 Study on the Usefulness of a Real-Time Automatic Braille Conversion System in Browsing Text-DAISY Documents MIYAGI Manabi1), SAWAMURA Junichiro2), NAGAOKA Hideji1)2) 1)Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology 2)The Japan Braille Library Abstract: The possibilities of reading and learning for the visually impaired can be expected to expand if e-books and electronic documents can be read reliably in Braille using a real-time automatic Braille conversion system. In preparation for achieving this goal, we investigated the degree of readability and issues to be addressed when browsing electronic documents in the text-DAISY format using the functions of existing Braille display devices. Text-DAISY is a data format in which the information of document structures such as heading and page are added to text data, and is highly accessible to the visually impaired. The survey was conducted through experiments and conducting interviews with Braille users. The results showed that the Braille users could browse text-DAISY documents at a partially practical level by the method using real-time automatic Braille conversion. However, it became clear that improving the accuracy of Braille conversion is indispensable for establishing practicality. The results of the interviews suggested that the combined use of Braille display and speech output is effective in improving the certainty and smoothness of browsing. Keywords: Visual impairments, Electronic document, Braille display device, Real-time automatic Braille conversion, Text-DAISY