医療分野における手話言語通訳者の育成カリキュラムの検討 大杉豊1),鮎澤聡2),白澤麻弓1) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター1),保健科学部東西医学統合医療センター2) キーワード:医療通訳,手話言語通訳 1.背景 きこえない人への医療の質を高めることで「医療全体の質の向上」を図ることを究極的な目標とし,私たちの関心は,手話言語による医療通訳の質の向上をいかに実現するかという「問い」にある。 本学は障害者高等教育研究支援センターが主体となり,厚生労働省平成 30年度障害者総合福祉推進事業「専門分野における手話言語通訳者の育成カリキュラムを検討するためのニーズ調査研究事業」を受託し,医療分野についても手話言語通訳の設置・派遣の現状を把握し,手話言語通訳の養成と体制それぞれの課題を整理している。 成果報告書 [1]で,医療分野は手話言語通訳制度の萌芽期から現在に至るまでろう者社会におけるニーズが極めて高く,実際の派遣件数も他の分野と比して非常に多い状況が続いていることを確認し,医療現場で手話言語通訳者に求められる技術が整理されていない点,手話言語通訳者が医療スタッフと協働できていない点などの課題を明らかにした。そして,取るべき対策として医療分野に特化した養成カリキュラムの開発と医療機関等における啓発を提言している。 手話言語通訳関連の研究実績,そして医療センターの臨床実績を有する本学として,医療分野に特化した手話言語通訳者の養成カリキュラムの開発に着手することとした。なお,医療手話言語通訳を認定する制度が確立されていなく,現在医療場面で手話言語通訳に従事する通訳者への研修も含めることから,「養成」を「育成」に置き換えて使用する。 2.展開 本研究の目的は医療分野における手話言語通訳者の育成カリキュラムの検討である。厚生労働省が医療通訳育成カリキュラム基準(2017年改定)を示していることを踏まえ,医療通訳関連の学会での発表と医療通訳研修の実施団体へのヒアリングを通して外国人を対象とする医療通訳の育成に関わる専門家との連携作りを具体的な目標とした。 学会発表:平成 30年度事業において医療分野を担当した吉田将明(特定非営利法人インフォメーションギャップバスター理事,薬剤師)と畠山純恵(一般社団法人日本手話通訳士協会,看護師)が中心となり,日本通訳翻訳学会第 20回年次大会(東京)で「医療分野における手話言語通訳のニーズと課題:今後に向けた必要な取組」,第4回国際臨床医学会学術集会(福岡)で「手話言語による医療通訳の存在と課題」,第6回聴覚障害者医療研究集会(東京)で「聴覚障害者に受療抑制は「現在」もあるか?.現在の時代背景に合わせた調査の必要性に関する考察 .」の発表を行い,医療通訳は外国人だけでなく,きこえない人も過去から対象となっていることの再確認と,医療通訳環境や制度における共通点と相違点の顕在化ができたことに意義がある。 研究協議会:外国人の受療環境を整備しており,医療通訳の育成研修を実施している国立国際医療研究センター国際診療部に育成研修の背景と内容のヒアリング調査を実施し,一般社団法人日本手話通訳士協会の高井洋副会長及び吉田将明を交えて,本学が医療手話言語通訳の育成に取り組むことを想定したカリキュラムの構成と運営について検討を行った。 国際医療研究センター国際診療部の「外国人患者受け入れ環境整備のための医療通訳養成研修 2019」は,医療機関の視点で,医療通訳者の役割,持つべき知識や能力,技能が網羅されている点で,医療場面の通訳に従事する手話言語通訳者の研修にも応用できるものであることが確認された。一方,外国人患者を対象とする外国語通訳と,きこえない患者を対象とする手話言語通訳で異なる部分については,(1)きこえない医療従事者自身が手話言語を使って解説する講義の編成,(2)きこえない人の受療と手話言語の特性を理解して学習できる補助教材の作成,(3)きこえない患者,手話言語通訳者を含めたロールプレイによる演習の実施といった調整が必要になることが示唆された。 研究協議会では,外国人の診療が通訳も含めて医療機関主体で行われ,通訳の実績や問題点が医療機関にカルテ記入などの方法で記録されるのに対し,きこえない人の診療は医療機関としてはきこえる日本人と同等に扱われ,外部から派遣される通訳者の行為は医療機関に記録されないという,体制上の相違点も指摘された。 3.今後の展望 手話通訳士・者の資格を有する手話言語通訳者を対象に,外国人対象医療通訳育成研修プログラムを活用する方法の育成カリキュラム開発に目処をつけることができた。 手話通訳士・者の身分保障が充実しているとは言えない現状から,各地で遠隔方式にて講義主体の研修を進め,スクリーング形式で医療通訳演習,そして手話言語通訳の設置がある医療機関にて医療通訳実習を行うという,医療分野の手話言語通訳育成の流れについて全国的な合意の形成を図ることがまず重要である。 その上で,手話言語通訳および臨床に研究・教育の実績を有する本学が継続して研究を実施するならば,上に述べた(1)(2)(3)を主軸とした育成研修カリキュラムの検討が次の目標となろう。 参照文献 [1]国立大学法人筑波技術大学.厚生労働省平成 30年度障害者総合福祉推進事業「専門分野における手話言語通訳者の育成カリキュラムを検討するためのニーズ調査研究事業」成果報告書. 2019.