視覚障害者と聴覚障害者の障害特性に対する生理運動学的研究 三浦美佐1),後藤啓光2),李 潔3),中村直子1),原田 卓3),上月正博 3) 筑波技術大学 保健科学部 理学療法学専攻1) 産業技術学部 システム工学専攻2) 東北大学大学院医学系研究科 内部障害学3) 要旨:視覚障害者ならびに聴覚障害者は,その障害特性により,日常生活における身体活動範囲に制約があるため,身体活動水準や QOLも低いことが報告されている。このように身体活動量が低下している状態では,心臓交感神経が過緊張となり,心血管疾患合併リスクが高まる。さらには,視覚障害者および聴覚障害者の障害特性に応じた対策を講じることが急務と考えられる。よって,本研究では,健常活動者,視覚および聴覚障害の障害特性から生じる生理運動学的解析を行うことを目的とし,さらには障害に応じたテーラーメイドの,リハビリテーションメニュー開発を目指すこととした。 キーワード:視覚障害者,聴覚障害者,障害特性,身体諸機能 1.はじめに 視覚障害者ならびに聴覚障害者は,その障害特性により,日常生活における身体活動範囲に制約があるため,身体活動水準や QOLも低いことが報告されている[1][2]。また,健常者と比較して体格や有酸素的作業能,平衡機能が劣るという報告も散見する[2][3]。さらには,視覚障害者では活動範囲は限られてしまい,運動機会も少ないし,不慣れな道や駅構内においての事故も心配されるために,身体活動量はどうしても限られてくる状況にある。聴覚障害者においてもコミュニケーションが取れる場は限定され,健聴者に比較しバランス能力の低下も報告されているため,活発な外出はできにくい状況にある。しかし,このように視覚障害者と聴覚障害者のように身体活動量が低下している状態では,心臓交感神経が過緊張となり,心血管疾患合併リスクが高まる[4]。さらには,視覚障害・聴覚障害者の身体活動量低下から合併症罹患率の増加 [4][5]につながるため,障害特性に応じた対策を講じることが急務と考えられる。よって,本研究では,健常活動者と健常不活動者をも含め,視覚および聴覚障害の障害特性から生じる生理運動学的解析を行うことを目的とし,さらには障害に応じたテーラーメイドの,リハビリテーションメニュー開発を目指すこととした。 2.研究方法 研究方法は横断研究とし,本学や関連施設で施設内においてポスター掲示で公募され,文書による試験参加同意が得られた 34名を対象とし,四肢筋肉量,体脂肪率,上下肢筋力,バランス能力,心臓自律神経機能,動脈硬化度,身体活動量,QOLを測定し,各パラメータを各群において比較検討を行った。 全対象者に身体運動機能を評価すると共に,各種生化学検査および QOLをアンケート調査(SF-8)と体組成について比較検討を行った。 2.1 対象について 20才以上の定期的な運動習慣のない者で,34名(視覚にも聴覚にも障害がない 1日あたりの座位時間が 8時間以上の群 11名,視覚障害者群(両眼の矯正視力がおおむね 0.3未満のもの)10名,聴覚障害群聴覚障害者(両耳の聴力レベルがおおむね 60デシベル以上のもの)13名)を対象とし,四肢筋肉量,体脂肪率,上下肢筋力,バランス能力,心臓自律神経機能,動脈硬化度,身体活動量,QOLを測定し,各パラメータを各群において比較検討を行った。 除外基準として,不安定狭心症などの急性期冠症候群の者,医学的管理下の運動器疾患を持つ者,その他医師が医学的根拠から本研究に参加することが適当でないと判断する者とした。 2.2 四肢筋肉量ならびに体脂肪量・率 体重計の一種である体組成計(MC-780A-N)(図1)を用いて,部位別の四肢筋肉量と体脂肪率を自動算出するため,対象者には負担がなく実施可能であった。 図1 体組成計(MC-780A-N)と測定の一例 2.3 上下肢筋力 上肢筋力は握力計で文部科学省の体力テスト実施要綱に従い,測定する。下肢筋力は椅子からの立ち上がり動作を実施することで,運動機能解析装置(zaRitz BM-220)(図2)から自動算出される。 図2 運動機能解析装置(zaRitz BM-220)と測定例 椅子から立ち上がるのみで測定可能 2.4 バランス能力 バランス能力は,椅子からの立ち上がり動作を実施することで,運動機能解析装置(zaRitzBM-220)から下肢筋力と共に自動算出される。 2.5 心臓自律神経機能 15分間の安静後に,非侵襲的に表面電極を貼付し, Ⅱ誘導心電図の RR間隔からクロスウエル株式会社製きりつ名人を使用し,Mem Calk法にて交感神経活動部分と副交感神経活動部分を自動算出した。 2.6 動脈硬化度 血圧計の一種である動脈硬化測定装置(日本光電株式会社製NAS-1000)を使用し,上腕動脈の硬化度と全身の動脈硬化度を自動算出した。 図3 クロスウエル株式会社製きりつ名人と測定例 図4 日本光電株式会社製NAS-1000と測定例 2.7 身体活動量 1日の座位時間,並びにおおよその身体活動量を万歩計の一種から調査を行った。 2.8 QOL 全世界的に使用されているQOL評価であるSF-8を用いて,QOLの評価を行った。 2.9 測定評価 全対象者に,上記の運動機能測定(筋力およびバランス),(2)体組成,(3)心臓自律神経機能,(4)動脈硬化度,(5),身体活動量,(6)QOL(SF-8)を測定し,その後得られた値について,統計学的に比較検討を行なった。 3.結果 本研究成果の詳細は,現在学術誌にて発表する予定であるため,以下に要旨のみを記す。測定中は,転倒や有害事象の発生なく,安全に測定実施可能であった。また,体組成解析では 3群に差がなく,これらのことから運動機能にも群間差は生じていなかった。しかし,動脈硬化度においては,聴覚障害群が健常群と比較し,有意に高値であり,身体活動量も3群の中で,最も聴覚障害群が少なかった。また心臓自律神経機能も聴覚障害群において,健常群と比較し心臓副交感神経活動が低値であった。 4.考察 本研究では,20才以上の定期的な運動習慣のない者で,34名(視覚にも聴覚にも障害がない 1日あたりの座位時間が 8時間以上の群 11名,視覚障害者群(両眼の矯正視力がおおむね 0.3未満のもの)10名,聴覚障害群聴覚障害者(両耳の聴力レベルがおおむね 60デシベル以上のもの)13名)を対象とし,四肢筋肉量,体脂肪率,上下肢筋力,バランス能力,心臓自律神経機能,動脈硬化度,身体活動量,QOLを測定し,各パラメータを各群において比較検討を行った。 本研究の結果,視覚障害者も聴覚障害者も安全に全ての測定が実施でき,有害事象の発生は認められなかった。運動機能測定の結果では,健常群も視覚障害群および聴覚障害群にも,筋力やバランスに有意な差はなかった。しかし,3群の身体活動量の比較では,聴覚障害群が健常群と比較し,座位行動が長く身体活動量が低値であった。これらの結果は心臓自律神経機能測定における,副交感神経活動の機能低下を支持する結果であった。 本研究は少数例の検討ではあるが,視覚障害と聴覚障害と健常群の身体機能,体組成,心臓自律神経機能を検討した初めての研究である。本研究の結果は,視覚障害者と聴覚障害者の疾病予防と介護予防に有益であるに留まらず,障害者の身体活動量増加を通じた社会参加にも大きなメリットをもたらすと考える。さらには,障害特性に応じ,テーラーメイドの予防的リハビリテーションが有効であることが示唆された。 今回は新型コロナウイルス蔓延による影響で,十分な対象者数と測定機会が得られなかった。今後,さらに介入例を増やし,また活動性のある健常群との比較検討も行っていくことが必要と考えられた。 参照文献 [1] Chang KF, Chang KH, Chi WC, Huang SW, Yen CF, Liao HF, Liou TH, Chao PZ, Lin IC: Influence of visual impairment and hearing impairment on functional dependence status among people in Taiwan-An evaluation using the WHODAS 2.0 score. J Chin Med Assoc 2018;81:376-382. [2]中島幸則,及川力:聴覚障害者の動的平衡機能の評価と機能向上プログラムの評価の研究.筑波技術大学テクノレポート 2014;22:123-124 [3]及川力,香田泰子,斉藤まゆみ,天野和彦,中田英雄:聴覚障害者と視覚障害者の平衡機能と体力測定項目との関係.筑波技術短期大学テクノレポート2002;9:81-851. Guidelines. [4] Sharman JE, La Gerche A, Coombes JS. Exercise and cardiovascular risk in patients with hypertension. Am J Hypertens. 2015;28(2):147-58. [5] Heart rate variability: Standards of measurement, physiological interpretation, and clinical use. Eur. Heart. J. 1996;17(3): p.354-381. doi:10.2345/journal.cs.0012345. Kinematic and Physiological Analysis of the Properties of Obstacles to Visually and Hearing Impaired People MIURA Misa1), GOTO Hiromitsu2), LE Jie3), NAKAMURA Naoko(1, HARADA Taku(3, KOHZUKI Masahiro(3 1)Course in Physical Therapy, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2)Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology, Tsukuba University of Technology 3)Department of Internal Medicine and Rehabilitation Science, Tohoku University Graduate School of Medicine Abstract: Visually or hearing-impaired people have problems with obstacles during physical activity. As a result, it has been reported that their physical activity and QOL are low. The cardiac sympathetic nerves are subjected to excessive strain, and the risk of cardiovascular disease increases. Here, we found it was possible to use a kinematic and physiological analysis to distinguish the disabilities of these people. As a result, we intend to create new rehabilitation programs for such disabilities in the near future. Keywords: Visual impairment, Hearing impairment, Kinematic and physiological analysis, Preventive medicine, Rehabilitation