視覚障害学生に対する効率的なオンライン動画を用いた授業方法の確立 ─ Microsoftのアプリケーションを連携させて ─ 松井 康 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 理学療法学専攻 キーワード:視覚障害者,オンライン授業 成果の概要 我が国では,平成25年6月,「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(「障害者差別解消法」)が制定され,平成28年4月1日から施行された。障害者差別解消法には,合理的配慮の提供が明記されており,教育現場においても合理的配慮は必要であると考えられる。 本学における視覚障害学生は,個人により障害の性質や程度が大きく異なる。板書やスライドなどを見るのが難しい学生にとっては,配付資料や教員が話をする音声情報のみに依存することになり,多くの情報を伝わりにくい側面がある。また,教員の話を一度聞き逃すと,その授業中にもう一度聞き直すのが難しいという現状がある。この問題を解決するために,オンライン動画を用いた授業の実施が挙げられるオンライン動画を用いた授業を行った場合,一度聞き逃した教員の話である音声情報をリアルタイムで聞き直すことができ,学生個々において自由に操作できる利点があり,視覚障害学生にとって非常に有用であると考えられる。 2018年度,オンライン動画を用いた授業の実施を導入し,アンケート調査によりその効果をアンケートにて検証したところ,「聞き逃した内容をもう一度再生ができるが便利であった」という記載が挙げられた。この点は,健常者においても同様のメリットであると考えられるが,特に視覚障害学生の場合,授業は配付資料,教員からの音声情報から授業内容を学習する必要性が高く,教員の音声情報を聞き逃した場合の損失は大きいため,動画による授業によりこの点を改善できるのは良い点である。さらに,授業中に資料を画面に映すことにより,通常遠い画面上のスライドを見ることができない弱視学生にとって,目の前の画面で資料を見ることが可能になり,授業の進行に合わせて,その進行箇所の資料を映すことができ,授業がわかりやすいという声が多数あった。一方,課題として,授業をトラブルなく受けられたかどうかという点で,8名中4名が通常授業と比較して低い点数をつけており,要因として,機器の操作に慣れているかどうか,使用している機器の種類,配信に利用したサービスの問題などが考えられた。これらを踏まえて,2019年度は,前年度利用したYouTubeというプラットフォームから,本学で契約しているMicrosoftのサービスを利用して,Microsoftの各アプリケーションを利用することで連携させること,また学生全員が既に保有しているMicrosoftのサービスを利用することでそのオリエンテーションを充実させて,授業のトラブルを少なくすることに重点を置いた。MicrosoftではMicrosoft educationというプロジェクトの下,動画サービスMicrosoft Streamに連動させた学習ツールへの容易なアクセスを提供しており,効率的な学習を進めることができる。 前述した背景を踏まえて,本事業ではオンライン動画をMicrosoftの各種サービスと連動させ,その連動させたオンライン動画が視覚障害者に対して導入可能かどうか,さらに導入した結果,どのような効果をもたらすのかを検討することを目的として実施した。 対象は,弱視学生である本学理学療法学専攻の4年次の学生8名とした。対象とする授業は,国家試験対策の授業とした。授業に関連する資料は,Microsoft Teamsにて事前配布を行い,授業に関する質問が出た場合,その回答に関連する資料も同様にTeamsにて配布した。オンライン動画による授業の実施方法は,教員がPCを用いてオンライン動画用に授業の動画撮影をおこない,撮影した動画はMicrosoft Streamにアップロードした。授業の受け方は,各学生がPC,タブレットなどの端末の中から,個々人が使用しやすい端末を使用した。それぞれの端末は,学内LANネットワークに接続してもらった状態で,Microsoft Streamにアクセスして,視聴することとした。オンライン動画による授業の効果を検討するために, Microsoft Formsを使用して,対象者の視覚情報(視力,視野,その他各種視覚障害に関する情報)の収集,及び授業終了後に授業に関するアンケート調査(5段階での評価で,数値が高いほど高評価)を実施し,オンライン動画による授業の評価をおこなった。 回答が得られた学生は6名であり,すべて弱視学生であった。まず,授業に関する資料共有方法のTeamsの使用感に対する調査では,5段階評価では平均値4.0±0.0で,良かった点として資料の見直しを容易にできるのが良かったという回答が挙げられた。次にオンライン動画によるアンケートでは,「動画を用いた授業は良いと感じましたか」という項目では平均値4.5±0.5,「動画を用いた授業は理解を深めやすい方法と感じましたか」という項目では平均値4.5±0.5,「動画があると,授業を受けた後,復習を行いやすいと感じましたか」という項目では平均値4.3±0.5であった。自由記載のコメントでは,色の弁別な可能な学生においても,動画内に映した資料に追記した文字や線の色が見づらかったという指摘があった。図を用いた説明が必要であるバイオメカニクス分野における,関節モーメントを求める問題においては,動画にて図示したことが理解を深めるのに便利であったという回答が2件あった。他に,国家試験対策期間中は1日あたりの勉強時間が長くなることより,特に視覚障害を有する学生は眼精疲労が大きく,眼精疲労が出た際に,動画での音声で学習を進められることが良かったという回答が挙げられた。 本事業の結果より,視覚障害者においてMicrosoftのサービスを連携させた授業の実施は,授業前後の資料配付,そしてオンライン授業において理解を深めるのに効果的であることが考えられた。学生の回答から推察すると,図での理解が必要な分野は動画で図を示すことにより,弱視学生でも図を確認しやすく,また何回も見直せることで理解を深められる可能性が考えられた。また,視覚障害者においては,動画での音声情報がとても重要で,できるだけ指示語を用いず,音声情報のみで理解できるような授業の工夫が必要であると考えられた。オンライン授業は視覚障害者にとって有用であると考えられるが,授業内容に左右されることが想像される。また今回,全盲学生が含まれていなかったことから,今後は全盲学生におけるオンライン動画の授業効果の検討,またオンライン動画が有効である授業内容を吟味して,視覚障害教育の質を向上させていければと考えている。