鍼灸手技療法の利用継続に関わる要因の調査と解析 石崎直人1),Nyamkhuu Damdintseren2) 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻1)筑波技術大学大学院 技術科学研究科 保健科学専攻 鍼灸学コース2) 要旨:本研究では,東西医学統合医療センターの利用者を対象とした前向き縦断調査によって,鍼灸手技療法を受療する患者の来院頻度及び継続日数に影響を及ぼす要因について解析し,受療中断・終了の理由及び再利用の意向について調査することを目的とした。対象は,2018年 8月から2019年 9月までの間に筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センターの鍼灸手技外来を受診した初診患者又は初診扱い患者のうち,文書により調査への同意が得られた者とした。初回来院時にアンケート調査を実施し,来院間隔が 60日以上経過した時点で中断理由を中心とした追跡調査を実施した。調査期間中に来院した初診もしくは初診扱い患者 499名の内,調査期間中に来院を中断した 328名(女性 205名,男性 123名)の来院回数は 3[2-6]回(女性:4[2-7]回,男性:3[2-6]回)で,来院継続期間の中央値[IQR]は 22[8-57]日(女性:29[8-57]日,男性:22[8-56.5]日)であった。受療継続率におけるKaplan-Meier推定の結果,対象者全体の受療継続率が半減する期間の推定値[95%CI]は,57[50-71]日であった。Cox比例ハザードモデルによる多変量解析では,罹病期間が長く,鍼灸治療経験を有し,当該施設の初診であることが受療継続延長に寄与する要因として抽出された。治療中断後に追跡調査が可能であった 174名の症状は,ほぼ消失が 38.1%,軽減が 40.5%,不変が 19.6%,悪化が 1.8%であった。中断・終了の理由は,症状の軽快が最も多く,次いで通院時間の負担,仕事,などの順であった。 キーワード:鍼灸手技療法,継続,多変量解析 1.研究の背景と目的 過去に実施された全国調査の結果によると,日本における鍼灸治療経験者は全国民の約 25%で,そのうち継続あるいは再受療を望むものは約 50%,逆に再受療を望まないものは約 37%であったと報告されている[1]。結果的に,近年における鍼灸治療の年間利用者は 5-6%前後で推移していると考えられる [1, 2]。鍼灸の受療継続や再受療は,鍼灸治療の受療率向上にとって重要な要因と考えられるが,受療の中断または終了を明確に定義して,継続や再利用に関わる要因について多変量で検討した報告はない。筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センターは,鍼と灸およびあん摩 /マッサージ /指圧療法部門で年間延べ 8,000人以上の患者を受け入れている[5]。本研究では,同センターの鍼灸手技外来に来院する患者を対象として,鍼灸手技療法の受療継続に及ぼす要因の影響を探索的に検討することを目的とした。 2.方法 2.1 対象と調査の概要 本研究の対象は,2018年 8月 27日~ 2019年 9月 30日の間に統合医療センターに来院した患者のうち,初診もしくは最終来院日から6か月以上経過した初診扱いの患者で,本研究の主旨を説明した上で文書により協力の同意が得られた者とした。 調査の流れは,同意が得られた対象者の初回来院時に,基本属性と受療継続に影響を及ぼすと考えられる要因についてのアンケートを実施し,中断・終了が生じた時点でその理由及び再利用の意向等を郵送,E-mail,又は電話により調査した。本調査は,筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター研究倫理委員会の承認を得て実施した(承認No.201804)。 2.2 初回調査項目対象者の初回来院時に,受療行動に影響を及ぼすと考えられる要因に関する質問票を用いた調査を実施し,追跡調査の協力を依頼した。調査項目は,職業,来院のための交通手段,介助の有無,来院に要する時間,来院の動機,罹病期間,過去の受療経験,治療に対する期待,予約時間帯の利便性,受療に際しての不安,中断・終了後の追跡調査協力依頼,とし,年齢,性別などの基本属性については診療録を参照した。 2.3 受療の中断・終了の定義と追跡調査  統合医療センターにおける 2015年度の来院記録を参考にして,最終来院日から60日経過した時点で受療の中断または終了と定義した。受療の中断・終了後に実施する追跡調査の項目は,症状の状況,中断・終了の理由,他施設の受診,再利用の意向とした。 2.4 受療継続期間の推定 受療継続期間の推定は Kaplan-Meier法により推定し,単変量で分類した群間の比較には Log Rank検定を適用した。受療継続期間に及ぼす多変量要因の解析には,Cox比例ハザードモデルを利用した。 3. 結果 3.1 調査対象者 調査期間中に統合医療センターの鍼灸手技外来に来院した患者のうち,調査の協力に承諾が得られた 499名(女性303名,年齢の中央値[IQR],67[52-74]歳,男性196名,69[55-75]歳)を対象者とした。初診患者は 327名(女性 197名,男性 130名)であった。499名のうち鍼灸受療者は 490名,手技受療者は 9名であった。 3.2 対象者の受療継続状況 調査開始後に受療を中断または終了したと判断された328名(女性 205名,男性 123名)の来院回数は,男女とも1回が最も多く,次いで3回,2回の順で,中央値[IQR]は3[2-6]回(女性4[2-7]回,男性3[2-6]回),来院継続期間の中央値[IQR]は22[8-57]日(F:29[8-57]日, M:22[8-56.5]日)であった。 3.3 受療継続に影響を及ぼす要因の解析 受療継続期間について,Kaplan-Meier推定により検討した結果,対象者全体(観察中の者も含む 499名)の受療継続率が半減する期間の推定値[95%CI]は,57[50-71]日であった。 罹病期間で分類した群間比較では,罹病期間 30日未満の群における受療継続率半減期間の推定値は 36[29-51]日,罹病期間 30-119日の群では 50[30-86]日,罹病期間 120-549日の群では 78[49-121]日,罹病期間 550日以上の群では102[65-141]日であり,群間に有意差を認めた(P=0.0014)。 受療継続期間に及ぼす各変数の影響について Cox比例ハザードモデルにより解析した結果,有意となったのは,罹病期間(30-119: P=0.029,120-550:P=0.008,550日以上:P<0.001,v.s. <30日),治療経験(P=0.049,経験なしv.s.経験あり)初診(P=0.048,v.s.初診扱い)の3変数であった。各要因,の係数から,罹病期間が長いこと,過去の鍼灸治療経験を有すること,及び当該施設の利用が初回であることが受療継続期間の延長に寄与しいていることが示唆された。 2019年12月1日までに実施できた174名(女性118名,男性 56名)の追跡調査において,中断・終了後の症状の状況を尋ねた結果では,ほぼ消失が 38.1%,軽減が40.5%,不変が 19.6%,悪化が 1.8%であった。また,中断・終了の理由で最も多かったのは,症状の軽快(46.0%)で,次いで通院時間の負担(21.8%)仕事が忙しい(19.0%),治療費の負担(17.2%)であった。,当該施設の再利用の意向については,利用したいと答えた対象者は 70.7%,利用しないと回答したのは 5.2%,わからないと回答したのが24.1%であった。 4.考察 全国 20歳以上の男女から抽出した 1,300名以上のランダムサンプルの集計結果によると,1年間に鍼灸治療を受療している者は 5~ 6%,過去に1度でも鍼灸治療を受けたことがある者は約 24~ 26%であると推定されている[1,2]。 鍼灸治療の市場規模を推定するためには,利用者数以外に利用回数の情報は必須である。過去に,カリフォルニア州の鍼灸教育機関 [3]と,茨城県の複数の鍼灸治療施設における調査 [4]で,利用回数が報告されているが,受療の開始や中断・終了については明確に定義されていない。 また,受療回数や継続期間と,患者の属性や症状,あるいは社会的要因との関連までは検討されていない。 本研究では,大学附属の鍼灸手技施術外来患者を対象として,鍼灸手技療法の受療回数と受療継続期間について,受療開始および中断・終了の条件を明確に定義した上で前向き縦断調査を実施し,患者の属性や社会的要因との関連について多変量解析を行った。 Cox比例ハザードモデルによる解析の結果,罹病期間,過去の鍼灸治療経験,及び当該施設の初回利用の3つの要因が受療継続期間延長に影響を与えていることが示された。同解析においてモデル全体の適合度を示すConcordance値は 0~1の値をとり,1に近いほど適合度が良いとされているが,今回のモデルでは 0.574で,高い値とはいえないことから,今回検討されていない要因が受療継続に影響を及ぼしている可能性がある。鍼灸を含む CAM利用者に関する過去の報告では,学歴や年収,あるいは健康状態,痛みや不安,治療効果なども受療行動と関係する可能性が示されていることから,これらの要因も含めた検討が必要であると考えられた。 一方,中断・終了後の追跡調査において,症状の状況を調査した結果,回答者の 38.1%がほぼ消失したと回答しており,軽減したと回答した者(40.5%)と合わせると,8割近くの患者は症状が軽快していることになる。この症状の変化が同施設の治療によるものかどうかについては今回の調査だけでは明確にできないが,そのことを考慮しても良好な成績であると考えられた。また,再利用の意向を示した患者は,全体の約7割であった。中断理由として症状の軽快(46.8%)以外に上位に挙がっていたのは,通院時間の負担(21.8%),仕事が忙しい(19.0%),治療費の負担(17.2%)であったことから,症状がある程度以上軽快し,治療継続が望ましいと考えている対象者も,時間や費用などの通院の負担により止む無く中断している場合が少なくないと考えられた。また,治療の痛みや症状の悪化など,鍼灸施術に良くない印象を持った患者も少数ながら存在した。この要因は過去の横断研究 [1]でも非継続の理由として挙げられていたことから,施術者の注意により改善できる要因もあると考えられた。 5.結語 筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センターに来院する初診,もしくは最終来院日から6カ月以上が経過した初診扱いの患者を対象として,来院回数及び来院継続期間を前向きに調査し,継続に影響を及ぼす患者属性と社会的要因について多変量解析により検討した結果,罹病期間,鍼治療経験,初診・再診の違いなどが来院継続率に影響を及ぼす要因として抽出された。 6.謝辞 本研究は,令和元年度学長のリーダーシップによる教育研究等高度化推進事業・競争的教育研究プロジェクト事業 (A)の助成を受けて実施した。本研究の遂行にご協力いただいた東西医学統合医療センター鍼灸施術外来の患者様とスタッフの皆様に感謝いたします。 参照文献 [1] Ishizaki N, Yano T, Kawakita K, Puvlic Status and Prevalence of Acupuncture in japan. ecam 2010;7(4):493-500. [2]矢野忠,鍋田智之,安野富美子,石崎直人,藤井亮輔.我が国における鍼灸療法の受療状況について.10年間で受療状況は好転したのか? 医道の日本. , 72(11), 2013:202-213. [3] 鶴浩幸,石崎直人,谷口和久. Meiji College ofOrientalMedicine(米国)附属鍼診療所の患者2967名の分析(1996年~ 1999年).明治鍼灸医学 . 33; 2003: 61-81. [4]上山茂,岩槻弘,織田ふみ,粕谷啓次ほか.茨城県における鍼灸患者の実態.全日本鍼灸学会雑誌. 37(2); 1987: 145-151. [5] 福島正也,櫻庭陽,松下昌之助.東西医学統合医療センター鍼灸外来における2016年度患者動態調査.筑波技術大学テクノレポート.25(2); 2018: 36-41. Factors Influencing Continual Visits by Outpatients to the Acupuncture Department of the Center for Integrative Medicine, Tsukuba University of Technology ISHIZAKI Naoto1), DAMDINTSEREN Nyamkhuu2) 1)Course in Acupuncture and Moxibustion, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2)Course in Acupuncture and Moxibustion, Division of Health Sciences, Graduate School of Technology and Science, Tsukuba University of Technology Abstract: The aim of this study was to clarify the frequency and continuity of patient visits to a department of acupuncture and moxibustion and to explore the factors influencing patient visiting behavior. The subjects were patients who had visited the Acupuncture and Moxibustion Department, Center for Integrative Medicine, Tsukuba University of Technology for the first time or those who had returned after a hiatus of 6 months or more. We asked the subjects to fill out a questionnaire regarding the factors they considered influenced their continual visits. A continual visit period was defined as a period in which there were 60 days or more between the first and last visits, without interruption. A total of 499 records of patients who visited the facility between August 2018 and September 2019 were analyzed. The median (IQR) number of visits made by the 328 subjects who discontinued their visits during the observation period was 3 (2 to 6; F: 4 [2 to 7]; M: 3 [2 to 6]), whereas the continual visiting period in days was 22 (8 to 57; F: 29 [8 to 57]; M: 22 [8 to 56.5]). Duration of symptoms, prior experience of the therapy, and revisiting status of the facility were considered to be influential factors according to an estimation performed with the Cox proportional hazard model. Keywords: Acupuncture, Continual visits, Multivariate analysis