字幕提示手法が邦画鑑賞時の聴覚障害者に与える影響に関する調査 鈴木拓弥,大川実樹菜 筑波技術大学 産業技術学部 総合デザイン学科 キーワード: Hearing-Impaired, Practical Lesson, Information Support, Visualization, Caption 研究の背景と目的 聴覚障害学生に対する情報保障では,音声は手話や字幕等の視覚的情報に変換され,情報が伝達される。このため,聴覚障害学生は健聴学生に比べ,視覚によって得るべき情報が多い。講義の場合には,教員の手話や口話,板書,あるいは事前に準備された資料に視線を頻繁に移動させる必要があり,視覚から得るべき情報が増大する。健聴者であれば,資料等に視線を配したまま,同時に講師の音声からシーケンシャルに情報を得ることができるが,聴覚障害者はそれらを全て視覚から得なければならない。講義以外にも,この現象は様々な場面で確認することができる。例えば邦画鑑賞時などである。 本研究では,視覚に集中しがちな聴覚障害者の情報取得時の負荷を軽減する目的で,特定の邦画を対象として様々なデバイスに字幕配信を試し,字幕提示手法が邦画鑑賞時の聴覚障害者に与える影響について調査した。 成果の概要 質問紙調査による現況調査 本研究では,はじめに筑波技術大学所属の聴覚障害学生 80名を対象に,日本語字幕付き邦画の観賞機会に関する現況調査を実施した。調査では近年用いられているスマートフォンやスマートグラスに対する字幕提供システム(UDCast)の利用状況を含め,研究対象者の属性,観賞頻度,各種情報保障の利用状況,視点移動の影響等について 27項目に渡り質問紙調査した。調査の結果,日本語字幕つき邦画に関する所感に関する質問では,上映回数の少なさや一日の上映回数の少なさ,上映期間の短さなど,80名中 74名が何等かの問題点を上げた。これは 2015~ 2017年における邦画作品に対する日本語字幕付与率 13.4%[1~ 3],上映日数,一日の上映回数,上映映画館数を加味した場合に,聴覚障害者が邦画を楽しむ機会は健聴者に比べて極端に少ないことが原因と考えられる。また,80名中 71名が健聴者と同じ環境下で邦画を観賞できる仕組みを求めると回答した。これら質問紙調査の結果から,聴覚障害者向けに特化した映像機会の数を増やすことよりも,健聴者と同じ環境において,字幕提示可能な仕組みを導入することが求められていることが分った。 邦画字幕読み取りに関する検証実験 次に字幕提示手法が邦画鑑賞時の聴覚障害者に与える影響について,検証実験を行った。実験は筑波技術大学学生を対象とし,字幕提示手法としてスクリーン方式(通常の映画字幕),スマートフォン方式,スマートグラス方式の三つの手法を設定した。実際の映画館に近い環境とするため,THX[4]及び日本オーディオ協会のガイドライン [5]に従ってホームシアターシステムを構築し,スクリーンサイズや観賞位置,再生音量を映画館での鑑賞に近くなるように設定した。実験の詳細は以下の通りである。 ・実施年月日:2019年 11月14日(木)~12月4日(水) ・実験場所:筑波技術大学 118教室(映像実験室) ・被験者数:筑波技術大学学生 29人(内,予備実験3人) ・使用書類:研究対象者データシート,評価アンケート ・使用機器:ホームシアターシステム(5.1chオーディオ),スクリーン,PS3(Blu-ray再生),スマートグラス,ノートパソコン,ディスプレイ,スマートフォン,キーボード,マウス,外付け HDD,補助照明 ・使用映像:Blu-ray「七つの会議」,「無限の住人」 ・所要時間:60分~ 90分実験時の状況を図 1,図 2で示す。 図1 観賞実験時の様子(実験時には照明無し) 図2 観賞実験時の平面図 実験では対象となる映画として「七つの会議」と「無限の住人」を選定した。これら二映画を選定した理由は。字幕の表示回数または文字量の差による影響を比較する目的による。字幕が長く会話シーンも多い「七つの会議」,及び,字幕が短く台詞が少ない「無限の住人」を選定した。字幕の大きさは各デバイスに合わせて調整し,できるだけ同じ視聴サイズとなるように文字サイズを調整した。各映画の字幕量やデバイス間の字幕設定を表 1で示す。 また,順序による学習効果などが発生しないように,字幕提示デバイスの順番や対象とする映画の順番を変え,実験協力者を 12グループに分けた。実験グループリストを表 2で示す。 次に実験フローについて述べる。研究対象者はデータシート記入後,三種のデバイスに対し,表 2のグループ分けに従って順番に提示される字幕を見ながら映画を鑑賞する。映画①鑑賞後,直ちに質問紙に回答する。続けて映画②を同様の手順で観賞し,質問紙に回答する。 質問紙では,以下について確認した。 1)映像と日本語字幕を交互に見やすいかどうか 2)日本語字幕(文字情報)を得やすさ(読みやすさ) 3)目や身体への負担 4)閲覧時の違和感 これらは 5段階尺度評定法とした。またそれぞれの質問には,評価理由を確認する自由回答欄を設けた。 表1 各映画の字幕量やデバイス間の字幕設定 表2 実験グループリスト 実験結果 「映像と字幕を交互に見やすいかどうか」に関する回答を集計した結果を図 3,図 4で示す。 図3 映像と字幕を交互に見やすいかどうか(七つの会議) 図4 映像と字幕を交互に見やすいかどうか(無限の住人) 次に「日本語字幕(文字情報)の得やすさ(読みやすさ)」に関する回答を集計した結果を図 5,図 6で示す。 図5 日本語字幕(文字情報)の得やすさ(七つの会議) 図6 日本語字幕(文字情報)の得やすさ(無限の住人) 次に「目や身体への負担」に関する回答を集計した結果を図 7,図 8で示す。 図7 目や身体への負担(七つの会議) 図7 目や身体への負担(無限の住人) 次に「閲覧時の違和感」に関する回答を集計した結果を図 9,図 10で示す。 図9 閲覧時の違和感(七つの会議) 図10 閲覧時の違和感(無限の住人) 以上が五段階評価の集計結果である。調査では評価理由を自由回答方式で聞いている。現時点では自由回答結果の考察が十分ではないため,明確には言えないが,集計と解析の結果,以下の三点の傾向を確認している。 1)スマートグラス方式とスマートフォン方式との比較では,スマートグラス方式は装用に伴う身体的負荷が高い。一方でスマートフォン方式に比べ,映像と字幕を同時に視野内に入れることができる利点,視線移動に伴う負荷軽減効果が評価された。 2)スクリーン方式に対し,スマートグラス方式とスマートフォン方式は多くの面で身体的負荷が高い。一方でスマートグラス方式については軽量化や表示サイズの調整や輝度明度の調整によって欠点を緩和できる可能性が示された。スマートフォン方式については,本実験では手持ちとしたために,多くの実験協力者が支え持つことのストレスを身体的負荷の理由として回答した。デバイスを目線に近い高さに固定するなどにより,身体的負荷に関する評価が大幅に向上する可能性がある。 3)スマートグラス方式とスマートフォン方式について,2で述べた欠点がある一方,これらの主要はスクリーン方式に比べ,観賞機会の増加という利点が実験においても評価された。 上記 1について,負荷軽減効果が評価されたが,これは奥行方向の視線移動が減ることの影響なのか,上下左右方向の視線移動が減ることの影響なのか,区別して明確に確認できなかった。この点を明らかにするためには,改めて評価項目に加え,実験をやり直す必要がある。 上記 2で述べた欠点は多くがデバイスの設定や設置に関するもので,比較的解決が容易な内容である。上記 3で述べた観賞機会に関しては,実験前に実施した邦画の観賞機会に関する現況調査においても多くの聴覚障害者が健聴者と同じ環境下で邦画を観賞できる仕組みを求めている。上記 2に関連し,設定や設置方法を見直し,加えて本実験後にリリースされた機能や装着性が向上したスマートグラスや,網膜投影などの別の手法との比較実験を行うことで,特に身体的負荷などのマイナス面での評価が大幅に改善される可能性がある。今後,追加実験も含めて調査を進めていく計画である。 参照文献 [1] “2015年度 日本語字幕・音声ガイド作品一覧 ”,NPO法人メディア・アクセス・サポートセンター, [オンライン].URL:https://www.npo-masc.org/2015bf(アクセス日:2019.05) [2] “2016年度 日本語字幕・音声ガイド作品一覧 ”,NPO法人メディア・アクセス・サポートセンター, [オンライン].URL:https://www.npo-masc.org/2016bf(アクセス日:2019.05) [3] “2017年度 日本語字幕・音声ガイド作品一覧 ”,NPO法人メディア・アクセス・サポートセンター, [オンライン].URL:https://www.npo-masc.org/2017bf(アクセス日:2019.05) [4] “THX推奨スクリーンサイズ ”,EASTONE,. [オンライン]URL:http://www.eastone.gr.jp/screen/thx/screen_size.html(アクセス日:2019.10)