視覚障害者の新たな職域開拓に挑む科学的評価法を用いた伝統的手技療法のエビデンス構築 ─ あん摩術が温冷覚閾値に及ぼす効果 ─ 緒方昭広 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻 キーワード:あん摩施術,温冷覚,温冷覚閾値計 intercross-230 はじめに 本学保健科学部鍼灸学専攻の学生は,卒業後あん摩マッサージ指圧,鍼灸を自立手段として社会で活躍している。学内の講義においても,また社会一般ではあん摩施術の客観的効果について示されている文献は少ない。またあん摩施術が温冷覚について検討された基礎的および臨床的資料は見当たらない。著者は東洋医学の伝統であるあん摩施術の客観的効果を示すことが使命の一つであると考えている。そこで今回,あん摩施術の温冷覚閾値に及ぼす効果を検討するため,下記のような実験を試行した。 【対象・方法】 本学倫理委員会の承認を受け,本研究に対して説明の上,実験参加の同意を得た健康成人4名(平均年齢21±0.8才)および症例を対象とした。10分以上の腹臥位での安静の後,両手および両足の母指(第1指)の指腹にセンサーを当て,温冷覚閾値計(intercross-230)にて皮膚の温冷覚をあん摩施術前後で測定した。あん摩施術は10分間の片側下肢(殿部から下腿)に手根揉捏,拇指揉捏を中心に実施した。さらに初診時左下肢に知覚障害を持っていた症例に対して,施術前後に同様な検査を行った。今回温冷覚の計測に用いた装置は,温調範囲が20~45℃であり,温調開始温度を35℃とし,温調速度0.1℃/secの設定で実施した。プロープは20mm角のセンサ部分を皮膚に接触させ測定した。閾値の計測については,研究協力者が温調開始から温度変化を自覚した時点で自覚スイッチを押させ,その時点の時間と温度を各閾値として測定した。温覚では「温,かさ」を自覚した時点が低ければ「閾値」が低い(鋭敏)ことになり,冷覚では,「冷たさ」を自覚した時点が高ければ「閾値」が低く(鋭敏)となる。また,各温度差を自覚した時点の時間が短いほど「鋭敏」と解釈される。 【結果】 1)右手拇指の閾値変化(図1,図2) 温覚閾値は,33.1±0.5から32.8±0.4と低下し,冷覚閾値は,31.7±1.0~33.2±0.3と上昇している。また温覚,冷覚を自覚するまでの時間が短縮している。冷覚の方が温覚より大きい変化を示した。 図1 右手拇指の閾値(温覚)の変化 図2 右手母指の閾値(時間sec)の変化 2)左手拇指の閾値変化(図3,図4) 温覚閾値は,33.5±0.7から32.8±0.4と低下し,冷覚閾値は,31.1±1.0から32.7±0.4と上昇している。また温覚, 冷覚を自覚するまでの時間が,短縮している。冷覚の方が温覚より大きい変化は右手と同様であった。 図3 左手母指の閾値(温度℃)の変化 図4 左手母指の閾値(時間sec)の変化 3)非刺激側母指の閾値変化(図5,図6) 温覚閾値は,35.1±1.2から35.7±0.5と上昇し手の場合と異なる傾向を示した。冷覚閾値は,31.3±0.6から31.6±0.6と上昇していた。また温覚,冷覚を自覚するまでの時間はいずれも短縮しているが,手と同様冷覚の方が温覚より大きい変化を示した。 図5 非刺激側母指の閾値(温度℃)の変化 図6 非刺激側母指の閾値(時間sec)の変化 4)刺激側母指の閾値変化(図7,図8) 温覚閾値は,33.5±0.3から33.5±0.7と上昇し手の場合と異なる傾向を示した。冷覚閾値は,31.3±0.5から32.0±0.3と上昇していた。また温覚,冷覚を自覚するまでの時間はいずれも短縮しているが,手と同様冷覚の方が温覚より大きい変化を示した。 図7 刺激側母指の閾値(温度)の変化 図8 刺激側母指の閾値(温度)の変化(sec) 5)症例 年齢70才,男性主訴:左腰から下肢にかけての痛みとシビレ現病歴:20XX-3年,ヨガをやっているときに腰に痛みを自覚。翌日より仕事で4日間の海外旅行するも腰部の激痛で4日間ともホテルで安静。帰国後近位整形外科を受診,脊柱管狭窄症と診断。当時の激痛はないものの左腰部~下肢外側にかけてのしびれが続き本学東西医学統合医療センターを受診。本学においてもX-P,MRI(持参)と診察の結果脊柱管狭窄症と診断。鍼灸治療を希望。 図9 症例:左足母指の閾値(温度℃)の変化 図10 症例:左足母指の閾値(時間sec)の変化 症例の計測は左足母指のみ測定した結果であるが,健常者の測定値同様,温覚閾値は,40.2→35.1℃へと約5℃低下した。一方冷覚閾値は,28.2→30.5℃と約2.3℃の大きな上昇を示した。また温覚,冷覚を自覚するまでの時間は,いずれも著明な短縮が認められた。 【考察】 今回片側下肢の10分間のあん摩術が温冷覚閾値に及ぼす効果について試行的に実験を実施し,一定の結論を得ることができた。結果からは,施術を行った下肢のみならず,両手の温冷覚閾値に影響を及ぼし,それぞれ閾値の低下(知覚の鋭敏さ)を引き起こすことが示唆された。また同時にその裏付けとなる温覚,冷覚の温度差の反応時間が短縮したことからも,温冷覚の閾値の低下は証明されると考えられる。今後は,さらに症例を重ね今回の結果をより確実に証明する必要があると思われる。最後に示した症例においても同様の結果を示したことから,知覚障害のある症例にあん摩施術や鍼灸が客観的にその好影響を及ぼすことが期待される。 【結論】 あん摩施術は,皮膚知覚である温冷覚の閾値を下げ鋭敏さを増すと考えられた。 参照文献 [1] 大石 実/訳:カラー図解 神経の解剖と生理.メディカル・サイエンス・インターナショナル [2] 岡田曉典,中村友彦,平山正昭,祖父江元:パーキンソン病における温熱刺激域値の検討.第57階日本自律神経学会総会プログラム・抄録集p102.2014 [3] 足利さくら,長野央歩,Aklima khatun,宮城舜,田井村明博:局所寒冷血管拡張反応時の温度感覚と皮膚温のパターン分析.日本人類生理学会第71回大会抄録集.p59.2014