デフ・スペースの室内環境計画に関する研究その3 片廊下の外皮ガラス面積率と温熱環境および視環境との関係 三浦寿幸1),佐竹広希2),須山直子3),山脇博紀1),今井計1) 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科1),前田建設工業2),川崎市役所3) キーワード:デフスペース,片廊下,外通路,ガラス面積率 ,温熱環境 ,視環境 1.はじめに 本研究は,聴覚障害を有する学生のためのバリア対策のひとつとして,校舎棟各階の共用片廊下の外部に,他棟へ通じる外通路を並行して配置するとともに,片廊下の外皮を床から天井の高さまで透明単板ガラスで構成し,学生が片廊下と外通路から互いに見通せるようにした本学校舎棟を研究対象としている。 こうした配慮により,学生の耳からの情報の不足を視覚的に補うことが容易になるだけでなく,片廊下は安心感の得られやすい空間になるほか,片廊下と外通路にいる人とで手話等によるコミュニケーションも可能になると考えられる。また,この片廊下の幅は約 2.4mとやや広く,学生同士あるいは教員と学生が手話をしながら歩いたり,気軽に立ち話ができるコミュニケーションの場でもある。 しかしその一方で,片廊下は空調がなく,外部とガラス1枚で広い面積を接しているため温熱環境的には日射や外気温の影響を受けやすい状況にあり,夏の暑さや冬の寒さの面で良好とは言えないだけでなく,片廊下に隣接する研究室の空調エネルギー消費量とも無関係ではない [1]。この状態は,片廊下が西向きで視線や日射を遮るブラインドがなく,ガラス面積が空間容積に対して大きいことがその影響を一層顕著にしていると考えられる。 こうした片廊下の温熱環境改善方法のひとつとして,外皮のガラス面積を小さくすることが考えられるが,外通路が併設された片廊下のガラス面積を現状よりも小さくして視界を狭めたときに聴覚障害を有する学生の心理量がどう変化するかが不明であり,類似の既往研究もほとんど見当たらない。 そこで,著者らはこれまでに学生や教員を対象にアンケートによる POE調査を実施し,片廊下と外通路の日常の印象や使用実態を調査すると共に,疑似壁を設置する方法により片廊下のガラス面積を変化させ,そこを通行する際の学生の心理量と外皮ガラス面積率との関係を被験者実験[2][3]により明らかにした。 本報では,片廊下の外皮ガラス面積率を現状よりも小さくした場合にどの程度の片廊下の温熱環境改善効果が得られるかを数値解析により検討し,視環境との関係を含めて考察を行った。 2.片廊下の外皮ガラス面積率が温熱環境に及ぼす影響 2.1 解析概要 校舎棟の 5階と6階(最上階)の片廊下および教員研究室をモデル化し,建築伝熱・換気予測計算プログラムNETS[4]を用いて片廊下の外皮ガラス面積率をパラメータとする多数室非定常解析を行った。 図 1に熱回路網モデルを示す。片廊下は西向きとし,研究室は平日 9:00~ 20:00に冷暖房運転がなされるものとした。設定温湿度は冷房時 28℃,40%,暖房時 21℃,40%とし,研究室には人体(1名),照明,OA機器の発熱を与えた。壁体の構成は図面を基に入力し,片廊下外皮の疑似壁の断熱厚さはポリエチレンフォーム 30mmとして気象データはつくば市長峰を用いた。 本学の片廊下の窓サッシは防犯や安全性の観点から原則として開放できないようになっており,このことを前提として片廊下の換気を隙間風のみを考慮した場合(換気回数 1.0回 /h,ケースⅠ),および積極的に自然換気(温度差換気)を図る方法としての片廊下外皮の上下にスリット状の換気口を設けた場合(ケースⅡ)について解析を行った。解析条件として,換気口は高さ0.1m×幅 3.7m(1研究室当りの片廊下の長さ),開口率 50%とし,雨よけのカバー付きを想定して流量係数 0.35とした。 2.2 解析結果 ケースⅠの場合の 8月1日~ 8月2日(晴れた日)における5階片廊下内気温の経時変化を図 2に示す。片廊下は西日を受け,気温のピークとなる時刻は外気温よりも遅れて 16時前後となっている。また,外皮ガラス面積率が大きいほど片廊下内は温室状態となり,高温になっていることがわかる。また,ガラス面積率 100%と50%では気温のピークで 4~ 5℃の差が生じており,日射が透過するガラスの面積を小さくすることは夏季の片廊下内気温上昇抑制に有効であることが確認できる。この結果は温熱環境要素のうちの気温に関してだけの比較であるが,実際には直接人体に当たる日射熱があり,ガラス面積率が大きい場合ほどその影響によってさらに暑く感じることも考えられる。 ケースⅡの場合の 5階片廊下内気温の経時変化を図 4,ガラス面積率 100%の場合に片廊下外皮の上下スリットを出入りする自然換気量を図 3に示す。片廊下内気温はほとんどの時間帯で外気温より高い状況にあり,この場合,下スリットより外気が流入して上スリットより片廊下内空気が流出するが,両者の温度差が大きい時間帯ほど換気量が大きくなることが確認できる。ケースⅠとの比較ではケースⅡの自然換気がある場合の方が片廊下内気温はピークで約 2℃程度(ガラス面積率 100%)低くなっている。また,図 3の換気量は外気温や片廊下内気温の時刻変化に伴って変動しているが,片廊下の換気回数で表すとおおよそ 1~ 9回 /hの範囲である。 図1 解析対象空間の熱回路網 図2 外皮ガラス面積率が夏の片廊下内気温に与える影響 図3 上下スリットの換気量の経時変化 図4 自然換気がある場合の夏の片廊下内気温 3. 片廊下の外皮ガラス面積率と温熱環境および視環境との関係 片廊下の夏の月平均日最高気温と冬の月平均最低気温を算定し,それらの結果を用いてガラス面積率を小さくした場合にどの程度の片廊下の温熱環境改善効果が得られるかを視環境の不満足率との関係を含めて検討を行った。 夏(8月)の場合の結果を図 5に示す。ガラス面積率を現状(100%)から小さくした場合,視環境不満足率は指数関数的に増加する傾向となっているのに対して,片廊下内の月平均日最高気温は一次関数的に低下する傾向にあり,温熱環境が改善されていくことがわかる。また,この図よりガラス面積率と外壁のタイプを指定すると,視環境不満足率がどれぐらいになり,どの程度の月平均日最高気温の低減効果があるかを概略読み取ることができる。 冬の場合の結果を図 6に示す。関東地方は冬の日照に恵まれていることもあって,夏のような改善効果は見られなかった。これは,ガラス面積率を小さくすると外壁面積が増えて外皮全体の断熱性が向上することにより熱損失を低減できる反面,ガラス面からの日射取得熱が減少するためである。結果として,ガラス面積率を小さくすることで片廊下内の月平均日最低気温(1 月の校舎棟使用時間内8:30~ 20:00 の最低気温)は上昇傾向にあるものの,顕著な温熱環境改善効果が得られているとは言い難い。冬の温熱環境改善を図るためにはガラスや外壁の断熱性を向上させる必要があると考えられる。 3. おわりに 片廊下の外皮ガラス面積率と温熱環境および視環境との関係について検討を行った。夏の自然換気に関しては,防犯性や安全性を確保するために窓サッシを開放しない状態で片廊下の換気を促進する具体的方法を提案した。 外皮ガラス面積率を小さくすることは夏の場合に温熱環境改善効果が大きく,積極的な自然換気を図ることでさらに効果が見込めることを数値解析により明らかにすると共に,ガラス面積率と外壁のタイプ毎の温熱環境改善効果と視環境不満足率の関係を提示した。 参照文献 [1] 三浦,長山「聴覚障害者に配慮した大学施設共用片廊下の温熱環境に関する研究 その1 ~ 2」 日本建築学会大会学術講演梗概集 2016 年8 月,環境工学Ⅱp.527-530 [5] 三浦,須山,佐竹,山脇,今井「デフ・スペースの室内環境計画に関する研究 その1 POE 調査と視環境の被験者実験」 筑波技術大学テクノレポート, 26(1),96-97 (2018-12) [3] 三浦,佐竹,山脇,今井「デフ・スペースの室内環境計画に関する研究その2 実空間とVR ツールによる仮想空間での実験結果の比較」, 筑波技術大学テクノレポート, 27(1), 65-66 (2019-12) [4] 奧山博康「熱・換気回路網計算プログラムNETS」日本建築学会 伝熱WGシンポジュウム 1998 年12 月 [5] 三浦,須山,佐竹ほか「デフ・スペースの室内環境計画に関する研究その1 ~ 3」日本建築学会大会学術講演梗概集 2018 年9 月,環境工学Ⅰ p.527-530