加工面上のアーク柱の滑り現象を用いた放電表面改質法の開発 谷貴幸 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科 要旨:1995年頃から盛んに研究されてきた放電加工法による表面改質は,現在において品質要求の厳しい航空機の部品のコーティングに実用化されるなど大きな成果を挙げている。放電によって改質された表面の特徴は,界面において母材と被膜の組成が傾斜的に存在するために剥離しにくく,その密着性が高いことにある。ただし,特殊な電極を用いるため,通常の放電加工に比べて加工面の粗さは大きいことが問題となっており,この対応策として切削加工や研削加工による2次加工も必要となっている。本研究は,表面粗さを小さく抑え,電極材料も広く普及したパイプ電極として効率的に表面改質を行う方法を提案し,基礎的な実験によって,その可能性を検討した。 キーワード:放電加工,表面改質,パイプ電極 1.諸言 放電加工法が誕生してから約 70年が経過し,高硬度材料の金型,部品等の加工に留まらず,アークプラズマを利用した表面改質などの表面への機能付与にも発展している。放電表面改質法では,見掛けの熱伝導率を小さくして消耗を大きくさせるために,粉を固めた圧粉体や焼結体などが電極として使用される。加工中は,表面改質と同時に加工物も除去されるため,加工表面は,一旦は盛り上がるが,その後はある一定の膜厚を保ったまま除去が進行する(図1)。このため,形成される被膜の厚さは加工条件によってほぼ決定されるが,高さ方向の制御は困難となっている。また,電極に圧粉体を用いるため,通常の放電加工に比べて加工面の粗さは大きく,切削加工や研削加工による2次加工も必要となっている。 通常の放電加工法ではすでに表面粗さの小さい鏡面加工を達成しているにも関わらず,表面改質に用いる際には,その表面の粗さの制御はできていない。本研究では,著者らがこれまでに推定している放電加工の除去プロセスに着目した新しい表面改質法を提案し,適用の可能性を検討する。 図1 放電加工による表面処理 2.除去プロセスの推定と新しい放電改質法の着想 これまでの放電加工の直接観察により,図2に示すような除去プロセスを観察している。放電の発生と伴に加工物材料が飛散し,その後しばらくは材料に動きは見られないが,17μsおよび 47μsの時点において加工物材料の飛散が観察された。放電中に材料が常に除去され続けるのでは無く, ある程度の入熱時間を経て,表面の加熱に伴う突沸現象によって加工屑が飛散していると考えられる。加工屑として溶融材料が飛散すれば,熱も同時に持ち去さられることになるので,再び突沸現象が生じるまでに加熱される時間が必要になると考えられる。このため間欠的な爆発のサイクルによって材料が除去されていると考えられる[1],[2]。 本研究では,この加熱時間を伴う間欠的な除去現象に着目し,加工面上のアークの滑りを用いた入熱制御による表面改質法を提案する。図3に示すように,放電中に電極を高速に移動させれば,アーク柱は加工物上を滑り[3]ながら移態にまで至らないと想定される。この間に電極を大きく消耗させれば,電極成分が加工物表面に移行し,加工物が除去されずに表面が改質されることになる。実際に細線電極を高速に移動させることは困難であるが,電極に円筒パイプを用いて,これを高速に回転させ,電極と加工物との間に相対移動を与えることは比較的容易に行える。薄肉パイプであれば,消耗も大きくなると予想されることから,回転パイプ電極による走査加工による放電表面改質法の実現を 目指す。 図2 単発放電における材料極の撮影結果 図3 アーク柱の滑り現象を用いた放電表面改質法 3.実験結果 上述の考え方に基づき,放電のパルス幅を 3000μsと比較的長く設定し,円筒パイプを高速に回転させながら,走査放電加工を行った。パイプは薄肉形状(厚さ:0.2mm)を選択し,熱抵抗が大きく消耗しやすい形状としている。パイプを銅(陰極),加工物をタングステン(陽極)として,走査放電加工を実施した結果を図4に示す。この結果から,タングステンの表面に銅成分が全面にわたって均一に付着していることが分かる。また,右側の写真は,パルス幅を通常の放電加工において使用される 10μsの条件にて行った結果であり,この場合もわずかに銅の付着が見られるが,均一性はかなり低く,加工物も除去されている。これに対して,提案した条件下での加工においては,除去もほとんどなく,その表面にはやや光沢があり,表面粗さもかなり小さい結果となった。よって,この方法は,新しい放電表面改質法となる可能性があると考えている。 図4 銅パイプ電極による表面改質結果 4.まとめ 一連の実験結果から,提案した加工方法の可能性を示すことができた。今後は,表面改質された材質の分析や界面形態などの分析を実施するとともに,母材との化合物や炭化物の形成を試みる。また,小径のパイプ電極を高速に回転させ,パイプ金属を堆積させる金属3Dプリンタへの発展を探る。 参照文献 [1]谷貴幸,辻田容希,後藤啓光,毛利尚武,気中単発放電における材料除去過程の観察 .電気加工学会誌 52(129),31-37, 2018 [2] Tani Takayuki, Yoshiki TSUJITA, Hiromitsu GOTOH, Masaaki OKADA, Naotake MOHRI, Observation of Material Removal Process by Single Discharge in Air Gap. Procedia-CIRP, 68,276-279, 2018 [3]亀山敦史,国枝正典,向後正記,電極間の相対滑りを利用した極低消耗放電加工,電気加工学会講演論文集,9-12,2008