県を越えた遠隔授業で協同学習を実現する学習支援システム 村上佳久 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 要旨:1つの教材で全盲と弱視という学習メディアの異なる視覚障害者に対応出来る教育支援システムを遠隔授業に対応させるシステムに改良を行った。これらのシステムは,盲学校や視力障害センターなどで実証実験を行い,県を超えた遠隔授業を実施し,協同学習が,盲学校教育に有効であることが示唆された。 キーワード:視覚障害,障害補償,全盲,弱視,同一教材,遠隔授業 1.はじめに 令和 2年の初頭から,新型コロナウィルス感染症の影響により,学校閉鎖となり,授業も遠隔で行うことが求められた。そこで,新型コロナウィルス対策として,「全盲と弱視という異なる視覚障害に対して同一の教材で対応する学習支援システム」[1-8]を遠隔授業に対応できるようなシステムに改良した。このシステムを用いて,県を越えた遠隔授業を行い,協同学習についても検証を行ったので報告する。 2.遠隔授業 近年,大雨や台風など様々な風水害対策や地震災害に対応する対策として,遠隔授業が注目を浴びてきた。しかし,対面授業が学校教育の主たる教育手法として,長年位置づけられてきているため,通信制の一部の学校を除いて,遠隔授業は希であった。 ところが,令和 2年の初頭から新型コロナウィルスの影響により,学校閉鎖や授業中止などの社会的問題となり,児童・生徒・学生の学習保証のために遠隔授業が急に注目を集めることとなった。 しかし,予備校などの学習産業では,遠隔授業は既に常態化しており,高等教育機関では,放送大学などの一部を除いて,インターネットだけで授業を実施している大学も存在する。 そこで,予備校などの遠隔授業を精査すると様々な方式がある。 1)オンライン型 2)オンデマンド型 3)オフライン型 などである。 2.1 オンライン型 オンライン型は,相手と直接接続する方式である。接続する方法としては,インターネット回線や衛星回線,また放送(ブロードキャスト)を利用する場合もある。学校の時間割の様に定時に運用する場合は,この方式が向いている。放送の場合は,一方向性の授業となるが,インターネットや衛星回線では,双方向性が確保され,質問などが自由に行うことが可能となる。 2.2 オンデマンド型 オンデマンド型は,受講する側が必要に応じて接続する方法である。あらかじめ用意された教材を受講側の好きな時間に自由に利用できるため,自己学習に向いている。場合によっては,メールやチャットなどで,質問も可能であり,ある程度の双方向性を確保できる。 2.3 オフライン型 オフライン型は,接続する必要の無いシステムで,DVDなどのメディアを利用して,あらかじめ用意された教材を学習する方法である。メディアは必要であるが,受講生の好きな時間に自由に利用できる利点がある。また,受講生の能力に合わせた教材を自由に選択可能である。反面,双方向性がなく,質問などをリアルタイムに行うことが困難となる。 この様に様々な遠隔授業があるが,学校現場では時間割による定時運用が一般的なので,オンライン型が採用されることが多いようである。 3.ビデオ会議システム 実際の遠隔授業には,双方向性を担保した,ビデオ会議システムが利用されることが多い。視覚障害者が利用できる,遠隔授業によく利用されるビデオ会議システムを概略する。 3.1 Zoom Zoomビデオコミュニケーションズが提供するクラウドコンピューティングを使用した Web会議サービス。 初期の頃は問題が幾つか散見された。最も問題だったのは,セキュリティの暗号化対策で,セキュリティのための公開鍵を中国で作成していることが問題とされ,利用を制限している国や組織が多い。現在のバージョンでは,暗号化対策も進み安定して動作する。 動作する端末の CPU性能に依存するソフトウェア作りになっており,低価格でパフォーマンスの低い CPUを搭載した機器では,色々な機能の制限がある。 しかし,様々なビデオ会議システムの中で最も使い勝手が良く,特に接続方法が容易である。また,画面読み合成音声を利用した,視覚障害者の利用もスムーズに行うことが可能であり,利用者も多い。 3.2 Microsoft Teams Microsoft社が提供するコラボレーションプラットフォーム。Office365の一部として提供されたが,単独でもビデオ会議システムとして機能する。元々は,Skype for Businessの発展系として開発された。Microsoft社の Office製品(Word, Excel, Powerpoint, Outlook等)と親和性が良く設計されている。このソフトは,CPUとGPUに負荷分散して動作するため,低価格でパフォーマンスの低い CPUでも安定的に動作する。接続方法は,会議主催者からのメールなどが一般的である。また,画面読み合成音声を利用した,視覚障害者の利用もスムーズに行うことが可能である。 3.3 Cisco Webex Webex社が開発した Web会議,ビデオ会議システムで,現在は Cisco社が買収し,Cisco Webexとなっている。Cisco社というネットワークの大手企業が手がけるため,セキュリティ面での問題は少ないが,利用者も前述の 2つに比べると少ない。多くの機能が,画面読み合成音声を利用した視覚障害者の利用もスムーズに行うことが可能である。日本の一部の県によっては,情報センターに Cisco社のシステムが利用されていると,Webexも利用される場合がある。 上記以外にも視覚障害者利用するビデオ会議システムは幾つかあるが,特にZoomとTeamsが利用者が多い。 4.協同授業 4.1 協同学習とは 協同学習は,2020年から実施される新しい学習指導要領にも示されている,新しい学力観に基づくものである。小さなグループを活用した教育方法で,生徒が共に課題に取り組むことにより,自らの学びと互いの学びを相互に最大限に高めようとするものである。 米国などでは,従来からこの教育が盛んであるが,日本では,2011年頃から,文部科学省の学びのイノベーション事業の「新しい学び」の中で提唱されている。この事業では ICTを活用することにより新しい学びを実現するとされた。1)子供たちが分かりやすい授業を実現2)一人一人の能力や特性に応じた学び(個別学習)3)子供たち同士が教え合い学び合う協同的な学び (協同学習) 具体的には,「発表や話合い」「協同での意見整理」「協同制作」「学校の壁を越えた学習」といった場面で協同学習を行うことで,学習の幅が広がるとされている。 新しい学習指導要領では,このように「何を学ぶか」だけでなく「どのように学ぶか」も重視して授業を改善していくと発表されている。 しかし,盲学校の現状を鑑みると,厳しい状況であることは言うまでもない。 4.2 遠隔授業と協同学習 近年,盲学校 (視覚特別支援学校 )では,児童・生徒数の減少により,クラスが一人という場合も珍しいことではなくなった。小学部・中学部・高等部普通科・高等部専攻科などで教員と児童・生徒が一対一で授業を行っている風景は特に地方の盲学校では顕著に散見される。 僻地や離島などの環境では,見られる光景ではあるが,集団の中での個人の成長を考えるときに,好ましい状況ではないことは,言うまでもない。そこで,離島などでは,本校と分校をビデオ会議システムで結び,離島のハンディキャップを乗り越える試みが,離島を多く抱える長崎県や鹿児島県を始め,様々な地域で行われている。一方で,地域の一般の小・中学校と交流することにより,協同学習を行う試みも数多く実施されており,文部科学省のホームページなどに記載されている。 しかし,協同学習において相手の立場も重要な要因である。同じような立場の人間が,別の地域でがんばっている様子は,気になるもので,相手との比較によって自分自身の向上を目指すためにも重要な要因となる。そこで,遠隔授業で,少人数で悩む他県の盲学校と接続し,協同学習できないかという話があり,技術的に実現可能かどうか検証した。 5.視覚障害と遠隔授業 5.1 視覚障害と遠隔授業 前述のように,遠隔授業用のプラットフォームとして,ビデオ会議システムを利用する場合,全盲や弱視などの視覚障害者は,画面読み合成音声ソフトなどを活用して利用することが可能である。 しかし,問題点もある。発言者が資料を表示しても,ビデオ会議システムの画面を認識できない全盲や重度弱視は,画面に提示された資料をほとんど視認できず,発言者の声だけが受け取ることができる情報である。従って,重度視覚障害者が利用するためには,あらかじめ別に点字や拡大文字の資料を用意する必要がある。 拡大文字や点字の資料を郵送で送るとリアルタイム性がなくなる。そこで,「同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する学習支援システム」を遠隔授業に対応できるように改良した。 基本的にこのシステムでは,Word, Excel, PowerPointなどの Microsoft Officeファイルやメモ帳などのデータは,リアルタイムで,音声と点字に変換し,画面拡大も含めて提供できる。 つまり,ビデオ会議システムでファイルさえ送ることができたら,全盲や強度弱視もリアルタイムで資料を参照することが可能である。 5.2 システムの改良 従来のシステムにビデオ会議システム対応にするためには,様々な改良が必要となる。このシステムでは,以下のようなスペックで構成されている。  CPU:Pentium G5420  SSD:M2:SSD 128GB  MEM:8GB  Net:Lan or Wi-Fi  Display:21inch Touch Display  システムの価格を 10万円以下に抑えるために,構成 部品は必要最小限にとどめている。ビデオ会議システムに対応させるため,このシステムに追加で最低限必要なものは,マイク付きの外付けカメラである。 このシステムに,ビデオ会議システムに利用するプラットフォームとして,Zoomまたは Teamsを利用すると,様々な問題が発生した。 Zoomでは,CPUの性能が低いため一般のビデオ会議には問題が無いが,仮想背景などの効果が利用できない。 Teamsでは,CPUの性能は低いが,GPUとの負荷分散のため,通常のビデオ会議には問題は無いが,長時間の会議では,システムディスクの SSDの容量が不足気味である。この問題は,作業用ディスクとして USBメモリなどを代用することにより,解決できることが判明した。 また,改良前のシステムの最も負荷の大きなタスクが,リアルタイムの点字変換であったが,今回の場合は,ビデオ会議システムとなったため,CPUのタスク利用率をレジストリで変更した。 実際にネットワークに有線の LANを利用し,手持ちの2台のシステムでビデオ会議システムとして利用すると,相互に問題なく利用することが可能となった。一方,ネットワークにWi-Fiを利用すると,負荷が大きくなり,CPU利用率が大きくなる。そのため,SSDの容量不足が明らかとなり,以降のシステムは,SSDの容量を256GBとすることとした。改良されたシステムを図 1に示す。左側に Wi-Fi対応の本体とWi-Fiルータ,中央にカメラを上部につけたタッチディスプレイ,右側に点字ディスプレイがあり,画面は Zoomが起動している。 図1 遠隔授業用に改良されたシステム 6.県を越えた遠隔授業による協同授業 遠隔授業用に改良されたシステムは,実験協力校の盲学校4校と視力障害センターで,年次のバージョンアップを実施した時点で更新された。実験協力校の中で,同一地域にある盲学校2校において,県を超えた協同授業を行うべく,実験依頼を行った。 実験担当者と相談の上,学校長や県の教育委員会に打診したところ,双方の県から,学校の教育システムとは独立して実施することで,内々の許諾が出たため,それぞれの盲学校の校内のネットワークに接続しないこととした。実験システムは,Wi-Fi対応としたため,Wi-Fiルータがあれば,通信は可能である。そこで,Wi-Fiルータをそれぞれの盲学校に貸出し,ZoomとTeamsによるWi-Fiルータでの接続実験を実施して,遠隔授業を行うためのプラットフォームを確立した。接続実験では,1校時 50分当たり,0.5GB程度の通信量となった。 これにより,両県の盲学校の小学部・中学部・高等部普通科・高等部専攻科のそれぞれのクラスで,遠隔授業の計画を立て,実施している。実際にどのような効果があるかどうかは,授業の進め方など様々な要因もあり今後の課題である。 7.おわりに 令和2年度は,新型コロナウィルス対策として,遠隔授業が一般化した。そこで,盲学校や視覚特別支援学校の児童・生徒数減少による一人クラスの増加に対して,遠隔授業による県を超えた協同学習を行うべく計画した。プラットフォームとして,同一教材で全盲と弱視と言う異なる視覚障害に対応する学習支援システムの改良により,各々の県で学習資料の送付などで,ほぼリアルタイムに遠隔授業による協同学習に利用できることが示唆された。今後は,全国の盲学校や視覚特別支援学校でも遠隔授業による協同学習が増加するものと確信している。 8.備考 本研究は,H30~ R2年度科学研究費「同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの開発」研究代表者:村上佳久によるものである。 参考文献 [1]村上佳久.同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの改善.筑波技術大学テクノレポート. 2020; 27(2): p.12-16. [2]村上佳久.全盲と弱視を同一の教材で提示する電子黒板システム2.筑波技術大学テクノレポート.2019; (27)1:p.21-25. [3]村上佳久.全盲と弱視を同一の教材で提示する電子黒板システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2019; (26)2: p.6-10. [4]村上佳久.同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの開発.筑波技術大学テクノレポート. 2018; 26(1): p.47-50. [5]村上佳久.書見台型学習支援システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2018; 25(2): p.12-16. [6]村上佳久.電子メディアを利用した視覚障害者の家庭学習システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2017; 25(1): p.1-4. [7]村上佳久.電子黒板と手元型電子黒板の活用.筑波技術大学テクノレポート.2015; 22(2): p.1-6. [8]村上佳久.視覚障害者のための電子黒板.筑波技術大学テクノレポート.2013; 20(2): p.29-33. A Learning Support System that Realizes Collaborative Learning in Distance Learning Across Prefectures MURAKAMI Yoshihisa Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, General Education Practice Section for the Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: An improvement was made to support distance learning through the use of an educational support system for visually impaired people with blindness and low vision by using one teaching material capable of handling different learning media. Demonstrations were conducted across multiple systems at schools for the blind and at vision impairment centers. Distance learning across prefectures was conducted successfully, suggesting that collaborative learning is effective in blind school education. Keywords: Visually impaired, Disability compensation, Blind, Low vision, Identical teaching media