リカレント教育のための鍼灸実技の遠隔教授の試行 晴眼初学者を対象としたオンライン動画による鍼実技の遠隔一例 櫻庭 陽 1),成島 朋美 1),渡邊 健 1,2),鮎澤 聡 1,3) 筑波技術大学 保健科学部 2), 附属東西医学統合センター 1), 保健学科 3) 要旨:初学の晴眼者に対して,インターネットによる鍼実技の遠隔教授を試行した。実技は,坐骨神経への鍼通電療法についてビデオ動画を作成し,Web会議サービスにより動画を配信して教授した。終了後のアンケートでは,遠隔教授は,移動やコスト,時間の効率化と実技中の手元が見やすいなどのメリットが挙げられた。一方,対象者が実際に体験や実践ができないなどのデメリットが挙げられた。本試行を参考に,視覚障がいを有する鍼灸あん摩マッサージ指圧師を対象としたリカレント教育に,遠隔による実技教授を実現したいと考えている。 キーワード:リカレント教育,遠隔教授,鍼 1.はじめに 我々は,視覚障がいを有する鍼,灸,あん摩マッサージ指圧(以下,あマ指)師に対する臨床教育の充実に取り組み[1],今後,その一つとしてリカレント教育の実現と拡大を目指している。リカレント教育を実現するためには,日程を休日にしたり,場所をサテライトにしたりなど,対象者の条件に即した対応が必要となってくる。そんな中,2020年に入ってからの新型コロナウイルス感染に端を発し,接触を抑制する目的でインターネットを利用した遠隔授業が広く実施され,急速に普及・拡大している。インターネットによる遠隔授業は,リカレント教育のなかでも知識を教授する方法としては大いに活用できると考えるが,一方,鍼灸あマ指の教育において重要である実技の教授ができるかどうかについては未知数である。遠隔によってある程度の実技教授が可能となれば,前述したとおり,国内外の視覚障がいを有する鍼,灸,あマ指師(以下,視覚障がい鍼灸あマ指師)が,場所や時間を問わずに学ぶ機会を増やすことができ,リカレント教育を実現・拡大するうえで大きな原動力になると考えている。 これらの一歩として,今回我々は鍼実技の遠隔教授を試行したので報告する。我々の最終目標は,視覚障がい鍼灸あマ指師を対象とした実技の遠隔教授であり,実現には,同じ視覚障がいであってもその程度によって視覚情報の獲得や利用が異なるという観点から,全盲者とある程度の視覚情報を獲得・利用できる者とに分け,各々の障がいを考慮して補償を付加する教授方法を検討する必要があると考えた。また,今までに遠隔による鍼灸あマ指実技を教授した経験がなかったことから,まずは,ある程度の視覚情報を獲得・利用できる視覚障がい者および晴眼者を対象に,ビデオ動画による実技の遠隔教授を試行することにした。その後,実技の遠隔教授に関するアンケートを行い,その利点や課題を明確にして,今後の視覚障がい鍼灸あマ指師を対象としたリカレント教育の実現と拡大に資することとした。 2.方法 2.1 対象 対象は,東西医学統合医療センターが学生または臨床経験が少ない有資格者(以下,初学者)を対象に開催したオンライン勉強会(以下,勉強会)の参加者とした。募集は,新型コロナウイルス感染で中止になった公開講座の参加希望者や,当センターの1年目の研修生等を対象に行った。対象者は,申込時の10名からキャンセルおよび欠席の2名を除いた計8名で,その全員が晴眼者であった。 2.2 勉強会 勉強会はWeb会議サービスZoom(Zoom Video Communications, Inc.,米国)を用いて,2020年8月23日の13:00から16:00の3時間,無料で開催した。メールによってエントリーを受付け,事前に勉強会のURLを配信し,10分前には入室するようにアナウンスした。当日は,開催前に対象者の入室を確認し,個々にビデオカメラおよび音声が正しく動作することを確認した。勉強会は2部構成で開催し,1部は腰痛の診療に関する基礎的な内容をスライド共有によるオンライン講義の形式で,2部は鍼実技の刺鍼部位の取り方と刺鍼方法に関するビデオ動画を配信した。 2.3 ビデオ動画 ビデオ動画は,晴眼者およびある程度の視覚情報を獲得・利用できる視覚障がい者を想定して作成した。 内容は,鍼治療の臨床でよく用いられる坐骨神経への鍼通電療法とした。本療法は,腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症等による下肢症状に対する治療に多用され,ある程度の効果を示すことが報告されている[2]。また,本療法では,体表の筋骨格系の解剖学の基礎的な知識と,それらを触診で把握する技術が必要であること,加えて,正確な鍼の刺鍼技術が必要であることなど,総合的な知識と技術が必要であり,初学者が習得する療法として適当と考えた。さらに,鍼通電療法は,ターゲットの神経の近傍に刺鍼して通電することで,神経が支配している筋の収縮を確認することができる。これはすなわち,正確な刺鍼ができていることを筋収縮によって確認することができるということであり,視覚障がい鍼灸あマ指師は筋を触れて,遠隔のモニターからは筋の収縮を目視で確認することで,その成否を確認しやすいことも大きなメリットと考えた。なお,刺鍼方法については,渡邊ら(2020)の方法を採用した[3,4]。 ビデオ動画は,静止画スライド(以下,スライド)と文字による解説を加えた実技動画(以下,動画)で構成し,以下に留意して作成した。 ・スライドを多用して静止して見返せるようにした ・明暗のある配色と大きい文字サイズを用いた ・一目で理解できる文字数と単語で示した ・スライドと音声の言葉の表記を統一した ・触診や刺鍼の動画では手元を見やすくした ・体表のランドマーク等にマークをした ・ランドマーク等の重要な部位の名称を表記した ・触擦の手順に合わせてラインを表記した ・音声説明と画面構図を一致させた(臀部の触擦時は臀部をアップ,通電時は支配筋の収縮がみえる範囲など) ・触擦の感覚等を言語で併記した ・臀部の映像とシェーマを併記した ・動画の解説では,指示語や代名詞(ここ,そこ等)ではなく,常に固有名詞を使用した ・“何cm” 等の数値を避け,“何横指”等,具体的な触擦による情報を言葉で表現した なお,使用機材については,タブレット端末(Dtab Compact d-02K, Huawei Technologies Co., Ltd.,中国)で撮影し,端末付属のマイクで音声を録音した。編集には,動画編集ソフト(KINE MASTER, ver4.14.4, ©KineMaster Corporation. 韓国)を用いた。 2.3 アンケート 終了後,Googleフォーム(Google.com,米国)を利用して以下の内容(表1)について,(1),(2),(5)~(8)は選択式で,(3)は選択式の複数回答で,(4),(9)~(11)は自由記述で回答を得た。なお,アンケートの集計にはExcel2019(Microsoft社,米国)を用いた。 表 1 アンケートの内容 (表) (1) 資格の有無 (2) オンライン勉強会(授業含)の経験 (3) オンライン勉強会に対する当初の印象 (4) 勉強会で最も印象に残ったこと (5) ビデオ動画は今後に役立つ内容だったか? (6) ビデオ動画はわかりやすかったか? (7) 講師の説明はわかりやすかったか? (8) (ビデオ動画の)時間は適切だったか? (9) (オンライン勉強会の)メリットは? (10)(オンライン勉強会の)デメリットは? (11) 感想・意見・要望等について 3.結果 3.1 ビデオ動画 ビデオ動画の構成は,(1)概要,(2)安全性・再現性に関する現状の問題点,(3)代表的刺鍼点の画像解剖学的検討,(4)本日用いる刺鍼点,(5)触擦による刺鍼点同定および通電,(6)まとめ,として(表2),再生時間は合計35分53秒であった。図1~6には,ビデオ動画作成時の留意点を具体化したキャプチャーを提示する。 表 2 ビデオ動画の構成 (表)       時間(秒) (1) 概要 (32) (2) 安全性・再現性に関する現状の問題点 (261) (3) 代表的刺鍼点の画像解剖学的検討 (495) (4) 本日用いる刺鍼点(285) (5) 触擦による刺鍼点同定および通電 (749) (6) まとめ(331)      35分53秒 図 1 スライド(口語による説明を文字化) 動画の合間に説明を文字化したスライドを多用して,視覚障がい者が見直す際にも静止することで確認しやすくした。 (図) 図 2 スライド(シェーマ) 体表だけでは理解しにくいので,ランドマークと触診の方法をシェーマで説明した。 (図) 図 3 動画(手順) 口頭による手順の説明動画に,文字を併記した。 (図) 図 4 動画(触擦) 触擦時の感覚を,大きな文字によって表現した。 (図) 図 5 動画(刺鍼点の確認) わかりにくい刺鍼点の確認の動画に,シェーマを併記することで理解を助けた。 (図) 図 6 動画(筋の収縮) 鍼通電によって支配筋が収縮する様子を引きの画面と図で強調した。 (図) 3.2 アンケート結果 対象者は,学生3名,有資格者5名であった。オンラインによる勉強会の経験は,経験者5名,未経験者3名であった。オンライン勉強会に対する当初の印象は,“時間的・金銭的負担が少なく受けやすい”が8名と最も多かった(表3)。 表 3 オンライン勉強会の当初の印象 (表) 選択肢  名 時間的・金銭的負担が少なく受けやすい 8 スライドや映像が見やすい 6 実技の教授には向いていない 2 長時間の講義は疲れる 1 講師や参加者と直接話ができないのは残念 1 今回の勉強会で最も印象に残ったことについて,ビデオ動画に関する回答のみを表4にまとめた。その中で,手元を詳細にみることができたという回答が最も多かった(3名)。今回のビデオ動画について,設問(5)の今後に役立つ内容だったか?は“大変役に立つ”が5名,“役に立つ”が3名,設問(6)のわかりやすかったか?は“大変わかりやすい”が4名,“わかりやすい”が4名であった。設問(7)の講師の説明はわかりやすかったか?は“大変わかりやすい”が3名,“わかりやすい”が5名,設問(8)の時間については“適切”が6名,“短すぎる”が2名だった。 表 4 勉強会で最も印象に残ったこと (表) 選択肢 名 実技が良く,手元を詳細にみることができた 3 個人授業的な感覚になった 1 慣れた環境だったので集中できた 1 同じ画面を見ているので集まってみるより不公平 感がない 1 刺入時の速度や患者の感覚,通電方法までの 一通りの流れも見たかった 1 オンライン勉強会のメリットについては,“移動にかかる時間やコストが削減される(各4名)”が,デメリットについては“自身で体験・実践ができない(5名)”が最も多かった (表5)。 表 5 オンラインのメリット・デメリット (表) メリット 移動時間削減 4 移動コスト削減 4 (多くの講義を受ければ)多くの知識を得られ, 治療の幅が広がり,今後に生かせる 3 実技のデモが見やすい 1 集中できる 1 資料が見やすい 1 記録が取りやすい 1 (録画等により)聴講時間が調整できる 1 デメリット 自身で体験・実践ができない 5 コミュニケーションが取れない,雰囲気を感じ取れなかった 3 質問しにくい 1 デバイス,Wi-Fi,PCなどハードとスキルに準備や進行が影響する 1 特にない 1 最後に今回のオンライン勉強会を終えての感想・意見・要望等について,一部の回答を表6に示す。 表6 感想・意見・要望等 (表) ・オンラインだと距離や家庭の事情等の問題を解決できるので凄いことだと思う。 ・ネットワーク環境が不安だったが問題なかった。 ・遠隔は初めてだったが,スムーズで音声や画像も見やすく,休憩もあり受講しやすかった。 ・場所の関係で音量を上げられず,ほとんど聞こえなかった。 ・後半から音声が聞き取りにくかった。こちらの問題かもしれない ・資料は事前配布が良い。 ・日頃の勉強で触れない内容だったので,今後の勉強意欲が出た。 ・鍼通電療法は苦手だったが,講義がわかりやすく,苦手意識を持たずトライしようと思った。 4.考察 今回,晴眼の初学者を対象に,オンライン動画による鍼実技の遠隔教授を試みた。ビデオ動画の作成にあたり,実技について画面を介して理解することができるか,視覚障がいの補償などを考慮して様々な留意点を挙げ,それらを解決するようにビデオ動画を作成した。その結果,アンケートではビデオ動画が“役に立った”,“わかりやすかった”という回答が多く得られ,自由記述でも肯定的な回答を得た。しかし,今回は我々の最終的な対象者である視覚障がい鍼灸あマ指師が参加していなかったため,彼らから今回と同様の意見を得られるかどうかはわからない。知識のレベルで考えると,初学者が理解できたという点では,内容は平易で適切であったと考える。今後,今回のビデオ動画をベースにして,視覚障がいの程度に併せた補償を追加し,それらの検証を進めたいと思う。 次にオンラインの活用であるが,経験者も半数以上いたことから,オンラインによる教授が広まっていることを感じた。多くの対象者が感じたメリットは,移動や時間,コストの削減であり,リカレント教育に積極的に活用することは,対象者に大きなメリットになると考える。また,手元が見やすいという意見もあり,いわゆる対面によるデモンストレーションではデメリットとなる問題を解決できると考えた。これを活用すれば,視覚情報をある程度得られる視覚障がい者であれば,デバイスで拡大も可能であり,対面授業よりも効果的に技術を習得できるかもしれない。さらに,繰り返し見返す設定にすることで復習にも使えるなど,使い方次第でさらなる可能性が生まれてくるだろう。一方,“体験・実践できない”という問題も指摘された。対面であれば手を取りながら教えることができるが,遠隔では不可能である。対象者が実際に行う手技を撮影し,教授者が映像で確認しながら指示を出すなど,一方向に限定しない,双方向による形式などの改善や工夫が必要だと考えた。また,今回は,実技に関する教育的な効果(評価)もできていない。確認や評価など,対面でしかできない内容は対面を用いるなど,遠隔単独に行う方法に固執することなく,ハイブリットな形式を検討するなど,柔軟な対応が必要である。 その他,慣れた環境で集中しやすかったり,記録が取りやすかったりという感想もあり,遠隔教授を上手に活用することで効率を高めた教育も可能かもしれない。さらに,好きなときに見られるオンデマンド化や,聴講することが難しい遠方の講師による教授など,学びやすさと学びの量を増やすことができるほか,モチベーションにもつながるなど,様々な展開が期待できる。 以上のような可能性を感じる一方,デメリットである体験・実践できない,その場の雰囲気が感じ取れなかった,質問もしにくいなどの問題も明らかとなった。このことは,教授の場面における“触れる”,“直接話しをする”,“その場の雰囲気”など,対面教育で重要な要素を再確認する契機となった。また,デバイスやインターネットの環境や設定など,セッティングの部分でどこまで対応できるかについても,遠隔教授を成功させる要素の一つであると確認することができた。 今後は,オンラインのメリットを最大限生かせる内容を精査,工夫,改善するとともに,対面と併用するなど,新たな教授方法を創造して,リカレント教育の実現と拡大につなげたい。 5.まとめ 晴眼の初学者を対象に,ビデオ動画のオンライン配信による実技教授を試行した。その結果,遠隔教授のメリットは,移動やコスト,時間の効率化と実技中の手元が見やすいな どであり,デメリットは,対象者が実際に体験や実践ができないなどが挙げられた。今後は,これらのメリットを生かし,ハイブリットな方式を採用するなど,デメリットを解決する方法について柔軟に検討することが肝要である。 本研究は,国立大学法人筑波技術大学学長裁量経費リカレント教育推進事業において実施した。 利益相反 申告する利益相反はない。 参照文献 [1]成島朋美,櫻庭陽,鮎澤聡.視覚障がいを有する鍼灸師を対象とした臨床教育の現状と課題―筑波技術大学東西医学統合医療センターにおける施術を通じた教育の例―.弱視教育.2020; 58(2): 6-11. [2]知久すみれ,小田部美,鮎澤聡,近藤宏,他.腰椎疾患による下肢への疼痛・しびれに対する坐骨神経鍼通電療法の効果の検討.日本東洋医学系物理療法学会誌.2014; 39(1): 32. [3]渡邊健.坐骨神経鍼通電療法における安全性・再現性の高い刺鍼法の提案.筑波技術大学,修士論文. 2020. [4]渡邊健,鮎澤聡.坐骨神経鍼通電療法における鍼刺入路の画像解剖学的検討.全日本鍼灸学会誌 (in press). Trial of Remote Teaching of Acupuncture and Moxibustion Technique for Recurrent Education — Remote Teaching of Acupuncture Technique by Online Video for Beginners and Students — SAKURABA Hinata1), NARUSHIMA Tomomi1), WATANABE Takeshi1,2), AYUZAWA Satoshi1,2) 1)Center for Integrative Medicine, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2)Course of Acupuncture and Moxibustion, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: We conducted an experiment on the remote teaching of acupuncture techniques via the internet for beginners and students. We taught by creating and streaming a video on low-frequency electro-acupuncture to the sciatic nerve. According to the answers to a questionnaire after teaching, the advantages of remote teaching were: no need to travel, low cost, effective use of time, and easy to see hand usage during treatment. The disadvantages were that the audience could not actually get hands-on experience or practice. Based on the results of this experiment, we would like to realize remote teaching of acupuncture, moxibustion and anma massage shiatsu techniques for recurrent education for those with visual impairments. Keywords: Recurrent education, Remote teaching, Acupuncture