オンライン授業での合理的配慮に関する相談対応及びコンテンツ作成の取り組み 中島亜紀子 1),白澤麻弓 1),萩原彩子 1),磯田恭子 1),石野麻衣子 1), 吉田未来 1),関戸美音 1),三好茂樹 1),河野純大 2) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者支援研究部 1) 筑波技術大学 産業技術学部 総合デザイン学科 2) 要旨:新型コロナウイルス感染症の拡大防止対策として,2020年度から全国の多くの大学等高等教 育機関でオンライン授業が導入されたことに伴い,聴覚障害学生の授業参加における合理的配慮のあり方や情報保障支援の方法に大きな変化が生じた。本学障害者高等教育研究支援センターでは,2020年度4月以降,全国の高等教育機関における聴覚障害学生支援の総合的相談窓口として,オンライン授業に関わる情報保障支援や支援体制についての相談に対応してきた。本稿では,2020年度4月から9月における,聴覚障害学生支援に関わる相談対応の状況,及び支援に関する新たなコンテンツをまとめ,発信に取り組んできた活動状況について報告する。 キーワード:障害学生支援,合理的配慮,聴覚障害学生,オンライン授業 1.はじめに 本学障害者高等教育研究支援センターでは,2007年度から5年間,文部科学省特別教育研究経費によるプロジェクトとして聴覚障害学生支援の全国的な総合支援窓口を構築した。以後,「聴覚障害学生支援・大学間コラボレーションスキーム構築事業(以下,T-TAC事業)[1]」として,全国の大学等高等教育機関(以下,大学等)で学ぶ聴覚障害学生支援のための相談対応や支援技術の開発,情報発信やネットワーク形成に取り組んできた。このうち,聴覚障害学生支援に関わる相談事業においては,毎年,大学等の関係者や聴覚障害学生,支援関係者等から,年間300件以上の相談が寄せられその対応を継続して行っている。さらに,T-TAC事業の一部として運営する日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(以下,PEPNet-Japan)[2]の正会員大学・機関と協働して,相談対応の中で把握された現状の課題や蓄積された支援ノウハウを活かし,さまざまなコンテンツを開発してホームページ等から発信したり,シンポジウム等の研修企画を立ち上げ実践してきた。 しかし,新型コロナウイルス感染症の拡大防止対策として,2020年度から全国の多くの大学等でオンライン授業が導入されたことに伴い,聴覚障害学生の授業参加に伴う情報保障支援のあり方にも大きな変化が生じることとなった。本稿では,2020年4月から9月にかけてT-TAC事業で対応した他大学からの相談傾向からオンライン授業における聴覚障害学生支援の現状と課題を探るとともに,PEPNet-Japan正会員大学・機関との情報交換をもとに行ってきた,オンライン授業での情報保障支援に関する情報発信の取組について報告する。 2.オンライン授業に関わる相談対応 2020年度前期の相談及び対応状況を把握するため,本学聴覚障害学生支援の総合的相談窓口において蓄積された相談データベースの情報をもとに,2020年4月1日~9月16日に対応した相談内容やその傾向を分析した。 2.1 相談内容の傾向の変化 2020年4月から,多くの大学で後期授業が開始する9月中旬まで(4月1日~9月16日)の5ヶ月半の間に,相談窓口に寄せられた相談は183件であった。前年度,前々年度の同期間に受け付けた相談の種別ごとの件数を見ると,相談総数は大きく変わらないものの,相談の内容には変化が見られた(表1)。 今年度は,PEPNet-Japanの成果物である冊子やDVD等の教材を中心とした資料請求や,支援者養成講座等の講師依頼,支援体制構築に関する相談といった年度当初特有の問合せが少ない一方で,遠隔情報保障や音声認識,字幕挿入等の支援技術に関わる相談が増加した。オンライン授業への対応を講じる中で,各大学等において支援技術を活用した支援方法が模索され,本事業の相談窓口や開発技術にニーズが集まったことが推測される。 表1 過去3年の4月~9月中旬における相談種別件数 (表) 2018年度 2019年度 2020年度 見学依頼 8 5 0 講師依頼 18 14 2 資料請求 28 97 27 相談 補聴関係 2 4 4 相談 支援体制 25 9 14 相談 情報保障 14 17 12 相談 支援技術 35 15 86 相談 その他 35 15 27 報告 10 2 1 その他 2 0 10 合計 185 178 183 (単位:件) 2.2 オンライン授業に関わる相談対応の状況と内容 2020年度4月~9月中旬に受け付けた相談183件のうち,資料請求や近況報告を除く「相談・問合せ」は143件であった。これらの相談内容から,オンライン授業の導入や感染対策と関わるものを抽出したところ93件が該当した(「相談・問合せ」の65%)。93件の内容ごとの分類と件数,割合を図1に示す。 図 1 オンライン授業に関する相談の内容と件数 (図) オンライン授業に関わる相談内容としては,遠隔情報保障システム「T-TAC Caption」[3](開発:障害者高等教育研究支援センター三好茂樹教授)の利用方法や操作についての問合せや授業支援への導入に関する相談が48件(52%)と最も多かった。次いで,「オンデマンド授業でどのような情報保障ができるか」「支援学生が入構出来ない状況でも支援できる方法はあるか」「他大学ではどのように対応しているか」といった,オンライン授業での支援方法全般についての相談が19件(20%),オンライン授業での語学やグループディスカッションなど特定場面の支援方法についての相談が12件(13%)であった。その他,授業時の支援に直接関わらない内容で少数ではあるものの,オンライン授業下での聴覚障害学生の実態など全国的な動向について情報を求めるもの(7件),PEPNet-Japanのウェブサイトで公開しているオンライン授業での情報保障に関するコンテンツの内容や活用方法について(4件),オンラインでの支援者養成の方法について(1件)の相談も見られた。コンテンツの詳細については後述する。 2.3 オンライン授業に関わる相談の相談者属性オンライン授業の導入や感染対策と関わる相談93件の相談者の属性ごとの件数を表2に示す。 表2 オンライン授業に関する相談の相談者属性別件数 (表) 相談者属性 件数 大学職員 50 大学教員 13 聴覚障害学生 4 関係機関職員 13 保護者 5 情報保障者 3 特別支援学校教員 2 その他 3 合計 93 属性ごとの件数では,大学等の職員が最も多く半数以上に上っていた。さらに,大学等の教職員及び聴覚障害学生を合わせた大学関係者の数では,93件中67件で全体の70%以上を占めていた。一方,保護者5件のうち3件は高校生の保護者であり,その他当事者団体や情報保障団体などの関係機関や特別支援学校などさまざまな機関からも相談が入っており,大学以外の教育現場でもオンライン授業に伴う聴覚障害への支援,配慮の課題が生じていることがうかがえた。 3.オンライン相談会の開催 これまで,聴覚障害学生支援に関する個別の相談対応については,対面して丁寧に話を聞き,相談者の大学の状況に合わせて複数名から助言を提供する機会の必要性があるとして,2019年度からPEPNet-Japanの相談対応事業の一環で相談会を開催していた。2020年度については,4月以降,オンライン授業への対応に関する相談増加の一方で支援体制の構築に関する相談は少なく,また例年のように依頼のあった大学等を訪問して丁寧な助言・情報提供を行うといった対応がとりづらい状況が続いており,個別の相談対応の潜在的なニーズが大きいことが予想された。こうした状況を補うため,聴覚障害学生支援に関する相談会を,夏季休業期間中にオンラインで実施することとした。実施にあたっては,PEPNet-Japan相談対応事業として,事業委員である他大学の教職員及び関係機関職員に相談員として協力を得た。 3.1 開催概要 開催概要は下記の通りである。 日程:2020年9月2日(水)~8日(火)11:00 ~ 17:00 (上記日程のうち平日のみ実施。希望する日で1組あたり1時間) 実施方法:テレビ会議システム Zoom にてオンライン開催 対象 大学等の高等教育機関で聴覚障害学生支援を担当する教職員と聴覚障害学生。(原則として両者ともに参加。但し,事情により教職員のみの申込となる場合も参加可。) 定員:10組程度 内容:以下のような相談について,PEPNet-Japan相談対応事業委員及びPEPNet-Japan事務局員が個別に対応する。 ・現在行っている聴覚障害学生支援についての課題解決や,新たな支援方法についての相談 ・これから聴覚障害学生への支援体制構築や情報保障に取り組むにあたっての相談 ・就職活動,資格取得,その他学生生活全般の相談 3.2 実施状況 相談会の開催について,PEPNet-Japan会員向けの情報配信サービス,及び各地域の大学間ネットワークの協力を得てメーリングリスト等で案内した結果,4件の申込があり相談を実施した。4件のうち2件は教職員のみの参加,2件は支援や授業を担当する教員と聴覚障害学生とが参加した。相談内容としては,4月以降のオンライン授業で十分行えなかった支援や配慮の改善方法や,9月以降の授業から対面授業が再開される場合の支援体制のあり方等が挙げられた。 対応にあたっては,申込時に相談内容を確認し,内容や大学の所在地,国公立の別などを考慮して,PEPNet-Japan相談対応事業委員と事務局員から対応者を決定した。また,相談の内容や大学の支援体制の状況,これまでの経緯などについて事前にメールのやり取り等で把握しておき,対応者が基本的な情報を得た上で相談会当日に円滑に本題の相談が行えるよう配慮した。手話を用いる聴覚障害学生が必要とする場合や対応者が聴覚障害当事者であるケースでは,遠隔手話通訳を配置し,状況に応じてチャット機能も併用しながら行った。 オンラインで開催したことにより,オンラインでの情報保障の方法や,話しやすい進行や対応体制づくりは引き続き検討が必要であるが,通常なら会場が遠いため参加できない地域の大学からも参加しやすくなったり,学生が予定を合わせて参加しやすくなるなどのメリットは大きい。今後も通常の相談対応に組み込んでいくなど継続して実施する意義が感じられた。 4.オンライン授業での情報保障に関するコンテンツの開発と発信 次に,オンライン授業での情報保障支援に関する情報発信について,4月以降の取組の状況を報告する。 4.1 情報発信のためのウェブサイトの公開 多くの大学等がオンライン授業の導入を決定したことを受け,オンライン授業で必要とされる聴覚障害学生支援についての情報を発信するため,4月21日,PEPNet-Japanのホームページ内に「オンライン授業での情報保障に関するコンテンツ集」の特設ページを公開した[4]。4月当初は,まず,動画で提供される授業や教材が増加することを見込み,動画への字幕挿入の方法を解説したマニュアルを作成して公開した。また,遠隔情報保障のニーズが高まることを想定し,遠隔情報保障システム「T-TAC Caption」の紹介や操作方法に関する資料,FAQ,解説動画等を作成して公開した。 この他,「授業担当教員」「支援担当教職員」「聴覚障害学生」それぞれに向けたイントロダクションとして,オンライン授業の実施や支援において留意すべきポイントを挙げたほか,学生本人を含む関係者間で相談の場を設けてほしいこと,相談窓口を活用してほしいこと等を掲載した。また,障害学生支援の関連機関や聴覚障害者向けの情報発信サイトなど,関連情報へのリンク集も掲載し,オンライン授業や感染対策下での聴覚障害学生支援について情報を求める人が,できるだけワンストップで必要な情報にアクセスできるようなウェブサイトの充実を図った(図2)。 図2 オンライン授業での情報保障に関するコンテンツ集のウェブサイトのトップページ (図) 4.2 コンテンツの開発と発信 5月以降は,相談窓口に寄せられる相談内容を参考にしながら,各大学等で必要とされている支援方法や,すぐに活用できるツールの紹介などを順次公開した。また,PEPNet-Japan正会員である30大学・2機関を対象にリアルタイムで配信される授業,オンデマンド型の授業,対面授業それぞれについての支援方法や課題についてアンケートを行った。その結果,授業内容を遠隔地から文字情報で伝える方法としてさまざまなツールを活用している現状や,遠隔地から手書きノートテイク及び手話通訳を行う方法についての情報を模索している状況などを把握した。こうした現状から開発するコンテンツの優先順位を決定し,順次作成,公開した。 コンテンツ集の公開後,これまで1日100 ~ 300件程度で推移していたウェブサイトのアクセス数は1日500件程度となった。新規コンテンツの公開について会員向けのメール配信で周知した直後は800件程度まで増えることもあり,コンテンツ集の情報が会員を中心に広く活用されていることが推察される。 以下,2020年4月から9月中旬までにウェブサイトに公開した情報の,内容ごとの形態及びコンテンツ件数(表3)と,開発した新規コンテンツ一覧(表4)を示す。 表3 ウェブサイト「オンライン授業での情報保障に関するコンテンツ集」に公開した情報の概要 (表) 表4 ウェブサイトに公開したコンテンツ一覧 (表) 5.今後の課題 2020年4月以降,国内の感染拡大状況やそれに対する各大学等の対応,授業実施体制が刻々と変化する中,それぞれの環境下で聴覚障害学生一人ひとりに必要な支援が提供されるよう,相談対応と情報発信に取り組んできた。特に,これから支援体制構築を進める大学で情報保障支援のノウハウが少ないケースも想定しながら,活用可能な支援ツールを幅広く紹介するような情報発信に努めてきた。2020年度後期以降も,各大学等においては対面授業とオンライン授業を併用していくことが見通されていることから,今後も継続して,支援ツールや支援技術を紹介するとともに,支援の好事例の紹介など,オンライン授業下でも安定して情報保障支援が提供されるための,活用可能な幅広いコンテンツの開発と発信が求められる。また,蓄積されたコンテンツや支援事例を活かし,オンラインでの対応も積極的に取り入れながら,感染対策に配慮した相談対応のあり方を引き続き検討していくことが必要であろう。 参照文献 [1] 筑波技術大学.筑波聴覚障害学生高等教育テクニカルアシスタントセンター(T-TAC事業)ホームページ. (cited2020-9-20).https://www.tsukuba-tech.ac.jp/ ce/t-tac2/index.html [2] 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク.日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)ホームページ.(cited2020-9-20).http://www.pepnet-j.org/ [3] 筑波技術大学.遠隔情報保障システム「T-TAC Caption」紹介ページ(cited2020-9-20).https://www.tsukuba-tech.ac.jp/ce/t-tac2/development.html [4] 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク.オンライン授業での情報保障に関するコンテンツ集,日本聴覚障 害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)ホームページ.(cited2020-9-20).http://www.pepnet-j.org/web/modules/tinyd1/index.php?id=393 Report on Efforts to Provide Consultation and Development of Materials Regarding Reasonable Accommodation in Online Classes NAKAJIMA Akiko1), SHIRASAWA Mayumi1), HAGIWARA Ayako1), ISODA Kyoko1), ISHINO Maiko1), YOSHIDA Miku1), SEKITO Mio1), MIYOSHI Shigeki1), KAWANO Sumihiro2) 1)Division of Research on Support for the Hearing and Visually Impaired, Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology 2)Department of Synthetic Design, Faculty of Industrial Technology,Tsukuba University of Technology Abstract: With many universities and higher education institutions switching to online classes in 2020 as a measure to prevent the spread of COVID-19, there has been a major change regarding reasonable accommodation and access services for deaf or hard-of-hearing students. Since April 2020, the Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired has been providing consultation on reasonable accommodation related to online classes as a resource center offering support to deaf or hard-of-hearing students. In this paper, we report on the efforts made to provide consultation and new materials on how to support or improve accessibility to online classes. Keywords: Support system, Deaf or hard-of-hearing students, Reasonable accommodation, online class