論文の要旨 大学の情報処理分野の授業における視覚障害学生に対する合理的配慮に関する研究 令和元年度 筑波技術大学大学院技術科学研究科 情報アクセシビリティ専攻 佐々木 拓海 指導教員 白澤 麻弓 准教授 目的 近年、障害のある人の大学進学が増加傾向にある。この内視覚障害者だけで見ると、平成17年度には510人だったのに対し、平成30年度には808人と増加傾向にある。視覚障害学生の修学では、授業において視力を補い、情報保障を受けるためにも支援機器のみならず一般的な情報通信技術の利用が不可欠だ。しかし、視覚障害者がそれらICT機器の操作方法を習得するための情報処理分野の授業の現状を明らかにした研究は見当たらない。本研究では、情報リテラシを始めとする情報処理分野の講義・演習を対象に、視覚障害学生の履修の現状や課題について詳細を明らかにすることを目的とする。また、視覚障害の発症時期(先天や中途と言った違い)や、大学に進学するまでの教育経験等によっても状況が異なることが予測できる。これらについて、大学の規模や支援室設置の有無等を含めた支援体制の違いなどとともに分析し考察する。さらに視覚障害学生に必要な学習環境について考察し、具体的な情報保障の方法を提言する。 方法 調査対象は視覚障害学生と当該学生の在籍する大学の教職員である支援者(以降、支援者と記す)とし、調査方法は、質問紙法、面接法を用いた。質問紙調査で得られた基礎的情報を基に、障害の状況や大学の規模、使用文字、情報処理分野の授業の履修状況を踏まえて大学を訪問し、対面形式で学生と支援者を対象に個別に約90分間の半構造化面接法を用いた面接調査を行った。 学生対象の質問紙調査では、個々の障害の状況や大学における情報機器の活用の状況、情報分野の授業の履修状況について、支援者対象の質問紙調査では、大学における支援室の設置状況や各大学における視覚障害者向けバリアフリー設備の内容、現在行っている支援の内容、授業補助者や補助教員の配置の状況等について調査を行った。 学生対象の面接調査では、質問紙調査の結果を基に、障害状況、情報機器・支援機器の利用状況、受けている支援、情報処理分野の授業の履修状況(授業内容・受けている支援・困難に感じた内容・支援者の有無・授業担当教員とのやりとりなど)について、支援者対象の面接調査では、質問紙調査の結果を基に、大学の支援室の役割、視覚障害学生への支援、情報処理分野の授業における支援の現状について調査を行った。 結果 質問紙調査は、視覚障害学生が現在在籍する11校と、過去3年以内に在籍していた1校の合計12校(視覚障害学生数11名)から回答があった。質問紙調査の回答学生は弱視が6名、全盲が5名で、この内1人は中途障害で、残り10人は先天であった。使用文字別では、点字使用が4人、墨字使用が5人、点字・墨字の併用が1人、点字・墨字とも不使用(中途障害のため読み書きは画面読み上げソフト使用)が1人であった。情報機器は、パソコン9人、スマートフォンは11人全員が使用していた。それ以外の情報機器は、視力等の障害状況により使用状況が異なっていた。点字ディスプレイは点字を使用している学生および、点字・普通文字を併用している学生が全員利用していた。また、拡大読書器は墨字使用学生4人全員が使用していた。タブレットは墨字使用学生のみ3人が使用していた。情報処理分野の授業については、パソコンやインターネット、Office系ソフト等の使い方を学ぶ情報リテラシの授業を全員が履修していた。プログラミング等の専門性の高い授業を履修していたのは1人であった。 障害学生支援の専門部署があったのは12校中7校で、その他の4校では、教務課や学生課などに専任の担当者を配置し、障害学生支援を行っていた。なお、支援室等は設置していないと回答した大学は1校であった。支援内容は、機器の貸出、学生・支援者・授業担当教員を交えた面談、授業資料や教科書等の点字・テキスト化などのメディア変換であった。 情報処理分野の授業については、11人全員が基礎的な内容の授業を履修していた。この内1人は、これら科目の中にプログラミングを行うカリキュラムが組み込まれていた。 面接調査の結果、A大学では全盲学生に対してメディア変換や面談などの支援が行われていた。B大学では中途障害により全盲となった学生に対して、障害受障後から専門機関の斡旋、メディア変換などの支援が行われていた。C大学では弱視の学生に対して、パソコンを設置した部屋の提供、拡大読書器の図書館等への設置、板書の多い授業における補助者の配置などの支援が行われていた。D大学では全盲の学生に対して、大学院の授業や研究で使用する資料のメディア変換、弱視の学生に対しての拡大読書器の設置なども行われていた。 各大学では、学生の障害状況、学修内容、ニーズに対して、支援担当の部署と学科等が緊密に連携し、定期的に支援体制の見直しなどを行っていた。 考察 今回調査を行った大学では、支援室または支援室以外の部署が積極的に障害学生支援を行っていたが、視覚障害学生が情報処理分野の授業を履修するには、支援機器やソフトウェア使用時の操作の問題、学内における支援機器やソフトウェアの整備などの課題が多いということが明らかとなった。一方、各学生のニーズに対して、補助者の配置、授業内容の代替などの支援事例があった。支援者を中心としたきめ細やかな支援によって、視覚表現や演習が多く視覚障害者にとって履修が容易ではないと考えられる情報処理分野の授業の履修が実現できると考えられる。プログラミング等の専門性の高い授業については、弱視学生1名の履修にとどまり、全盲学生の履修状況に関する情報を得ることができなかった。 また、学生が点字ディスプレイや拡大読書機等の支援技術を活用するだけでなく、教員から板書内容の事前提供を受ける、ノートテイカー等を配置するなど、他の手段も併用することにより、学生自身が授業に集中でき理解度も向上すると考えられる。 さらに、在学中に中途で障害を発症した学生に対しての支援や、情報処理分野のような専門性の高い教育における支援事例など、事例の少ない支援の共有の必要性が考えられる。 結論 調査結果から、学生一人ひとりの障害状況や授業の理解度が異なり、また、それに伴って授業方法も異なったため、共通した具体的な手段を提言することは難しかった。しかし、本調査を通し、視覚障害学生が情報処理分野の授業を学ぶ際、共通して必要と考えられる支援は、支援機器やソフトウェア等の使い方、事例の少ない障害状況についての支援のノウハウを持った人の配置による「サポート体制の充実」、支援機器と同時に補助者を配置するなど複数の手段を組み合わせた「複数の技術・機器を使った支援」であり、さらに、その支援を支える仕組みとして専門性の高い授業に関する支援事例や中途障害学生に対する支援事例など数少ないケースも匿名化して共有し、すべての大学が閲覧可能とする「支援事例のデータベースとしての大学間共有」が必要と考えられる。 これらの実施により、大学側が参考にするデータが増えることで、視覚障害学生の必要とする支援のニーズに対応できる。また、現在視覚障害学生が在籍していない大学においても新たに受け入れる場合や事例の少ない支援が必要となった場合、支援の準備等の参考とすることが可能と考える。