論 文 の 要 旨 鍼灸手技療法の受療継続に関わる要因の分析 令和元年度 筑波技術大学大学院技術科学研究科保健科学専攻 Nyamkhuu Damdintseren 指導教員 石崎直人 副指導教員 藤井亮輔 【目的】 日本における鍼灸治療経験者は全国民の約25%と推定されており、そのうち継続あるいは再受療を望むものは約50%で、逆に再受療を望まないものは約37%であったと報告されているが、鍼灸手技療法の継続や再利用に関わる要因については十分に明らかにされていない。本研究では、大学附属の統合医療センター利用者を対象とした前向き縦断調査によって、鍼灸手技療法を受療する患者の来院頻度及び継続日数に影響を及ぼす要因について探索的に解析するとともに、受療中断・終了の理由及び再利用の意向について調査することを目的とした。 【方法】 本研究の対象は、2018 年8 月から2019 年9 月までの間に筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センターの鍼灸手技外来を受診した初診患者、もしくは最終来院後6ヶ月以上経過した初診扱い患者のうち、文書により調査への同意が得られた者とした。初回来院時に、患者の基本属性(性別、年齢)と通院に影響を及ぼすと考えられる要因(通院環境、罹病期間、来院動機、受療に際しての不安など)に関するアンケート調査を実施し、その後の来院状況を定期的に観察した。来院間隔が60 日以上経過した時点で治療の中断または終了とみなし、郵送等により、中断理由を中心とした追跡調査を実施した。来院記録に基づいて中断・終了までの来院回数及び継続期間を算出し、単変量及び多変量解析を実施した。受療継続率はKaplan-Meier 法により推定し各要因による影響はlog rank検定により検討した。継続に及ぼす複数要因の影響は、Cox 比例ハザードモデルにより解析した。中断・終了後の追跡調査では再利用に影響を及ぼす要因についてクロス集計及び二項ロジスティック回帰分析により解析した。 【結果】 調査期間中に当該施設に来院した初診もしくは初診扱い患者の内、499 名(女性303名、男性196 名、年齢の中央値[IQR]、女性67 [52-74]歳、男性69 [55-75]歳)を対象とした。初回調査の結果、罹病期間は30 日以上が68.3%で、男女間に差異は認めなかった。鍼灸手技療法の治療経験については、経験なしと回答した者は全体の27.1%で男女差は認めなかった。受療前に、何らかの不安(痛み、副作用、治療回数、費用など)を抱えている者は全体で65.7%で、女性で特に多かった(女性71.9%、男性56.1%、P<0.01)。調査期間中に来院を中断した328 名(女性205 名、男性123 名)の来院回数(中央値[IQR])は3[2-6]回(女性:4[2-7]回、男性:3[2-6]回)で、来院継続期間の中央値[IQR]は22 日 [8-57]日(女性:29[8-57]日、男性:22[8-56.5]日)であった。受療継続率におけるKaplan-Meier推定の結果、対象者全体の受療継続率が半減する期間の推定値[95%CI]は、57[50-71]日であった。男女別の比較では、継続期間には有意差を認めず、年齢の群間差も有意には至らなかった。鍼灸手技療法の治療経験別の受療継続率についても、手技のみ、手技及び鍼灸、鍼灸のみ、経験なしの4 群間に有意差は認めなかった。一方、罹病期間で分類した群別の検討では、受療継続推定期間が、罹病期間30 日未満の群で36 日、30-119 日の群で50 日、120-549 日の群で78 日、550 日以上の群で102 日であり、罹病期間が長いほど受療継続期間が延長する傾向にあった(P=0.0014)。Cox 比例ハザードモデルによる解析の結果、罹病期間が長く、鍼治療経験を有し、初診であることが受療継続延長に寄与する要因として抽出された。治療中断後に追跡調査が可能であった174 名の症状は、ほぼ消失が38.1%、軽減が40.5%、不変が19.6%、悪化が1.8%であった。中断・終了の理由は、症状の軽快(46.0%)が最も多く、次いで通院時間の負担(21.8%)、仕事(19.0%)、治療費の負担(17.2%)、症状が変わらない(16.1%)などの順であった。また、症状の軽快を理由として挙げていた者では再利用の意向を示す者の割合が高く(93.8%)、通院時間の負担や仕事の都合、治療費の負担を理由として挙げた者においても再利用の意向を示す者が70%以上であった。一方、症状の不変・悪化や施術に伴う痛みや熱さ、副作用などを理由として挙げていた者では、再利用の意向を示す者は少なかった。また、中断・終了後の症状が良好であるほど再利用の意向を示す者が多かった(P<0.001)。再利用の意向を従属変数としてロジスティック回帰分析を実施した結果においても中断・終了後の症状軽快が再利用に影響を及ぼす可能性が示唆された。 【考察】 本調査の結果、鍼灸手技外来の受療継続には、罹病期間、鍼治療経験、初診・再診の違いが影響を及ぼすと考えられたが、今回検討されていない要因の影響や、施設間の差異を明らかにするためには多施設における大規模調査が必要であると考えられた。 来院中断又は終了後の理由では、症状の軽快が最も多く、これらの患者では再利用の意向を示す者が9 割以上を占めたが、通院時間や治療費の負担、仕事の都合などを理由に中断・終了した者においても、再利用の意向を示す者が多かったことから、鍼灸手技療法のメリットを感じていながら、やむを得ず中断・終了する例も少なくないと考えられた。また症状の不変・悪化や副作用、施術に伴う痛みや熱さなどを理由に中断・終了した者では再利用の意向を示す者が少なかったことから、鍼灸手技療法の利用率向上には、これらの要因の改善が必要であると考えられた。 【結論】 鍼灸手技外来の受療継続には、罹病期間、鍼灸治療経験、初診・再診の違いが影響を及ぼしていると考えられた。また、中断・終了の理由として症状の軽快を挙げていた者では再利用の意向を示す者が多く、症状の不変や悪化、施術に伴う痛みや熱さなどを理由として挙げていた者では再利用の意向を示す者が少なかった。