聴覚障害学生の国際感覚を育てる米国東部研修の取り組み 白澤麻弓1),小林彰夫2),吉田未来1),磯田恭子1) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者支援研究部1)筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科2) 要旨:本学では,2019年 3月1日から11日の 11日間にわたって,大学間協定校でもあるロチェスター工科大学にて米国東部研修を実施した。研修に際しては,事前指導や英語・ASLサロンの開催等を通して入念な準備を行うとともに,研修期間中に実施するワークショップの準備を通して,学生同士のチームワークや協調性を高めるよう工夫した。また,研修期間中は Buddyシステムを採用し,本学の学生がそれぞれ 2名ずつの現地学生とともに大学生活を送ることで,密度の濃い交流ができ,コミュニケーション能力や問題解決能力の向上につながったものと考えられる。 キーワード:聴覚障害学生, 国際交流,米国東部研修,ロチェスター工科大学 1.はじめに 本学では,国際交流加速センター事業の一環として,毎年,学生を海外に派遣し,現地の大学で国際交流や異文化体験等の研修を行う海外研修プログラムを実施している。これは,本学の特設科目である「異文化コミュニケーション」の単位にも認定されているもので,2018年度の米国東部研修では,大学間協定を締結しているロチェスター工科大学(以下,RIT)において,11日間の研修を行った。 RITは,連邦政府からの補助金を得て聴覚障害学生のための学部(国立ろう工科大学(以下,NTID))を設置している私立大学で,1,300名以上在籍している聴覚障害学生学生の教育のために,大変充実した支援を提供している点で知られている[1]。本項では,こうして実施された海外研修の概要を報告する。 2.日程ならびに研修概要の調整 研修の実施にあたっては,まず受け入れ先の大学と日程を調整し,大まかな研修の方向性について話し合った。この際,例年交流に際してやりとりを行なっているRITの担当教員に連絡をするとともに,日本人学生が訪問した際に,多くの時間をともに過ごすことになるAsian Deaf Club(以下,ADC)のメンバーにも予定を聞き調整を図った。この結果,先方が春休みに入る直前 2019年 3月 1日(金)から11日(月)までを研修期間に設定した。 また,研修の方法として,2017年度より導入を始めたBuddyシステムを取り入れることで合意した。Buddyシステムとは,日本人学生とRIT学生の間でBuddyと呼ばれるペアを構成し,事前に e-mail等を用いてオンライン上のやり取りをするとともに,研修期間中,互いにスケジュールを調整しながらともに大学生活を送るものである。今回の研修では,日本人学生 1名に対して,RIT学生 2名をBuddyとして割り当ててもらい,彼らの受ける授業や課外活動に参加させてもらったり,日本人学生の興味に合わせて学内を案内してもらったりする形とした。 3.募集~学生選考 本学内の学生募集にあたっては,募集要項を作成し,周知を図った(10月中旬〜 11月中旬)。募集条件としては,前年度の GPAが 2.3以上で,英語またはアメリカ手話(以下,ASL)の成績が B以上であることなどとした。募集にあたっては,特に英語ならびにアメリカ手話(以下,ASL)の担当教員の協力を仰ぎ,各授業にて周知いただいたほか,引率教員がいくつかの授業に出向いて研修内容を説明し,参加者を募った。この結果,4名の募集枠に対して,7名の応募があり,最終的に大学院生 2名を含む 5名が選考された。なお,このうち英語等の成績は非常に高いが,面接での回答が不十分であった 1名については,学生支援機構による補助の対象とならないことを条件に追加合格とし,本人ならびに保護者の同意を得た。なお,研修には,引率教員 2名の他に,障害者高等教育研究支援センターの教員ならびに職員各 1名が,それぞれ自身の研究・研修のために同行した。 4.事前指導と研修準備 前項の選考を経て,参加学生が決定した後,本学内で以下の研修ならびにガイダンスを行った。 4.1 ガイダンス 学生決定後,はじめに行ったのはガイダンスで,昼休みの時間を用いて学生を集め,参加者同士の顔合わせを行うとともに,表 1の説明を行った。 表1 ガイダンスの内容 ・まず準備すること(パスポート用意,英文による自己紹介文の作成など) ・冬期休業中に準備しておくこと(クレジットカード,スーツケース,厚手のコート等) ・今後の予定(ASL&英語サロン,事前研修,ワークショップ準備,帰国後の報告会など) ・事前学習のための参考文献(米国の聴覚障害教育・支援に関する参考文献,ASL学習教材等) 4.2 事前指導 1月に入ってからは,本格的な研修準備として,3回の事前指導を行った。このうち 1回目は RITの概要として,訪問先となるロチェスター市の概要や RITの聴覚障害学生への教育支援について,引率教員より講義を行った。また,3回目の事前指導の場で,学生自身に自分で調査したテーマについて発表をしてもらうこを説明し,各自希望テーマを選んでもらった。 2回目は,昨年度の海外研修に参加した学生のうち,2名の協力を得て,自身の体験を共有してもらう時間とした。参加した学生からは「ASLの勉強法は?」「小遣いはいくら必要?」「入国審査等はどうしたの?」など具体的な質問が出ており,よい学び合いの機会になったと考えられる。 3回目は,学生自身によるレポート発表の場とし,それぞれ事前に選択したテーマに応じて,各自で調査した内容を15分程度で発表してもらった。学生が選択したテーマには,「障害を持つアメリカ人法(以下,ADA)」「RITにおける教育支援」「RITにおけるアクセスサービス」などがあり,それぞれ選択したテーマについて,インターネット等を用いて十分な情報収集ができていた。 4.3 英語・ASLサロン 現地の学生とのコミュニケーションを円滑にするため,全10回に渡る英語・ASLサロンを実施した。これは,元々,留学生センター設置準備室の経費を用いて本学学生向けに開催してきたもので,今年度は,日本在住のアメリカ人ろう者で,英語や ASLはもちろん,日本手話も流暢に使用できるMartin Dale-Hench氏を講師に迎え,ASLと英語ともに1日各 3時間×10回(合計 60時間)に渡る指導を受けた。今回の参加者の中には,これまで ASLの学習をした経験のない学生も含まれており,採用時は英語や ASLでのコミュニケーションに対して,不安を抱いている様子が見られたが,これらの学習を通して現地の学生とコミュニケーションを取っていく基盤ができたものと考えられる。 4.4 ワークショップ準備 今回の研修では,RITの授業や施設等を見学させていただくほか,本学学生が RITで学ぶ学生向けにワークショップを開催する時間をいただくことができた。これは,受け入れ先の ADC(先述)の活動の一環として行われたイベントで,ADCの学生たちが毎週開催している定例会の時間(約 2時間)を使って,日本や日本手話について紹介させていただくものである。 テーマや内容は,学生を中心に話し合わせ,代表者を決めて互いに協力しながら準備を進めるように指導した。この結果,「四季」をテーマに,特徴的なイベントや文化について説明をする内容となった。また,日本手話の学習時間も設け,簡単な寸劇等を交えて日本手話の単語を紹介したり,あいさつ等の手話を指導したりすることとなった。 準備の過程では,学生達が分担して英語のスライドを作成し,引率教員がこの内容を確認した。また,プレゼンテーションはすべて ASLを用いて行うため,学生達は先に述べたASLサロンにて学習したASLを用いながら発表練習を行った。ただ,学生の多くが ASL能力が不十分で,伝えたい内容を十分に表現することができていなかったため,引率教員がマンツーマンで指導するとともに,個別に発表内容テストを行い,当日までに合格するよう繰り返し練習させた。この結果,いずれの学生もよりわかりやすい表現ができるよう自分なりに工夫するようになり,当日までに自信をもって発表ができるようになった。 5.Buddyの決定と個別スケジュールの調整 前項で述べてきた準備と並行して,本学の参加学生とRITの Buddyのペアを作成し,オンライン上でのやりとりを通じて,コミュニケーションを図った。この詳細を以下に示す。 5.1 Buddyの選考とペアリング Buddyの決定にあたっては,まず,RITの担当教員に依頼して,Buddyになることを希望する学生を募集いただいた。この結果,RITの異文化交流授業の一環で,2017年度に本学に来日した経験のある学生や前述の ADCのメンバーに声かけいただき,最終的に 8名の学生が選考された。 これらの学生には,英語で簡単な自己紹介を書いていただき,専攻や履修している授業の内容に応じて,本学学生を割り当て,ペアリングを作成した。調整にあたっては,先方の担当教員の他,ADCの学生で 2016年度に同様の研修で RITを訪れた際に Buddyとして活躍してくれた学生(以下,RIT学生リーダー)の協力を仰ぎ,彼女らの意見を聞きながら本学学生1名,RIT学生2名のグループを作成した。なお,大学院の 2名については,いずれも情報保障に関する研究を行っており,興味の範囲が類似していたこと,また,異文化交流を主目的としている学部生とは異なり,研究上の情報収集も主要な目的の一つとなっていたため,効率的に情報収集が行えるよう,院生 2名,RIT学生2名のグループとした。 5.2 コミュニケーション環境の確保 ①の要領で Buddyとのペアリングを決定した後,事前指導の項でも触れた自己紹介文を作成させて,RIT担当教員ならびに RIT学生リーダーを含む Buddyに送付した。また,LINEアプリを用いて,各ペアの LINEグループを作成し,互いにやりとりができる状況を構築した。この結果,学生達はそれぞれ簡単な英語を用いながら自己紹介をしたり,学生生活について互いに質問したりする等,自由なコミュニケーションがはかれるようになった。なお,グループ内でのコミュニケーションを見守るため,LINEグループの作成にあたっては,すべてのグループに本学側の引率教員とRIT学生リーダーが入る形とした。 5.3 グループごとのスケジュール作成 前項で述べた LINEアプリによるコミュニケーション環境を活用し,学生達には研修期間にやってみたいことをBuddyに説明して,グループごとに独自のスケジュールを作成するよう指示を出した。 この際,全員に共通する研修スケジュールの時間は,基本的にそちらを優先することとし,それ以外の時間は各々Buddyとともに行動して,彼らの授業に参加したり,サークルなど課外活動に同行させてもらったりするよう説明した。この結果,学生達はそれぞれ自身の専門に関わる授業や学内の各施設を見学させてもらったり,学内外のレクリエーション施設にて Buddyや RIT学生と交流したりするなど,独自のスケジュールを作成することができた。 なお,各々のスケジュールについては,Googleカレンダを用いて共有し,各自,変更があった場合には,LINEグループで引率教員に伝えるとともに,カレンダを修正するように指導した。作成したスケジュールの例を表 1に示す。 表2 スケジュールの例(太字は個別の予定) 3月 1日(金) 日本発→ロチェスター着 3月 2日(土) スポーツイベントへの参加ホームパーティーへの参加 3月 3日(日) Buddyとの顔合わせ,夕食会1週間のスケジュール確認 3月 4日(月) 講義「ADAと聴覚障害者の権利」授業見学「人権と国際的視点」 3月 5日(火) 授業見学「グローバルビジネス」授業見学「文化と国際化」前半の振り返り学内イベント “Richie”への参加 3月 6日(水) 授業見学「統計学入門 Ⅱ」アクセスサービス部門見学ADC学生との交流No Voice Zoneへの参加 3月 7日(木) 工学専攻の RIT学生との交流見学「ライティングセミナー」ADCワークショップの開催 3月 8日(金) 授業見学「流体力学」授業見学「電子回路 Ⅰ」研修全体の振り返りBuddyとの夕食会 3月 9日(土) ショッピング 3月 10日(月) ロチェスター発→日本着(11日(火)) 6.研修中の生活 以上に述べてきたような準備を終えて,3月1日から実際の研修が開始された。初日から2日目は,RITで聴覚障害学生のスポーツイベントに参加したり,Buddyと顔合わせやスケジュール確認を行ったりして米国の生活に体を慣らし,3日目から本格的な研修が開始された。以下,研修の様子について概要を示す。 6.1 研修期間中のルール 研修期間中は,毎日,朝と夕方にホテルのロビーにて顔を合わせ,1日のスケジュールについて確認するとともに,その日の振り返りを行った。また,1日の終わりには,その日行ったことを日報にまとめさせ,翌朝,引率教員に提出するよう求めた。これらのレポートや学生達が撮影した写真は,それぞれ GoogleドライブとLINEのアルバム機能を用いて共有し,互いの体験から学び合える体制を作った。加えて,研修の 4日目と7日目には,本学学生を集めて振り返りの時間を設け,研修中に得た体験を共有するとともに,残された課題を確認した。 なお,研修期間中は,表 2に示すルールを徹底し,日本語ならびに英語で資料を作成して全員に配布した他,事前指導と渡米後の顔合わせの際に口頭でも説明を行った。 表3 研修期間中のルール 1. 滞在中は,常に「いつ」「誰」と「どこに」いるのか?を明らかにすること。 ①予定が変更になったら,Googleカレンダに書き込むとともに,LINEで知らせること。 ②ホテルを出る時,場所を移動する時,ホテルに戻った時,何かトラブル等があった時には必ず LINEで知らせること。 2. キャンパスの外を歩くときには,必ず Buddyと一緒か日本人グループ 2人以上で行動すること。特に,4時半以降の独り歩きは危険なため,必ず複数名で行動すること。 3. Buddyとキャンパス外に出かけるときには,必ず教員の許可を得ること。特に,キャンパスから遠く離れる場合には,必ず日本人 2人以上で一緒に行動すること。 4. 食事や買い物は,必ず自分で支払うこと。 5. 疲れたときには,周りに合わせることなく早めに休息時間を取ること。場合によっては,予定をキャンセルしてもいいので無理をしないこと。 6. 日本人グループのミーティングには,特別な場合を除いて必ず参加すること。ただし,事前に教員の許可を得ている場合を除く。 7. ホテルに戻ったら,日報を書き,翌朝のミーティング時に教員に提出すること。 8.帰国後は,研修全体の感想をレポートにまとめて提出すること。また,帰国報告会もあるため,必要な写真やメモを残しておくこと。 9. 人物の写真を撮影する時には,必ず Buddyやその場の人に撮影していいかを確認すること。 10. 人種や宗教,政治等,プライバシーにかかわる話題には注意すること。 6.2 Buddyとの交流の様子 前項でも説明した通り,学生は研修 2日目にそれぞれのBuddyと出会い,自己紹介やスケジュール確認をした後に,3日目より実際に Buddyとともに大学生活を体験した。この結果,学生の中にははじめから積極的に Buddyと関り,自分の希望も伝えながら充実した研修を送れている者もいたが,中には,顔合わせの際に Buddyと十分なコミュニケーションが取れず,予定も曖昧なまま分かれてしまった結果,翌日,何をすればよいかわからずに時間を無駄にした例も生じた。しかし,引率教員のサポートで改めて Buddyと話し合う時間を設けた結果,より確実にコミュニケーションを取る姿勢が芽生え,その後の研修成果にも繋がったと考えられる。 また,個別での活動時間が多くなることから,研修期間中はどこで誰と一緒にいるのかを明らかにさせ,常に連絡を怠らないように指導していたが,研修前半はこうした約束事についても守れない状況が散見された。このため,学生達にはその都度問題を指摘し,どう行動すべきなのかを考えさせた結果,最終的には,一人一人が自覚を持って行動できるようになった。 このように,多少の問題点は発生したものの,学生達は総じて Buddyとのコミュニケーションを積極的に楽しみ,視察後半には涙で別れを惜しむなど,非常に深い人間的交流ができたと考えられる。 6.3 全体での研修の様子 本研修では,Buddyとともにそれぞれ大学生活の様子を学んだ他,研修参加者全体で米国文化や RITにおける聴覚障害学生への教育・支援について学ぶ機会も得た。この内容を以下に示す。 6.3.1 講義「障害を持つアメリカ人法(以下,ADA)と聴覚障害者の権利」 研修 3日目には,米国における聴覚障害者への教育支援について学ぶための基礎知識として,「ADAと聴覚障害者の権利」に関する講義をいただいた。これによると,米国では ADA成立以前からリハビリテーション法があり,障害者の差別は禁止されていたが,雇用分野をはじめとして十分な権利保障に至っていない分野があった。この為,大規模な抗議運動が起こり,それが後押しとなって ADAが成立したとのことである。ADAでは「雇用」「公的サービス」など 5分野に渡る差別禁止が謳われており,障害者本人のみでなく,身近にいる家族等も権利擁護の対象に含まれているとのことで,日本にはない発想に学生たちも新鮮な驚きを感じている様子だった。 6.3.2 アクセスサービス部門における情報保障支援 アクセスサービス部門は,RIT全体の聴覚障害学生への情報保障支援を担当している部門で,見学時にはそのサービス概要についてお話を伺うことができた(図 1)。提供している支援は,手話通訳と文字通訳,ノートテイクであり,手話通訳者及び文字通訳者は,専任職員として雇用されていた。手話通訳者は約 150名おり,授業などの学術的な場面のみでなく,クラブ活動や夜間の緊急時にも対応しているとのことだった。また,手話通訳をする上で必要な手話単語の確認のため,「ASLCORE」というWebサイトが構築されていたり,ASLコンサルタントと呼ばれる学生(面接試験を合格した RITの聴覚障害学生をアルバイトとして雇用)が毎日待機して,授業前などの時間に専門用語などの手話を確認できたりする体制が構築されていた。 一方,文字通訳者は約 60名おり,1週間に700〜1000時間の支援を提供していた。以前は「C-Print(音韻に基づく略記入力方式を採用)」と呼ばれるソフトウェアが用いられていたが,現在は「Typewell(スペルに基づく略記入力方式を採用)」が主流となっていた。Typewellでは,辞書登録を使用することで,数式や化学式なども表示でき,スペルに基づく入力になっているので,初心者でも覚えやすいとのことだった。トレーニングはオンラインで在宅から行うことが可能で,全体的な情報保障者の意識も高く,非常に質の高い情報保障が提供できていると感じた。 図1 講義を受けている様子 6.3.3 Center on Access Technology(CATセンター) 聴覚障害者のための支援技術について研究しているセンターで,我々の来訪時には,Microsoft社が開発した音声認識 /翻訳エンジンである“Translator”を用いて情報保障を行うため研究を紹介いただいた。研究グループには,聴覚障害当事者も中心的な立場で加わっており,開発したシステムを実際に使用した結果を Microsoft社にもフィードバックしているとのことで,このデータがソフトウェアの改修にも反映されているとのことだった。このように現場の声が直接開発企業に届き,その製品開発に影響を与えていることには学生一同も大変刺激を受けた様子だった。 6.3.4 Gerry Buckley先生との懇談 研修の合間には,RIT/ NTIDの学部長で自身も聴覚障害当事者の Gerry Buckley先生にお目にかかり,懇談をさせていただいた。Gerry先生曰く,「世界中には十分な教育を受けることができず,社会参加ができない聴覚障害者が大勢いる。だからこそ,大学に進学し,高等教育を受けている君たちの役割は大きいはず。今後世界を変えるリーダーとして活躍するためにも,在学中に多くの知識を吸収して欲しい。」とのことだった。短い時間ではあったが,長年,NTIDを支えてきた先生の言葉はすごく重く,非常に有意義な時間となった。 6.3.5 課外活動や生活体験 滞在中には,RIT内の課外活動にもいくつか参加させていただいた。まず,学生全員が音声ではなく,手話で交流する「No Voice Zone」,演劇の授業の一環で,聴覚障害学生と健聴学生がともに舞台を作り上げる演劇の練習会,それから先述の ADCの定例会などである。このうち,ADCでは,本学の学生が,渡米前から準備を進めてきたワークショップを担当させていただいた。当日は,参加した現地学生からもたくさんの質問があり,発表後も楽しく交流できたことで,初めは緊張していた本学の学生も積極的にコミュニケーションを取ることができた。 図2 ADCワークショップの様子 また,学生の中には,空き時間に RIT内にある施設でボルダリングを体験したり,学外のゲームセンターや映画館に行ったりするなど,授業を離れて現地の生活を楽しむ様子も見られた。このうち,映画館に行った学生達は,日本ではまだなじみの薄いヘッドマウントディスプレイを用いた英語字幕システムを体験することができたとのことだった。しかも,システムの不具合で映画の最中に何度か字幕が途切れ,内容がつかめなかったとのことで,現地の学生は終了後,スマートフォンを用いてこの状況を説明する文章を入力し,それを見せながら映画館のスタッフと交渉して,代金を返金してもらったとのことだった。日本人なら泣き寝入りしてしまうであろう場面で,このように自ら働きかけをする姿に学生達も感服した様子だった。 7.研修での学生の成長と課題 本稿では,国際交流加速センター事業の一環で実施した米国東部研修の概要と成果について,特に Buddyシステムの導入を中心に概説してきた。最後に,研修を通した学生の成長と課題について所管を述べることで,本研究の考察に代えたい。 前節までに述べてきたように,今回の研修の目的は国際交流と異文化体験であるが,筆者は,渡航前後でそれぞれ異なる教育上のねらいがあったものと解している。すなわち,渡航前の研修準備では,ワークショップにおけるプレゼンテーション準備を通じた,学生同士のチームワーク能力や協調性の向上が,渡航後は Buddyとの交流を通じたコミュニケーション能力および問題解決能力の育成である。 渡航前に学生主導で日本の四季を主題としたプレゼンテーション準備や発表練習を十分に行い,先方の学生に大きなインプレッションを与え,賞賛を受けたという結果をみれば,努力が結実するという成功体験は,学生の成長に大きく寄与したといえるだろう。帰国後の学生との会話でも,ことばの端々にポジティブな姿勢が垣間見え,あるいはプログラミングといった専門教科に打ち込む学生の姿を見ても,今回の研修の成果が表れていると感じる。 コミュニケーション能力に関しては,学生個人の気質が反映されることもあり,いささか懸念があったが,学生はそれぞれ自ら相互理解のための努力を怠らず,精一杯頑張っていた。とりわけ対人関係に気後れしがちな学生に対しての危惧があったものの,研修期間の半ばには積極的な行動が見られるようになった。 今回の研修では,相互のコミュニケーションの利便性を高めるために LINEを積極的に利用したが,チームワーク能力の育成段階にある学生に対しては,直接顔を合わせる機会を増やし,十分な訓練を行う余地があったかもしれない。また,米国滞在中は日報の提出を義務付けたが,いわゆる感想文的な記述が多かったことから,日米の文化の違いを考えさせるような指導が不足していたと感じている。文化の差異がなぜ生まれるのか,研修中の生活での些細な気づきから,文化や社会制度の違いについてもう少し踏み込んだ考察を行わせたかったと考えている。 8.まとめ 本稿では,聴覚障害学生を対象とした異文化交流授業の実践について概観してきた。本稿で述べたような海外研修の機会は,他の大学で実施できる類のものではなく,本学事業の中でも非常に特色ある取り組みの一つと言えるだろう。今後,より多くの学生にこうした機会を与えていくためにも,引き続き,研修のあり方を模索していきたい。 謝辞 本研修に際して,多大な協力をいただいた RITの関係者の皆様に心から感謝致します。また,学生の研修参加に際しては,筑波技術大学基金ならびに日本学生支援機構から助成金・奨学金をいただきました。 参照文献 [1]白澤麻 .ロチェスター工科大学アクセスサービス部門に見られる手話通訳支援の概要 その1─ きめ細かなサービスを支える組織とコーディネート体制 ─ . 2014; 22(1): p.78-82. Enhancing International Awareness of Deaf or Hard-of-Hearing Students Through an International Exchange Program in the Eastern United States SHIRASAWA Mayumi1), KOBAYASHI Akio2), YOSHIDA Miku1), ISODA Kyoko1) 1)Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology 2)Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology, Tsukuba University of Technology Abstract: From March 1-11, 2019, the Rochester Institute of Technology (RIT), with whom we have an inter-university agreement, hosted an 11-day cross-cultural exchange program in the eastern United States. Before the program began, we tried to improve participants’ readiness by offering some pre-program training sessions such as preparatory classes and English/ASL salons. We also tried to enhance participants’ teamwork and cooperation skills by preparing a workshop that we offered RIT students during the program. Moreover, we adopted a “buddy system” for this program, in which participants were paired up with two RIT students as “buddies” and experienced RIT campus life together. This system enabled the participants to gain a deeper understanding of one another, and led to their growth in terms of both communication and problem-solving skills. Keywords: Deaf or hard-of-hearing students, International exchange program, International exchange program in the eastern United States, Rochester Institute of Technology