舞台演劇における手話通訳パターン分類 萩原 彩子(筑波技術大学) 廣川 麻子(NPO法人シアターアクセシビリティネットワーク) 米内山 陽子(劇作家・演出家) 1.はじめに  2018年6月に障害者文化芸術活動推進法が施行され、障害のある人々の文化芸術活動への支援施策が進みつつあり、今後この分野における手話通訳ニーズが高まっていくことが予想される。しかしながら、文化芸術分野、特に舞台演劇における手話通訳(以下、舞台手話通訳)付き公演の実施数はまだ多いとは言えない状況である。さらにはどのように舞台手話通訳が行われたかの記録が掲載されたデータベース等も存在していない。そこで本研究では、舞台手話通訳の導入を検討している劇団や依頼を受けた手話通訳者らが、実施方法を具体的に検討する際の参考となる情報を提供することを目的として、舞台手話通訳における通訳担当者の人数・分担、および位置・動きといった形式・スタイルについて整理し、そのパターンを分類する。   2.対象および方法  2016年度から2018年度に実施された舞台手話通訳のうち、筆者らが実際に観劇し、確認できたもの11作品を対象に、以下の点に着目して分類した。 ①対象作品の上演時間 ②実施時の通訳担当者の人数・分担(人数、同時登壇人数、分担方法) ③位置・動き(位置の固定、立ち位置、立位・座位)  なお、本研究においては、対象作品や手話通訳者が特定されないよう匿名化して記録した。 3.結果と考察 作成した一覧を表1に示す。まず通訳担当者の人数については、1名が最も多く、2名または3名で実施された作品もあった。上演時間が比較的短い作品を複数名で担当した場合もあれば、長時間に及ぶ作品を1名で担当した場合もあるため、人数の決定には上演時間の以外の要素(おそらく内容や登場人物の人数、台詞のテンポ等)が考慮されていることがうかがえた。 また通訳担当者が複数名だった場合の同時登壇人数は最大で2名であり、登場人物によって担当を決めて分担していた。一方登壇が1名の場合は、暗転等のタイミングで交代していた。前者を「話者交代」、後者を「場面交代」とした。 次に通訳担当者の立ち位置については、場所を定めて行ったものが多くを占めたが、場面の状況に応じて移動しながら行ったものも4作品で見られた。前者を固定型、後者をムーブアラウンド型とした。他に、原則固定型で途中で立ち位置を変更したものもあった。固定型の場合の立ち位置は、上手・下手が多くを占め、中央は1件のみ(他途中移動1件)であった。またほとんどの通訳は舞台上で行われたが、舞台下で行われたものも1作品あった。舞台下の場合照明が通訳担当者に当たりにくく、見やすさを考えるとやはり舞台上で行われることが多いのではないかと推測される。他、ほとんどは立位であったが、1作品座位で行われたものもあった。その作品は演者も座位で朗読する内容であったことから演者とのバランスを考慮したものと考えられる。  対象作品における舞台手話通訳の、作品への関与の度合いから考えると、例えば上手や下手で行う場合は作品と若干切り離された空間で通訳を行う状況になるが、中央やムーブアラウンド型のように役者の動きの中に入り込み、より作品に関与した形で行うことになる。このことから前者を「額縁型」とし、後者を「内包型」として分類したところ、額縁型が5作品、内包型が6作品であった。  これらの分類をもとに、舞台演劇における手話通訳パターンを図1にまとめた。  額縁型の場合、役者との動きの「合わせ」が少なくて済み、劇団側にとって導入しやすいのではないかと思われるにもかかわらず、内包型が半数で見受けられたことは大変興味深い。まだ日本では舞台手話通訳の実践数そのものが少ない分、舞台手話通訳を導入する劇団自体が新しいことにチャレンジする姿勢を持っており、よりチャレンジングな内包型を受入れているのではないかと考えられる。舞台手話通訳は、作品の世界観を壊さずに行うことが重要である(萩原(2018))が、その両立を目指した取り組みが今まさに進んでいると言えよう。   表1 対象作品における舞台手話通訳記録 図1 舞台演劇における主な手話通訳パターン分類    まず、上段で述べたように、舞台手話通訳のタイプは、作品への関与度によって、内包型か、額縁型かに大きく分けることができる。  さらに、舞台手話通訳の実施方法を検討するにあたっては、通訳担当者の「位置・動き」および「人数・分担」も重要な要素となる。まず位置・動きについては額縁型であれば舞台上か下か、上手か下手か、立位か座位かなど、適切な立ち位置とあわせて、途中移動すべきか、それが可能かどうか等を劇団側と相談しながら決めていく必要があると言える。内包型であれば、中央に固定するのか、ムーブアラウンド型とするかが大きな分岐となるが、適切な立ち位置に加えて、舞台上でのふるまいについても、劇団側と十分な確認が必要となるだろう。また、人数・分担については、特に複数名で行う場合、同時登壇人数や分担方法について検討する必要がある。  なお、この分類は舞台手話通訳導入の検討にあたって参考になるよう、これまで行われてきた舞台手話通訳を分類したものであり、その方法や形式を狭めるものではない。舞台手話通訳は劇団等との協働で、いかようにも工夫・創造できるものであることから、本研究を参考として活用いただきつつ、今後も実践が積み重ねられていくことを期待したい。 (本研究はJSPS科研費16K16740の助成を受けたものである)