第14 回アイオワ大学研修報告 井口正樹 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 要旨:国際交流加速センター活動の一環として,アイオワ大学(米国アイオワ州アイオワシティー)での海外研修が令和元年9月に行われた。今回の研修には理学療法学専攻から2 名の学生が参加し,11 日間行われた。研修内容は,授業参加,研究室訪問,医療施設見学などであった。さらに,アイオワ大学の幅広い教育分野を活かし,理学療法学科以外の授業にも参加することができた。参加学生は,勉学に対し積極的な現地学生の態度を肌で感じて,自主的に学ぶことの重要性を改めて認識でき,短い期間ではあったが,有意義な研修であった。 キーワード:国際交流,異文化コミュニケーション,リハビリテーション 1.はじめに 米国の理学療法は世界で最も進んでいると言っても過言ではない。日本理学療法士協会は平成28 年に50 周年を祝ったのに対し,米国のそれは令和3 年で100 周年を迎える。理学療法士の養成教育は,日本では専門学校・短期大学・大学で主に高卒の学生を対象に行われているのに対して,米国では大卒の学生を対象に専門職大学院で行われている。このように米国の理学療法は優れているが,その米国の理学療法士養成施設の中でもアイオワ大学はトップレベルで,本学と大学間交流協定を締結しており,また本学卒業生を博士号取得まで導いた実績がある。今回,第14 回としてアイオワ大学で研修が行われたので以下に報告する。 2.活動の目的 国際交流加速センター事業の一環として,リハビリテーションを含む医療分野で特に優れる総合大学であるアイオワ大学を訪問し,授業参加,医療施設訪問,研究室見学,現地学生との交流・情報交換などを通して,見聞を広め,また向上心を高めることで,将来の本学での学業や学生生活,医療人としての将来像を描くことを目的とした。この研修への参加をきっかけにして,今後,アイオワ大学に留学を希望する本学の学生が出てくれればとも期待している。また,本研修は特設科目「異文化コミュニケーション」として1 単位が認定される。 3.参加学生,引率教員選定 国際交流加速センター運営委員会が定める学生募集要項に従い,学部生では保健科学部2 〜4 年次を,院生では保健科学専攻を対象に周知した。その結果,派遣人員2 名に対し2 名の応募があった。成績,応募動機,クラス担任の推薦状の書類審査を行い,2 名とも基準を十分に満たしていたため,応募のあった学生2 名を派遣学生と決定した。2 名は,工藤綾乃と千葉翔太(いずれも保健科学部保健学科理学療法学専攻3 年)であった。 引率教員は,大学間交流協定の本学側世話人でアイオワ大学を卒業している井口と,理学療法学専攻で3 年次担任の松井康助教が派遣された。 4.研修期間・主な研修施設とその概要 令和元年9 月5 日(木)に出国し,9 月15 日(日)に帰国した。うち移動日を除く実際の研修期間は6 日(金)~ 13 日(金)であった。 主な研修先は,米国アイオワ州アイオワシティーにある,アイオワ大学医学部理学療法・リハビリテーション科学学科(Department of Physical Therapy & Rehabilitation Science) であった。この学科にはDPT(Doctor of Physical Therapy)プログラム(2 年半)とPh.D. ( Doctor of Philosophy)プログラム(平均約4 年)があり,どちらのプログラムも入学するには学士が必要である。前者は,将来,理学療法士(PT)を目指す学生が入学する。後者はリハビリテーションの分野で研究者・教育者を目指す学生が入学する。本研修では,授業参加では主にDPT プログラムの授業に参加し,研究室訪問では主にPhD プログラムの学生が対応してくれた。 5.事前研修・出発  3回にわたり本学保健科学部キャンパスにて,事前研修を行った。事前研修では,渡米時・入国時の注意点やアイオワ州やアイオワ大学の概要を井口が説明した。また米国での理学療法教育システムや英会話練習,井口が担当する選択科目の「医学英語」への参加,事前に入手した情報・配布資料に基づいた参加予定の授業の予習,学生への課題である英語による発表の練習・指導などもここで行った。加えて,学生には,ネイティブスピーカーと会話する機会が得られる英語ラウンジ(English Lounge)に積極的に参加するよう促した。 6.研修内容 6.1 体験授業  今回の研修ではDPTプログラムから4コマ,健康と生理学学科(Department of Health & Human Physiology)から1コマ,ESLプログラム(English as a Second Language)から1コマの計6コマの授業に参加した。  DPTプログラムの授業は,体表解剖学(Surface Anatomy),症例による学習(Case-based Learning),筋骨格系治療学(Musculoskeletal Therapeutics),そして医療における活動依存性の可塑性(Activity-based Neural and Musculoskeletal Plasticity in Health Care)に参加した。1年次学生対象の「体表解剖学」は,理学療法の基礎ともなる触診を主に教えていた。今回は主に首周辺の骨を体表から触って見つける練習をしていた。授業担当教員のケリー・サス(Kelly Sass)先生に加え,2年次の先輩学生5,6人がティーチングアシスタントとして参加しており,下級生を教えていた。実習では,本学学生が現地学生の触診をする,などの交流を持つことが出来た(図1)。「症例による学習」は,同じく1年次対象で,1学年40人を6人ほどの小グループに分けて行われていた。まずスライド1枚目には,「肩関節に痛みを訴える女性」という非常に漠然としたタイトルのみが書かれており,学生はあたかもこれからこの患者と医療面接をするかの如く,どの様な情報を患者から聞き出す必要があるか,各自,発言していた。その後,短い医療面接の動画を見て,その女性が工場勤務であることは分かったが,具体的な痛みの場所がまだ分からない,といった具合に,何が分かって何がまだ分からないか,などを皆で話し合っていた。最終的に,工場勤務で起こりうる反復動作に伴う肩の損傷にはどの様なものがあるか?などの疑問をいくつか挙げていき,それらの疑問を各学生が調べてきて,次回,発表する,という流れであった。教員の役割はあくまでもファシリテーターとしてのみで学生主体で授業が進められていた。アメリカでは新学期が秋に始まるため,この時点では1年次はまだ数ヶ月しかDPTプログラムに所属していないこととなるが,それにも関わらず非常に活発な議論がなされており驚かされた。このことについて後で学科教員に話したところ,中には既にアスレチックトレーナーの資格を持ち働いた経験のある学生もいるからだろう,とのことであった。「筋骨格系治療学」は2年次学生が対象であり,今回は肩関節の解剖学・運動学を復習する講義の後に運動療法の実技があった。実際に本学学生の2人も,授業担当教員のデイビッド・ウイリアムズ(David Williams)先生指導の下,運動療法を体験した(図2)。「医療における活動依存性の可塑性」は,神経・筋(肉)・骨格系が活動の増加(運動)あるいは活動の減少(疾患や病気による活動量減少)でどのような変化が見られるか,を主なテーマとして運動制御や遺伝子レベルでの変化も含め,幅広く学べる科目である。本科目は完全な反転授業で,学生は授業担当教員で学科長でもあるリチャード・シールズ(Richard Shields)先生が事前に渡す数多くの学術論文(リーディングパケット)を最初に読み,オンラインで視聴可能な講義を受けた後に,授業に参加する。 (写真) 図1 体験授業「体表解剖学」の様子DPT1年生の触診をしている本学学生。 (写真) 図2 体験授業「筋骨格系治療学」の様子授業担当教員から,指導を受けている本学学生。 (写真) 図3 研究室訪問の様子運動制御の研究室を訪問し,研究内容などの説明を聞いた。 (写真) 図4 施設見学の様子大学附属のスポーツ医学クリニックを訪問し,機器を体験している本学学生。  健康と生理学学科の「運動生理学(Exercise Physiology)」の授業では,将来PTを目指す学部生が主に受講していた。  講義内容は運動中の生体エネルギー(bioenergetics during exercise)であり,かなり詳細なメカニズムなどについての講義であった。  最後に,ESLプログラムの授業であるが,英語を母国語としない留学生が受講していた。米国留学を成功させるためには,英語能力は高ければ高いほど良いが,英語能力が不十分な場合でも,とりあえず語学学校に入学して,まずは英語力向上にのみ集中することもできる。  どの授業でも共通して言えることは,学生の自主的な発言が多く,良く話を聞いている・勉強していることが見てとれたことだ。学生からは質問のみではなく,確認させてほしい,という内容の発言もかなり多かった。こういった質問や確認は,おそらくその発言した学生のみが聞きたいことではないので,クラス全体にとって有意義であると考える。 6.2 研究室訪問  今回の研修では,運動制御,歩行,心臓血管系,神経系と様々な理学療法学分野の研究室を訪れることができた。説明してくれたのは,研究室のディレクター(理学療法学科の教員),研究室に在籍する博士課程の学生,或いは博士研究員であった。見学内容は,学部生である派遣学生にとって難しかったが,研究で使用する様々な計測機器を触れる・体験するなどができ,細やかな配慮をしていただけた(図3)。 6.3 医療施設見学 医療施設見学では,大学附属病院,大学附属スポーツ医学クリニック,大学附属子供病院,そして理学療法士が開業しているクリニックを訪れた。附属病院,子供病院,スポーツ医学クリニックでは共通して遊びながらリハビリが行えるような設備があったのが興味深かった(図4)。子供病院では病室はすべてが個室となっており,各病室には大きなスクリーンがあり,ゲームなどのエンターテイメントに加え,その病室の子供に有益と思われる動画などをスタッフは入れることができ,患者教育に役立てていた。理学療法士が開業しているクリニックではスポーツクラブも併設されており,理学療法は終了したが健康維持・増進のために運動を続けたい方はそのスポーツクラブで自主的に運動が出来る。PTは朝7時から行っているとのことで,仕事・学校の前に利用する方も多いとのことであった。またこの施設ではPTが鍼治療を行っていた。アイオワ州ではPT,アスレチックトレーナー,カイロプラクターを対象に3日間の講習会が行われており,受講することでPTでも鍼治療が行える。PTには中核となる運動療法のほか,物理的手段を用いる物理療法も構成要素としてあり,温熱療法や医療マッサージがこれに含まれる。鍼治療もこの物理療法の一環として行われており,PTが行う鍼治療は西洋医学に基づき,痛み軽減,リラクゼーションや関節の可動域改善などの目的で行われていた。 6.4 その他  学生は課題であった英語での発表を2回行った。1回目は練習をかねて昼休みに昼食を食べながらカジュアルに博士課程の学生や博士研究員の前で,2回目はシールズ先生の授業時間をいただき,DPT2年生の前で(図5)行った。発表内容は2回とも同一で,学生2人はそれぞれ自身で選んだ,「高校野球」と「スポーツから学んだこと」をテーマに発表した。シールズ先生の授業内での発表では,学生の発表に加えて,井口が本学の紹介や大学間交流の経緯,視覚障害などについて発表した。 (写真) 図5 学生によるプレゼンテーションの様子DPT2年生の前で,プレゼンテーションを行っている本学学生。  その他,例年同様,障害学生支援センター(Student Disability Service)にて,障害を有する学生への対応について説明を受けた。また,附属病院眼科の視覚リハビリテーション科学(Vision Rehabilitation Science)では,米国で視覚障害者がどのような職業に就くか,等の説明を受けた。また,アイオワ大学医学部教授で医師として大学病院に勤務している木村淳先生と山田徹先生にもお会いできた。大変気さくにお話ししていただき,長きにわたるアイオワ生活の話をお聞きできて幸いであった。加えて,平成28年に本学で行われた第16回国際シンポジウムの招聘講演者の一人であるカーク・クルーバー(Kirk Kluver)氏(アイオワ大学 入試担当事務局長)にもお会いした。カーク氏からはVIPと記載された名札をいただき,それを利用して最も新しくきれいな学生宿舎のカフェテリアで食事をしながらアイオワ大学の学生について様々な話が聞けた。アイオワ大学では受験を考えている高校生がオープンキャンパスなどで来学した際に,キャンパス上の食事やフィットネス施設を無料で利用できるこのVIPネームタグを与えているとのことであった。その後,大学の図書館やフィットネス施設も見学させてもらった。本学学生は,アイオワ大学の学生がどのような生活を送っているかの雰囲気が感じられた。またESLプログラム長のモーリン・バーク(Maureen Burke)先生と会話する機会も得た。先生はESLの先生らしく,ゆっくりとわかりやすく学生に話しかけてくれ,本学学生は試行錯誤しながら一生懸命,英語で答えていた。そして研修最終日には,シールズ学科長より,修了証書をいただいた(図6)。 (写真) 図6 研修修了証書授与の様子アイオワ大学での研修最終日に,シールズ学科長より,研修修了証書をいただいた。 7.参加学生(代表)の感想(「基金への感謝のことば」より抜粋,原文のまま)  現地で本場の理学療法士をみて学べるチャンスを頂き,素晴らしい財産となりました。最先端の論文を元に授業を行い,それについてのディスカッションが盛んで驚きがあったり,各研究室には最先端の設備が備えられていたりと日本ではない光景を間近で体験することができました。このような機会は,日本での勉強だけでは体験できるものではありませんでした。現場の空気感を肌で感じ,様々な研究をしている方との話を間近で聞き,とても良い刺激になりました。今後の学習への取り組み方やモチベーション向上,卒業後の進路などの選択肢が幅広くなったと感じ,素晴らしい経験となりました。 8.得られた成果と課題・まとめ  1つ目の課題は,今回の研修に限ったことではないが,学生の英語に対する準備不足がある。PTの研修であるため英語はできなくてもよいと考えているのかもしれないが,教員の立場からすると,せっかくのアメリカでの研修なので少しでも英語を勉強して少しでも多く現地の学生やスタッフと交流して欲しい。前々から学生には派遣が決定した時点で英語ラウンジを積極的に利用するように勧めているが,利用回数が少ない。今後は可能な限り利用する日時を調節して,実際にネイティブスピーカーとの会話を教員が確認する必要があると感じた。  また,研修後に本学で報告会を主に学生対象に行っているが,徹底した周知にも関わらず残念ながら参加率が低い。今後は修学基礎Bの一環として参加を義務付ける,なども考える必要がある。  本研修は,学生にとって良い刺激となったと思われる。活発に発言するアイオワ大学の学生とともに授業を受け,最新の情報を体験授業や研究室訪問から得ることが出来た。英語が出来ることで,どれだけ自身がアクセスできる情報の量が増すか,肌で感じられたと思う。この短い研修が直接何かの役に立てば幸いではあるが,むしろ今までの学習態度を改善するきっかけとなったり,今後,何かに挑戦する際に本研修での経験が役立つことを期待する。 The Fourteenth Study Tour to the University of Iowa IGUCHI Masaki Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: In September 2019, a group of four (two students and two faculty members, all from the Department of Health) visited the University of Iowa for eight days in order to participate in a study tour. The tour involved participation in physical therapy classes, visits to hospitals, clinics, and research laboratories, and meeting and exchanging of information with students at the University of Iowa. The tour also included a visit to the newly opened Children’s Hospital on campus. Although the study tour was short, the students from Tsukuba University of Technology were able to meet the very hardworking Iowa students and observe advanced approaches in rehabilitation. These experiences greatly encouraged those who participated in the tour. Keywords: International exchange, Cultural diversity, Rehabilitation