聴覚障害のある女性をめぐる多様な働き方やライフスタイルの実態把握に向けて ─ 2 テーマ「キャリア」と「発達障害」を取り上げたセミナーを通して見えてきたもの ─ 小林洋子 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 要旨:聴覚障害のある女性をめぐるさまざまな働き方やライフスタイルの実態を把握し,職場や地域社会などで直面する課題や改善策などについて模索していくことを目的とし,セミナーを開催した。「キャリア」と「発達障害」の2 テーマを取り上げ,レクチャーとグループワークおよび全体交流会を通して,活発な情報交換と参加者間の交流を行い,聴覚障害のある女性をめぐる多様な働き方やライフスタイルの実態把握に向けた議論を深める機会となった。 キーワード:聴覚障害,女性,キャリア,発達障害 1.背景と目的 政府による国連障害者権利条約の批准をはじめ,障害者差別解消法や改正障害者雇用促進法の施行をきっかけに,障害者はもとより障害のある女性が受ける複合的な差別への関心も高まってきている。近年は,少子高齢化に伴う生産人口の減少や共働き世帯の増加,育児や介護の両立など,働く人のニーズの多様化に伴い,多様な働き方やライフスタイルを実現する環境作りが注目されてきている。一般的に女性は生涯にわたるライフステージにおいて,仕事・出産・子育て・介護など,その都度起こるライフイベントの影響を受けやすいと言われている。 障害のある女性は,個々人のさまざまなライフイベントに加えて女性そして自身の障害を持つことの複合化により,様々な課題を抱えていると言われている。しかしながら,このような課題について聴覚障害のある女性当事者より語られてはいるものの,学術的な検討はあまり見られておらず,社会的にもほとんど認識されていない。また,聴覚障害のある女性が障害者として自立して社会生活を営む力を育むだけではなく,実生活におけるライフステージ全体を通じて必要な学 習を継続的に行うことが望まれているものの,聴覚障害のある女性に配慮したキャリア開発や取組みはほとんど検証されていない。 本研究では,聴覚障害のある女性をめぐるさまざまな働き方やライフスタイルの実態を把握し,職場や地域社会などで直面する課題や改善策などについて模索していくことを目的とした。最終的には,聴覚障害のある女性が生涯の各ライフステージにおいて必要とされる個人の生活や社会生活を自立して生きるための必要な知識やスキルを身につけ,実生活で実践するための効果的な学習プログラムの開発につなげたいと考える。 2. セミナーの概要 聴覚障害のある女性をめぐるさまざまなライフイベントの実態を把握するべく,今回は「キャリア」と「発達障害」の2 テーマを取り上げたセミナーを開催し,職場や地域社会などで直面する課題や改善策などについて幅広く模索していくことを目的とした。 本企画の開催にあたり,本学がこれまで蓄積してきている聴覚障害関連団体との連携性やネットワークを活用し,効果的な学習プログラムを提供するための実施体制を構築することも考慮した。企画構成にあたっては,聴覚障害のある女性が中心となってエンパワメント推進などに取組む団体でもある「Life Styles of Deaf women」および「でこぼこコーダ」の代表たちと話し合いを重ね,テーマと内容を検討した。題材は「ろう・難聴(聴覚障害)女性の視点からキャリアデザインについて考えてみよう」とし,レクチャーとグループワークおよび全体交流会を行う構成とした(表1)。 表1 セミナーの構成 第1 部:レクチャー 13:00~14:00 テーマ1:働くろう難聴女性を取り巻く環境 ~当事者へのインタビュー調査等を通して~ テーマ2:ろう難聴児のでこぼこって? ~発達障害の視点から~ 第2 部:グループワーク 14:00~15:00 テーマ1:セルフイメージを上げて,自分らしい働き方やキャリアを考えてみよう テーマ2:なんらかのハンディのある子どもをもつろう難聴母親の育児について話し合ってみよう 第3 部:全体交流会 15:00~16:00 参加対象は,聴覚障害のある女性のほか,聴覚障害のある女性の働き方やライフスタイルに関心のある方などを対象とし,講師と参加者との交流や共同学習を行う機会を設けることにした。なお,今回初めての取組みであったため,案内チラシ作成(写真1)や学内HPへの案内の他に関連団体への案内周知にも力を入れた。 (写真) 写真1 案内チラシ 3. 実施報告 2019年2月24日日曜日に都内の貸会議室を会場として実施した。社会で活躍する聴覚障害のある女性をはじめ男性および本学卒業生数人も含め,計35名の参加があった。 3.1 第1部:レクチャー  第1部のレクチャーでは,参加者全員が聴講する形で,まず開催趣旨について説明をした。開催趣旨の内容は下記の通りである。 ・聴覚障害のある女性が生涯のライフステージにおいて必要とされる個人の生活や社会生活を自立して生きるために必要な知識やスキルを身につけ,実生活で役立てていただく。 ・本講座への参加を通して,参加者どうしで情報交換を行い,頭の中や考え方の整理を通じて,自分の基盤となる価値観をじっくりと見つめ直していただく。 ・参加者同士の交流を行い,ネットワークを広げることで理想的な将来へ向けたキャリアプランについて考えていただく。  続いて,本セミナーのテーマであるキャリアと発達障害について,それぞれ「働くろう難聴女性を取り巻く環境〜当事者へのインタビュー調査を通して」,「ろう難聴児のでこぼこって?〜発達障害の視点から〜」というタイトルで,情報提供を行った(写真2)。 (写真) 写真2 第1部のレクチャーの様子 3.2 第2部:グループワーク  続く第2部では,キャリアと発達障害それぞれのテーマに分かれてグループワークを行った。事前にメールによる申込を受け付ける時点で,参加希望者にキャリアと発達障害,どちらのグループワークへの参加を希望しているか聞きとりを行い,当日はすぐにそれぞれのグループワークに参加していただけるようにした。 3.2.1 グループワークの流れ  グループワークの流れについては,まず自己紹介をしてもらった後に,テーマに沿って3つの「問い」を出題し,1つの「問い」に対して各自考えて付箋に記入し,模造紙に貼ってもらうことにした。その後に各テーブルで1人ずつ話してもらい,最後に3つの「問い」に対する話し合いが終わった後に全員で気づきなどについて共有する時間を設ける流れとした。 テーマ1:セルフイメージを上げて,自分らしい働き方やキャリアを考えてみよう <目標>  ゆったりとした雰囲気の中で,自分のキャリアについて振り返り,他者の話を聞くことでさらに考えを深める。 <内容> ① 自己紹介:名前,仕事内容,参加動機,最近嬉しかったこと ② グループディスカッション1:「これまでの自分のキャリア(職歴)を振り返って,転機だったと思う体験はどんなものですか」 ③ グループディスカッション2:「ほかの参加者の体験を聞いて,さらにどんなことを感じましたか」 ④ グループディスカッション3:「明日から具体的に何をしていきたいと思いましたか」 ⑤ 全体の振り返り:「最も印象に残ったキーワード」「明日から実行しようと考えていること」 テーマ2:なんらかのハンディのある子どもをもつろう難聴母親の育児について話し合ってみよう <目標>  なかなか語り合えることのない課題点についての意見交換や情報交換を通して,解決策や工夫策を見出す。 <内容> ① 自己紹介:名前,参加動機,子どもの情報,最近はまっていること ② グループディスカッション1:「今までの体験や思いから不安に思っていることや悩んでいることを書き出そう」 ③ グループディスカッション2:「ほかの参加者の体験談と重なる自分の体験談や思いつく対応策,解決策を共有しよう」 ④ グループディスカッション3:「今後どんなことをやっていきたいか,自分に必要だと思うことを考えてみよう」 ⑤ 全体の振り返り:「帰るときに自分がどうなっていたいですか」「自分との対話も楽しみましょう」  グループワークが円滑に進むよう,進行担当と助言者が進行方法に工夫を凝らし企画した。テーマ毎に2グループ,合わせて4つのグループに分かれ,最近の出来事や悩み事など意見を交わしながらをお互いにディスカッションした(写真3)。 (写真) 写真3 グループワークの様子  今回は,グループワークが1時間であったために,当初予定していたグループワークの一部を実行することができない,または変更せざるを得ない事態が生じた。発達障害グループにおいては当初,あらかじめ用意しておいた3つの「問い」に対してそれぞれ話し合ってもらう予定だったが,時間の都合で変更し,3つの「問い」をひとまとめにし,「きこえないこと」「発達障害」それぞれ各自考えて付箋に記入した後に,みんなで話し合ってもらうことにした。今後また同様な企画を設ける機会があれば参考にしたい。1つの「問い」に対して各自考えて付箋に記入し,模造紙に貼りそれを元にディスカッションしてもらった(写真4)。 (写真) 写真4 グループワークで話し合った内容を付箋に記入  また,付箋に記入されていた内容の一部を抜粋する。 テーマ1:セルフイメージを上げて,自分らしい働き方やキャリアを考えてみよう ① グループディスカッション1:「これまでの自分のキャリア(職歴)を振り返って,転機だったと思う体験はどんなものですか」 ・労働組合の委員をやるようになった。 ・社内の研究発表会で最優秀発表賞をもらった。 ・毎日同じ仕事を文句を言わずに続けていたら,役職が「ありがとう」と褒めくれた。 ・入社して10年目で業績賞状とスマイル賞を頂いた。 ・グループリーダーに任命され,「きこえなくても任せてもらえる!」と自信につながった。 ・子育てが落ち着き,周囲のママ友も働いている人が増えた。 ・職場でリーダー的な立場になる女性が増えた。 ・業務内容を特定部分に絞った。 ・他支社への社員も手話を学べる環境を作るために社内で「Skype手話講座」を始めた。 ・職場で周囲がきこえないことにいろいろと気を遣ってくれるようになった。 ・信頼できる上司と出会えた。 ・希望していた部署に異動,または配属された。 ・上司,人事担当者ともめた。 ・旦那の実家で深い話をした。 ・ 大学のキャリアセンター職員から助言を受けた。 ② グループディスカッション2:「ほかの参加者の体験を聞いて,さらにどんなことを感じましたか」 ・前向きに考えることが大切だと気付かされた。 ・地元(地域)との繋がりの大切さを感じさせられた。 ・自分以外の人も職場のコミュニケーション面で悩んだり,働きづらさを感じていることで共感を持てた。 ・思っていることを溜め込まないで周りに伝えたり,ストレスをうまく発散させることが重要だと学んだ。 ・仲間づくり,自分から歩み寄る気持ちを持つことが大切だと学んだ。 ・社会に対して,ろう難聴のことや手話についてもっと啓発していくことが大切ではないかと感じた。 ・努力すれば,いつか報われることがあると思えた。 ・変化をポシティブに捉え,チャンスだと考えることが大事だと思った。 ・ロールモデルの存在(女性リーダーなど)が大事だと思った。 テーマ2:なんらかのハンディのある子どもをもつろう難聴母親の育児について話し合ってみよう 「きこえないこと」 ・学校からの連絡は電話が多くて困る。 ・風呂場での会話や音声情報がきこえない。 ・子供が思春期に入り対応が難しい。 「発達障害」 ・地域で,親がきこえないのに子供も障害があってかわいそうだと言われる。 ・相談所で,親がきこえないとわかると家庭が複雑だと見られてしまう。 ・理解のない人から「子供のしつけが悪い」と言われる。 ・母(自分)がきこえない,子供に書字障害があり,手先が器用でなく手話が難しいので,コミュニケーションがなかなかうまくいかない。父(旦那)はきこえるので,父とばかり話している。 ・子供の育て方について主人と意見がぶつかる。 ・周りの人に相談しても気のせいだと言われる。 ・子供が何かを言っているのはわかるけど,意味不明な時が多い。手話で言いたいことが伝えられない。 ・学校卒業後の進路が不安。 ・学校や習い事などで,よく態度を注意される。 ・急いでいる時など,支度がスムーズにできない。 ・外出するとよく迷子になる。 ・障害のある者同志で楽しいコミュニケーションができるようにサポートしていきたい。 ・知識のある通訳者さんに同行して欲しい。 ・社会との関わりが切れないように,たくさんの人と出会う機会を作ってあげるようにしている。 3.3 第3部:全体交流会  最後に,全体交流会を行い,参加者全員で情報交換を行った(写真5)。まず,第2部のグループワークでの内容を,キャリアと発達障害それぞれ簡潔に報告し,聴覚障害のある女性をめぐる多様な働き方やライフスタイルにおける課題や改善策などについてさまざまな角度からの思いや経験を共有するとともに参加者間の交流を行った。 (写真) 写真5 全体交流会の様子 4. セミナー参加者の声 4.1 アンケート評価  本講座の参加者にアンケート用紙を配布し,任意回答として企画への評価や意見を収集した。回答数は22名で回収率は68%であった。まず,年代は「40代」が11名と一番多く,次いで「20代」「30代」「50代」の順であった。現在の住まいについては,「東京」が一番多く,他に「神奈川」,「千葉」,「埼玉」,「茨城」からの参加者もいた。セミナーに参加して良かったか尋ねたところ,ほとんどが「良かった」(95.5%)と回答していた。セミナーを知ったきっかけは,「友人・知人」(90.0%)からが一番多かった。セミナーの時間は,「(やや)短い」(68.2%)と回答した人が多かった。今後のキャリアデザインを考えていく上で役立つか尋ねたところ,「非常に役立つと思う」(68.2%)と回答した人が多かった(表2)。 表2 アンケート結果(n=22)   度数 % 年代  20代 5 22.7 30代 3 13.6 40代 11 50.0 50代 3 13.6 都道府県  東京 11 50.0 神奈川 5 22.7 埼玉 2 9.1 千葉 3 13.6 茨城 1 4.5 セミナーへの参加  良かった 21 95.5 どちらとも言えない 1 4.5 セミナー知ったきっかけ  友人・知人 20 90.0 大学HP,facebook 2 9.1 セミナーの時間  適切だと思う 5 22.7 (やや)短い 15 68.2 その他 2 9.1 今後のキャリアデザインに役立つか  非常に役立つ(と思う) 15 68.2 どちらとも言えない 6 27.3 全く役に立たない(と思う)1 4.5 4.2 感想  また,セミナー参加への感想について自由記述の一部を紹介する。 ・同じような悩みや環境を持つ人同士で集まる機会はほとんどないのでグループワークでも活発な意見交換ができてとても有意義であった。 ・育児についてとても勉強になった。 ・年齢層も幅広く様々な環境にいる方のお話を伺うことができ,参考になった。 ・前の職場で似ているセミナーに参加したが,再び勉強したくなり参加した。 ・初めて参加したが,同じような悩みを抱え,私一人ではない安心感ができた。 ・同じ聞こえない女性との交流ができてよかった。 ・様々な立場の人のお話が伺えて良かった。 ・新しい顔ぶれと知り合えて良かった。 ・様々なお話が伺えて良かった。 ・発達障害のある子供を持つろう難聴の集まりがあればと前から思っていたので,参加できて良かった。 ・人生の先輩のお話を伺うことができた。 ・育児関係の不安感を共有することができた。 ・機会があればまた同様なセミナーに参加したい。 ・もっと時間に余裕があればよいと思う。 ・定期的にこのようなセミナーを開催して欲しい。 ・全体交流会では,参加者同士の交流の時間が持てて良かった。 5. まとめと今後の課題  今回,初めての試みとして聴覚障害のある女性を対象に,「キャリア」と「発達障害」の2テーマを取り上げたセミナーを開催した。企画構成は,レクチャーとグループワークおよび全体交流会としたが,まずレクチャーを通して専門家からの話を聞いた後に,グループに分かれてそれぞれのテーマについてグループワークすることで参加者もより深い議論をすることができたようである。また,全体交流会を通して相互のコミュニケーションを図ることでより広いネットーワーク作りにもつなげることができた。ただし,セミナーの内容が濃かった分時間的に足りなかったという声もあり,今後の検討課題としたい。  今回試みた企画構成とその成果をもとに,今後も聴覚障害のある女性の働き方やライフスタイルをめぐる状況の分析および課題を明らかにし,聴覚障害のある女性へのエンパワメントを推進するためのあるべき姿をより明確にしていきたいと考える。 Toward Understanding the Various Working Styles and Lifestyles of Deaf Women — Through Seminars on Two Themes “Aareer” and “Developmental Disabilities” — KOBAYASHI Yoko Division for General Education for People with Hearing and/or Visual Disabilities, Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: A seminar was held with the aim of understanding the various working styles and lifestyles of deaf women and with the goal of exploring challenges and measures these women face in the workplace and their local communities. The seminar encompassed two themes, “career” and “development disabilities”, and involved a lecture, group wok, and a general exchange meeting. Participants engaged in an active exchange of information and interacted with other participants. It was a fantastic opportunity to engage in deep discussion in order to develop a more in-depth understanding of the actual situation encountered by deaf women in terms of their working styles and lifestyles. Keywords: Deaf and Hard of Hearing, Woman, Career, Developmental Disabilities