同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの改善 村上佳久 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 要旨:1つの教材で全盲と弱視という学習メディアの異なる視覚障害者に対応出来る教育支援システムの改善・改良を行い,システム全体の使い勝手の向上を目指した。また,盲学校や視力障害センターなどで実証実験を行い,このシステムが視覚障害者の教育にとって有効であることが示唆された。 キーワード:視覚障害,障害補償,全盲,弱視,同一教材 1.はじめに 情報機器を活用し,リアルタイムで全盲と弱視に対する各々の障害補償を行い,1つの教材から,文字・点字・音声の三種類の学習メディアに対応し,さらに弱視の個別対応も可能な学習支援システムを試作し,保健科学部の学生で試行を行ったところ,様々な問題点が指摘された。[1] そこで本研究では,このシステムの改善・改良を行い,システムをブラッシュアップし,実際の教育に利用できるようにするとともに,盲学校や視力障害センターなどの協力を得て,実証実験を行い,様々な意見や多くの改善に関する助言などが寄せられた。ここでは,この学習支援システムの改善・改良などについて,報告する。 2.様々な専門用語辞書 このシステムでは,学習支援のための様々な辞書が利用されているが,保健科学部の学生の学習支援のためには,次のような専門用語辞書が必要である。[2,3] 2.1 文字入力用辞書 保健科学部の鍼灸学専攻や理学療法学専攻では,様々な専門用語辞書が必要不可欠である。例えば,両専攻に共通する,基礎医学(生理学・解剖学・運動学・病理学など)や臨床医学(内科学・外科学・整形外科学・小児科学など)の文字入力用辞書が無ければ,PC で学習することは,かなりの困難が伴う。 また,鍼灸学専攻においては,東洋医学に関連する様々な用語,特に経絡経穴や東洋医学概論・東洋医学臨床論などの専門用語は,一般に出力できない外字[2,3]と呼ばれるUnicode 文字が多数存在する。そのため,専門用語辞書がなければ,これらの文字入力は,非常に困難である。 さらに,理学療法学専攻では,リハビリテーションや介護支援,脳神経外科,精神医学,老年医学などの専門用語が必要不可欠である。 一方で,情報システム学科などの情報工学系の用語も保健科学部には必要で,さらに,学生や教員などの人名の固有名詞なども必要となる。しかし,これらの文字入力用の辞書は,標準では搭載されていないため,個々の状況に合わせて,単語登録する必要がある。 2.2 合成音声用辞書 全盲や強度弱視がパソコンを利用するためには,画面読み合成音声ソフトウェアは,不可欠な存在である。そのため,文字入力をする際に,前項で登録した専門用語を合成音声で読み上げなければ,何を入力しているのか理解できない。特に,先天的な全盲では,漢字の知識がないため,文字の情報を詳しく説明できないと,漢字仮名交じり文をワープロで打つことは困難となる。そこで,文字入力用の専門用語辞書以外に,合成音声で読み上げるための辞書を別に用意する必要がある。 2.3 点字変換用辞書 本システムでは,文字データをリアルタイムに点字に変換するために,点訳ソフトを点訳エンジンとして利用している。そのため,文字入力用の専門用語が,点字でも出力できなければならない。そこで,点訳用に文字入力用の辞書を用意する必要がある。 2.4 各種辞書の作成 3 種類の辞書を作成するためには,様々な作業が必要であるが,基本的にはExcel を利用して,漢字・よみ・合成音声の読み・点字を1 行に書く。即ち, 漢字:大腿四頭筋 よみ:だいたいしとうきん 合成音声の読み:だいたい しとーきん 点字:(点字) この4つを1つのデータとして作成する。  データの作成に当たっては,文字入力用のデータが基本となるため,盲学校理療科用の教科書の巻末の索引や本学で利用している教科書の索引から収集した。具体的には,解剖学・生理学・運動学などの基礎医学,臨床医学総論・臨床医学各論・リハビリテーション医学・精神医学などの臨床医学,内科学・外科学・整形外科学・小児科学などの各科医学などである。また,情報システム学科用の参考書としてシラバスに掲げられている図書の索引からも収集した。さらに,本学の教職員・学生の人名を固有名詞として収集した。収集したデータは,OCRで読み取り,よみを入力し,文字データ化して点訳ソフトで処理し,合成音声用の読みと点字データをデータ化する。  このデータ化する作業は,点訳ソフトの不正確さのため,修正が多く,非常に手間のかかる作業であった。 インターネット上には,この種の様々な辞書が存在するが,今回のように同時に4種類のデータが存在するわけではなく,上記の2種類ほどがデータ化されているに過ぎない。そのため,参照しなかった。 3.支援システムの改善・改良 3.1 求められるPCのスペック  前回の研究から,"CINEBENCH R15"の指標を利用して,システムの能力を評価したが,CPUは,半年ごとに新しいものが販売され,また,1年ごとにチップセットも更新されるため,この指標を利用してシステムを改良する。[1] 表1 Cinebench R15 (表)  表1は最近のIntel CPUのCore i3とPentium Gのスコアを示したものである。Core i3は,ビジネス用のデスクトップに採用されるCPUであるが,その下のクラスのCPUであるPentium GでもCore i3の2世代前のスコアは出ている。  Pentium Gを基準として価格で比較すると,Core i3の価格は1.5~2倍なので,出来るだけ安価にシステムを構築したい。本システムでは,特にリアルタイム点字変換が最も大きな負荷を必要とするため,Multiスコアで400程度確保できればよく,これより数値が悪いと,拡大画面出力と合成音声出力と点字出力の3つの同時出力が行えなくなる。  前回の確定したスペックとほぼ同一条件で,新しいバージョンのCPUを選択し,出来るだけ安価に構成した。   CPU:Intel Pentium G5400   SSD:M2 SSD PCIe x4 250GB   RAM:DDR4 2400 8GB   Chipset:Intel H310   OS:Windows 10 Pro 価格は,前回とほぼ同一であり,タッチディスプレイを含んでハードウェアは,10万円以下となる。このスペックで,画面拡大と合成音声出力と点字のリアルタイム出力を満足するものとなり,数台が作成された。 3.2 メンテナンス作業  今回のシステムは,盲学校や視力障害センターなどでの実証実験を行う予定である。盲学校や視力障害センターなどでは,校内の情報機器は全て管理されており,セキュリティ対策上,校内のネットワークに接続するためには,自治体の情報システム部の許可が必要となる。故に今回のシステムは,各々の学校や施設でのネットワークに接続されない予定であるので,本システムの保守が行いにくい状況となる。そこで,本システムにWi-Fi ユニットを導入し,打ち合わせで訪問した際に,Wi-Fiルータを利用して,システムのアップデートを行うこととした。図1,2参照。 (図) 図1 Wi-Fi アンテナ (図) 図2 Wi-Fi ユニット   3.3 専門用語辞書の導入  前章で作成された専門用語辞書をシステムに登録する。始めに,文字入力用の専門用語辞書を登録する。  作成した辞書は,約3万語であるが,文字入力用に導入すると,既存の辞書に含まれているものは,登録されないため,約26000語が登録された。  次いで,合成音声用の専門用語を導入すると,約25000語が登録可能であった。しかし,PC-Talker10の動作が遅くなり,メインメモリを増設しても,遅延は回復しなかった。これは,専門用語辞書の登録数に問題があると判断して,9000語程度に減らして登録すると,速度遅延は解消した。  推測ではあるが,PC-Talker10の場合,読み上げ用専門用語辞書登録は1万語程度が適正ではないかと思われる。 同様に,点訳用の専門用語辞書を登録すると,事実上1万語が登録限界であった。  以上から,文字入力用としては,約26000語の専門用語は確保できたが,合成音声用や点訳用には,専門用語辞書は十分ではないことが判明したが,技術的な問題であり,解消は難しい。 3.4 点字ディスプレイ  従来から利用してきたKGS社のブレイルノート40Aと46Dについて,既に製造中止から15年以上経過しており,保守も困難であることから,新しい点字ディスプレイを導入した。現在,点字ディスプレイは,国内1社と海外数社から製品が販売されている。最近の傾向として,単体で利用することを前提に多機能化が進んでおり,価格も高価になっている。しかし,本システムは,点字出力の制御は全てPCで行っているため多機能は不要である。また,点字の表示は最低でも40マスは必要である。多くの製品が多機能であるため,高価格になっている。そこで,点字出力が40マスで,多機能ではない機種を選択した。日本テレソフトが取り扱う,清華 v5である。点字ディスプレイとPCとの接続方法がUSB接続や無線接続であり,今回はUSB接続とした。図3に点字ディスプレイを示す。[4-7] (図) 図3 新しい点字ディスプレイ(清華 v5)  USB接続は,実はソフトウェアによる仮想COMポートであり,Windowsのコントロールパネルのデバイスマネージャーで仮想COMポートの確認と設定変更が可能である。  問題は,仮想COMポートの番号で,点字出力は,COMポートを利用しているため,COM1~COM4のポートが一般的に利用可能であるが,仮想COMポートの場合は,この番号以外のポートを自動的に設定する場合がある。COMポート設定が一致していないと点字出力が出来ないので点字ディスプレイとソフトの連携には,注意が必要である。 4.盲学校・視力障害センターでの実証実験依頼  試作したシステムで,その教育効果を検証する目的で,盲学校や視力障害センターでの実証実験を行うべく,研究協力依頼を行った。試作した機器を持ち込み,デモを行い,盲学校・視力障害センター合わせて10校で研究協力依頼を行ったところ,盲学校4校,視力障害センター2校で,実証実験の協力を得られた。   2018年 盲学校2校,視力障害センター1校   2019年 盲学校2校,視力障害センター1校 近年,個人情報保護法の関係から,児童・生徒,個人の感想を得ることはかなり困難となってきている。そのため,実際に4校で研究協力を断られている。研究協力を受けて頂いたところでは,学校長や施設長と相談の上,担当者のレポートという方法で,実証実験の結果を報告して頂くこととなった。  前章で述べたように,メンテナンスの問題もあるので,1年に1回,学校・施設訪問を行い,機器のバージョンアップなどのメンテナンスと,担当者との面談を行い,実証実験の進捗状況を確認することとした。 5.本システムの活用  このシステムは,どのような場面に利用できるのであろうか。実証実験に協力を頂いている,盲学校や視力障害センターでの活用方法としては, 1)後天盲の点字学習  50代以上の加齢の視覚障害者が視力を失った場合,点字学習には非常な困難を伴うが,このシステムにより,学習指導が簡易となり,点字学習に集中できた。 2)テスト前自習  定期テスト前に,プリントの代わりにテキストデータを渡し,このシステムで自学自習させた。 3)PowerPointの指導  このシステムで,全盲がPowerPointを利用すべく練習し,ある程度使えるようになった。    など,様々な利用方法が現在まで報告されている。今後とも活用事例は増加してくるものと思われるので,各実験協力校での実践事例に期待したい。 6.おわりに  同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの改善・改良を行った。また,専門用語辞書を搭載し,盲学校や視力障害センター等での実証実験を実施して,このシステムの,教育への様々な展開の検証を行っており,今後の成果が期待される。 7.備考  本研究は,H30~R2年度科学研究費「同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの開発」研究代表者:村上佳久 によるものである。 8.謝辞  専門用語辞書の作成に当たり,伊藤隆造名誉教授の多大なる協力を得た。深謝する次第である。 参照文献 [1] 村上佳久.同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの開発.筑波技術大学テクノレポート.2018; 26(1): p.47-50. [2] 村上佳久.外字について 2.筑波技術大学テクノレポート.2005; 12: p.33-40. [3] 村上佳久.外字について 3.筑波技術大学テクノレポート.2008; 15: p.139-144. [4] 村上佳久.書見台型学習支援システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2017; 25(2): p.12-16. [5] 村上佳久.電子メディアを利用した視覚障害者の家庭学習システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2017; 25(1): p.1-4. [6] 村上佳久.電子黒板と手元型電子黒板の活用.筑波技術大学テクノレポート.2015; 22(2): p.1-6. [7] 村上佳久.視覚障害者のための電子黒板.筑波技術大学テクノレポート.2013; 20(2): p.29-33. Improvement of a Learning Support System that uses a Unified Teaching Medium for Blind and Low Vision Students MURAKAMI Yoshihisa Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, General Education Practice Section for the Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: This work involved improving upon a prototype of an educational support system that employs the same teaching materials for blind and low vision students. Field trials were conducted at schools for the blind and at visual impairment centers. The results of the trials suggested that this system is effective for the education of the visually impaired. Keywords: Visually impaired, Disability compensation, Blind, Low vision, Identical teaching media