視覚障害学生のアクティブラーニングに向けた環境整備の取り組み ─「こくしくん」のキーワード検索活用による経絡経穴概論の並行学習の提案 周防佐知江,鮎澤 聡 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻 要旨:国家試験対策の一環として,これまで我々が行ってきた視覚障害学生のアクティブラーニング支援の継続にあたり,今年度用に更新した国家試験問題学習ツール(「こくしくん」)の提供と学習状況調査を実施した。調査結果の検討をもとに,経絡経穴概論のキーワード検索活用による過去問学習についての検証を行ったところ,複数の教科にわたって関連する問題を抽出できることが確認された。キーワード検索を用いた学習は,学生が能動的に行える並行学習の方法として活用できる可能性が示唆された。 キーワード:アクティブラーニング支援,フリーキーワード検索,並行学習,こくしくん,おつぼねさん 1.はじめに これまで我々は視覚障害学生のためのアクティブラーニング支援を目的として,タブレット端末(iPad)・スマートフォン(iPhone)(以下iOSデバイス)で動作し,あん摩・マッサージ・指圧師,はり師,きゅう師(以下あはき師)国家試験問題の横断検索による自主学習が可能な学習ツール(以下「こくしくん」)の開発および提供[1][2][3]を実施し,学習頻度や意欲の増加を得てきた。これまでの学習状況の調査では,視覚障害保障機器として,また日常生活機器としてのiOSデバイスの使用率の高さと共に,効率的な活用方法について指導を望む意見が多かった[4]。本取り組みは国家試験対策の一環として,教材の企画や提供・使用方法に至るまで,学生の視覚的な状況と要望をアンケートやヒアリングで確認しながらの個別的な支援であったが,自主学習の方法は各学生にゆだねられているため,実際の活用状況や長期的な学習意欲の保持については各個人で差がある。このため作成した教材の特性を利用した学習方法の検証と共有を,繰り返し長期的に行っていく必要がある。 本稿では,今年度用に更新した「こくしくん」提供後の学習状況調査と,それをもとに行ったキーワード検索活用による過去問学習の検証について報告する。 2.材料 2.1 今年度版「こくしくん」の概要 iPadでは昨年度までの取り組みにより「こくしくん」はそのアプリ上に,①あはき師国家試験問題[第1~27回;8,370問](以下過去問),②国家試験出題基準に記載されている臨床医学的症候・疾患と東洋医学の要約[517項目](以下「あんちょこ」),③東洋医学用語辞書[1,048項目],④txt文章や図表・写真・動画・音声等の投入でまとめノートの作成や運用を目標とするページ,が設定されており,今回新たに,⑤経絡経穴概論の情報(以下「おつぼねさん」)の投入により,計5部門間で横断検索を行いながらの学習が可能となった。 「おつぼねさん」に投入したのは,本学使用の教科書[5]に記載の,正経十二経脈・奇経八脈・奇穴・組合せ穴の流注と概要,および経穴361穴・奇穴32穴の詳細(コード,所属経脈,要穴,部位,取り方,解剖,主治)を表した文字のtxtデータと音声データである。音声は経穴暗記カード用に作成[6]したWAVファイルをiOS用のM4Aファイルに変換し,文字のtxtファイルと共に転用した。 2.2 国家試験過去問との連動 「おつぼねさん」は,学習する経脈・経穴ページへの検索・移動が容易であり,さらにそこから各経脈・経穴に関連する過去問にジャンプできる機能を有する。また,「こくしくん」に新たに「検索ターミナル」というページを加えることで,各経脈・経穴の解説文中にある任意の単語についても関連する過去問を容易に検索できるようにした。検索ターミナルからは,過去問のみならず,あんちょこ・東洋医学用語辞書・ノート・おつぼねさんでの検索も可能である。この任意の単語から検索を行う方法を我々は「フリーキーワード検索」と称している。 3.教材の提供と学習状況調査の実施 3.1 対象 教材の提供は2019年5月23日に行った。対象は本学鍼灸学専攻4年に在籍し,2020年度あはき師国家試験受験予定の18名(墨字使用者15名,点字使用者3名)である。 3.2 方法 提供約2ヵ月後の7月30日から8月6日にかけて,半構造化面接法による30分程度の個別的なヒアリングを行った。調査は学習全体の状況や要望についても行われているが,本報告ではiPad教材の機能の活用と学習方法に関する内容に限定して検討する。また結果の公表は,筑波技術大学倫理審査委員会の承認を経て,承諾の得られた12名(墨字使用者10名,点字使用者2名)について行う。 3.3 調査結果 学習内容ごとの「こくしくん」の利用目的を尋ねると,問題学習(過去問を解くことを中心に学習すること)においては「こくしくん」を主たる教材利用に挙げた学生と墨字・点字教材の補助的な利用として挙げた学生が各6名と同数であったが,確認・暗記学習(過去問の出題状況や経絡経穴,東洋医学用語等を調べて解説を読むこと)においては11名の学生が主たる教材利用に挙げていた。まとめ学習については,行っている学生が5名と少数であった(表1)。 表1 利用目的 (表)  問題学習で利用している検索機能についての質問(複数回答)では,国家試験出題基準の科目・項目検索が11名と最も多く,次いであんちょこからの問題検索が9名に利用されていた。一方フリーキーワード検索の利用は少なく,特におつぼねさん→問題では1名に留まった(表2)。  「こくしくん」の利用で良かった点(複数回答)を尋ねたところ,検索機能と答えた学生が10名と最も多く,昨年までの調査で多かった携帯機能(3名)や障害保障機能(2名)については,回答数が少なかった。  また学習方法として,経絡経穴概論と解剖学や東洋医学臨床論など,複数教科の並行学習についての経験の有無を尋ねたところ,経験ありと答えた学生は6名で,残り6名は経験がなかった。 表2 利用している検索機能 (表) 3.4 調査結果の検討  調査結果から,学生は「こくしくん」の検索機能を活用している様子が窺えた。確認・暗記学習での主たる教材としての利用を目的として挙げた学生が多く,問題学習も検索機能を利用しながら行っていた。これらの結果からは,すぐにどこででも調べられるという本教材の特徴を活用している様子が窺えた。一方,問題学習での検索機能については,科目・項目検索を利用している学生が多数を占めており,フリーキーワード検索の利用は少なかった。  国家試験出題基準からの問題検索は科目別に学習するには有用であるが,複数の科目を関連づけて学習する目的には向かない。また複数科目を同時に学習していく並行学習は,複数の資料を用いるため視覚障害学生にとっては一定の困難を有する。一方「こくしくん」では,横断的検索機能を用いることである単語(キーワード)と関連する複数教科を同時に学習することが可能である。  そこで今回,フリーキーワード検索を用いた並行学習を学生に提案するにあたり,新たに投入した「おつぼねさん」において実際にフリーキーワード検索を行い,抽出される過去問の種類や検索の特徴などに関する検証を行った。 4.検索の検証 4.1 行った検索方法  「おつぼねさん」において,以下の2通りのキーワードでの検索を行い,抽出される過去問についての検証を行った。 ① 各経脈・組合せ穴,経穴 ② 各経脈・経穴ページの解説文における,要穴,身体各部位,骨・関節,解剖学的区分・方向・運動,筋・腱,神経,血管,疾患名,その他の医学用語  キーワード選択の際の注意点として,選択した用語が医学的に意味のある単語の合成である場合には,それぞれの単語について再度検索した(例えば「眼瞼麻痺」であれば,「眼瞼」と「麻痺」に分けて再検索)。また今回は,数字を含むキーワードは過去問上の問題番号まで抽出してしまう,指は過去問の種類からあマ指を抽出してしまう,などの理由でそれぞれ検索から除外した。 4.2 結果  「おつぼねさん」上の,経脈・経穴等の418個およびその解説文中の669個を合わせた合計1,087個のキーワードについて検討した。各キーワードについて過去問検索を行ったところ,910キーワード(平均83.7%)で1問以上の過去問が抽出された。分野別のキーワード数と過去問抽出率は表3の通りである。経脈・経穴と要穴の名称の検索は高い抽出率を示した。フリーキーワード検索では,部位や区分等の分野で抽出率が高く,以下,骨・関節,疾患名,筋・腱,神経と続いた。血管については,前骨間動脈や眼窩上動脈などの比較的細かい動脈で出題されていないキーワードが多く,抽出率も33.8%と低かった。  各分野・各科目の抽出過去問数を表4に示す。抽出した過去問総数は23,950問であった。経穴からの検索では,経絡経穴概論,東洋医学臨床論の問題が多く抽出された。解剖学や臨床医学等の抽出もあったが,これは膝関,子宮,中枢,腕骨などを,それぞれ膝関節,臓器の子宮,中枢神経,上腕骨として検索したことによるものであり,不適当な検索と考えられた。一方,骨や筋,神経,血管などの名称で検索を行った場合には,解剖学,臨床医学総論・各論,リハビリテーション医学の問題が多数抽出された。  経穴で最も抽出過去問数の最も多かった「足三里」について検索を行いながらの学習例を表5に示す。「足三里」で検索した場合の抽出問題数は,経絡経穴概論,東洋医学臨床論を中心とした57問で,うち複合的な内容の問題は「前脛骨筋」との4問と,「深腓骨神経」との2問のみであった。しかしながら,足三里の解説文から「前脛骨筋」「深腓骨神経」「前脛骨動脈」についてもキーワードとして選択し検索を行うことで,「足三里」だけでは抽出できなかった解剖学やリハビリテーション医学,東洋医学臨床論などの関連問題を含む74問が抽出され,複合的な視点から「足三里」の学習が可能となっている。 表3 キーワード数と過去問抽出率 (表) 表4 各分野・各科目の抽出過去問数 (表) 表5 「足三里」画面上での抽出過去問数 (表) 5.考察  「こくしくん」は,選択キーワードを文中に含む過去問の検索・抽出が全科目で可能となっており[1],抽出数から出題頻度を知ることもできる。我々はこれまでも問題項目等のポップアップメニュー選択欄や自由キーワード入力欄を画面上に配置し,視覚障害学生には困難な問題検索と抽出への配慮を行ってきた[1]。今回,新たな機能として,経絡経穴概論の既存データ活用による「おつぼねさん」と,フリーキーワード検索という簡便な検索方法を追加したが,学習状況調査にてフリーキーワード検索利用の学生数は少なかった。また経絡経穴概論において並行学習を行っていた学生も半数であったため,改めてフリーキーワード検索機能の検証を試みたところ,経穴に加えて所属の筋や神経・血管をキーワードとして検索することで,経絡経穴概論のみならず,東洋医学臨床論や解剖学などの複数教科にわたり関連する問題の抽出率が高まることが明らかになった。経絡経穴の学習においては,実際の臨床での活用や所属の筋や神経に関する事柄を並行して学習することが複合的な視点を得るために重要であるが,「おつぼねさん」におけるフリーキーワード検索を用いた学習はその補助として活用できると思われた。一方,大量の過去問が抽出される部位や,他分野として認識されやすい経穴名などの検索については,キーワード設定時にAND検索を用いるなど工夫を要する場合もあり,今後有効なキーワードの検索方法について検討する必要があると思われた。 6.結語  国家試験対策の一環として実施した「こくしくん」の提供と学習状況調査をもとに,「おつぼねさん」の検索機能を利用した過去問学習についての検証を行った。本結果から,フリーキーワード検索を利用した複数教科にわたる関連問題の抽出についての有用性が確認され,今後キーワードの選択や検索方法を提案していくことで, 学生が能動的に行える並行学習のツールとしてより活用できる可能が示唆された。 謝辞  本研究は,平成30年度科学研究費助成事業(科学研究費補助金,基盤研究(C))18K02854 「視覚障害教育における情報障害支援のための学習ツールの開発とタブレット端末の活用」の助成を受け実施した。 参照文献 [1] 周防佐知江,鮎澤聡,近藤宏,他.弱視教育における検索機能の活用-汎用データベースソフトウェアとタブレット端末を用いた試み-.弱視教育.2017;55(3):p1-7. [2] 鮎澤聡,周防佐知江.スマートフォンを用いた学習ツールの作成— "Handrail"と"Slide and Flick" —.弱視教育.2018;56(3):p9-13. [3] 鮎澤聡,周防佐知江.ノートとしてのタブレット端末の活用に関する検討.第60回弱視教育研究会全国大会北海道大会抄録集;2019-1-28(札幌).2019; p40-41. [4] 周防佐知江,鮎澤聡.アクティブラーニング支援を目的とした視覚障害学生の学習形態調査.筑波技術大学テクノレポート.2018;26(1):p57-62. [5] 日本理療科教育連盟,東洋療法学校協会編.新版経絡経穴概論,第2版.(株)医道の日本社(神奈川),2013 [6] 周防佐知江,成島朋美,舩山庸子,他.医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み ―音声による視覚情報保障機能を有する経穴暗記カード―.筑波技術大学テクノレポート.2013; 21(1):p48-52 An Initiative to Improve the Active Learning Environment of Students with Visual Impairment: Proposal for Parallel Learning of an Overview of Meridians and Acupuncture Points Utilizing Keyword Searches in “Kokushi-Kun” SUOH Sachie, AYUZAWA Satoshi Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: As part of our measures for national examinations, an updated national examination problem learning tool was implemented this academic year. Following this, we conducted a survey of the learning situation in order to continue our active learning support for students with visual impairment. The survey results indicated that common problems across multiple subjects could be identified when an inspection of learning of past problems was conducted using keyword retrieval of the overview of meridians and acupuncture points. The findings indicate that learning using keyword searches is a viable method for active parallel learning among students. Keywords: Active learning support, Free keyword searches, Parallel learning, Kokushi-Kun, Otsubone-San