視覚障害学生のための国家試験自主学習ツールとしての東洋医学用語検索システムの有用性と展望 ─ 「こくしくん」への実装と課題 ─ 石崎直人,周防佐知江,鮎澤 聡 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻 要旨:視覚障害者が東洋医学を学ぶための支援ツールとして筑波技術大学で開発されたタブレット端末用東洋医学用語検索教材(通称:つくばけんさくくん)を,国家試験問題学習ツール「こくしくん」に実装し,その概要について紹介した。また,「つくばけんさくくん」の機能を国家試験自主学習に適したものに改変するための研究プロトコールとして,過去の国家試験問題に即した語彙の追記,鍼灸学専攻の学生を対象とした実用性の検証等の計画について提示した。 キーワード:東洋医学,用語検索,タブレット端末,国家試験,こくしくん 1.研究の背景と目的 視覚障害を有する学生の自主学習において,理解不十分な用語の検索は大きな障壁の一つとなっている。  我々は,東洋医学関連用語に特化し,尚且つ国家試験出題基準や教科書の内容と齟齬がなく,タブレット端末で簡便に操作できるPDF 教材を試作し,実用性について検証を続けてきた[1,2,3]。 この試作教材の使用感について,鍼灸学専攻の学生を対象として調査した結果は概ね良好で,実用化を望む声が多く聞かれた(表1,2)。 表1 3 種類の検索方法の比較 (表) 表2 試作教材の使用感と用途 (表)  同教材の使用目的で最も多かったのは国家試験勉強であるが,実際に国家試験のための自主学習における実用性については十分に検証できていない。  筑波技術大学保健科学部鍼灸学専攻で開発されたタブレット端末用国家試験問題学習ツールである「こくしくん」は,1993 年の第1 回から現在に至までのあん摩・マッサージ・指圧師,はり師,きゅう師(以下あはき師)の国家試験問題に様々な方法でアクセスできるだけでなく,自主学習のための資料追記やファイルの添付などを可能にした総合支援環境を実装している[4, 5]。  我々は「こくしくん」に,前述の東洋医学用語検索教材(通称:つくばけんさくくん)のデータベースを実装し,「こくしくん」内部での用語検索を可能にした。本稿では,「こくしくん」に実装された東洋医学用語検索システムの概要について解説し,国家試験の自主学習支援ツールとして今後活用するための課題と改善のためのプロトコールを検討した。 2.「こくしくん」への東洋医学用語検索システムの実装  図1 は,東洋医学用語検索システムを実装した「こくしくん」の初期画面である。  「けんさくくん」のタブをタッチすると,東洋医学用語のリストが表示される(図2)。  用語リストは五十音順に並び,上側にスクロールすることで順次表示できるようになっているほか,画面右上の「あ」の文字をタッチすることによって,五十音が整列した画面を通して任意の音からはじまる用語へのアクセスも可能となっている。  図3は,用語リストの「噯気」をタッチした後に表示される画面である。この操作によって用語の説明の閲覧ができるほか,左上方のグレーのタブをタッチすることで,「噯気」の用語を含む過去問が全て表示されるようになっている。  以上のように,「こくしくん」に実装した東洋医学用語検索システムでは,単に東洋医学用語の意味を調べるだけでなく,過去の国家試験問題とのリンクによって,関連づけによる学習効果が期待できるシステムとなっている。この機能は,「こくしくん」内の過去問やノートから「つくばけんさくくん」にもアクセス可能な双方向のリンクである。 (図) 図1 東洋医学用語検索システムを実装した「こくしくん」の初期画面 (図) 図2 「こくしくん」の初期画面(図1)で「けんさくくん」のタブをタッチした後に表示される用語リスト (図) 図3 東洋医学用語の解説画面 3.東洋医学用語検索システムの見出し語について  本稿で紹介した東洋医学用語検索システムの見出し用語(約1,000語)は,実用性検証のための比較の目的もあり,標準的な教科書[6]の索引と同等になるように設定した。しかしながら,この見出し語数は,国家試験の東洋医学系科目で出題される設問や選択肢の中で遭遇する全ての東洋医学用語を網羅するには不十分である。例えば五行色体の要素に関する組み合わせの設問において,五官(目,舌,口,鼻,耳)と五臓(肝,心,脾,肺,腎)との組み合わせを問う問題の正解を東洋医学用語検索システムを利用して調べる場合,「五官」の見出しから正答を導き出すことは容易である。しかしながら「五官」という用語が設問に含まれない場合には,下位レベルの「目」や「耳」が「五官」の要素であることを知っていなければ正解を調べることが困難となる可能性がある。そのため,学生が自主学習で解答困難な国家試験問題に遭遇した際に,選択肢を含む設問中の専門用語を検索することによって正解を導き出すことを容易にするためには,見出し語の充実は不可欠である。また五行色体表や難経六十九難の法則に基づく選穴などのように,一覧表形式の閲覧に向いている教材も自主学習の有用なツールと考えられるが,実装されていない。 4.国家試験の自主学習における東洋医学検索システムの実用性検証プロトコール 4.1 東洋医学用語検索教材の充実  過去5年間(2014年~2019年)に,あはき師国家試験で出題された,東洋医学概論及び東洋医学臨床論の問題を解くための情報を,著者らが作成した東洋医学用語検索教材を用いて検索し,不足している見出し語を追加する作業を複数回繰り返す。実用に即した語彙を拡張するとともに,各用語の解説文を平易にすることにより,「こくしくん」内での視認性を向上させるとともに,学生にとって理解しやすい教材に改訂し,実用性の検証に供する。 4.2 実用性検証実験の対象 筑波技術大学保健科学部保健学科鍼灸学専攻に所属する学生のうち,タブレット端末の視認及び操作が可能な者で,文書による説明と同意が得られた者を対象とする。 4.3 検証の方法  過去5年間(2014年~2019年)に実施された,あはき師国家試験のうち,東洋医学概論及び東洋医学臨床論の問題を被験者に解答させ,正解が導きだせなかった設問について,①改訂した東洋医学用語検索システム,②教科書とインターネットを利用した検索の2種類の方法を用いて,正解が導き出せるまでの時間を比較する。2種類の方法で要する時間の差異はKaplan-Meier法により解析する。 4.4 重度視覚障害者用のインターフェース構築  タブレット端末の視認や操作が困難な重度視覚障害者の利便性を高めたインターフェースを構築することを目指す。 5.考察と展望 5.1 視覚障害学生の国家試験勉強について  国家試験の自主学習において,過去に出題された設問を解きながら,不明な箇所について教科書等で確認するのは最も基本的な方法の一つであり,おそらく全国の,あはき師養成機関に所属する学生が行っている方法であろう。しかしながらこの方法は,正答を導くために複数の教材を利用して横断的に任意のキーワードを検索する作業を伴うことが多い。晴眼者であれば,複数の書籍の任意の箇所を探し出すのは困難ではないが,視覚障害者にとっては,例え1冊の本であっても,索引や目次から任意の用語解説を探し出すのは相当の労力と時間を要する[1]。近年ではスマートフォンやPCを利用してインターネット上の情報から正解を探し出す学生も少なくないと考えられるが[7, 8],東洋医学で遭遇する非日常的な漢字変換は必ずしも容易ではなく,視覚障害者にとってはキーボード入力自体に困難を感じる者も多い[8]。実際に我々が視覚障害者を被験者としてランダムに抽出した東洋医学用語をインターネットで検索させた研究では,10分を越えても検索できない用語が複数あった[1]。以上のことから,単体の教材で複数の資料の検索や閲覧が容易な教材が視覚障害者には望ましい。 5.2 「こくしくん」と「つくばけんさくくん」  鮎澤らによって開発された「こくしくん」は,視覚障害者の国家試験自主学習を支援するための教材であり,タブレット端末やスマートフォンの画面操作によって過去の問題へのアクセスを容易にしたものである[4, 5]。「こくしくん」では任意のキーワードに基づく多様な過去問へのアクセスが可能なだけでなく,手書きノートやPDF,写真,音声などを資料として保存する機能もあり,学生個人のための手作り教材にカスタマイズできる機能も備えている。近年では,経穴検索に特化したデータベース(通称:おつぼねさん)をリンクさせ,国家試験の総合的な教材として進化し続けている。  一方,東洋医学用語検索教材である「つくばけんさくくん」は, 2017年に原型が作成され2018年に実用性が報告された[1, 2, 3]。見出し語は標準的な教科書[6]の索引に準拠しており,国家試験との齟齬が少なくなるよう配慮されている。元来PDFの形式で配布されていた同教材は,近年「こくしくん」内部に実装されたことで,用語集としての拡張性が飛躍的に高まったほか,「つくばけんさくくん」と「こくしくん」に共通の用語については,双方向のアクセスが可能となった。しかしながら,約1,000語の見出し語は,国家試験で遭遇する東洋医学用語を全て網羅するには不十分であり,特に見出し語の解説文中の下位レベルの語に直接アクセスすることは困難である。今回提示したプロトコールは,これらの問題を解消した上で,視覚障害学生を被験者として国家試験の自主学習における実用性を検証するものである。 5.3 今回のプロトコールと今後の展望  今回報告したプロトコールでは「つくばけんさくくん」の見出し語を国家試験問題に即して見直し,視覚障害を有する学生が実際に国家試験勉強で有用な教材となるかどうかを検証することが目的である。これらの取り組みを通して,視覚障害者のための実践的な東洋医学教材が今後さらに広く普及することが望ましいと考えている。 6.結語 6.1 視覚障害者の国家試験自主学習教材である「こくしくん」に,東洋医学用語検索教材である「つくばけんさくくん」を実装し,その概要と課題について報告した。 6.2 「つくばけんさくくん」を,国家試験の自主学習に適した内容に改定し,その実用性を検証するためのプロトコールを提案した。 7.謝辞  本研究の一部は,日本学術振興会科学研究費助成事業「視覚障害教育における情報障害支援のための学習ツールの開発とタブレット端末の活用」(基盤研究C,課題番号:18K02854,研究代表者:鮎澤 聡)により推進された。 参照文献 [1] 石崎直人.東洋医学を学ぶ視覚障害者のための用語検索教材の開発と実用性の検証.全日本鍼灸学会雑誌.2018, 68(4): p.274-282. [2] 石崎直人.視覚障害者が東洋医学を学ぶための補助教材としての携帯型東洋医学用語検索システムの開発.筑波技術大学テクノレポート.2018, 26(1): p.123-125. [3] 石崎直人.東洋医学を学習する視覚障害者のための用語解説集構築の試み.第67回全日本鍼灸学会学術大会抄録集;2018-6-3(大阪).2018; p.243. [4] 周防佐知江,鮎澤聡,近藤宏,笹岡知子,緒方昭広,石塚和重.弱視教育における検索機能の活用─汎用データベースソフトウェアとタブレット端末を用いた試み─.弱視教育.2017;55(2): p1-7. [5] 鮎澤聡,周防佐知江.ノートとしてのタブレット端末の活用に関する検討.第60回弱視教育研究会全国大会北海道大会抄録集;2019-1-28(札幌).2019; p40-41. [6] 東洋療法学校協会編.新版東洋医学概論,第1版,医歯薬出版(東京),2015. [7] 周防佐知江,鮎澤 聡.アクティブラーニング支援を目的とした視覚障害学生の学習形態調査.筑波技術大学テクノレポート 2018, 26 (1): p.57-62. [8]渡辺哲也,山口俊光,南谷和範.視覚障害者の携帯電話・スマートフォン・タブレット・パソコン利用状況調査2013. http://dspace.lib.niigata-u.ac.jp/dspace/bitstream/10191/27807/1/TAF_Report_H26.pdf (最終アクセス日 2019.11.10) Usefulness of an Oriental Medical Terminology Search System as a Tool for Visually Impaired Students: Installation in the Kokushi-Kun and Protocol for Expansion and Verification ISHIZAKI Naoto, SUOH Sachie, AYUZAWA Satoshi Course of Acupuncture and Moxibustion, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: We have developed an Oriental medical terminology search system and have verified its usefulness in terms of functionality and actual time taken to access the specified term in comparison to standard textbook and web-based searches. However, the usefulness of the system for the study of acupuncture and moxibustion and for the amma-massage-shiatsu licensing examination is still unclear. In the present article, we describe the functionality of the system after installation in the Kokushi-Kun. The Kokushi-Kun is an integrated mobile environment specially designed for visually impaired students who undertake the licensing examinations for acupuncture and moxibustion and amma-massage-shiatsu. This article also describes the protocol for verification of the Oriental medical terminology search system as a supportive tool for the licensing examinations. Keywords: Oriental medicine, Terminology search system, Mobile device, Licensing examination, Kokushi-Kun