論 文 の 要 旨 地域社会における難聴者・中途失聴者の実態と情報支援のあり方 令和元年度 筑波技術大学大学院技術科学研究科情報アクセシビリティ専攻 荒川 とみ子 指導教員 脇中 起余子 目的 ① 日常生活で音声言語を中心にコミュニケーションをとっている難聴者・中途失聴者を対象に、直面している状況や困難などを詳細に把握し、抱えている問題を明らかにして要望の内容やその具体的な手立てをまとめる。 ② 難聴者・中途失聴者の中には、障害を負ったばかりで要望などをまだ具体的に文章化できない人がみられるので、自由記述式では書く内容が少ないが、選択式で「その状態は自分に当てはまる」、「なるほど、そのような要望があったのか」と気づいて選択する人が少なからずいる可能性がある。そこで、自由記述式が多い郵送調査と選択式が多い面接調査を実施して、両調査を比較し、今後のアンケート調査のあり方を考察する。 ③ 難聴者の会などの役員の経験者は、非経験者と比べて、障害認識が進んでおり、現状と課題を把握していることから、要望を明確かつ具体的に述べる人が多いと思われる。そこで、両者を比較し、手立ての例を検討する。 方法 本研究の対象者は、障害者手帳の有無に関わらず、日常のコミュニケーションの多くを聴覚活用と音声言語で行っている難聴者・中途失聴者とし、20歳以上の人で難聴者の会などで役員の経験のある人10名、役員の経験のない人10名の計20名とした。 対象者に対して、まず、生活上の困難感や要望などを主に自由記述式によって尋ねる郵送調査を行い、その後、同じ質問項目で、主に選択式によって尋ねる面接調査を実施した。難聴者は聞き落としや、聞き違いが多いので、筆談が大切になるが、その都度筆記するのは相当のエネルギーと時間を要するため、面接調査では、用紙に書かれている文を提示して追加で意見を求めた。 結果 対象者は、男性6名、女性14名であり、50代以降の人が7割であった。 20名中17名が補聴器装用者であり、その内8名が補聴器購入時の負担が大きいと記述し、20名全員が「補聴器購入時の負担が少ない方が良い」を選択した。聴力が低下して落ち込んだ時期から抜け出せたきっかけとして、「抜け出せた」と回答した10名中7名が、「同じ聞こえない人との交流」を挙げた。20名中15名が、「ろう者の手話表現は、分かりにくい。声つきの手話が読み取りやすい」と語った。20名中5名(いずれも役員非経験者であった)が、パソコン要約筆記などの聴覚障害者の情報保障制度を「知らない」と回答した。パソコン要約筆記を利用したことのある14名中13名が、「手書き要約筆記と比べパソコン要約筆記はリアルタイムで情報量が多いのでうれしい」を選択した。20名中10名が、「軽度難聴者や中途失聴者、重度のろう者の実態やニーズに関する啓発活動を幅広く行うこと」を要望として選び、その中の5名が第1希望として挙げた。 選択式では、自由記述式と比べて、全体的に、より多くの回答が得られた。特に「補聴器についての満足度」や「手話を学ぶ姿勢」、「発音の状況」、「聴力に変動があった人の状況」、「毎日の状況・心理」、「周囲の人々への要望」において、多くの人が何らかの選択肢を選んで回答した。 役員の経験者は、非経験者と比べて、手話や情報保障制度に関する項目などで回答量が多かった。その一方で、経験者は、非経験者と比べて、現在の聴力障害の程度が重く、失聴時期も早い人が多かった。 考察 目的①に関して、17名中8名が「購入時の負担が大きい」と回答し、20名中全員が「補聴器購入時の負担がもっと少なくなると良い」を選択したことから、「要望1:自分に合った補聴器が購入したい時に購入できるように、補聴器購入時の補助を拡大すること」が考えられた。次に、聴力が低下して落ち込んでいた時期から抜け出せたと回答した10名中7名がそのきっかけとして「同じ聞こえない仲間との交流」を挙げたことから、「要望2:難聴者・中途失聴者の交流の場を作るために、交流会企画への補助や場の提供を行うこと」が考えられた。手話について、20名中15名が「手話を覚えたいが、ろう者の手話と難聴者の手話は違う」と述べたことから、「要望3:ろう者の好む手話と難聴者の好む手話には違いがあるため、難聴者にとって分かりやすい手話を学ぶ場を整備すること」が考えられた。パソコン要約筆記を利用した14名中13名が「手書き要約筆記と比べ、パソコン要約筆記は情報量が多いのでうれしい」と述べたが、希望しても派遣できない市町村があったことなどから、「要望4:リアルタイムで情報量の多いパソコン要約筆記の普及拡大を図ること」が考えられた。パソコン要約筆記などの情報保障制度を知らないと述べた人が5名みられたことから、「要望5:難聴者・中途失聴者に対して、聴覚障害者の情報保障(ノートテイク、集団での手書き要約筆記、パソコン要約筆記など)に関する啓発活動を推進すること」が考えられた。手話中心のろう者のニーズや要望を尊重するのと同時に、音声中心の難聴者・中途失聴者のニーズや要望を尊重することを望む声が多かったことから、「要望6:軽度難聴者や中途失聴者、重度のろう者の実態やニーズに関する啓発活動を幅広く行うこと」が考えられた。 目的②に関して、選択式は、自由記述式と比べて、多くの人から多くの回答を引き出せたことから、自由記述式と選択式の違いをふまえた調査が必要であろう。選択式で「非常に満足・かなり満足」を選択したが、自由記述式で「困ったことがある」と回答した例がみられたことから、「満足している、イコール困ったことはない」ではないことになる。 目的③に関して、役員経験者は、非経験者と比べて回答量が多かったが、同時に、現在の聴力障害の程度が重い人や失聴時期が早い人が多かったことから、回答傾向の違いは、役員経験の有無や現在の聴力障害の程度、あるいは失聴時期の違いによるものか分からないことになった。 結論 手話言語を中心とするろう者のニーズと音声言語を中心とする難聴者・中途失聴者のニーズは異なると思われるが、多くの難聴者が「しゃべれる人、イコール聞こえる人」、「聴覚障害者、イコール手話を使う人」のようなイメージに苦しんでいることが分かった。上述した要望1~6について、本調査でも、多くの難聴者・中途失聴者が希望していることを再確認した。 聴覚障害を負ったばかりでまだ混乱状態にある人は、自分の状況などを適切に記述できない場合もあると思われ、このような人に対しては、選択式の質問を用意してより多くの回答を引き出せるように配慮する必要があろう。また、自由記述式によるアンケ―ト調査で、2割の人がある事柄を希望する内容を記述した場合、残りの8割の人はその事柄を希望していないということにはならないことなどを考慮に入れる必要があろう。