論 文 の 要 旨 坐骨神経鍼通電療法における安全性・再現性の高い刺鍼法の提案 令和元年度 筑波技術大学大学院技術科学研究科保健科学専攻 渡邊 健 指導教員 鮎澤 聡 1 背景と目的  坐骨神経鍼通電療法は坐骨神経痛に対する治療方法として臨床で用いられている。刺鍼点や刺入方法は神経ブロックにおける方法が応用されているが、それらの同定法は必ずしも再現性は高くなく、また患者自身の異常感覚を得ることで神経近傍に鍼先があることを推定するため、鍼による神経損傷の可能性が存在する。また、体表上のランドマークから刺鍼点までの距離が離れていること、刺鍼点の位置の特定に寸法・角度等の数値的表記が使われていることなどから、視覚に障害を有する鍼師にとって刺鍼点の同定は必ずしも容易ではない。すなわち、触擦により直接刺鍼点が同定され、かつ安全性・再現性の高い方法の確立が望まれる。これまで、殿部における坐骨神経への鍼刺入路の安全性や再現性に関して、献体による解剖学的検討はあるが、生体による検討はなされていない。また、鍼通電を行う際に用いられる電流値に関する知見はこれまでにない。  本研究では、安全・確実に実施できる坐骨神経鍼通電療法での刺鍼法の確立を目指し、以下の4点を目的とした。 ① 安全性の高い刺鍼部位を生体画像を用いて画像解剖学的に明らかにする。 ② 再現性が高く、かつ明確で近接した体表上のランドマークを有する刺鍼点を特定し、視覚に障害を有する鍼師であっても安全・確実に同刺鍼点の同定ができる触擦法を確立する。 ③ 同刺鍼点での鍼刺入において、安全性・再現性の高い体位を明らかにする。 ④ 同刺鍼点から鍼を刺入した場合の、坐骨神経支配筋収縮に要する刺激電流値(運動閾値)の測定を行い、坐骨神経−鍼先間距離と運動閾値との関係性を電気生理学的に明らかにする。 2 方法 研究1:既存の造影CT画像を用いて、コンピュータ上で代表的刺鍼点からの鍼刺入路に存在する臓器・血管・骨格筋との接触リスクについて検討した(目的①)。 研究2:研究1によって高い安全性が明らかとなった坐骨結節外側−大腿骨内側間における坐骨神経走行の特徴、ならびに明確なランドマークを有する刺鍼点同定のための触擦法を既存の造影CT画像を用いて検討した(目的②)。 研究3:研究2によって検討された新たな触擦法により同定した「坐骨結節外側−大腿骨内側間陥凹部刺鍼点」下の坐骨神経走行の確認、ならびに側臥位・腹臥位での坐骨神経深度の計測を超音波画像を用いて行った(目的③)。 研究4:触擦法で同定した「坐骨結節外側−大腿骨内側間陥凹部刺鍼点」において、超音波画像を用いて坐骨神経深度を計測し、その深度まで鍼を刺入、鍼先を坐骨神経近傍に位置させた上で通電を行い、支配筋収縮に要する刺激電流値(運動閾値)の計測、ならびに収縮が誘発された坐骨神経支配筋の同定を行った(目的④)。 3 結果 研究1:坐骨結節外側−大腿骨内側間での鍼刺入路には臓器は存在せず、直径3 mm以上の血管との接触リスクも最も低かった。 研究2:坐骨結節外側−大腿骨内側間においては、坐骨神経は大転子下縁レベルで2骨間のほぼ中央を走行しており、同部位は体表上で2骨間の陥凹部として触擦による同定が容易に可能であった。 研究3:触擦により同定した「坐骨結節外側−大腿骨内側間陥凹部刺鍼点」の直下を坐骨神経が走行していることが確認された。また、坐骨神経までの深度は腹臥位よりも側臥位で有意に浅かった。 研究4:鍼先が坐骨神経近傍に位置している場合、平均3.4 mAで支配筋の収縮が誘発され、鍼を抜き上げるにしたがって運動閾値は増加した。また、1.0 mA以下の刺激で支配筋収縮が誘発された場合には顕著な収縮が観察された。 4 考察  本研究で検討した触擦によって同定される「坐骨結節外側−大腿骨内側間陥凹部刺鍼点」は、骨のランドマークが明確で体表上での触擦が容易であり、刺鍼部位を近接したランドマーク間において限定的な凹みとして捉えられることから、視覚障害を有する鍼師であっても容易に同定が可能であると考えられる。また鍼刺入路の周囲には臓器や太い⾎管がなく、かつ同刺鍼点直下を坐骨神経が走行していることから、安全性に加えて高い再現性が期待できる。施術体位については側臥位が坐骨神経深度を減ずる可能性が高く、再現性をより高める体位と考えられる。実際の鍼通電時には、3.4 mA前後の通電で支配筋の収縮が得られれば鍼先が坐骨神経近傍にあると推定される。一方、1.0 mA以下で支配筋の収縮が誘発された場合は、鍼先が坐骨神経に接触している可能性があるため注意を要する。これらの電気⽣理学的知⾒は、神経損傷を回避するための「通電ガイド下刺鍼法」の確⽴に向けた指標となり得ると考える。 5 結語  本研究は、坐骨神経痛で用いられている坐骨神経鍼通電療法において安全性・再現性の高い刺鍼法を提案することを目的として行った。 「坐骨結節外側―大腿骨内側間陥凹部刺鍼点」を、坐骨神経鍼通電療法において安全性・再現性の高い刺鍼点として、触擦による同定法と併せて提案した。