無酸素性運動が脳機能及び筋代謝に及ぶす影響に関する基礎的研究─ 健常者と脳性麻痺者を比較して ─ 石塚和重 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 理学療法学専攻 キーワード:無酸素性運動,脳機能,筋代謝 1.はじめに これまでの研究では脳性麻痺の科学的トレーニングに関する研究として筋力トレーニングと関節可動域トレーニングが重要な要素となっている。脳性麻痺者の科学的トレーニングに関する研究は2000年から開始し,まずは脳性麻痺の筋力トレーニングとしての基礎研究としての筋断面積,筋力,動作速度について検討してきた。2005年に脳性麻痺者陸上短距離の無酸素性能力としてのミドルパワー測定として30秒間の自転車エルゴメーター漕ぎ中に発揮されたパワーの最大値と平均値を測定した。運動終了後,5分,10分,30分後の乳酸値を測定し評価した。その結果,100m,200mの記録を向上させるにはミドルパワーの改善が重要であるという結論がでた。2011年までに脳性麻痺のタイプ別筋力トレーニングについて痙直型脳性麻痺者とアテトーゼ型脳性麻痺者の筋力と筋断面積,動作速度について検討し,日本理学療法士学会,日本障害者スポーツ学会など報告してきた。その結果,痙直型脳性麻痺者とアテトーゼ型脳性麻痺者とも筋力,筋断面積,動作速度にそれぞれ相互関係があることが立証された。この研究によって,筋力強化が脳性麻痺者の運動パフォーマンスを向上させる一つの要因ではないかと考えた。一方,脳性麻痺のパフォーマンスを向上させるもうひとつの要素として持久力の要素が重要であり,それに基づく体力の向上を目的とした有酸素性能力と無酸素性能力を兼ね備えたトレーニングが必要となってくる。今回の研究は脳性麻痺者の科学的トレーニングとして重要である無酸素性運動としてのミドルパワーに着目し,脳機能及び筋代謝の基礎研究として健常者2名のパイロットスタディーと報告する。 2.研究方法 本研究に同意した健常者,脳性麻痺者のみ測定をする。また,自転車エルゴメータ―による無酸素性運動負荷試験前にバイタルチェック(血圧・脈拍)をし,健康状態が良好である被験者のみを測定する。検査方法を以下に示す。 1.無酸素性運動試験前は3分間安静状態を保つ 2.自転車に乗車し,30秒間の無酸素運動負荷試験を開始する。 3.運動終了後3分間のクールダウンをする。1~3までの安静時,運動中,運動後の脳内の状況について近赤外光イメージング測定装置で測定し,脳内の酸素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビンの動態を測定し分析する。同時に大腿四頭筋の筋代謝とSPO2(動脈血酸素飽和度)について検討する。 図1 測定風景 3.結果と考察 運動が脳を賦活することは多くの研究報告により検証されている。松尾ら3)は,筋出力の増加に伴い,一次感覚運動皮質の脳活動は増加する可能性があると報告している。また,信迫ら4)は,安静時と比較して,歩行時には一次運動野のΔCd・Lが増加するだけでなく,速度調整や障害物回避などでは,一次運動野だけでなく,運動前野や前頭前野も活性化すると報告している。栗田ら5)は低酸素環境が与える脳機能及び筋代謝への影響について,前頭部と下肢筋の同時測定に関するパイロットスタディを試みた。それによると前頭前野及び下肢骨格筋のNIRSの同時測定により,運動負荷や低圧負荷における脳機能と運動機能の関連を捉えることができることを示唆している。今回はパイロットスタディーとして2名の健常者について自転車エルゴメーターによる無酸素性運動について検討した。赤線部は酸素化ヘモグロビン濃度長(以下:oxy-Hb),青線部は脱酸素化ヘモグロビン濃度長(以下:deoxy-Hb),緑線部はtotal-Hbの変化を示している。脳の前頭部におけるNirsの変化は全体として運動開始とともにoxy-Hbの増加,deoxy-Hbには大きな変化は認められず一定の傾向を示している(図2,3)。一方,筋において運動開始 とともに oxy-Hb の低下,deoxy-Hb の増加傾向がみられている。(図2,3) 被験者1はトレーニング群の一人であり,被験者2は非トレーニング群の一人である。被験者1は運動開始直後から,前頭部におけるoxy-Hb の急激に増加し,筋ではそれほど変化は示していない。一方,筋においては運動開始直後には,deoxy-Hb の著しい増加とoxy-Hb の著しい低下を示したが(図2参照),被験者2では運動開始後,前頭部におけるoxy-Hb が増加しているが,deoxy-Hbは変化していない。筋では運動開始後 oxy-Hb の低下しているがdeoxy-Hb の変化は見られていない(図3参照)。被験者1は日ごろから瞬発性を高めるトレーニングをしているが,被験者2はほとんどスポーツをしていない状態にあり,日々のトレーニングの差が今回の結果になったのではないかと予想される。運動終了後については,両者とも共通して脳の前頭部のoxy-Hb は減少し,定常状態に戻っていく傾向がみられている。一方,筋ではoxy-Hb が増加し,定常状態に戻る傾向を示した。以上のことより,自転車エルゴメーターを使用しての無酸素性運動では,運動直後から前頭葉でのoxy-Hb が増加し,運動終了後は減少傾向を示していた。筋では運動中はoxy-Hb が減少し,運動終了後増加する傾向を示している。deoxy-Hbは筋では運動中増加傾向を示しているが,全体的には大きな変化が認められなかった。今後,脳性麻痺者について検討する予定である。 図2 被験者1(左:筋Nirs, 右:脳Nirs) 図3 被験者2(左:筋Nirs, 右:脳Nirs) 参照文献 [1] 灰田宗孝:NIRS(信号変化の原理と臨床応用),脳循環代謝17, 1-10, 2005 [2] 山本克之:筋赤外線分光法を用いた筋組織酸素動態の計測,顎機能誌,j.Jpn.Soc.Stomatagnath.Funct.12, 93-99, 2006 [3] 松尾英明他.膝関節伸展筋出力の違いが大脳皮質活動に及ぼす影響:近赤外線分光法(NIRS)による検討. 国立大学法人リハビリテーションコ・メディカル学術大会誌 31,42-45,2010 [4] 信迫悟志他.ニューロリハビリテーションと脳の機能的イメージング:歩行.理学療法27, 274.282 (2010). [5] 栗田大作.低酸素環境が与える脳機能および筋代謝への影響:前頭部と下肢筋の同時測定に関するパイロットスタディー.第12回日本光脳イメージング研究会 2009 成果の今後の教育上の活用 無酸素性運動が脳機能及び筋代謝に及ぶす影響について検討することは,現在研究中である脳性麻痺者の運動が脳機能や筋代謝にどのような影響があるのかを明らかにする手がかりになると考えている。これらの研究は脳性麻痺児(者)のスポーツやリハビリテーションへの応用に非常に有意義な研究である。また,理学療法学を学ぶ学生に運動指標としての示唆をあたえてくれる内容でもある。 成果の学会発表等 今後,日本障害者スポーツ学会,医療体育研究会,その他理学療法に関する学会に発表していく予定である。