聴覚障害者のダンスにおける情報保障支援の有効性について 筑波技術大学大学院技術科学研究科情報アクセシビリティ専攻 関戸美音 目的:これまで、聴覚障害者のダンスにおける情報保障については、様々な報告がなされてきた。そこで本研究では、聴覚障害者の音楽の捉え方、感じ方について明らかにするとともに、ダンスにおける情報保障支援の有効性について検討することを目的とした。そして、本研究結果が、学校体育はもとより、ダンスにおける共生社会の一助とすることである。 方法:【研究1】音楽の捉え方を明らかにするために、大学聴覚障害学生名(ダンス経験者:10名、ダンス未経験者:49名)を対象にアンケート調査を行った。日常的に音楽を好んで聞いているかにつて問い、音楽を聞いていると答えた対象者に対して、その後、全20項目の質問に答えてもらった。【研究2】聴覚障害者のダンスにおける情報保障支援の有効性を検討するために、T大学聴覚障害学生20名(ダンス経験者:10名、ダンス未経験者:10名)を対象に「視覚情報」「手元の振動」の2つの異なる情報を用いて、3つの組み合わせの情報保障支援パターン(①音楽+視覚情報、②音楽+視覚情報+手元の振動、③音楽+手元の振動)でダンス活動を行ってもらった。活動後、対象者からは、それぞれ3つのパターンの情報保障について、全24項目の質問に対して、5段階の評定尺度を用いて評価してもらった。次に、最も分かりやすくリズムを感じ、踊りやすかったパターンを選択してもらい評価を得た。最後に、自由記述欄を設け、被験者の意見や感想をもらった。 結果 【研究1】:対象者59名中33名(55.9%)(ダンス経験者10名、ダンス未経験者23名)が日常的に音楽を好んで聞いていると回答した。そして、日常的に音楽を好んで聞いている33名を対象として「1番のお気に入りの1曲を聴いた時に感じること」についての回答をまとめ、経験者と未経験者で比較した。経験者群と未経験者群の評価に大きな差は見られず、有意差も認められなかった。聴覚障害者が好む音楽の傾向は以下の通りであった。聴覚障害学生全体から、判断基準を5と設定しまとめると、「楽しい」、「スピード感がある」、「興奮する」、「リズムを感じる」、「メロディーを感じる」、「曲全体をイメージできる」、「曲が明るい」、「音楽がはっきりしている」の8項目で高い評価を得られた。また、「リズムが速い」と感じる音楽や、「リラックスできる」音楽を好む傾向が見られた。経験者群と未経験者群の平均値を比較しまとめると、聴覚障害学生全体の傾向と似ていることが分かる。聴覚障害学生全体で得られた8項目のうち、経験者群では「楽しい」、「興奮する」、「リズムを感じる」、「メロディーを感じる」、「曲全体をイメージできる」、「音楽がはっきりしている」の6項目で平均値が高かった。また、経験者群の特徴として、「曲が暗い」と感じる音楽を聞く傾向が見られた。一方、未経験者群では「スピード感がある」、「曲が明るい」の2項目で平均値が高かった。 【研究2】:被験者全体の評価平均値から、判定基準を3に設定しまとめると、「音楽が聞き取りやすくリズムが感じられましたか」の問いでは、全てのパターンで高い評価を得られた。「音楽が聞き取りやすく踊れましたか」の問いでは、パターン2及びパターン3で高い評価を得ることができた。最も高い評価を得られたのは、パターン2の「手元の振動でリズムは掴めましたか」であった。3つのパターンごとにダンス経験者とダンス未経験者の評価平均値を比較した結果、各パターン全て2項目ずつ有意差が認められた。パターン1では、“音楽を聞き取りやすくリズムを感じられましたか”と“音楽が聞き取りやすくおどれましたか”の2項目に有意差が認められ、ともに経験者が高い値であった。パターン2では、“音楽が聞き取りやすくおどれましたか”と“音楽を聞き取る余裕はありましたか”の2項目に有意差が認められ、ともに経験者が高い値であった。パターン3では、“音楽を聞き取る余裕はありましたか”と“手元の振動を感じる余裕はありましたか”の2項目に有意差が認められ、“音楽を聞き取る余裕はありましたか”の問いでは経験者が、“手元の振動を感じる余裕はありましたか”の問いでは未経験者が高い値であった。 全体評価として、どの情報保障のパターンが踊りやすかったかの問いには、経験者群は、パターン1に4名、パターン2に4名、パターン3に2名となり、未経験者群は、パターン1に1名、パターン2に9名となった。そして、両群の合計でパターン2が13名となり、踊りやすかった情報保障のパターンであった。そこでさらに、パターンごとの評価平均値を両群合計とグループごとに分散分析及び多重比較検定を行った結果、両群合計とダンス未経験者群の2つに、パターン評価に有意な主効果が認められた。そして、ともにパターン2がパターン3よりも有意差が認められ、パターン2が高い値であった。 考察:本研究からつのことが明らかとなった。研究からは、聴覚障害者の音楽の捉え方については、聴覚障害者の半数以上が音楽を聞いているということが明らかとなった。さらに、日頃から聞いている曲調の傾向でみられたように、聴覚障害学生全体の傾向として「リズムとメロディーを感じ、スピード感があり、明るい」を感じやすい音楽を好んで聞くことも明らかとなった。そして、聴覚障害学生の中には、日頃から好んで聞く音楽のリズムやメロディーをしっかりと感じることで、曲全体をイメージすることでき、「楽しい、興奮する」に繋がるのではないかと推察される。一方、ダンス経験者が暗い曲や、重く感じる曲を好む背景には、ダンスを行うときにドラム音やベース音といった低音が強めの音楽を使用して練習をすること、ダンスパフォーマンスで使用していることから、日頃からリズムがはっきりと感じられる音楽を好んで聴いていると推察される。 聴覚障害者のダンスにおける情報保障支援については、ダンス経験者群は日頃からスピーカーを通した音楽を聞きながら踊るということに慣れがあるのではないかと推察される。よって、経験者群はダンスにおける情報保障として、視覚情報や手元の振動よりも聴覚による情報が優先されると推察する。一方で、ダンス未経験者の場合、聴覚による情報よりも視覚情報保障や手元の振動でリズムを取ることができたが、視覚情報保障だけ、手元の振動だけだと踊りにくく、視覚情報保障と手元の振動を合わせて使用することで、情報保障支援の有効性があることが示唆された。 結論:聴覚障害学者におけるダンスの情報保障支援について、これまでの先行研究では、視覚情報保障ではスクリーンを使用し、音楽はアンプのついているスピーカーを使用し、振動刺激の使用に関しても特別なシステムを必要としていた。本研究では、これらの情報保障を簡易化した情報保障支援の有効性についての検討であったが、その結果、ダンス未経験者には、本研究で使用した市販されている手元の振動刺激が有効であるとともに、視覚情報保障と併用することで、さらに、ダンスを行う上で情報保障支援として有効であることが示唆された。 本研究で得られた成果により、聴覚障害者にとって、踊ることの楽しさを知り、ダンスがより身近なものになると考える。そして、学校体育の現場や共生社会の一助なると考える。