視覚と聴覚に障害のある盲ろう者のための 点字によるコミュニケーションツール開発 平成30年度 筑波技術大学大学院技術科学研究科 情報アクセシビリティ専攻専攻 クロイヒヴィーク ズザンネ ダニエラ KUREUCHWIG Susanne Daniela 目的: 視覚と聴覚に障害のある盲ろう者の情報伝達および情報授受は、触覚情報に頼るところが大きい。触覚によるコミュニケーションは幾つかあるが、点字および手話を全く知らない者が、盲ろう者とコミュニケーションをとることは容易ではない。本研究では、点字および手話に関する知識が全く無い者と盲ろう者がコミュニケーションをとることのできるツールの開発を目的とし、点字を情報の伝達および授受の媒体とした。ツール開発の前提として、盲ろう者は点字の読み書きが出来ることとし、健常者は点字および手話に関する知識が無いものとしている。なお、開発するコミュニケーション・ツールは、ソフトウェアとして動作するもので、ハードウェアの開発を行うものではない。また、使用言語は日本語のみとする。 方法: 健常者から盲ろう者への情報伝達は、発話を点字にすることで実現する。第1ステップとして、発話された音声情報を、音声認識エンジンを用いて漢字仮名交じり文にする。使用する音声認識エンジンは、オープン・ソースによるライブラリと市販品の2つを使用する。第2ステップとして、漢字仮名交じり文を形態素解析し、日本点字規則に合ったマス空け情報に変換する。第3ステップとして、点字表記に合った形で、コンピュータ点字コード(NABCC) に変換する。殆どの点字ディスプレイはNABCCを内部コードとしているため、発話情報が点字形式で読み取れる形となる。盲ろう者から健常者への情報伝達は、点字を墨字に変換すれば、読み取りは容易になるため、墨訳を行えれば良い。ただし、平易な日本語であれば、点字を仮名表記することで読み取れるが、英文は英語2級点字が使われるため、英語1級点字に変換する必要があり、変換規則と専用辞書を作成し墨訳を行う。数式は、簡単な分数でさえ表記が難しいため、数式用に表示が容易なワードプロセッサを用いて提示することとする。従って、日本語および英語も、同じ画面に表示できる形にする。 結果: 健常者から盲ろう者への情報伝達は、音声認識エンジンJuliusとAmiVoiceを用いて、認識結果を態素解析したものを日本点字規則に従った点訳を行い、点字のコンピュータ内部コードである北アメリカ・コンピュータ・コードに変換し出力する形で実現した。盲ろう者から健常者への情報伝達は、点字を墨訳する形でMicrosoft社のWord上に表示することとし、点字は日本語、英語、数式を入力とし、英語は2級点字を1級点字に出力し、数式は高校レベルの数式まで表示できるシステムとした。作成したシステムでは、全ての点字入力に対応するものではなく、高等教育で使用される範囲の数式、ベンゼン環に代表される複雑な化学式、音符に代表される楽譜には対応していない。 考察: 健常者から盲ろう者への情報伝達は、口頭の音声情報を点字にするため、音声認識エンジンを必要とし、音声認識エンジンの良し悪しで情報の正確さが左右されてしまう。本研究は音声認識エンジンの質を高めるためのものではないが、認識率の向上は望まれるものである。今回使用したJuliusとAmiVoiceは、どちらが良いか認識率の差は出なかったが、今後この2つ以外の音声認識エンジンが使用可能になった場合、容易に音声認識エンジンを組み替えられる仕組みが必要となる。そのための仕様を考慮し、直接呼出し方法とコールバック関数を用いた呼び出し方法の2つを用意し、第3の音声認識エンジン向けの対応も可能なシステムとした。この対応により、今回使用した音声認識エンジンより、より認識率の高い音声認識エンジンへの切り替えを容易にしている。盲ろう者から健常者への情報伝達は、点字を墨訳する形でシステムを構築したが、墨字を表示するプラット・フォームをMicrosoft社のWordを使用した。Wordを使用した理由は、数式点字を墨字表示する環境として使いやすさを考慮してのことであった。数式の表示としてはLaTeXが理工系で良く知られたツールではあるが、一般の人にとってLaTeXが使いやすいものではない。WordとLATEXの数式表示機能を比較した場合、Wordは高校レベルの数式であれば問題はないが、高等教育で使用される数式を考慮した場合、LaTeXの表示機能には及ばないため、今後の改良としてLaTeXでの表示を可能とする環境が構築できれば良いと考えられる。 結論: 盲ろう者と健常者との間で、情報伝達および情報授受を可能とする2つのツール開発が行えた。盲ろう者への情報伝達は、音声認識エンジンの認識率に左右されるところが大きく、今回の開発は認識率の向上を目指したものではないが、発話のスピードで、実時間で耐えうる認識結果とはならなかった点が今後の改善点となる。盲ろう者からの情報授受は、日本語、英語、数式の墨訳を可能としたが、数式は高校レベルの表示に留まり、行列に代表される高等教育で使用される数式には対応していない点が次への課題となる。また、ベンゼン環に代表される化学式や、音符で記述される楽譜は対象外としたため、これらの墨字表記も今後の追加機能として必要なものとなる。今回作成した2つのツールは実用的かというと、認識率や使い勝手に難はあるものの、最低限使用できる形として提供できた。