修士論文 日本手話言語の補完的学習法の検討 プロソディに着目して 平成29年度 筑波技術大学大学院修士課程技術科学研究科情報アクセシビリティ専攻 繁益陽介 目次 第Ⅰ部 序 論 1 第1章 研究の背景 2 1.聴覚障害者の社会参加拡大への法的整備 2 2.手話通訳に関する資格 2 3.手話通訳者数に対する認識 3 4.わが国の手話言語教育 4 5.課題と困難点 5 第2章 本研究の前提となる先行研究 7 1.母語獲得と第 2 言語学習の相違点 7 2.第2言語学習者の内的要因に焦点をあてた研究 11 第3章 研究の目的と論文の構成 17 1.本研究の目的 17 2.本論文の構成 19 3.用語の定義 20 第Ⅱ部 本 論 22 第4章 研究 1.「移行期における都道府県の手話言語学習支援実施状況と課題」 23 1. 目的 23 2. 方法 23 3. 結果 25 4. 考察 29 第5章 研究 2.「手話言語学習者自身の手話言語技能習得に対する自信度の調査」31 1. 目的 31 2. 方法 31 3. 結果 37 4. 考察 48 第6章 研究 3.「測定する手話言語技能の要素に着目した検査法の検討および評価基準の作成」 51 1. 目的 51 2.測定する手話言語技能の要素の決定 51 3.研究 3 の進め方 53 4. 方法 53 5. 分析項目 66 6. 結果 67 7. 考察 82 第7章 研究 4.「日本手話言語の補完的学習法の検討」 85 1. 目的 85 2. 実験学習「手話言語プロソディ学習」の方針 85 3. 方法 86 4. 結果 92 5. 考察 106 第Ⅲ部 結論 109 第8章 研究のまとめ 110 8.1.移行期における都道府県の手話言語学習支援実施状況と課題 110 8.2.手話言語学習者自身の手話言語技能習得に対する自信度の調査 110 8.3.測定する手話言語技能の要素に着目した検査法の検討および評価基準の作成 111 8.4.日本手話言語の補完的学習法の検討 111 第9章 総合考察 112 9.1.移行期における補完的学習のあり方 112 9.2.移行期にいる手話言語学習者の状況 112 9.3.補完的学習などを活用した、学習者の課題解消への取り組み(提案) 113 第10章 結論 114 10.1.補完的学習の条件 114 10.2.補完的学習の導入時期および終了時期 114 10.3.補完的学習の内容および方法 114 第11章 今後の課題 114 第12章 結語 116 資料 117 資料 1. 厚生省「手話奉仕員および養成講座手話通訳者養成カリキュラム」 118 資料 2. 国立身体障害者リハビリテーションセンター学院手話通訳学科カリキュラム124 資料 3. 質問紙 「手話奉仕員養成講座・手話通訳者養成講座に関するアンケート」125 資料 4. 質問紙 「手話言語技能への自信度測定に関するアンケート」 132 資料 5. 手話言語プロソディ検査に用いたプレゼンテーション 141 資料 6. 手話言語プロソディ検査に関する質問紙調査 質問紙 149 資料 7. 手話言語プロソディ検査およびプロソディ学習に関する質問紙調査 質問紙 151 資料 8. 評定者に関する質問紙調査 質問紙 152 資料 9. 評定用紙 154 資料 10. 実験学習「手話言語プロソディ学習」 回等用紙 155 資料 11. 実験学習「手話言語プロソディ学習」 模範回答用紙 156 資料 12. 実験学習「手話言語プロソディ学習」の説明(スライド) 157 研究業績 159 謝辞 160 引用文献・参考文献 161 筑波技術大学 修士( 情報保障学)学位論文 第Ⅰ部 序 論 第 1 章 研究の背景 1.聴覚障害者の社会参加拡大への法的整備  わが国における聴覚障害者の社会参加は、聴覚障害者団体および日本手話言語(以下、「手話言語」)関係団体などの働きかけをうけた法的整備などを背景に、拡大の一途をたどっている。具体的には、(1)2001 年に薬剤師法および医師法など 27 の法律と 31 の制度改正による障害者を特定した絶対的欠格条項の撤廃に伴う聴覚障害者の職種従事拡大;(2)2013 年施行された障害者総合支援法に伴う手話通訳派遣事業の必須化;(3)2016 年に施行された障害者差別解消法に伴う合理的配慮;(4)現在は手話言語を言語として位置づける「日本手話言語法(仮称)」および、情報アクセス・コミュニケーション支援の拡充を図る「情報・コミュニケーション法(仮称)」の制定に向けての取り組み、などである。聴覚障害者が社会に参加できるためには、手話通訳などの意思疎通支援が必要であり、これらの支援は手話通訳資格を有する者などの意思疎通支援者が担っている。 2.手話通訳に関する資格 その手話通訳に関する資格(以下、「手話通訳資格」)は、厚生労働省認定資格①としての「手話通訳士」、手話通訳者全国統一試験②などの試験合格を経て都道府県認定となる「手話通訳者」の 2 種類③がある。手話通訳士の資格試験である手話通訳技能認定試験(以下、「手話通訳士試験」)の合格率(合格者数)は 2017 年度までの 29 年間の平均では 15.3±8.0%(125±74 名)であるが、最近の 5 年間の平均では 10.6± 6.6% (105±60 名)であり、その間 2015 年度には 2.1%(23 名)の過去最低記録を更新している(聴力障害者文化センター 2017)1。一方、手話通訳者全国統一試験では、政令都市を含む各都道府県の参加数が一定でない④ものの 16 年間の平均では22.7±8.3%(269±102 名)であるが、最近の 5 年間の平均では 13.9±3.0%(247±44 名) であり(意思疎通支援者養成研究事業検討委員会(2017)2に2016年度のデータを追加)、手話通訳資格の試験合格率はともに低下の傾向が見られる(図 1-1,1-2)。 図 1-1 手話通訳士試験合格の状況 図 1-2 手話通訳者全国統一試験合格率の状況 3.手話通訳者数に対する認識  聴覚障害者の社会参加拡大に伴い、手話通訳者派遣件数もそれに比例して増加することが想定される。意思疎通支援者養成研究事業検討委員会(2017)が 72 市町および 49 ヶ所の聴覚障害者情報提供施設(以下、「情報提供施設」)を対象にした調査によれば、手話通訳者派遣件数がこの 10 年間でそれぞれ 1.5 倍から 3 倍増加している一方、手話通訳者数が不十分との回答はそれぞれ 80%から 90%(市町)、100%(情報提供施設)であり、現員の 1.5 倍から 2 倍の数が必要と回答されている。また都市部から離れた地域は手話通訳者が不足するあるいはいない状況になっている。手話通訳士実態調査事業委員会(2010)3でも、手話通訳士合格者数の現状に対し、少ないと認識されている。 4.わが国の手話言語教育  一方、わが国の公費による手話言語教育を概観すると、1970 年に厚生省(現厚生労働省)の事業として手話奉仕員の養成事業が行われるようになり、1990 年に国立身体障害者リハビリテーションセンター学院に「手話通訳専門職員養成課程」(以下、「国 リハ」)の設置①、1998 年に「手話奉仕員および養成講座手話通訳者養成カリキュラム(以下、「カリキュラム」)」、1999 年に「学習指導要領」を厚生省(現厚生労働省) が作成し、現在に至る。  多くの手話通訳者は、カリキュラムに基づいた都道府県の手話通訳者養成講座で養成されている。そのカリキュラムに関して、手話奉仕員養成については、養成目標を「聴覚障害、聴覚障害者の生活及び関連する福祉制度等についての理解と認識を深めるとともに、手話で日常会話を行うに必要な手話語彙及び手話表現技術を習得する」と設定し、課程を入門及び基礎、実技時間を 70 時間、講義時間を 10 時間、合計で80 時間としている。手話通訳者養成については、養成対象者を「手話を駆使して特定の聴覚障害者と日常会話が可能な者」と設定し、課程を基本、応用及び実践、実技時間を 78 時間、講義時間を 12 時間、合計で 90 時間としている。  一方、専門学校のような育成機関の性格を持つ国リハの実技時間は、720 時間で奉仕員養成講座の約 10 倍でありかつ、現場での実習を通して教室で学習した手話言語の運用を行う機会が盛り込まれている。さらに、講義に相当する部分も 670 時間をかけて明示的な知識を学習している。それぞれの学習指導時間を表 1-1、それぞれのカリキュラム内容を資料 1、2 に示す。 表 1-1 それぞれの学習指導時間 5.課題と困難点  手話通訳資格合格者数の問題点とカリキュラムとの関係に対し、意思疎通支援者養成研究事業検討委員会(2017)は、手話通訳者養成講座の①受講者の動向として受講者の減少など、②養成講座終了後に手話通訳者試験合格者が少ないなど、③講師・指導者の不足、④会場の確保が困難、⑤予算不足、⑥手話奉仕員養成講座から手話通訳者養成講座への移行が難しい(教育水準の格差、受講生が中途で辞めていく等)という課題を挙げている。  その①と②と③に関して、霍間(2013)4が全日本ろうあ連盟加盟団体を対象に手話通訳者養成講座の実態調査を行った結果、手話言語技能を十分に習得していない状態で養成講座を受講している実態を明らかにし、⑥のように手話奉仕員養成講座から手話通訳者養成への連携が、効果的に行われていない状況を指摘している。手話通訳士実態調査事業委員会(2010)の調査でも、4 回以内で手話通訳士試験に合格した者で、専門学校での 2 年間・2000 時間程の集中した教育を受けた者が約 70%を占めているのに対し、手話通訳者養成講座のみ受講した場合は 11.3%にとどまっていることを明らかにしている。 筆者自身も手話奉仕員養成講座および手話通訳者養成講座に携わっているが、手話通訳者養成講座受講試験を受験する者の多くが対象者として示されている基準に達していない、カリキュラムおよび学習環境そのものが第 2言語習得理論に沿っていない、講師の指導力や講師数の不足だけでなく負担も大きいなどと、地域で育成する限界を 感じながら講座を運営している状況である。このような現状は毎年開催されている全 国手話通訳問題研究集会に参加する手話言語指導者や手話通訳者、全日本ろうあ連盟 関係者から、多くの報告や発言(全通研 20135;全国手話通訳問題研究集会 2016・201767)がなされており、全日本ろうあ連盟(2013)8が厚生労働省へ提出した「手話通訳事業に関する要望書」にカリキュラムの見直し案が盛り込まれるなど、全国的に見ても手話言語教育制度や内容などの面で多くの課題が残されていることが示された。 第2章 本研究の前提となる先行研究  前章では、手話通訳者数の実態および国内における手話言語教育の課題を挙げた。一方、多くの手話通訳者は、手話奉仕員養成講座および手話通訳者養成講座のような教室で手話言語を学習し習得していることから、教室における手話言語習得について理解することが重要と考える。そこで、本研究を進めるにあたって、言語はどのように習得されるかといった習得に関するメカニズムや、習得に関係すると思われる要因に焦点をあてた先行研究を概観する。 1.母語獲得と第2言語学習の相違点  言語の習得時期に応じて、乳幼児の時期に母親などから自然に覚える「母語(第1 言語)の獲得」と、後から学校などで覚える「第2言語の学習」は一般的に区別されている。これを学校や手話奉仕員養成講座などの教室で手話言語を学習している手話言語学習者達にあてはめると、音声日本語を母語として獲得した人々が、手話言語を第 2 言語として学習していることになる。母語獲得過程と第 2 言語学習過程に関する多くの研究および議論を、酒井(2002)9が表 2-1 のとおり整理している。これによると、それぞれの習得過程での文法の獲得や使用において、母語獲得は生得的による無意識的に行われるに対し、第 2 言語学習は教育の要因が大きいなどの特徴が見てとれる。 表 2-1 母語の獲得と第2言語の学習 2.1.1 母語獲得過程の研究  母語獲得過程での言語発達を説明するために、1900年代に3つの理論的見解(行動主義、生得説、インターアクション/発達論)が提案されてきている。  このうち行動主義は、1940~50 年代、特にアメリカで影響力のあった学習理論で、Skinner、Sidman、Cataniaらが提案し、「模倣」と「練習」が言語発達の主要な過程であると考えた。しかし、Patsy(2013)10らの実験で、模倣や練習に個人差があり、模倣をほとんど見せない子どもでも言語習得を果たすことが明らかにされている。  そこで、Chomsky、Pinker、Fodor は、「すべての人間は、生まれながらにもつ何らかの生得的な普遍的原理に基づいている」という生得説を提案し、生まれたときか ら「普遍文法」という言語に共通のルールを知っている(先天的)ことを説明してい る。すなわち、複雑な文法の習得に対しては、模倣と練習だけでは困難であり、限ら れたインプットから複雑な文法を発見できる何からかの生得的なメカニズムまたは知 識を持っているということである。この見方は、ほぼすべての子どもが母語の習得に 成功している事実からもみてとれる。Newport(1990)11は、アメリカ手話(以下、「ASL」)習得時期が生まれつきのネイティブ、4~6 歳の早期使用者、12 歳以降の後期使用者と異なるろう者を対象に、語順や形態論・文法形式に関するテストを実施したところ、基本的な語順の成績での差は見られなかったが、形態論・文法形式の成績ではネイティブ、早期使用者、後期使用者の順に優れていることを明らかにしている。  さらに、インターアクション/発達論は、生得説だけでなく、子どもの発達する環境との相互作用に着目したものである。Piaget は子どもの環境との物理的な関わりを通して、子どもの認知的理解の発達を見出し、Vygotsky は子ども同士のあるいは、子どもと大人のやりとりなどといった社会的インターアクションが豊富な環境があれば、子どもは知識も言語運用もより高いレベルに達することができると主張している①。 さらに、J.Sachs ら(1981)12は、対話相手が人間でないテレビとの接触が多い聞こえない両親を持つ聞こえる子どもを観察したところ、3 歳 9 ヶ月時点で非文法的な語順を使用するなど、言語運用に問題があることを指摘している。その後、大人と対話 を始めたところ迅速に言語能力が向上したことから、対話者間のインターアクションの重要性を示している。 2.1.2. 第2言語学習の研究  第2言語習得研究は、1960年前後に学問として出発し、1970 年代に実証的研究領域として本格的に研究され始めた。これらの第2言語習得に関わる実証的研究は、母語獲得と異なり、条件や環境がさまざまに異なる人間の持つ認知能力の本質を明らかにできる点で意義深い(白畑・若林・村野 2010)13。その研究目標の 1 つ目は、「記述的妥当性」という第 2 言語の習得プロセスを記述することであり、適切な実験手法を用いて、学習者から言語習得データを収集することである。2 つ目は、「説明的妥当性」という、観察された現象がなぜ起こるのかを論理付づけで説明することである(Ellis 1997, 白畑・若林・村野 2010)14。  Ellis(1997)は、第 2 言語の学習において、最終的に成功する度合いに個人差が生じるとし、それに影響を与える要因について、学習者の年齢、言語適性、動機づけ、学習ストラテジー(方略)などをあげている。さらに、性格、態度、知能、言語適性、処理容量、コミュニティ(教室内外)、教授法なども重要とされている。これらの要因は、学習者の一般的特性と考えられる学習者の「内的要因」と、社会的・文化的な要因に影響を受ける学習者の「外的要因」に分けられるとし、前者は生得的なものであり、後者は他者や外部からの影響を受けることによって言語学習に働きかけるものであるとしている(尹智鉉 2011)15。  一方、外的要因について Ellis(1997)は、目標言語が学習される「社会コンテクスト①」と学習者が接触する「インプット(言語サンプル)」を挙げている。また、内的要因の全体像を朴景子(2004)は、知能などの「知的要因」、自己概念や精神的動揺、失敗に対する敏感性などの「情的要因」2 つを提案している(並木 199716, 朴200417)。その枠組みを参考に、個人差が生じる要因を内的要因と外的要因ごとについて、表 2-2 の通りに整理した。ここでは、内的要因のうち、年齢・習得時期は物理的な側面、性格・態度・動機づけ・情的要因は心理的な側面、知能・言語適性・処理容量は能力的な側面、として分類を試みた。  さらに、アイデンティティと民族的帰属意識について、Dornyei(2005)18によれば、Williams(1994)は、「言語は使用する人や民族のアイデンティティの一部であり、そのアイデンティティを他者に伝達するために使われる。外国語学習は、…中略…自己像の変化や、新しい社会的・文化的行動様式と存在方法を取り込むことに関連する」と述べており、Ellis(1997)は「母語のアイデンティティを維持しょうとする意識が強いようだ」と述べている。つまり、第 2 言語学習者としてのアイデンティティの確立が、第 2 言語習得の個人差に関係しているということである。  他方、外的要因のうち、教育体系は教育方針・体制や指導者育成、教材などのリソース開発などをいう。学習ストラテジーは、両方の要因に該当すると考え、共通項目とした。 表 2-2 第 2 言語の学習に影響を与える要因 内的要因: 年齢・習得時期 性格・態度・動機づけ・情的要因 ・言語適性・処理容量 アイデンティティ・民族的帰属意識 ← 学習ストラテジー(方略) → 外的要因: 社会環境(ストラテジー)・言語サンプル 指導法・カリキュラム知能 教育体系 2. 第2言語学習者の内的要因に焦点をあてた研究  第 2 言語習得は、学習者の内的要因と外的要因が複合的に関わりあうことで習得の度合いに変化が生じてくるため、学習者自身の特徴にも焦点をあてた指導法も必要があると考える。そこで、第 2 言語指導と内的要因に関する多くの研究及び議論が活発におこなれているのは、「動機づけ」、「知能」、「学習ストラテジー」であろう。 2.2.1.動機づけ  動機づけについて、Dornyei(2005)は、「行動に先行する事件・事情(原因と起因) を述べる一般的な方法」とし、「なぜ学ぶのか」、「何のために学ぶのか」という学習動機を堀野・市川(1997)19、市川(2001)20が図 2-1 に示す学習動機の二要因モデルとして提唱し、充実志向や訓練志向、実用志向を「内容関与的動機」、関係志向や自尊志向、報酬志向を「内容分離的動機」とし、それぞれの志向を測定するために 36 つの質問項目(1 志向あたり 6 項目)を作成している。 図 2-1 学習動機の二要因モデル(市川 2001,pp.48-49)  次に、教室における学習者の行動に与える主要な動機を、Dornyei(2005)は表 2-3 に示すとおり行動段階別に考案している。これは、過程思考アプローチに基づいており、動機づけを動的なものとして捉えている。第 2 言語習得のような長期にわたる学習活動の過程では、学習者の動機づけは変動し、ある程度の浮き沈みを経ながら進んでいくため、この考えは重要である。 表 2-3 第 2 言語教室における学習動機づけのプロセス・モデル その学習の過程における動機づけとの関係について、文野(1999)が 1 人の日本語学習者を対象に、縦断的調査・分析を試みたところ、(1)ある環境におかれた際、比較的自然に誰の内面にも起こるものと、学習環境要因などの外的要因と個人の持つ要因が強く相互作用をもった結果起こる動機づけがあること;(2)ある情意変数(性格や動機など)を持つ学習者にとって、動機づけに影響を与える外的要因は、学習設備などの物理的な環境よりも、学習者の情意面に影響を与える要因(例;ライバルの存在)が協力に作用することを示している。これは、外的要因と動機づけは密接に関わっている 1 つの例といえよう。 2.2.2.知能  知能という定義は、1904 年にイギリスの心理学者 Spearman による概念の提案をして以降、多くの研究者が知能の定義を試みている。Spearman では「知的な行動は知性あるいは脳における単一の因子による」という構成概念から始まり、Binet(フランス)は 1905 年に「知能の要素を、推論、判断、記憶、抽象の力」とし、Terman は 1921年に知能を「抽象的な思考を遂行する能力」と若干広義に定義している。Spearman に学んだ Wechsler は、1939 年に「目的別に行動し、合理的に考え、周囲の環境を効果的に扱う総合的な能力」として言語性知能と動作性知能、全検査知能を別々に算出できるテストを開発した。さらに、Thurstone は 1921 年に「ゴールや結果を想定しながら、事前に計画を立て、直感的な行動を合理的に・目標試行的に抑制して、日常的な目標を達成するプロセス」と定義して、次の7つの因子(言語理解因子、語の流暢性因子、数の演算能力因子、空間認識因子、記憶因子、知覚速度因子、推論因子)を概念化した。  しかし、これらは主に言語的および論理・数学的な能力に重点がおかれ、音楽や芸術などの知能が含まれていない。そこで、Gardner(2003)21は、人間の知能は IQ というたった 1 つの知能で表されるものではなく、文化的な場面で価値あるとされる問題を解決したり、成果を創造したりするような能力であり、複数の知能が潜在的に 備わっているとする概念を提唱した。これらは多重知能(Multiple Intelligence;MI) 理論と呼ばれ、1993 年現在で、人間は 8 つの知能(言語的知能、論理・数学的知能、視覚・空間的知能、音楽的知能、身体運動的知能、博物的知能、対人的知能、内省的 知能)が備わっているとしている。その内容を表 2-4 に示す。MI 理論の提案に触発された教育者は多く、教育目標に対する指導法や研究が国内外で多く報告されている。 表 2-4 8つの知能の特徴 (Gardner2003 を基に作成) 2.2.3.学習ストラテジー(方略)  第2言語学習ストラテジー研究は、学習者のレベルや国籍などの属性をはじめとする学習者の特性別に研究したものや、読解ストラテジー、聴解ストラテジー等技能別 に行われるものがある。Oxford(1990)22は、その学習ストラテジーを「学習をよ り易しく、より早く、より自主的に、より効果的に、かつ新しい状況に素早く対処す るために学習者がとる具体的な行動」(穴戸・伴訳 1994)23と定義している。また、その分類法は Oxford(1990)や O’Malley&Chamot(1990)が代表的で、Oxford の研究では、第 2 言語の学習に直接関わる「直接ストラテジー」と、言語学習を間接的に支える「間接ストラテジー」に二分し、それぞれに 3 つずつの下位区分を設け、より詳細な分類を掲示している(表 2-5)。言語学習のストラテジーの出発点は優れた学習者の学習行動の調査であり、王(2016)24は日本語の優れた中国人学習者を対象に、インタビューの実施や日本語学習日記記録、記述式質問紙調査を通して、優れた学習者の特徴について、次のように示している。すなわち、(1)はっきりとした学習動機をもっていたこと;(2)毎日日本語と接する時間を確保していたこと(注:毎日、日本語を話す人間を相手にしてはいない);(3)学習者が個性的な学習方法を持っていたこと、以下は顕著ではなかったもの(4)失敗することを恐れずに、積極的に目標言語を使用し、コミュニケーションをしていたこと;(5)目標言語である日本語や日本に友好的な態度であったこと;(6)能動的にタスクをやり遂げていていたことなどで、これらを基に、モデルとなる学習ストラテジーを掲示している。 表 2-5 Oxford(1990)のストラテジー分類 1.直接ストラテジー 1)) 記憶ストラテジー: 新しい言語を蓄え、引き出すために使われる a.知的連鎖を作る グルーピング、連想、文脈に中に新しい語を入れる b.イメージや音に結びつける イメージ、意味地図の作成、キーワード使用など c.繰り返し復習する 体系的に練習する d.動作に移す 身体的な反応や感覚を使う、機械的な手段を使う 2)) 認知ストラテジー: よりよい言語産出や理解をするために使われる a.練習をする 繰り返す、音と文字システムをきちんと練習、決まった言い回しや文型を覚えて使う b.情報内容を受け取ったり、送ったりする 意図を素早くつかむ、さまざまな資料を使う c.分析したり、推論したりする 演繹的に推論する、表現を分析する、対照しながら分析する、訳す、転移をする d.インプットとアウトプットのための構造を作る ノートを取る、要約をする、強調をする 3)) 補償ストラテジー: わからないことを推測したり他の方法を使って補う a.知的に推測する 言語的手掛かりを使う、非言語的手掛かりを使う b.話しことと書くことの限界を克服する 母語に変換、助けを求める、身振り手ぶりを使う、コミュニケーションを部分的に、あるいはまったく避ける、話題を選択する、情報内容を調整したり、とらえたりする、新語を造る、婉曲的な表現や類義語を使う 2.間接ストラテジー 1)) メタ認知ストラテジー: 自分の認知処理を統制するために使われる a.自分の学習を正しく位置づける     学習全体を見て、既知材料と結びつける、注目する、話すのを遅らせ、聞くことに集中する b.自分の学習を順序立て、計画する 言語学習について調べる、組織化する、目標と目的を設定する、タスクの目的を明確にする、タスクのために計画を立てる、実践の機会を求める c.自分の学習をきちんと評価する     自己モニターする、自己評価する 2)) 情意的ストラテジー: 学習態度や感情の要因を自ら統制するために使われる a.自分の不安を軽くする リラックス法・呼吸法・黙想、音楽を使う、笑いを使う b.自分を勇気づける 自分を鼓舞する言葉を言う、適度に冒険をする、自分をほめる c.自分の感情をきちんと把握する  体の体調を診る、チェックリストを使う、言語学習日記をつける、他の人々と自分の感情について話し合う 3)) 社会的ストラテジー: 他人との作業を通じて理解、強化するために使われる a.質問をする 明確化あるいは確認を求める、訂正してもらう b.他の人々と協力する 学習者同士協力する、外国語に堪能な人と協力する c.他の人々への感情移入をする  文化を理解する力を高める、他の人々の考え方や感情を知る  その学習ストラテジーを自己評定するために、市川(2001)が「失敗に対する柔軟性」、「思考過程の重視」、「方略志向」、「意味理解志向」という概念に分類し、それぞれに 6 つの質問項目を作成し、学習動機に関する質問項目(36 項目)との相関を調査している。この結果、内容関与的動機が高い人は、「学習の仕方をいろいろ工夫してみる」、「丸暗記するのではなく理解することが大切」、「失敗を悪いことと思わずに、学習にとってむしろ情報だという柔軟な態度をとる」などの傾向があるとしている。また、佐藤・中川・山名(2008)25は、市川(2001)が作成したそれぞれの質問項目を用いて、大学生や大学院生の英語の基礎学力を未習得の状態にある群と習得済みと判断された群を比較した結果、学習動機については「充実志向」と「自尊志向」、学習方法においては「失敗に対する柔軟性」と「意味理解志向」において特に顕著な有意差が見られ、両群間の学習観に相当の違いがあることを明らかにした。 第3章 研究の目的と論文の構成 1.本研究の目的  以上に見てきたような第 2 言語としての手話言語教育に関する問題点および課題を踏まえて、本研究では、手話奉仕員養成講座基礎課程を修了してから手話通訳者養成 講座を受講するまでの時期(以下、「移行期」とする)における最適な補完的学習法を 検討することを目的とした。このために、①移行期における手話言語学習者(以下、「学習者」)を対象にした都道府県の取り組み状況を調査する(研究 1)、②移行期における学習者自身の手話言語技能に対する自信度を測定し、特異点となる要素を抽出する(研究 2)、③抽出された要素の量的測定法を検討し、その要素の検証および評価基準の設定を行う(研究 3)、④その要素について、地域の実情を考慮した補完的学習法の検討を行う(研究 4)という構成を設計することとした。それぞれの研究を具体的にしたものを以下に示す。 研究 1.「移行期における都道府県の手話言語学習支援実施状況と課題」  第2言語としての手話言語教育に関する課題の 1 つに、手話奉仕員養成講座から手話通訳者養成講座への移行が難しい(教育水準の格差、受講生が中途で辞めていく等) ことが挙げられている。移行が難しい原因として、厚生労働省が作成したカリキュラムに定められている学習時間と、学習者の習得ペースとの乖離が発生しているため、手話奉仕員養成講座の到達目標である「日常会話が可能なレベル」に達することができないためと考える。  そこで、この乖離に対して、全日本ろうあ連盟加盟団体がどのように取り組み、どのような課題を抱えているかを質問紙調査により明らかにする。その結果を参考に、補完的学習法の設計に資する。なお、市町村などもその課題に取り組んでいる可能性が考えられるが、国内の基礎自治体総数が東京都の特例区を含めて 1741(総務省,2016)に及ぶことと、都道府県での状況を把握することが先決ということから、本調査は対象を各都道府県聴覚障害者団体に絞って行うこととする。 研究 2.「手話言語学習者自身の手話言語技能習得に対する自信度の調査」  第2言語の効果的な習得は、教授法を含めた教室環境だけでなく、教育体系や社会環境、学習者の内的要因も関係するが、国内における学習者の内的要因と手話言語習得との関係に言及した研究論文は、管見の限りない。  本研究では、手話奉仕員養成講座基礎課程修了時の学習者を対象にして、「手話言語技能習得」の自信度を測定することを目的に、「MI 理論を用いた学習者の特性」、「学習の動機」「、学習ストラテジー」の要素を取り入れた自己評価型の質問紙調査を行う。その結果から手話奉仕員養成講座を受講している学習者の特徴を明らかにするとともに、手話言語技能習得との関連が強いと思われる内的要因を抽出し、その要素に焦点をあてた補完的学習法の検討に資する。 研究 3.「測定する手話言語技能の要素に着目した検査法の検討および評価基準の作成」  研究2で得られた知見を踏まえて、測定する手話言語技能の要素を決定する。さらに、その要素を客観的に検査する方法を考案し、聴覚障害者、手話通訳士、学習者を対象にして検査を実施する。合わせて、幼少期から手話言語を使用している聴覚障害者をモデルにした、評価基準などの作成を試みる。その結果を補完的学習の目標設定の検討に資する。 研究 4.「日本手話言語の補完的学習法の検討」  3つの研究で明らかになった知見を用いて、学習者の学習ストラテジーを高める方法を取り入れた実験学習を行い、妥当性および実用性を検証する。その際、教室で指導者による指導と、学習者による自宅学習との併用ができる学習方法とする。具体的には、インプットおよびアウトプットに有効と思われる手法を設定し、その手法に対応した教材および学習指導案の作成を試みる。 2.本論文の構成 (フローチャート) 3.用語の定義 日本手話言語(手話)  「手話」という呼称は、明治時代初期に京都府で聴覚障害児教育の手段として編み出された「手勢法」の東京地方での呼称「手話法」の名残である。1875 年(明治 8 年) に最初の聴覚障害者教育が行われた時は聴覚障害者の集団が確立されておらず、聴覚障害者の日常的なコミュニケーション手段および生活言語として未完成であったという(前田, 200526 ; 高田, 201227)。  岡本(2017)28の調査によると、1906 年(明治 39 年)に東京で行われた日本聾唖技芸会主催の全国聾唖教育大会と合わせた聾唖教育講演会で鳥居嘉三郎(とりいよしさぶろう)が手勢、手真似、手話の用語説明を行い、「手真似」に対し、「聾唖にとっては自然の言語」と述べていることを明らかにしている。さらに、藤本(1916)29も「手真似は聾唖者が失官に代償して得られた唯一の言語である」とし、「手真似とはいはず手語といふ方が適切ではあるまいかと思ふ」と私見を述べるなどと、当時は、教育手段としての「手話法」と自然の言語としての「手真似・手語」と分別していることを示している。さらに、藤本(1916)は「手語の創造者は教師にあらずして多くは生徒自身又は他の聾唖者の作ったものである」と述べている。  聴覚障害者を取り巻く社会や聴覚障害者教育の変化に伴い、「手話」という呼称がいつしかコミュニケーション手段として社会に定着し、自然の言語を示す「手真似・手語」という呼称が淘汰されていった。しかし、一般財団法人全日本ろうあ連盟(以下、「ろうあ連盟」)(2017)30が 2012 年に公表した『日本手話言語法案』の修正案の記述方法で「手話」を「手話言語」へ修正することを提案するとともに、韓国手話言語を「韓国手語」という略語を記述①していることをろうあ連盟 HP で紹介するなどと、言語としての呼称に対する意識が高まっていることが示されている。  一方で、現実的に聴覚障害者や聞こえる人が使用している手話言語の表現法は、習得時期、習得環境、教育歴、聴覚障害者教育の方法、ライフステージの変化などと個人ごとに異なる言語変種と社会集団ごとに異なる言語変種などが複合的に混在した状況であり、すべて一様ではない。さらに、特定の目的や場面という状況差に基づく言語変種「レジスター(言語使用域)」や、話す相手や人数に応じて話し方を変える「スタイル(文体)」も存在する(宮本 1996)31。  そういったあらゆる言語変種や文体に応じて分類し、「○○手話①」といった呼称の試案がなされているが、本研究で用いる手話言語の内容は、手真似の流れを汲んだ、聴覚障害者が幼児期からの集団生活などで身につけ、周囲と共有している言語構造お よび表現法を対象にした研究で明らかにされている知見を基準とする。 本研究では、「手話言語」と略することとする。 学習( learning ) 学習とは、学習主体である人間が環境との相互行為をとおして、知識、理解、技能、態度を含めた行動を身につけていくことであり、意図的な学習と非意図的偶然的な学習と区別する場合、主として意図的な学習とする。 移行期 厚生労働省が定めたカリキュラムに基づき、市町村を中心にした地域が実施している手話奉仕員養成講座を修了してから都道府県を中心にした地域が実施している手話通訳者養成講座を受講するまでの間を移行期とする。 補完的( complementary ) 補完とは、欠けているところや不十分なところを補って完全なものにすること(松村,1988)とする。 補完的学習( complementary learning ) 補完的学習とは、学習主体である人間が知識、理解、技能、態度などにおいて不十分なところを意図的な学習を経て身につけていくこととする。本論文では、移行期を対象にした補完的学習とする。 手話言語学習者( sigh language learner ) 手話言語学習者とは、手話奉仕員養成講座を修了してから手話通訳者養成講座受講試験を受けるまでの期間に手話言語学習活動を展開する聞こえる成人とする。本論文では、「学習者」と略することとする。 第Ⅱ部 本 論 第 4 章 研究 1.「移行期における都道府県の手話言語学習支援実施状況と課題」 1.目的  第1章に示した、第2言語としての手話言語教育に関する課題の 1 つに、手話奉仕員養成講座から手話通訳者養成講座への移行が難しい(教育水準の格差、受講生が中途で辞めていく等)ことが挙げられている。移行が難しい原因として、厚生労働省が作成したカリキュラムに定められている学習時間と、学習者の習得ペースとの乖離が発生しているため、手話奉仕員養成講座の到達目標である「日常会話が可能なレベル」に達することができないためと考える。  そこで、この乖離に対して、全日本ろうあ連盟加盟団体がどのように取り組み、どのような課題を抱えているかを質問紙調査により明らかにする。その結果を参考に、補完的学習法の設計に資する。なお、市町村などもその課題に取り組んでいる可能性が考えられるが、国内の基礎自治体総数①が東京都の特例区を含めて 1741(総務省,2016)に及ぶことと、都道府県での状況を把握することが先決ということから、本調査は対象を各都道府県聴覚障害者団体に絞って行うこととする。 2.方法 2.1.対象者 一般財団法人全日本ろうあ連盟(以下、連盟)に加盟している都道府県の聴覚障害者団体(47 団体) 2.2.手順 1)質問紙の作成  最初に、「移行期における手話言語学習支援実施の有無」の項目を選択式で設定し、実施していない団体は、「実施していない理由」、実施している団体は、「実施している 理由・経過」、「支援内容」、「学習者への評価」、「実施における課題」の項目を選択式 および自由記述式で設定した。最後に、全ての団体を対象に、「市町村の実施状況」の 項目を自由記述式で設定した。質問紙の構造を図 4-1 に示す。 図 4-1 質問紙の構成 2)質問紙を郵送するまでの手順  質問紙調査を実施する際、全日本ろうあ連盟(以下、連盟)の助言および協力が必要と考え、作成した質問紙を添えて 2015 年 9 月に連盟の情報・コミュニケーション委員長および副委員長、担当職員に説明を行った。その後、連盟事務局および情報・コミュニケーション委員会での確認を経て、2016 年 1 月に連盟から加盟団体長への協力依頼文が発行された。この協力依頼文を添えて、郵送による質問紙調査を実施した。協力依頼文および質問紙を資料3に示す。 3)調査期間 質問紙は 2016年1月に郵送し、同年2月20日を回収の締切とした。 4)分析 質問項目ごとに、欠損値を除いて、度数と割合について集計・分析を行った。 3.結果 3.1.回収状況 調査対象とした 47 の団体のうち、30 団体から回答があり、回収率 63.8%であった。 3.2.手話言語学習支援実施の有無 回答のあった 30 団体のうち、手話言語学習支援を実施していないとの回答は 24 団体、実施しているとの回答は 6 団体であった。実施の有無を図 4-2 に示す。 図 4-2 補完的学習会実施の有無 (上段は団体数、下段は割合を示す) 未実施  24 51% 実施  6  13% 未回答 17 36% 3.3.未実施団体の回答 3.3.1実施していない理由  手話言語学習支援を実施していない理由について、図 4-3 に示す。「市町村で実施しているところがある」、「予算の都合」、「講師が不足している」との回答が 10 団体以上と多く、「通訳者養成講座開始時の手話言語技能用件を満たしている」、「方法を検討している」という回答は 3 団体であった。  「講師が不足している」と回答のあった団体のうち、「指導する奉仕員養成講座講師 は、通訳者を育てなければならないと思う人が少ない<1>」とあり、手話言語を指 導する人材を確保しているものの、手話通訳者養成講座への進路指導・支援ができる 人材の確保までには到達していないことが伺えた。その他での自由記述で示された回 答を整理すると、「地理的条件<1>」、「学習者本人が通訳者を目指していない<2>」、「通訳者養成準備コース設置を市町村に働きかけている<1>」、「手話サークル入会を働きかけている<1>」となった。 図 4-3 実施していない理由 回答団体数 市町村で実施しているところがある 11 予算の都合 11 講師が不足 10 手話技能要件を満たしている 3 方法を検討 3 その他 6  さらに、地域での問題点が記述され、それを整理したものを表 4-1 に示す。 表 4-1 地域が抱えている問題点 問題点 回答団体数 奉仕員養成講座講師の力量不足やバラツキが大きい 4 手話学習の機会や、手話を使用する環境の地域差が大きい 4 奉仕員養成講座修了者達が、手話通訳者を目指すケースが少ない 3 以前、市町村で実施していたが予算や講師の都合で継続できなかった 1 養成講座の講師が受講生のレベルをつかみきれないまま受け入れている状態 1  これらのことから、多くの団体では、予算や指導者、個人差および地域差などといった社会資源の質および量に問題を抱えていることが示された。 3.3.2 市町村での実施状況 「市町村で手話言語学習支援を実施しているところがある」と回答した団体のうち、具体的な記述のあった6市町村で、実施回数は年あたり5回~15回との回答であった。6 市町村とも、20 万人以上の人口規模であるものの、地域の実情に応じていることが示された。 3.4.実施団体の手話言語学習支援状況 3.4.1 実施している理由  回答のあった6 団体のうち、5 団体は手話通訳者養成講座に対応することを目的に手話言語学習支援を実施している。残りの 1 団体は、手話奉仕員養成講座に使用するテキストの改訂(2014年)で手話奉仕員養成講座の実技講座回数が 47 回から 40 回に減少した部分をフォローすることを目的としていた。 3.4.2 移行期における手話言語学習支援を目的とした学習会の運営方法  主催者および事業名、学習会の実施回数、1回あたりの実施時間、予算を整理したものを表 4-2 に示す。全ての団体において、行政より委託を受けているものの、実際は手話奉仕員養成講座事業および手話通訳者養成講座事業の予算内が殆どであった。事業名および実施回数などはそれぞれ地域の実情に応じている旨の回答が得られた。 表 4-2 移行期における手話言語学習支援を目的とした学習会の実施内容 団体名 実施主体→運営委託先 事業名 回数/年 分/回 予算 A 行政→手話奉仕員養成講座実施団体 手話奉仕員養成講座 8 120 行政1) B 行政→情報提供施設 手話通訳者養成事業中級課程 38 120 行政2) C 行政→情報提供施設 手話奉仕員レベルアップ事業 15 120 行政3) D 行政→情報提供施設 手話通訳者養成事業「ステップアップ講座」 14 240 受講料 E 行政→加盟団体 ステップアップ研修事業 15 120 行政3) F 行政→情報提供施設 - 4 120 行政 1)手話奉仕員養成講座事業費の予算内 2)手話通訳者養成講座事業費の予算内 3)県 3.4.3 学習会の指導体制および教材、学習者への評価 指導体制および使用教材、学習者への評価を整理したものを表 4-3 に示す。指導体制については、聴覚障害者1 名と聞こえる者1 名が1 組になって指導しているとの回答が全体よりあった。使用している教材については、自主的に作成している地域が見 られたものの、手話奉仕員養成講座テキストのような統一された教材は使用されてい ないことが示された。学習者への評価はすべての団体とも実施せずとの回答があった。 表 4-3 指導体制および教材、評価 団体名 指導体制 教材 評価 A 聴覚障害者1名、聞こえる者1名 自主作成テキスト 実施せず B 〃 - 〃 C 〃 無し 〃 D 〃 特に決まっていない 〃 E 〃 基本文法を基にして、講師がモデルとなったDVD 〃 F 〃 参考資料や案件資料など 〃 3.4.4 実施団体が抱えている課題  実施している団体が抱えている課題を表 4-4 に示す。38 回の講座を開催している B 団体の抱えている課題は、講座の実施そのものが学習者の手話言語技能の向上に繋がっているとは言えないとの回答、D 団体は、指導者および指導方法に課題を抱えているという回答が得られた。 表 4-4 実施団体が抱えている課題 団体名 課題 B・講座のみではなかなか効果が出ない状況 ・講座外の活動が必要だが、結び付かない受講生が多い D・講師の人材不足 ・受講生の習得レベルに合わせた指導の方法 3.4.5市町村での実施状況 6 団体のうち5 団体は市町村では実施していないとの回答であった。なお、実施回数が4 回と6 団体の中で少ないF 団体は、30 万人以上の1 市町村と10 万人以上の2市町村でも実施している回答を得られた。 3.5.寄せられた要望および意見  質問紙で記載された項目の他に、寄せられた 4 つの要望および意見を整理したものを表 4-5 に示す。その 4 つを分類すると、手話言語教育方針が 2 件、手話通訳者の就職の保障が 1 件、市町村の負担の低減が 1 件であった。 表 4-5 寄せられた要望および意見 要望・意見の内容 分類 手話奉仕員養成を廃して、初めから手話通訳者養成をおこなっては。 教育方針 大学などで、正規の科目として専門的に手話通訳者養成を行わないと、手話通 訳者は育たないし、意思疎通支援事業を全うできないという危惧を感じる。 教育方針 若手の育成に関して、手話通訳者も何らかの生計が成立するような採用条件と 環境の整備をしないといけない。 手話通訳者の就職保障 回数は少なくてもよいから、手話学習者支援は都道府県の方で企画・運営・実 施をして欲しいという市町村からの要望がある。 市町村の負担の低減 4.考察  実施していない団体が挙げた理由の 1 つに予算が不足していると挙げられたものの、実施している団体が確保している実施するための予算は、手話通訳者奉仕員養成およ び手話通訳者養成カリキュラムに基づいた予算であり、移行期に対応した予算が組み込まれていないことが示唆された。  次に、講師不足が実施の有無を問わずに挙げられており、移行期に対応した予算が組み込まれたと仮定しても、講師の不足により、手話通訳者養成講座受講レベルの到達に必要な実施回数の設定や、継続性が保証される可能性は高くないと考える。なお、年間 38 回を開催している実施団体からは、(1)講座のみではなかなか効果が出ない状況がある;(2)講座外の活動が必要だが、結びつかない受講生が多い、と述べていることから、教室での実施回数が学習者の手話言語技能向上に必ずしも直結していない可能性が示唆され、学習者の内的要因や学習ストラテジー、教室外の社会環境参加への動機づけ、学習者数、指導カリキュラム・教材、講師の指導力などという側面からの検証も必要と考える。  現在実施している手話奉仕員養成講座カリキュラムに見られる問題点に対し、ろうあ連盟(2013)が厚生労働省にカリキュラムの見直しに関する要望をしているが、反映されていない状況である。また、地域によっては、「手話言語教育は地域レベルではなく大学などで行わないといけない」と述べていることから、一部の地域に「福祉事業としての手話奉仕員養成講座・手話通訳者養成講座」と、「言語教育としての専門機関での手話言語教育」との境目を意識していることが示唆された。  これらのことから、移行期において効果的な補完的学習法を設定するには、(1)専門的知識や指導技術が習熟していない指導者にとって扱いが可能な指導法であること、(2)学習者自身の学習意識を高められるように、Oxford(1990)が提案した学習に関する各ストラテジーに繋がる方法であること、(3)全国均一になるように作成すること、を考慮することとする。 第5章 研究2.「手話言語学習者自身の手話言語技能習得に対する自信度の調査」 1.目的  第2言語の効果的な習得は、教授法を含めた教室環境だけでなく、教育体系や社会環境、学習者の内的要因も関係するが、国内における学習者の内的要因と手話言語習得との関係に言及した研究論文は、管見の限りない。  本研究では、手話奉仕員養成講座基礎課程を修了する時期にいる学習者を対象にして、「手話言語技能習得」の自信度(以下、「手話言語習得自信度」)を測定することを目的に、「MI 理論を用いた学習者の特性」、「学習の動機」、「学習ストラテジー」の要素を取り入れた自己評価型の質問紙調査を行う。その結果から手話奉仕員養成講座を受講している学習者の特徴を明らかにするとともに、手話言語習得との関連が強いと思われる内的要因を抽出し、その要素に焦点をあてた補完的学習法の検討に資する。 2.方法  目的に沿って、学習者を対象に、手話言語習得に対する自信度に関する質問紙調査を行った。以下、期間、対象者、手続き、質問紙の構成、データ処理方法、分析項目を説明する。なお、本研究は、学内の研究倫理審査委員会の承認を受けて実施された(平成 27 年 12 月9 日)。 2.1.期間 2015 年 11 月~2016 年 4 月 2.2.対象者  本研究を実施する際に、まず茨城県内の市町村で2015年度手話奉仕員養成講座基礎課程を開催している地域を選定し、その主催者や講師団へ研究実施内容の説明および実施の協力の要請を実施した結果、6 会場の承諾が得られた。各会場の実施状況を表 5-1 に示す。 表 5-1 各会場の実施状況 次に、調査対象者について以下の 2 つの条件を設けた:(1)移行期の初期にあたる2015 年度手話奉仕員養成講座基礎課程の受講生で、課程の最終段階にある閉講時期に受講していること;(2)入門課程と合計して 2 年目以上であること。この結果、6 会場を合計して68名の協力者が得られた。この内訳を表 5-2 に示す。性別では男性と女性の対比でおおよそ 1:9、年代別では、40~60 代がそれぞれ全体の20%以上で、30代が18%、20 代が4%、70代が2%以下であった。手話言語学習経験年数では2年目と3年目以上の対比でおおよそ7:3であった。なお、受講人数や年代別、手話言語学習経験年数において、2015 年度当時では会場による差がやや見られた。  調査に際しては、実施日の 1 週間前に講座主催者を通して、研究目的、結果の公表方法、匿名性への配慮、研究参加の任意性などについて、文書により連絡をしてもらった。加えて、実施日にプレゼンテーションを用いて説明を行い、インフォームド・コンセントを得た。 表 5-2 協力者の内訳 2.3.手続き 2.3.1 質問紙の作成  先行研究を参考に、質問紙を作成した。構成は別項に譲る。 2.3.2. 実施方法  6 会場とも、直接会場へ赴き、講座時間内の30分程度を調査時間として頂いた。調査にあたってはまず、協力者へ調査内容を口頭説明および質疑応答の上、質問紙を配 布した。記入方法は、各会場の進行状況に応じて、5 会場は集団調査法、1 会場は自宅へ一旦持ち帰り、回収協力者を通して郵送していただくという郵送調査法であった。 2.4.質問紙の構成 2.4.1.フェイスシート  フェイスシートには、属性となる「市町村名」、「年齢」、「性別」、「手話言語学習開始年」、「学習のきっかけ」とした。 2.4.2.主要部  回答形式は評定尺度(リカート・スケール)の 4 段階評価で、0、1、2、3 のうち 1 つ選択する方法とした。先行研究を参考に、「学習者の内的要因」と「手話言語習得自信度」から構成される質問紙の概要をそれぞれ表 5-3 と表 5-4 に示し、質問紙を資料4に示す。 表 5-3 質問紙の概要 学習者の内的要因 表 5-4 質問紙の概要 手話言語習得自信度  協力者が円滑に回答できるように、回答しやすいと思われる「学習者の内的要因」 を先に質問することとした。「学習者の内的要因」についての質問項目を記述するにあ たって、「個人の特性」は林(2011)32による Armstrong(1999)が提案した多重知能自己分析表(8 つの知能×4 項目/1 知能) および本田(2006)33を参考にした。「動機づけ」および「学習ストラテジー」は市川(2001)、佐藤ら(2008)の調査結果を参考に、視覚および空間を用いる特徴を持つ手話言語学習の特徴を加味して選定した。「手話言語習得自信度」の質問項目のうち、「動作の認知・認識」、「読み取り」、「表出」 のカテゴリーを設けた。「動作の認知・認識」は、手話言語の音韻パラメーターおよび非手指表現(以下、「NM 表現①」)の要素を参考にした(Stokoe, 196034;松岡, 201535)。「読み取り」および「表出」は、それぞれ Taylor(2002)36、Taylor(1993)37が手話通訳技術を評価するために用いている項目を参考にした。 2.5.データ処理方法 2.5.1.単純統計  項目毎の傾向を把握するため、Microsoft Excelを用いて、平均値および標準偏差を算出した。 2.5.2.因子分析  学習者の内的要因と手話言語習得の自信度との関係を分析するために、統計解析ソフトウェアIBM SPSS Statistics23 を用いて、因子構造の確認的因子分析および相関分析を実施した。因子の抽出に際しては最尤法を、分析に際してはプロマックス回転を採択し、得られた因子パターン行列に基づいて考察を行った。 2.6.分析項目 1)学習者の内的因子における全体的な傾向 2)学習者の手話言語習得自信度における全体的な傾向 3)学習者の内的要因と手話言語習得自信度との関係 3.結果 3.1.学習者の内的要因の全体的な傾向 3.1.1 個人の特性  個人の特性に関する学習者の傾向を表 5-5 に示す。4 段階評点の中間点にあたる 1.5 を基準にした場合、顕著な特徴がみられなかったものの、“言語”、“内省的”、“対人的” が比較的に高く、特に「はっきりした手順や目的意識を持つのが好き(2.13)」が高かった。一方、“視覚・空間”、“音楽・リズム”が比較的に低く、特に「図や絵を描くのが好き(1.15)」が低かった。  これらのことから、学習者の持つ個人の特性の傾向は、(1)「文字や文章を読んだり、書くのが好き」などの“言語”、「1 つのことを深く考えたり、感じるのが好き」などの“内省”および「グループ活動をするのが好き」などの“対人”にやや関心がある;(2)「図や絵を描くのが好き」などの“視覚や聴覚”にやや関心が低い、ことが推測された。 表 5-5 個人の特性 3.1.2 学習の動機  学習の動機に関する学習者の傾向を表 5-6 に示す。4 段階評点の中間点にあたる 1.5 を基準にした場合、「手話に関する知識や技能を使う喜び(2.26)」、「生活や仕事などの場面に活かしたい(2.51)」という“実用志向”、「学習が分かること自体がおもしろい(2.37)」、「物事を考えられるようになる(2.09)」という“充実志向”、「学習しないと、筋道だった考え方ができなくなる(逆転項目:0.98)」の“訓練志向”が特に高かった。一方、「ライバルに負けたくない(0.50)」、「人並みにできないのは悔しい(0.97)」という“自尊志向”が特に低かった。  これらのことから、学習者の持つ学習の動機の傾向は、(1)手話言語を実際に活かしたい;(2)学習そのものを楽しみたい;(3)手話言語教室では、他人との競争意識が低い、ことが推測された。 表 5-6 学習の動機 3.1.3 学習ストラテジー  学習ストラテジーに関する学習者の傾向を表 5-7 に示す。  4 段階評点の中間点にあたる 1.5 を基準にした場合、「できなかった問題は、解き方を知りたい(2.31)」、「解き方をいろいろと考えるのは、めんどうくさい(逆転項目:0.80)」という“思考過程”、「成功した人の学習の仕方に興味がある(2.09)」などの “方略志向”、「暗記するのではなく、理解して覚える(2.37)」、が高い傾向にあった。一方、「図や表で整理しながら学習(1.21)」が低い傾向であった。  これらのことから、学習者の持つ学習ストラテジーの傾向は、(1)解き方や学習の仕方に関心がある;(2)暗記より理解でおぼえる;(3)図や表で整理に自信が無い、ことが推測された。 表 5-7 学習ストラテジー 3.2 学習者の手話言語習得自信度における全体的な傾向 3.2.1 手話言語の音韻パラメータや NM 表現への認知・理解  手話言語の音韻パラメータや NM 表現への認知・理解への自信度を表 5-8 に示す。  質問項目のうち、№1~4 は「手の動き」、№5~7 は「NM 表現」、№8 は「リズム」を示しており、模倣(真似)への自信度では、「手の動き」に関する項目が最も高く、「NM 表現」、「リズム」の順に自信度が落ちる傾向にあった。理解度では、「顔の動きの意味」と「指差しの使い方」、「名詞と動詞の表現の違い」への理解が「眉目や口の動き」の意味への理解度より高い傾向であった 表 5-8 手話言語の音韻パラメータや NM 表現への認知力・理解度 3.2.2 手話言語の読み取りに対する自信度  手話言語の読み取りへの自信度を表 5-9 に示す。  4段階評点の中間点にあたる 1.5 を基準にした場合、「時制」が比較的に高く、「語彙」、「話の区切りや話題の転換」、「複数の登場人物を示す RS①(ロールシフト・レファレンシャルシフト)」に関する自信度がやや低い結果になった。 表 5-9 手話言語の読み取りに対する自信度 3.2.3 手話言語の表出に対する自信度  手話言語の表出への自信度を表 5-10 に示す。 4 段階評点の中間点にあたる 1.5 を基準にした場合、「指文字」や「数詞」、「口形」、「数詞抱合」、雨が降るなどの「外の様子を伝える表現」が比較的に高く、「場面に応じた適切な語彙」や「NM 表現に関係する文法」に関する自信度が低い結果となった。 表 5-10 手話言語の表出に対する自信度 3.3.学習者の内的要因と手話言語習得自信度との関係性 3.3.1学習者の内的要因 1)因子構造の確認 調査で用いた学習者の内的要因 36 項目、「個人の特性」、「学習の動機」、「学習ストラテジー」の3 因子構造であることを確認すると同時に、手話言語技能習得への自信度との関係について解釈しやすいように、因子構造の再構築を試みた。  3 因子構造であることを確認するために、2 因子項目の逆転項目について処理をした後に、最尤法、プロマックス斜交回転、抽出する因子数を3 因子に設定し、確認的因子分析を実施した。因子分析の妥当性を表す KMO(Kaiser-Meyer-Olkin の標本妥当性の測度)の値は 0.568 で、不十分ではない値(0.5 以下)であった。それぞれの因子について、約 0.35 以下の因子負荷量をもつことを基準にした結果、基準を大幅下回る 7 因子項目が存在した。これらの7 項目を削除し、再度確認的因子分析を行った ところ、KMO の値は、0.662 であった。改良後のモデルによる分析結果を、各因子項目と各尺度のα係数とともに表 5-11 に示した。示された3 因子と学習者の内的要因の項目と一致していることを確認した。 表 5-11 学習者の因子構造の確認結果 2)因子構造の再構築  次に、確認のために削除した質問項目を含めた 36 項目を対象に、抽出する因子数を 3~7 に設定し、最尤法、プロマックス斜交回転を用いて、確認的因子分析を実施した。さらに、固有値、因子負荷量、因子の解釈可能性を考慮した結果、6 因子を採用するのが妥当であると考えられた。それぞれの因子について、約 0.35 以下の因子負荷量をもつことを基準にした結果、基準を大幅下回る 4 因子項目が存在した。これらの 4 項目を削除し、再度確認的因子分析を行ったところ、KMO の値は 0.592 と問題ない範囲であった。  この分析結果を、各因子項目と各尺度のα係数とともに表 5-12 に示した。各因子は以下の方法で命名および解釈することができた。 第2 因子と第3 因子はともに「個人の特性」であり、本田(2014)38が脳内での認知機能(情報処理過程)を整理したものを参考に、第 2 因子は入力および情報処理、第 3 因子は表出に相当すると考え、それぞれ「個人の特性(入力・処理)」、「個人の特性(表出)」と命名した。第 1 因子および第 4 因子はそれぞれ「学習ストラテジー」、「学習動機」とした。 表 5-12 学習者の因子構造の再構築結果 3.3.2 学習者の手話言語習得自信度 1) 因子構造の再構築  学習者の手話言語習得自信度の再構築のために、40 項目を対象に、抽出する因子数を 2~7 に設定し、最尤法、プロマックス斜交回転を用いて、確認的因子分析を実施した。さらに、固有値、因子負荷量、因子の解釈可能性を考慮した結果、3 因子を採用するのが妥当であると考えられた。それぞれの因子について、約 0.35 以下の因子負荷量をもつことを基準にした結果、基準を大幅下回る 2 因子項目が存在した。これらの 2 項目を削除し、再度確認的因子分析を行ったところ、KMO の値は 0.816 と良好であった。 この分析結果を、各因子項目と各尺度のα係数とともに表 5-13 に示した。各因子は以下の方法で命名および解釈することができた。第 1 因子は語彙・文法・CL・SASS の読み取りおよび表出に関する手話言語技能で「語彙・文法・CL・SASS の手話言語技能」、第 2 因子は「真似・理解」、第3 因子は指文字・数詞関連の読み取り及び表出に関する手話言語技能で「指文字・数詞関連の手話言語技能」とそれぞれ命名した。 表 5-13 手話言語習得自信度の因子構造の再構築結果 3.3.3. 各因子の関係性  各因子の関係性を明らかにするために、各因子に属する項目の得点をそれぞれ因子ごとに合計し、基本統計量および順序尺度のデータに対して行う Spearman の順位相関係数を求めた結果を、表 5-14、表 5-15 に示す。  学習者の内的要因と手話言語習得自信度との関係性では、「学習ストラテジー」と手話言語習得自信度の 3 因子の間に相関(±0.4~±0.7)、「個人の特性の入力・処理」と手話言語習得自信度の 3 因子の間に弱い相関(±0.2~±0.4)が見られ、学習ストラテジーが内的要因の他の因子と比較して手話言語習得自信度に対する影響があると考えられる。  学習者の内的要因に関連する因子同士の関係性では、「学習の動機」と「個人の特性(表出)」の間を除いて相互に弱い相関がみられた。手話言語習得自信度に関連する因子同士の関係性では、3 通りにおいて 0.67~0.81 の範囲で相関が見られ、3 つの因子への習得自信度がともに比例していることが示された。 表 5-14 各因子の基本統計量 表 5-15 各因子の関係性 4.考察  手話奉仕員養成講座基礎課程を修了する時期にある学習者 68 名を対象に、内的要因の特徴および手話言語習得自信度を自己評価による質問紙調査を行った結果をもとに、手話奉仕員養成講座を受講している学習者の特徴および手話言語技能習得と内的要因との関係性について以下の通り考察する。 4.1.学習者の特徴「学習者のもつ内的要因の傾向」  手話言語教室を受講する学習者のもつ特徴の傾向が以下のように推測され、手話言語を指導する者はこれらを把握することで、学習者の特徴に適した指導により近づくことができると考えられた。 (1)言語、内省および対人にやや関心がある <個人の特性> (2)視覚や聴覚を用いた内容にやや関心が低い < 〃 > (3)手話言語を実際に活かしたい <学習の動機> (4)学習そのものを楽しみたい < 〃 > (5)手話言語教室では、他人との競争意識が低い < 〃 > (6)解き方や学習の仕方に関心がある <学習ストラテジー> (7)暗記より理解でおぼえる < 〃 > (8)図や表で整理に自信が無い < 〃 >  一方、個人の特性では、「図や絵を描くのが好き」といった視覚を用いた内容にやや関心が無い傾向が見られたことから、空間への感覚を意識した指導の工夫が必要と考える。例えば、初期段階の目標として、手の位置や手の形、手の動き、手のひらの向きに注意しながら、物の形状や大きさの違いを反映した「SASS(Size and Shapes)」を正確に表出できることとし、次の目標として動作の対象となる物体の一部を動作主が操作する「操作 CL(Classifier)」を正確に表出できることとすることを手話言語学習指導カリキュラムに盛り込むことなどである。  学習の動機では、実用志向、訓練志向および充実志向の上位概念である「内容関与的動機」が、関係志向および自尊志向の上位概念である「内容分離的動機」と比較して高い傾向がみられることから、学習者の動機を維持するためには、手話言語学習の内容の充実が必要と考えられた。なお、移行期は、手話奉仕員養成講座と比較して学 習の機会が減ったり、無くなったりするため、学習者の学習の動機が低下することは十分に考えられ、移行期における手話言語学習を行う機会を提供することが重要であることが示唆された。  学習者がもつ学習ストラテジーでは、思考過程、方略志向、意味理解志向が高い傾向にある結果が示され、佐藤ら(2008)も英語学習者を対象にした学習ストラテジー調査でも「方略志向」と「意味理解志向」において顕著な有意差がみらることを指摘している。 4.2.学習者の特徴「学習者自身の手話言語技能習得への自信度」  模倣(真似)への自信度では、「手の動き」に関する項目が最も高く、「NM 表現」、「リズム」の順に自信度が落ちる傾向にあり、学習者の手話言語表現への視線の向け方が関係していると考えられた。市川・長嶋・寺内(2005)39が手話言語技能初級者および初中級者に視線追尾装置をつけて手話言語映像を観測して得られた視線情報を解析した結果、動きの大きい手指を追う傾向があることを明らかにしている。なお、手話言語母語者の場合、顔の左側の目・鼻・口に視線が集中していることも確認している。このことから、手話奉仕員養成講座の初期段階に、学習者に対し NM 表現の意味とともに視線の向け方を明示的に指導することが必要と考える。そういった工夫をすることで、読み取りや表出への自信の向上に繋がることが期待される。  また、手話言語技能に関する具体的な項目を設けた質問紙で学習者自身が自己評価を行うことにより、学習者が手話言語技能の全体像を知ることとなり、学習目標の設定が容易になると考える。筆者が会場 E で質問紙調査を終えたあとに、口頭で感想を求めたところ「手話言語技能にこういう項目があったことを知ってよかった」という感想が述べられており、学習者自身の手話言語技能についての整理に貢献できることが示唆された。指導者も、学習者個人毎の手話言語技能習得の細かな特徴を把握ができるようになり、効果的な指導内容や指導計画の検討に寄与できると考える。 4.3.学習者の内的要因と手話言語技能習得への自信度との関係性  本研究で、学習者の内的要因のうち学習ストラテジーが手話言語技能習得への自信度との関係性があることを明らかにした。王(2016)が優れた学習者は個性的な学習方法を持っていることを示唆していることから、成功した人の学習方法を参考にした学習方法を収集し、理解して覚えられる手段を確立するという手順は有用と考える。佐藤(1998)40の調査では、学習ストラテジーを多く使用する学習者は、学習ストラテジーの有効性の認知および好みとの関連が強いことを示唆していることから、実技と並行して確立した学習方法を指導することにより、学習者の学習ストラテジーが向上することが期待される。  個人の特性と、学習ストラテジーおよび学習動機との関係性において、本研究では明らかにされなかったが、MI 理論を活かした学習環境および指導方法は英語教育や発達障害児教育の現場で成果が見られている。例えば、阿久津(2014)41は、MI 理論を背景とした学習者の特性によって好む語彙学習法と好まない学習法が存在することを明らかにし、心理的な根拠を踏まえた実証的な指導法が必要と示唆していることから、異なるアプローチ法で相互の関係性を検証する必要があると考える。 4.4.展開と課題  今回の研究で得られた知見を補完的学習の内容決定に寄与する。  課題としては、(1)今回は、茨城県内に限定した調査であり、結果への信頼度を上げるためには、県外の学習者を対象にするなどと、よりサンプル数を数多く収集し、分析がなされること;(2)学習者の内的因子に関する質問項目を増やすことで、学習者の特徴を詳しく知ることが求められる;(3)学習ストラテジーを向上させれば、手話言語技能習得への自信度が向上されるかの検証が必要、と考える。 第 6 章 研究 3.「測定する手話言語技能の要素に着目した検査法の検討および評価基準の作成」 1.目的  研究 2 で得られた知見を踏まえて、測定する手話言語技能の要素を決定する。さらに、その要素を客観的に検査する方法を考案し、聴覚障害者、手話通訳士、学習者を対象にして検査を実施する。合わせて、幼少期から手話言語を使用している聴覚障害者をモデルにした、評価基準などの作成を試みる。その結果を補完的学習の目標設定の検討に資する。 2.測定する手話言語技能の要素の決定  研究 2 で実施した手話言語技能習得自信度の調査結果から、(1)ろう者の手話言語特有のリズムの真似;(2)話の区切りや話題の転換の読み取り;(3)複数の登場人物が切り替わっている所の読み取り・表出;(4)NM 表現に関係する読み取り・表出、が低いことが明らかになった。  この 4 つの要素の中から、(a)対話などで頻繁に用いられること;(b)手話言語に関連する一般的な書籍や教材などで明示されていないこと、を条件に抽出を試みた結果、(1)と(2)に焦点をあてることとした。これらの要素は言語学的にはアクセント句、物理特性的にはセグメントに該当していると考えられる。アクセント句とは文節における区切りで、セグメントは一つのものを分割した一部分を意味している。これらの位置づけに関して、市川(2011)42は、対話言語のもつ情報の構造を「実時間コミュニケーション機能」と「範疇的①情報」という側面から、表 6-1 の通り提案している。この「実時間理解型対話言語のもつ情報の構造」を参考にすると、(1)と(2) は情報の種類としては、言語関連情報のうち文構造情報のセグメント境界であり、物理特性としては「プロソディ」に属することになる。  さらに、プロソディについて、「音声・手話言語・指点字がそれぞれ持っている特徴量の時間変化、また標準的な値からの偏差である」と定義づけ、3 者のプロソディの特徴を表 6-2 のように示している。特に時間構造は、3 者とも時間軸の上に表出され ることを考えると、最も重要なプロソディ情報といえる(市川 2011)。  また、大学あるいは大学院で手話通訳を利用した聴覚障害者が、手話通訳の技術について座談会形式で議論を行った際にも、プロソディが重要なキーワードに挙げられており、「正しい語彙・文法を用いて文章を掲示しても、プロソディやモダリティがずれていると、論理が理解できなくなってしまう」、「(手話通訳を)見ている人の思考を動かす力…(中略)…に寄与するのが、やはりプロソディなどであり…」と述べている。さらに、本座談会の参加者の 1 人からは、「語彙情報と文法情報、プロソディの三つに分けて分析するといい」ことも提案されており、科学的な手法で分析することの重要性も指摘されている(石野・白澤 2012)43。そこで、本研究では、「プロソディの時間構造」に焦点をあてることとする。 表 6-1 実時間理解型対話言語のもつ情報の構造(市川 2011) 表 6-2 音声・手話言語・指文字のプロソディ(市川 2011) 3.研究 3 の進め方  研究 3 の構成を図 6-1 に示す。まず、手話言語のプロソディ検査の方法の考案および実施を行い、研究協力者の手話言語表出の動画データを収集する。収集した動画データを読み込んだアノテーションソフトを用いて、表出時間や動作停止箇所などの解析を行い、群間比較を行う。また、聴覚障害者群の動画データを用いて、手話言語文の表出中に区切りを入れた位置を確認して、区切り位置評価基準を作成して、手話通訳士群および学習者群の区切り位置のチェックを行う。さらに、手話通訳士群と学習者群の動画データを用いて、表出に対する理解度評価を行い、得られた評点とアノテーションソフトおよび区切り位置のチェックで得られたデータとの関連性を見る。 図 6-1 研究3の構成 4.方法  目的に沿って、聴覚障害者、手話通訳士および学習者を対象にして、手話言語のプロソディに関する調査を行った。以下、手話言語のプロソディ検査法の検討、共通した区切り位置の確認を説明する。なお、本研究は、学内の研究倫理審査委員会の承認を受けて実施された(承認番号 H28-25 平成 28 年 12 月 6 日)。 4.1.手話言語のプロソディ検査法の検討 4.1.1.対象者  手話言語の使用状況および習得状況の異なる属性を比較するために、聴覚障害者群、手話通訳士群および学習者群の 3 群を対象とした。それぞれ 5 名、5 名、6 名とし、手話言語使用経験年数および使用状況などを収集した。  対象者の選出にあたって、聴覚障害者群は幼稚部から高等部にかけて特別支援学校(聾学校)への通学経験がありかつ書記日本語でのやりとりができる聴覚障害者、手話通訳士群は手話通訳士の資格を有し、かつ 10 年以上の手話通訳経験を有する音声日本語を生活言語としている者、学習者群は手話奉仕員養成講座基礎課程修了者で手話通訳者養成講座を受講しておらず、かつ手話奉仕員養成講座受講以前に手話言語学習経験を有しない学習者とした。  調査に際して、研究目的、結果の公表方法、匿名性への配慮、研究参加の任意性などについて、実施日の 1~2 週間前に研究協力者へ E-メールで事前連絡を行い、実施日にプレゼンテーションを用いて知らせ、インフォームド・コンセントを得た。 その結果を表 6-3~6-6 に示す。 表 6-3 聴覚障害者のプロフィール 表 6-4 手話通訳士のプロフィール 表 6-5 学習者のプロフィール 表 6-6 対象者のプロフィール(まとめ) 4.1.2 手話言語プロソディ検査法の検討 1)検査法の根拠および基盤  手話言語の時間構造に焦点をあてた検査法を考案するためには、発話の仕組みを根拠および基盤にする必要があると考える。発話のしくみに関して、白畑・若林・村野(2006)44や船山(2012)45によると Levelt(1989)は、話者の意図は「概念化装置」で作られ、「形式化装置」で言語形式を持つようになり、「調音装置」で言語形式が発話するための筋肉運動によって音に置き換えられ、発話が産出されると仮設を立てている(表図 6-2)。 図 6-2 Levelt (1989) に基づく発話のしくみの概念  また、市川(2011)は対話言語表出の時間的側面からのモデルを図 6-3 のように示し、「発話の意図」から語彙辞書や文法規則が付加された「発話の計画」、プロソディ情報が付加された「発話の計画」と続くとしているが、まだ不明な点が多いとしている。 図 6-3 対話言語表出の時間的側面からのモデル(市川 2011)  Levelt(1989)や市川(2011)が示した表出モデルを参考に、時間構造の部分に特化して観察できるように、「発話の意図」や「通報の計画①」までの段階において一定した情報を検査対象者に与えた後、自由に発話してもらうという手順に設計したものを図 6-4 に示す。検査における「発話の意図」の部分は、対話のテーマと日本語文の使用、「通報の計画」の部分は、使用する日本語文を手話言語に翻訳し、手話言語の文法に沿った語彙の羅列をしたものとした。これらを検査対象者が受容した後、語順に従って表出することを前提に発話してもらった。その様子をビデオカメラで撮影したものを動画データとした。なお、発話の際に、受け手の人間を置かずに、架空の人物を投影した画面に向けて発話してもらうこととした。これは、実際の対話場面では受け手の情報や態度、反応に応じて表出方法も変わってくることが予想されるためである。 図 6-4 手話言語プロソディ検査法の手順 2)課題文の作成  課題文の作成にあたっては、検査対象者が発話内容を容易に受容できるように、発話内容を手話奉仕員養成講座入門課程の到達目標の「相手の簡単な手話を理解でき、手話で挨拶、自己紹介程度の会話が可能なレベル」を基準に、日常生活および集団活動でよく発話されるものとした。 課題文に用いる話題や語彙、語順は、手話研修センター(2014)46が発行している『手話奉仕員養成テキスト 手話を学ぼう 手話で話そう』の入門課程の部分を参考にした。表出時の負担を減らすため、1 文あたりの語彙数は 3 語~8 語とした。なお、語彙の記述にあたって、指差しを示す「PT(Pointing)」を、「指差し」という一般的な表現とし、指差す方向は検査対象者に委ねることとした。さらに、自己紹介における名前と趣味の内容を対象者に委ねることとした。語順は、NPO 法人バイリンガル・バイカルチュラルろう教育センター(2016)47が編集した『日本手話のしくみ練習帳』を参考にした。この手順で 10 問を作成し、その内容を表 6-7 に示す。事前原稿などの特別な準備がなくても十分に表出可能であると考えられた。 表 6-7 手話言語表出に用いる手話言語文 3)スライドの作成  Microsoft社製 PowerPointを用いて、検査に用いる画面を作成した。画面は、4 つの過程を 1 画面ごとに分け、1 つ目は「話題」、2 つ目は「日本語文」、3 つ目は「語彙の羅列」、最後は「女性のイラスト」とした。3 つめの「語彙の羅列」画面は、プロソディ規則を観察するために、スラッシュのような語彙間の記号などの情報を記載せず、空白とした。4 つの画面の例を図 6-5、検査に用いた全画面を資料 5 に示す。 図 6-5 検査に用いた4 つの画面の例 4)検査の実施手順  手話言語表出データの収集にあたっては、まずプロジェクターを用いてあらかじめ作成した画面をホワイトボードへ投影した。対象者が配置についた後、画面で検査法の説明を行い、収録用ビデオカメラの調整を経て、検査法に慣れてもらうために 2 つの例文を用いて練習した。検査中は、語彙の表出確認のみ研究実施者へ視線を移して確認作業を行う以外は、全て投影された画面を続けてみることとした。その全体をビデオカメラ(Panasonic HC-V100M)を用いて SD カードに収録した。表出収集場面のセッテイングを図 6-6 に示す。 図 6-6 表出収集場面のセッテイング  また検査終了後、検査の方法や感じたことを質問紙に記入してもらった。このときに用いた質問紙の概要を表 6-8、質問紙を資料 6、7 に示す。なお、本検査の所要時間は、おおよそ 30 分以内であった。 表 6-8 質問紙の概要 4.1.3. 分析資料の作成  収録した動画データを基に、全体を Microsoft 社製ムービーメーカーにて読み込み、研究協力者が手話を表出している部分のみを抽出する形に編集した。その編集した動 画データをアノテーションツール ELAN 5.0.0-beta にて読み込み、手話言語表出時間層(Total time)および手指動作記述層(hand)、語彙名層(word)の 3 つから構成される注釈層を作成した(図 6-7)。手話言語表出時間の記述では、手話言語表出開始の際に手が太股付近から離れてから、表出終了の際に手が膝付近に戻るまでの時間と した。手指動作記述は、菊地らの方法(菊池・坊農 201348, Bono et al. 201449)に従い、記述した(表 6-9)。 図 6-7 アノテーションソフト「ELAN」セッテイングの例 表 6-9 手指動作の記述方法  作業を容易にするために、ELAN で記述した 3 つの層を Microsoft 社製 Excel へエクスポートさせ、分析に供した。 4.2.区切り位置の評価基準の作成 4.2.1 区切り位置の確認シートの作成  表出中の区切り位置の分析のために、ELAN で作成した動作記述データのうち聴覚障害者群(n=5)を用いて、実際に表出した語彙を羅列した区切り確認シートを個別に作成した。語彙と語彙の間に記述されたスラッシュの上にある空白欄に、語彙間の区切りが確認された箇所に「✓」を記述することとした。そのシートの記述例を図 6-8 に示す。 図 6-8 区切り位置確認シートの例 4.2.2.2 名による区切り位置の一致度  手話言語を生活言語としているかつ言語学に関する専門的な知識を有する聴覚障害 者 A と B の 2 名に区切り位置の確認を依頼し、収録した聴覚障害者の動画データを通常の再生速度で 1 問を 1 回視聴してから、区切ったと思われる箇所を確認シートに「✓」という記号で記述をしてもらった。この作業を 10 問ごと、5 人分実施してもらった。2 名が一致した部分を「一致」とし、さらに ELAN を用いた手指記述作業で「ストローク後保持(post-s-h」の部分を抽出し、保持時間とともに 2 名が確認した区切り位置との照合を図った。集計作業の例を図 6-9 に示す。なお、区切り位置の確認が微妙と思われる箇所に小さな「✓」が散見され、集計の際は△と記述した。 図 6-9 区切り位置確認の集計作業の例  区切り位置の確認において 2 名の一致を算出した結果を表 6-10 に示す。全体としては 88.6%が一致し、82.6%~92.7%であった 表 6-10 区切り位置確認の一致率(n=2)  2 名によって確認された区切り位置とELANとの一致率を算出した結果、聴覚障害者 A、B はそれぞれ 91.0%(0.25±0.16 秒)、B は 97.1%(0.29±0.14 秒)であった。なお微妙と思われた箇所と ELAN との一致率は、A、B それぞれ 56.3%(0.07±0.08 秒)、83.3%(0.07±0.04 秒)であった。 4.2.3.区切り位置の評価標準の作成  以上から、2 名で確認した区切り位置のうち、2 名とも確認したが ELAN では確認されなかったものや、微妙な確認位置のうち 0.15 秒以下のものは区切りが確認されないものとした。さらに、区切りが確認された箇所を 1、区切りが確認されなかった箇所を0 として、5 名全体を計算した。その際に算出された 0.9 以上を 5 名が共通して区切る箇所、0.1 以下を 5 名が共通して区切らない箇所とした。これを基に、いくつかの表出パターンを作成し、そこから区切り位置の評価基準を作成した。その作成例を図 6-10 に示す。さらに 1 問~10 問での区切り位置の表出パターンおよび決定した区切り位置の評価基準一覧をそれぞれ表 6-11、6-12 に示す。 図 6-10 区切り位置の評価基準の作成過程例 表 6-11 区切り位置の表出パターン 表 6-12 決定した区切り位置の評価基準一覧 4.2.3. 手話言語技能の評価  全国手話研修センターが毎年実施している全国手話検定試験の試験審査の経験を持つ聴覚障害者 3 名に確認作業の協力を依頼した。評定者への質問紙を資料 8、プロフィールのまとめを表 6-13 に示す。収録した手話通訳士および学習者の動画データを通常の再生速度で1問を1回視聴してから、評価を行った。評価方法は、リカート・スケール法を用いて 5段階評価を行い、1問あたり5点満点10 問合計で50点満点とした。評定用紙を資料 9 に示す。 表 6-13 評定者のプロフィール 5.分析項目 1)手話言語表出の時間  3 群間を比較する際、Kruskal-Wallis 検定(IBM SPSS Statistics ver.23)を用いて差が見られた場合、Steel-Dwass 法(R ver.3.4.1)を用いて多重比較を実施した。 2)区切り位置の誤りおよびいいよどみによる表出動作停止の回数 リズムに影響を及ぼすと想定される区切り位置の誤りは、作成した区切り位置の評価基準を用いて、手話通訳士群および学習者のストローク後の保持動作のうち誤った箇所を検出し、回数を測定した。いいよどみによる動作停止は、準備区間中での動作停止およびストローク前の保持に該当すると考え、その回数を測定した。 3)理解度尺度による手話言語表出評価 両群間の評点を比較する際に、Mann-Whitney の U 検定(IBM SPSS Statisticsver.23)を用いた。 4)評点と手話言語表出時間・動作停止回数との関係性  評点と手話言語表出時間および動作停止回数との関係性をSpearmanの順位相関係数を用いて分析した。 5)プロソディ検査の妥当性  検査対象者に質問紙を用いて、検査の方法への理解、日本文への意識、検査中での自身の手話言語表出への所感などを5件法および自由記述で回答してもらい、プロソディ検査の妥当性確認を行った。質問紙の内容を資料 6、7 に示す。 6.結果 6.1.表出の時間的側面 6.1.1手話言語表出時間における個人差および群間差(10 問合計) 10 問を合計したそれぞれの手話言語表出時間を図 6-11、表 6-14 に示す。  各群の平均時間および標準偏差において、聴覚障害者群は、42.3±6.4 秒、手話通訳士群は、37.4±3.0 秒、学習者群は 64.3±9.5 秒であり、学習者群の表出時間は、聴覚障害者群の 1.5 倍、手話通訳者群の 1.7 倍であった。また、個人差も学習者群のバラツキが最も大きく、聴覚障害者群、手話通訳士群の順に小さくなった。  また、3 群間の差では、((2,N = 16) = 10.5,p < .01)と有意差が見られ、多重比較を行った結果、聴覚障害者群と学習者群(t(10) = 2.5,p < .05)、手話通訳士群と学習者群(t(10) = 2.7,p < .05)と両群に有意差が見られたが、聴覚障害者群と手話通訳士群との差は見られなかった。 図 6-11 各群の手話言語表出時間(10 問合計) 表 6-14 表出時間の群間差(10 問合計) 6.1.2手話言語表出時間における個人差および群間差(課題文毎) 課題文毎の手話言語表出時間を分析した結果を図 6-12 に示す。課題文2を除いて、5%水準において、聴覚障害者群および手話通訳者群と学習者群の間に約 1.5~2 倍の範囲で有意差が見られた。 図 6-12 各群の手話言語表出時間(課題文毎) 6.1.3手話言語表出動作の解析  課題文 1 で、それぞれの群の中で最大値を示した研究協力者の手話言語表出動作を解析した例を図 6-13、表 6-15 に示す。検査のときに掲示した語彙以外に表出されたものや、聴覚障害者や手話通訳士が表出動作していない箇所に学習者がストローク前後の保持の動作が見られた。これらを付加された箇所とし、それぞれの付加された時間を差し引く前と後を比較した結果、聴覚障害者は 5.22 秒→3.63 秒(付加時間:1.59秒)、手話通訳士は 3.75 秒→3.05 秒(付加時間:0.70)、学習者は 7.15 秒→5.56 秒(付加時間:1.58 秒)であり、聴覚障害者の場合は語彙の付加による全体時間への影響が示された。学習者の場合は、ストローク前後の保持時間の付加だけでなく、準備区間およびストロークでの動作時間が聴覚障害者や手話通訳士より長いことが示された。 また、個人毎、課題文毎に手話言語語彙が付加出現した回数を表 6-16 に示す。聴覚障害者群では、D-3 が 14 回、D-1 が 8 回と多く見られた。手話通訳士群では、最大5 回と聴覚障害者群と比較して出現した回数が少なかった。学習者群は課題文 10 に出現が集中している様子が伺えた。  課題文毎にみると、課題文 10 が最も多く、「2 つ」のあとに「1 つ目」や「2 つ目」を付加している場面が共通して見られた。 図 6-13 手話言語表出動作の解析例(課題文 1) 表 6-15 手話言語表出動作の解析例(課題文 1) 表 6-16 手話言語語彙の付加出現状況 6.1.4各群における動作停止の特徴 1)動作停止時間(10 問合計)  表出動作時間のうち、準備区間中の動作停止やストローク前後の動作停止を合計した動作停止時間の 10 問合計を測定した結果を図 6-14、表 6-17 に、課題文毎の動作停止時間を図 6-15 に示す。 図 6-14 動作停止時間(10 問合計) 表 6-17 動作停止時間(10 問合計) 各群の平均時間および標準偏差において、聴覚障害者群は、6.45±1.18 秒、手話通訳士群は、6.80±1.70 秒、学習者群は 14.29±4.76 秒であり、学習者群の表出時間は、聴覚障害者群および手話通訳者群の 2 倍以上であり、個人差も学習者群が特にばらつきが大きかった。3 群間の差では、((2,N = 16) = 10.7,p < .01)と有意差が見られ、多重比較を行った結果、聴覚障害者群と学習者群(t(10) = 2.7,p < .05)、手話通訳士群と学習者群(t(10) = 2.7,p < .05)と両群に有意差が見られたが、聴覚障害者群と手話通訳士群との差は見られなかった。 2)動作停止時間(課題文毎)  課題文毎の群間比較結果を図 6-15 に示す。課題文 2 と課題文 9 を除く課題文に有意差がみられ、すべての課題文において、学習者の動作停止時間が長いことが示された。 図 6-15 各群の手話言語表出動作時間(課題文毎) 3)動作停止回数  動作停止回数の測定結果を表 6-18 に示す。10 問合計で、聴覚障害者群および手話通訳士群は 20~29 回であったに対し、学習者群は29~45 回とおよそ 2 倍の結果であった。 表 6-18 動作停止回数(10 問合計) 4)動作停止とプロソディの時間軸との関係  以上のことから、動作停止時間の長さは、動作停止回数にも関係していることが示された。学習者の手話言語表出の特徴として、聴覚障害者群および手話通訳士が動作 を停止した箇所以外にも動作停止が出現するところがあり、受け手にとっては「無駄な間が多い」と感じるような手話言語表出リズムに繋がっている可能性が考えられた。 6.2.区切り位置の誤り・いいよどみによる表出動作停止 6.2.1.区切り位置の誤り  作成した区切り位置の評価基準を用いて、手話通訳士群および学習者の区切り位置における誤りを測定した結果を表 6-19 に示す。10 問合計での手話通訳士群の全体平均が 0.6 回に対し、学習者は 7.7 回と学習者群に多くの誤りが存在することが明らかになった。また、課題文毎でも大きな偏りは見られなかった。、学習者は区切り位置に意識を持って手話言語表出がされていないことが示唆された。  区切り位置における誤りの内容を表 6-20 に示す。全体的に、「私」を意味する指差しを示す PT(Pointing)-1 を表出した後に区切るパターンに多く見られた。また、「私の父」を意味するには、語彙「PT-1」と語彙「父」の間に区切りを入れないようにする必要があるが、学習者の多くは区切りを入れていた。 このことから、学習者は、区切り位置への意識が欠落していることが示唆された。 表 6-19 区切り位置における誤りの回数 表 6-20 区切り位置における誤りの内容 6.2.2.いいよどみによる動作停止 また、いいよどみによる表出動作停止が発生した回数を測定した結果を表 6-21 に示す。10 問合計での手話通訳士群の全体平均が 0 回に対し、学習者群は 5 回であったものの、回数の範囲が 1 から 11 と個人差が大きかった。6 名の学習者のうち 2 名(L-2、L-3)はいいよどみによる動作停止回数がともに 1 回のみと少なく、語彙を円滑に表出していたことが示唆された。  課題文別では、区切り位置の誤りといいよどみによる表出動作停止とも課題文 6 に多く見られたものの、合計と同様に個人差が見られた。 表 6-21 いいよどみによる動作停止発生回数 6.3.理解度尺度による手話言語表出への評価  両群間の 10 問合計評点の比較結果を図 6-16 に示す。全ての評定者について 1%水準において両群間に差がみられ、学習者群の平均合計評点は手話通訳士群の 50~66% であった。  また、課題文毎における評定結果を調査した結果を図 6-17~図 6-19 に示す。手話通訳士群は平均で 4~5 点の範囲に対し、学習者群は 2~3.7 点の範囲で、全ての課題文において 1%および 5%水準の有意差がみられた。なお、学習者群は課題文毎に点数が変動し、課題文 9 が低い傾向がみられた。 図 6-17 10問合計における評定結果(10 問全体) 図 6-18 評定者 A の評点 図 6-19 評定者 B の評点 図 6-19 評定者 C の評点 6.4.学習者の手話言語表出と評点との関係性  表出時間については、課題文毎の語彙数の影響を排除するために、課題文毎に手話 通訳士 5 名と学習者 6 名を合わせて平均した値に、それぞれの表示時間を割ることで正規化し、評点との関係性をSpearmanの順位相関係数用いて両者の相関を分析した。その結果、r=-0.81, p< .01 の強い相関が認められ、両者の分布を図 6-20 に示す。評点が 4~5 の範囲に入っている手話通訳士群の表出時間の範囲は、正規化された値でおおよそ 0.6 から 0.9 の範囲にあり、学習者の 0.8 から 1.7 の範囲と比較してまとまっていることが分かった。  動作開始回数については、表出時間と同様に正規化し、評点との関係性を Spearmanの順位相関係数用いて両者の相関を分析し結果、r=-0.573, p< .01 の相関が認められ、両者の分布を図 6-21 に示す。評点が 4~5 の範囲に入っている手話通訳士群の表出時間の範囲は、正規化された値でおおよそ 0.4 から 1.1 の範囲にあり、学習者の 0.5 から 2.3 の範囲と比較してまとまっていることが分かった。 図.6-20 表出時間と評点との関係 図.6-21 動作停止回数と評点との関係 6.5.質問紙調査によるプロソディ検査の妥当性 プロソディ検査を受けた対象者へ質問紙で回答を求めた結果を表6-22 に示す。検査の方法への理解を問う項目 1 では、各群合計の 16 名のうち 15 名が「そう思う」、1 名が「ややそう思う」と検査の方法への十分な理解が伺えた。例題を用いた練習の機会を設けたことが、理解を深めるのに役に立ったと考える。 手話言語表出の際に、日本文への意識を問う項目 2 では、群毎による偏りがみられた。このうち、聴覚障害者群および手話通訳士群の 10 名のうち 9 名は「そう思う」から「ややそう思う」の範囲だったが、どうしても日本文を意識してしまったり、キーワードおよびイラストをつけるなどの意見が示された。また、学習者群のほとんどが「どちらでもいえない」に集中していた。ここから今回は、プロソディに特化して検査することを目的にしたものの、日本文の影響が少なからずとも残っていたことが示された。  聴覚障害者群を対象に、普段どおりに表現できたかを問う項目 3-1 では、全員が「ややそう思う」であり、若干の戸惑いが感じられたものの、大きな問題点は見られなかった。  手話通訳士群および学習者群を対象に、プロソディ検査を実施することで、プロソディという要素を習得できる可能性があるかを問う項目 3-2 では、手話通訳士群は「どちらでもいえない」から「そう思う」と幅があったものの、プロソディを習得するための学習を別途実施することについての説明などを行っていないため、検査の位置づけがつかめていないようであった。また、プロソディに集中できるという意見も示された。学習者群は全員とも「そう思う」で、プロソディ学習への期待の高さが伺えた。 その他の自由記述では、今回のプロソディを含めて、文法や NM 表現は明示的に示されることにより、第2言語学習者として意識的に表現するようになる可能性があることが示された。 表 6-22 手話言語プロソディ検査に関する質問紙調査結果 7.考察 7.1.測定する手話言語技能の要素の決定  本研究では、測定する手話言語技能の要素をリズムに関係する手話言語プロソディの時間構造に焦点をあてることとした。これに適応した手話言語プロソディ検査を考案し、聴覚障害者、手話通訳士および学習者を対象にして実施した。結果、表出時間、区切り位置およびいいよどみによる動作停止がリズムに影響を及ぼす要素であることが示唆され、これらを測定する手話言語技能の要素とした 7.2.評価基準の作成  5 名の聴覚障害者が表出した区切り位置で一致した部分を基準とすることができた。今回は確認した聴覚障害者が 2 名であり、妥当性を高めるためには、人数を 3~5 人が適切と考えるものの、アノテーションソフトの活用や動画のスロー再生などの工夫を行うことで、少人数による観察の精度を上げることも可能と考えられた。 7.3.手話言語プロソディにおける各群の特徴  手話言語プロソディ検査で、聴覚障害者群および学習者群に掲示した語彙以外に語彙の付加が見られた。聴覚障害者群のケースは、手話言語を生活言語とし、かつ手話言語使用経験が長いことから、日常的に定着している手話言語が無意識に表出された面が合ったと考えられる。一方、学習者群のケースは、教室で学んだ表出法がそのまま出現したと考える。  このように、手話言語語彙の付加の影響が若干みられたものの、手話言語表出時間、区切り位置およびいいよどみによる動作停止回数においては、各群の特徴を抽出することができた。ここから、日本文や日本語彙の手話言語表出への影響という精度面での課題を残したものの、手話言語のプロソディの1つである時間構造を測定するという検査の目的を果たしたと考える。  このうち、手話言語表出時間および動作停止回数においては、聴覚障害者群および手話通訳士群と学習者群に差が生じた。これは、手話言語の習得開始時期の違いおよび手話言語の使用頻度の違いによる定着の度合いが流暢性に影響を与えたためと思われる。すなわち、語彙や文法の表現方法を記憶していたとしても、手話言語の使用状況が手話言語表出のリズムに寄与すると考えられる流暢性に影響を及ぼすことが示唆 された。あわせて、いいよどみによる動作停止が観察されたことから、本検査は、プロソディだけでなく、語彙および文法の習得の度合いも推定できることが示唆された。 一方学習者に、区切り位置の誤りが多く発生した理由としては、手話言語使用回数だけでなく、手話奉仕員養成講座において明示的な指導がカリキュラムやテキストに含まれていなかったためと考える。区切り位置の誤りの中には、無意味な動作停止が含まれていることから、文法機能の誤りだけでなく、プロソディの時間構造において無意味な物理的情報に該当できると考える。 7.4.移行期における学習者の手話言語技能(表出)に関する課題 今回の対象者は、 (1)区切り位置への習得ができていない(アクセント句/セグメント) (2)文法への理解が不十分(流暢性) (3)語彙の表出が円滑にできていない(流暢性) という問題点を有していることがうかがえた。これらと聴覚障害者 3 名の理解度尺度による評価の結果との関係から、非流暢性および区切り位置の誤りが、適切でない手話言語表出リズムを示す物理的情報(プロソディ)を産出し、これが受け手の視覚的な認知機能へ負担を与えたため、手話言語表出への理解率が低下したと考える。この状態が続くと、受け手の考える作業(ワーキングメモリー)が停滞してしまい、日常会話や教育・仕事などの場面での対話に支障を及ぼすだけでなく、手話通訳の場面でも受容した内容への理解度が低下される可能性が考えられる。 以上の課題を改善するためには、学習者が (1)第 2 言語習得に適したインプット作業による「語彙辞書」、「文法辞書」および「区切り位置の規則」の充実 (2)区切り位置を意識したアウトプット作業 (3)学習ストラテジーの確立 の3点を教室での指導、自宅学習および手話言語コミュニティへの参加などで実施することを提案する。あわせて、補完的学習法の検討でも、この3点を重点においた方法を指針とする。 7.5.プロソディ検査の課題  プロソディ検査を実用化にあたって、課題となる点は、アノテーションソフトへのセッテイングから解析まで時間や労力を要したことから、簡易な方法を検討する必要がある。 第 7 章 研究 4.「日本手話言語の補完的学習法の検討」 1.目的  3 つの研究で明らかになった知見を用いて、学習者の学習ストラテジーを高める方法を取り入れた実験学習を行い、妥当性および実用性を検証する。その際、教室で指導者による指導と、学習者による自宅学習との併用ができる学習方法とする。具体的には、インプットおよびアウトプットに有効と思われる手法を設定し、その手法に対応した教材および学習指導案の作成を試みる。 2.実験学習「手話言語プロソディ学習」の方針 赤塚(2013)50は、英語教育におけるプロソディ学習の検討にあたって、以下の条件を提案している。 (1)音声を単に聞いて再現するような模倣と反復学習に留まらない方法であること (2)音声の専門的知識や技術が習熟していない教員にとって扱いが可能な指導法であること (3)日本人英語学習者がプロソディの発音を自己修正できる学習法であること としている。  赤塚(2013)の提案とこれまでの 3 つの研究から得られた知見および Oxford(1990)が分類した各ストラテジーなどと照合しながら、実験学習の方針を議論し、決定する こととする。 提案(1)は、研究 2 で示した学習者自身の学習ストラテジーを高めることを目的の 1 つとし、直接ストラテジーの認知ストラテジー(よりよい言語産出や理解をするために使われる)の部分に焦点をあてる事とする。  提案(2)は、研究 1 で示したように地域での現状からして、移行期での学習を指導する人への負担にならないような方法とする場合、ドリル形式のワークシートと、 指導のポイントや解答などをまとめた解説形式のページからなる冊子を活用する形が 適していると考える。このような冊子は、聴覚障害児および聴覚障害児教育の知識・ 経験が浅い新任・転入教員を主に対象として作成された『356 日のワークシート 手話、日本語、そして障害認識』(前田・西垣・森井・小田 201151)などがある。  提案(3)は、赤塚(2013)によれば、英語プロソディ表記法という書記法を用いて、プロソディを視覚化した学習法を提案している。手話言語表記法は、Stokoe 表記法や slGNEX 法、HM(Move-Hold)モデル、HT(Hand Tier)モデルなどが存在するが、これらの表記法の習得および記述は容易でなく、地域での指導や自宅学習には向いていないと考える。  以上のことから、(1)認知処理に負荷がかからない視覚掲示の工夫;(2)情報の過多や難易度の高い課題では注意を十分に引き出せない;(3)人間の注意には容量の限界がある:ことを考慮しながら、手話言語のプロソディを視覚化することができる、簡易表記法を用いたワークシートおよび、認知ストラテジーの知識を指導することを盛り込んだ学習指導案を作成することを、今回の実験学習の方針とする。 3.方法  目的に沿って、学習者を対象にして、補完的学習法の検討を行った。以下、ワークシートおよび学習指導案の作成、対象者、分析項目を説明する。なお、本研究は、学内の研究倫理審査委員会の承認を受けて実施された(承認番号 H28-25 平成 28 年 12月 6 日)。 3.1.実験学習への手順 3.1.1.簡易表記法の提案  研究 3 で、区切り位置の誤りや表出動作停止を修正する指導を行うには、語彙と語彙が連鎖的になっているか否か、と同義であり、連鎖および区切りを示す記号が必要となる。そこで、楽譜で表記されている記号で、音符をまとめる役割をもつ「スラー」は、表記法が簡便でかつ視覚的に認知しやすいことから、使用を試みる。  一方、プロソディ検査で用いた語彙の羅列は、日本語彙をラベルとして使用するものの表記法としては簡便であり、手話通訳者養成講座に使用するテキストでも導入されており、移行期から手話通訳者養成講座へ進学しても、「スラー」を加筆することで、継続してプロソディを意識して学習できる可能性が期待できる。 以上のことから、図 7-1 に示す簡易表記法を提案することとする。 図 7-1 簡易表記法の例 3.1.2.実験学習の仕組み  研究2と3で、学習者は、リズムに関係する要素の他に、語彙および文法の習得が十分でないという課題が残されていることから、認知ストラテジーに述べられている「インプットとアウトプットのための構造を作る」ためには、王(2016)が掲示した優れた学習者の特徴の 1 つである「能動的にタスクをやり遂げる」という部分を参考に、手話言語文を読み取るというインプット作業を行ってから、語彙を羅列して書き出すというアウトプット作業というタスクを実施することとする。その際に、認知処理に負荷がかかる二重課題法にならないように、日本文への翻訳作業は行わないこととする。さらに、単語の羅列記入を終えた後、プロソディへ意識を向けて再度手話言語文を読み取り、書き出した単語の羅列の上にスラーを記入するという 2 段階のタスクを与えることとする。  なお、自宅学習や学習者同士による自習でも可能にするには、模範回答の用意が必要と考える。 3.1.3.実験学習に用いる課題文および動画の作成  研究 3 のプロソディ検査で用いた課題文と同じ構造とし、語彙のみを変更することに留めた。これは、反復の意味合いもあるが、検査という行為後の学習への動機づけを高める追観としてのフィードバックの役割を持ちたいと考える。作成した課題文を表 7-1 に示す。 表 7-1 実験学習に用いる課題文  作成した課題文に表記されている単語の羅列に沿って、ビデオカメラを用いて研究実施者の手話言語表出動画を作成した。 3.1.4.ワークシートおよび模範回答の作成  語彙の羅列を記入する方法として、4 つの案を図 7-2 の通り作成した。手話奉仕員養成講座テキストではスラッシュが記載されていることと、語彙および語順のアウトプット作業への負荷にならないことを考慮して、スラッシュを入れることとした。 図 7-2 語彙の羅列記入用レイアウトの案  次に、スラーを入れるスペースおよびレイアウトについて、3 つの案を図 7-3 に示す。2 段階のタスクのイメージおよび視覚掲示面からして、3 を採用することとした。 図 7-3 スラー記入欄のレイアウトの案  最後に、使用する用紙のサイズは A4 とし、表計算ソフト「Excel」を用いて作成したワークシートの例を図 7-3、模範回答の例を図 7-4 に示す。あわせて、その用紙を資料 10、11 に示す。 図 7-4 ワークシートの例 図 7-5 模範回答の例 3.1.5.実験学習の流れ(フローシート)、学習指導案の作成  実験学習の流れを図 7-6、学習者への説明に用いたスライドを資料 12 に示す。簡易表記法を含む学習方法の説明の実施後、ワークシート用紙を配布する。その後、語彙 のインプット作業とアウトプット作業、プロソディのインプット作業とアウトプット 作業を行い、模範回答を基に自身で答え合わせを行う。最後に、模範回答を見ながら、 表出の練習を実施することとした。なお、今回は、学習前と学習後との比較を行うた めに、研究 3 で用いた手話言語プロソディ検査を実験学習後に再度実施した。また、学習者の語彙をどの程度読み取れたかを調査するために、回答用紙を回収することとした。 図 7-6 実験学習の流れ(フローシート)  さらに、学習指導案を図 7-7 に示す。なお、今回は 1 回のみなので、宿題や次回の内容への協議は行わないこととした。 図 7-7 学習指導案 3.2.対象者  研究3で選定した学習者 6 名とし、実施する際は 2 グループに分けて、3 名ずつ実施した。調査に際して、研究目的、結果の公表方法、匿名性への配慮、研究参加の任 意性などについて、実施日の 1~2 週間前に研究協力者へ E-メールで事前連絡を行い、実施日にプレゼンテーションを用いて知らせ、インフォームド・コンセントを得た。 実施したときのレイアウトを図 7-8 に示す。 図 7-8 実験学習時のレイアウト 3.3.分析項目 3.3.1.語彙および区切り位置の認知および認識 3.3.2.表出時間、区切り位置の誤り回数・動作停止回数、評点における実験学習前と実験学習後の比較 学習前と学習後の比較について、t 検定を用いて分析した。 3.3.3.質問紙調査 実験学習への評価を得るために、質問紙調査を行った。 4.結果 4.1.語彙および区切り位置の認知および認識 4.1.1.語彙の認知および認識 採点にあたって、1つの文に語彙の誤りが見られた場合は、不正解とした。その正 解率と、誤りの内容結果を表 7-2 に示す。12 問全体での正解率は、6 人の平均で約 60%、個人差の幅は 50%から 75%の範囲であった。課題文毎では、正解率が 60%以上の課題文は 12 問中 6 問であった。正解率が低かった課題文にみられた誤りの特徴は、(1)「母」を「姉」、「31」を「1、11、21」、「6000」を「900、5000」といった、手型を中心にした音韻レベルの読み違い(25 件);(2)「学校」を「勉強」、「ラーメン」を「うどん、そば」といった語彙レベルの読み違いや、欠落(14 件);(3)語順の誤りといった構文解析の誤り(1 件)、の 3 点で、音韻レベルの認知に誤りが多く見られ、次に語彙の意味認識、構文解析の順であった。このことから、移行期の段階にいる学習者は、語彙の正しい認識だけでなく、音韻の分別も十分でないことが示唆された。 表 7-2 語彙の読み取りにおける正解率と、誤りの内容 4.1.2.区切り位置の認知および認識  採点にあたって、1つの文に区切りの誤りが見られた場合は、不正解とした。なお、区切り位置の認知および認識に焦点をあてるため、音韻認識レベルおよび語彙の意味の誤りは採点の対象とし、欠落された箇所は誤りとした。その結果を表 7-3 に示す。12 問全体での正解率は、6 人の平均で約 47%、個人差の幅は 17%から 67%の範囲であった。課題文毎では、正解率が 60%以上の課題文は 12 問中 7 問であった。正解率が低かった課題文にみられた誤りの特徴は、以下の通りであった。 (1)人数を示す区切り位置の分別で、課題文 1「私と父」、課題文 2「私の父」を意味する(私/父)①、(私→父)②のような 2 つの語彙で構成される 2 語文場合は正解できたものの、課題文 3「私の兄と私と母」を意味する(私→兄/私/母)のような 4 つの語彙で構成される 4 語文の場合となると区切り位置を正しく認識できなくなる傾向がみられた (2)課題文 9 に含まれている語彙の「駅」の表出方法は、両手の手型が異なる場合には片手のみを動かし、動かないほうの手(無標手型)を伴う語彙を表現すことになっている。片手が無標手型に到達する瞬間を示す単語内の保持③は、ストローク後の保持にあたる手話文の区切り位置には相当しないが、学習者は手話文の区切り位置として認知した可能性が示唆された (3)課題文 8 および 10 に含まれている数詞「31」および「6000」に対し、それぞれ「1」や「11」、「5000」などと手型への認知エラーが多く見られ、手型が近似しているケースが多い数字の読み取りが十分にできていないことが示唆された。なお、語彙数はそれぞれ 5、6 語文であった。 (4)課題文 9、10 および 12 のような 6 語文に語彙の欠落が目立った。語彙が多い手話文の場合は、語彙の認知作業だけでなく、語彙の記憶作業が正しく機能しなかったことが推測された このことから、語彙を多く含む手話文となると、手話言語使用が少ない学習者にとっ ては視覚による認知・認識作業だけでなく記憶作業にも負荷がかかり、読み取りの精度が低下することが示唆された。  1 回目の読み取り作業である語彙の読み取りと、2 回目の読み取り作業である区切り位置の両方が正しかったものの正解率を図 7-9 に示す。ここでは、6 名の平均で約30%、個人の差は 17%から 42%の範囲であり、語彙の読み取りでは正解率が 60%以上あった例でも区切り位置を読み違えていることが多いため両者を合わせると、約 25% 以上の下落となった。また、課題文別の結果を図 7-10 に示す。この結果2語文の成績では問題が見られなかったが、語彙の読み取り正解率が 50%以上の 8 問のうち、6 問が区切り位置の読み違えによって 30%以上の成績の下落が見られ、3 問が0%に至った。このことから、語彙だけでなく区切り位置の読み取りの重要さが伺え、区切り位置のようなプロソディの要素への意識を高めることが、精度の高い読み取り技能の習得に繋がると考えられた。 表 7-3 区切り位置の読み取りおける正解率と、誤りの内容 図 7-9 語彙および区切りの両方の正解率(個人別) 図 7-10 語彙および区切りの両方の正解率(課題文別) 4.2.表出時間、区切り位置の誤り回数・動作停止回数、評点における学習前と学習後の比較 4.2.1.表出時間の変化  ワークシートを用いた実験学習を一通り実施した後、研究 3 と同様にプロソディ検査を行い、アノテーションソフトを用いて表出時間およびエラー回数の解析と評価を行った。  表出時間の学習前と学習後の変化を表 7-4 に示す。10 問合計での成績の変化を図7-11 に示し、6 人平均の表出時間において有意(t=3.6, df=5, p<.05)に減少が見られた。また、6 人の平均での課題文毎における表出時間の変化を図 7-12 に示し、課題文3、8、10 において5%水準で有意に減少が見られた。 表 7-4 学習後における表出時間の変化 図 7-11 10 問合計における表出時間の変化 図 7-12 課題文毎(6 人平均)における表出時間の変化 4.2.2.区切り位置の誤り回数および動作停止回数の変化  区切り位置の誤り回数について学習前と学習後の変化を表 7-5 に示す。10 問合計での成績の変化を図 7-13 に示す。ここでは、6 人全員に減少の傾向がみられ、6 人平均の誤り回数において有意(t=3.6, df=5, p<.05)に減少が見られた。なお、課題文 5 は4 人に誤りの増加が見られ、「場所・どこ・つくば・駅」の語彙間のいずれかの誤りが見られた。 表 7-5 区切り位置の誤り回数の変化 図 7-13 区切り位置の誤り回数の変化(10 問合計)  また、いいよどみによる動作停止回数について学習前と学習後の変化を表 7-6 に示す。10 問の合計での成績の変化を図 7-14 に示した。6 人の平均の動作停止回数においては有意差が見られなかったものの、4 人に回数の減少が見られた。 表 7-6 動作停止回数の変化 図 7-14 いいよどみによる動作停止回数の変化(10 問合計) 4.2.3.評点における学習前と学習後の比較 聴覚障害者 3 名による理解度尺度の評点について学習前と学習後の変化を表 7-7 および図 7-15 に示す。さらに、それをまとめ、学習効果を研究実施者が主観的に評価したものを表 7-8 に示す。6 人とも 10 問中 50%以上の確率で成績の向上がみられ、課題文別では課題文 7 と 10 以外で、6 人中 50%の確率で成績の向上がみられた。  10 問合計での成績の変化を図 7-13 に示し、6 人全員に減少の傾向がみられ、6 人平均の誤り回数において有意に減少が見られた(t=3.6, df=5, p<.05)。なお、課題文5は4人に誤りの増加が見られ、「場所・どこ・つくば・駅」の語彙間のいずれかの誤りが見られた。 表 7-7 評点の変化 表 7-8 評点の変化のまとめおよび学習効果の評価 図 7-15 個別の成績の変化 4.3.質問紙調査結果  実験学習や検査を一通り終了した後、研究協力者に 7 項目を質問紙で調査を実施した。まず、学習の進め方や手話言語表記法への理解(質問項目 1~2)について質問を行った結果を表 7-9 に示す。学習の進め方および簡易表記法への理解は問題ないと考える。 表 7-9 学習の進め方や手話言語表記法への理解 インプットおよびアウトプットの段階で、語彙およびプロソディへの意識が高まったかを問う 3 項目について質問を行った結果を表 7-10 に示す。3 項目とも、意識が高まったという回答を得られ、自由記述に「手話言語表記の学習をしたことで、以前よりも意識しやすくなったと感じた。」、「手話言語プロソディ学習シートを使って、スラッシュ、スラー等を付ける事により、手話言語表現の意識が強まった。」、「今日のプロソディ学習の一番の成果と感じられるのは、手話言語表現の際に、スラーに注意するだけでも、相手に判りやすいものになると理解できたことで、そのことを注意するだけでも、上達が早まりそうに思う。」という回答を得た。 表 7-10 インプットおよびアウトプット段階での語彙やプロソディへの意識  手話言語プロソディへの理解を問う質問を行った結果を表 7-11 に示す。理解が深まったという評価を得られ、自由記述に「事前検査と事後検査では、実験学習での学びから、手話言語動作・表現における区切りを意識する度合いが大きく違った。」という回答を得た。 表 7-11 手話言語プロソディへの理解  最後に、学習法の妥当性を問う質問を行った結果を表 7-12 に示す。実用として使用できるという評価を得られ、自由記述に「プロソディ学習をすることにより、手話言語への不安感が減ると思います。」、「1 人での学習にも役に立つと思う。」、「プロソディに着目した学習方法はおもしろかった。DVD をみて学習するときもリズムを真似しようとはしているが、うまくできないことも多い。」、「このような練習法を設けてほしい。」、「区切りの表現について、手話言語での自然な実際の動きを見て学ぶと、より自分の表現も練習しやすくなると思いました。」、「手話言語表記法の方法や理解はできたので、今後の学習に活かしたい。ただ、今回は模範解答があり、自分のまちがいがどこにあるか、わかったが、自己学習する上で、どのように自分の誤りをみつけたらよいかわからない。」、「単語をある程度覚えた今だから勉強しやすいのか、入門のとき最初から意識して覚えたほうがスムーズなのか(言われていてもそこまで意識できてなかったのかも)」という回答を得た。 表 7-12 学習法の妥当性 5.考察 5.1.手話言語プロソディ学習法の妥当性  考案したプロソディ学習法の妥当性について、質問紙調査結果から、妥当性が示されたと考える。特にワークシートを使用したことで、簡易表記法による語彙及び区切り位置の誤りが視覚化され、学習者自身のインプット作業やアウトプット作業、区切り位置への意識が向上したのみならず、他の学習者や、指導者と情報を共有することが可能になったことがわかる。さらに、ワークシートという形に残る方法を採用したため、自宅学習も可能になり、学習動機づけに繋がると考える。また、「プロソディ学習をすることにより、手話言語への不安感が減ると思う」という回答から、第 2 言語学習者へは暗示的な指導のみならず、明示的な指導も必要であることがうかがえる。 一方、実験学習において示された課題としては、学習者自身の読み取りや表出における誤りに対して、対応できるところが指導者の存在する教室などと極めて限定的であることである。今回は、配布した模範回答用紙を基に誤りを自身でチェックできたことから、動画データの教材などを作成する際に、模範回答用紙もあわせておくなどと指導者がいない環境でも学習できるようにする必要があると考える。  検査を用いた学習効果の妥当性に関しては、学習前と学習後の間隔が 1 時間程度であることと、検査に用いた課題文が実験学習の前後とも同じ内容であることから、定着を示す習得の度合いを見るためには妥当とはいえないが、学習による流暢性の向上や、区切り位置の誤り回数・動作停止回数の減少が観察されたことから、学習と検査との物理的な調整が必要であるももの、両方を実施することで社会的ストラテジーの充実に繋がり、学習者への学習動機を高められると考える。 5.2.移行期における学習者の手話言語技能(読み取り)に関する課題 今回のワークシート形式による実験学習を通して、今回の対象者は、 (1)区切り位置の読み取りができていない(アクセント句/セグメント) (2)3~4 語文以上の手話文となると、語彙の認識率や記憶ができなくなる (3)近似した手型の読み取りが円滑にできていない という問題点を有していることがうかがえた。  このことから、指導者もしくはカリキュラム・ワークシート作成者などの手話言語教育関係者達は学習者の読み取りレベルに応じて手話文の語数および区切り位置を意識した設計が重要と考える。例えば、2 語文の段階で誤りが見られた場合は、2 語文に特化して学習し、2 語文での語彙および区切り位置の両方を合わせた正解率が 10 問中 100%に達すると、3 語文に特化して学習していくという学習者の習得ペースに対応した段階的な学習手法を行うなどである。  逆に、いきなり 4 語以上の語数の多い手話文から始めると、今回のような低い正解率が頻繁に生じる可能性が考えられ、これが学習者本人の心理的な負担となり、読み取りだけでなく手話言語技能への自信度低下に繋がる懸念があるため、手話言語教育関係者達は注意を要する。  また、今回考案したワークシート形式は、日本文への翻訳作業というオプションを付加できるように設計しているため、文法への理解を確認する作業も可能と考える。 第Ⅲ部 結 論 第 8 章 研究のまとめ 8.1.移行期における都道府県の手話言語学習支援実施状況と課題  手話奉仕員養成講座から手話通訳者養成講座への移行期において、全日本ろうあ連盟に加盟している 47 団体が手話言語学習支援に関してどのように取り組み、どのような課題を抱えているかを質問紙調査を行った。結果、回答のあった 30 団体(回収率 63.8%)のうち、実施していないとの回答は 24 団体、実施しているとの回答は 6団体であった。  実施していない団体から、実施していない理由について「市町村で実施していると ころがある」、「予算の都合」、「講師が不足している」との回答が 10 団体以上と多く、「通訳者養成講座開始時の手話言語技能用件を満たしている」、「方法を検討している」という回答は 3 団体であった。  実施している 6 団体の多くは、手話奉仕員養成講座事業および手話通訳者養成講座事業の予算内で、手話通訳者養成講座に対応することを目的にした学習会を実施していた。しかしながら、これらの講座の実施が直接的に学習者の手話言語技能の向上に繋がっているとは言えないこと、指導者および指導方法に課題を抱えていることが明らかになった。 8.2.手話言語学習者自身の手話言語技能習得に対する自信度の調査  手話奉仕員養成講座を受講している学習者の特徴を明らかにするとともに、手話言語習得との関連が強いと思われる内的要因を抽出することを目的に、手話奉仕員養成講座基礎課程を修了する時期にいる学習者を対象にして、「手話言語技能習得」の自信度および「MI 理論を用いた学習者の特性」、「学習の動機」、「学習ストラテジー」の要素を取り入れた自己評価型の質問紙調査を行った。  この結果、6 会場合計で 68 名の協力者を得た。学習者の特徴としては、(1)言語、内省および対人にやや関心がある;(2)視覚や聴覚を用いた内容にやや関心が低い;(3)手話言語を実際に活かしたい;(4)学習そのものを楽しみたい;(5)手話言語教室では、他人との競争意識が低い;(6)解き方や学習の仕方に関心がある;(7)暗記より理解でおぼえる;(8)図や表で整理に自信が無い、ことが推測された。 手話言語技能習得への自信度では、模倣(真似)に関して、「手の動き」、「NM 表現」、「リズム」の順に高い傾向であった。読み取りの自信度に関しては、「語彙」、「話の区切りや話題の転換」、「複数の登場人物を示す RS (ロールシフト・レファレンシャルシフト)」、表出の自信度に関しては、「場面に応じた適切な語彙」や「NM 表現に関係する文法」関連が低い傾向であることが分かった。  学習者の内的要因と手話言語技能習得への自信度との関係性では、さらに検証の余地があるものの学習者の内的要因のうち学習ストラテジーが手話言語技能習得への自信度との関係性があることを明らかにした。 8.3.測定する手話言語技能の要素に着目した検査法の検討および評価基準の作成  測定する手話言語技能の要素を決定し、これを客観的に検査する方法を考案し、聴覚障害者、手話通訳士、学習者を対象にして検査を実施した。合わせて、幼少期から手話言語を使用している聴覚障害者をモデルにした、評価基準などの作成を試みた。 結果、測定する手話言語技能の要素をリズムに関係する手話言語プロソディの時間構造とした。時間構造のうち、手話言語表出時間、区切り位置、いいよどみによる動作停止がリズムに影響を与えることが示唆され、理解度を示す評点に影響を及ぼすことを明らかにした。評価基準の作成では、区切り位置とし、5 名の聴覚障害者が表出した区切り位置で一致した部分を基準とし、学習者の示した区切り位置の正誤への判断に供した。  この検査や作成した基準を用いたことで、学習者は「流暢性」や、「区切り位置」にも課題を抱えていることを明らかにした。 8.4.日本手話言語の補完的学習法の検討  3 つの研究で明らかになった知見を用いて、学習者の学習ストラテジーを高める方法を取り入れた実験学習を行い、妥当性および実用性を検証した。なお、実験学習の方法は、語彙間のまとまりを示す「スラー」を用いた簡易手話言語表記法を取り入れたワークシートによるものとした。  6 名の学習者を対象に実験学習を行った結果、語彙および区切り位置の読み取りに課題が残されていることが明らかになった一方で、ワークシートによるインプット作業およびアウトプット作業への意識が高まったことが明らかになった。 第9章 総合考察 9.1.移行期における補完的学習のあり方  移行期における補完的学習は、全国各地で実施している手話奉仕員養成講座のような、地域格差を生まない均霑化(きんてんか)①を念頭に、予算や講師の負担を最小限に抑えかつ、高い学習効果を発揮できる設計を立てることが基本となると考える。 さらに、学習者の手話言語技能習得度への自信度を高めることが、手話言語コミュニティなどの手話言語を活用できる環境への積極的な参加に繋がることが期待される。 そのためには、手話言語技能だけでなく学習ストラテジーの要素を取り入れたドリル形式のワークシートや、個人評価ツールのパーソナルポートフォリオといったリソースの整備し、補完的学習に活用していく必要と考える。 9.2.移行期にいる手話言語学習者の状況  考案した手話言語プロソディ検査や簡易手話言語表記法を用いた実験学習で、学習者の「区切り位置」の習得度を物理的情報として測定し、学習者のもつ手話言語技能の全体像を具体的に記述できたことは大きな成果といえよう。  さらに、第 2 言語としての手話言語を学ぶ学習者に対して、理解して覚えさせることを容易にするために、明示的な知識を蓄積する必要があるが、「リズム」については まだ抽象的な知識の域にあった。本研究によって、「リズムは『手話言語プロソディ』という物理的情報の時間構造の一部である」という概念としての位置づけを確立し、 流暢性や区切り位置などが大きく影響することを明らかにした。このため、「リズム」について指導する際に、流暢性に起因するものなのか、区切り位置の誤りに起因する ものなのか、の判断材料となりうると考える。  移行期にいる学習者のもつ手話言語技能の習得度は、語彙、文法および区切り位置ともに未発達であり、これは「手話言語で日常会話ができる」という目標に導くための環境などが充分でないためと考える。例えば、手話奉仕員養成講座カリキュラムの実技時間(70 時間)の少なさや、教室での教授環境(例;受講生の特徴、受講生の人数、週間あたりの受講時間、指導者の指導方法)だけでなく、区切り位置といった手話言語技能の整理が発展途上の位置にあるために、明示的な指導が行えていないこと などである。さらに、学習ストラテジーについても、手話奉仕員養成講座カリキュラ ムやテキストには明示的な知識が掲載されていないため、指導したり学習したりする 機会が保障されていないため、学習者の学習ストラテジー習得に課題が残されている。 9.3.補完的学習などを活用した、学習者の課題解消への取り組み(提案)  補完的学習は基本的に不十分なところを意図的な学習する意味合いを持つため、移行期だけでなく、手話奉仕員養成講座カリキュラムや、手話通訳者の再学習なども対応できる機能を持ち合わせる必要があると考える。このような移行期以外の場面で活用されることを考慮して、先述の補完的学習のあり方で述べたワークシートやパーソナルポートフォリオの設計について以下のように提案することとする。 (1)手話言語技能習得に関する明示的な知識 ・「語彙」および NM 表現を含む「文法」(読み取り・表出) ・適切な区切り位置を含む「プロソディ」(読み取り・表出) ・習得レベルに応じた語数を設定した手話文 ・「SASS(Size and Shapes)①」、「操作 CL(Classifier)②」 ・視線の向け方などの身体の使い方 ・検査型および自己評価型による評価 ・指導のポイントや模範的な解答 (2)学習ストラテジーに関する明示的な知識 ・成功者の学習ストラテジー ・手話言語技能に関する具体的な評価項目 ・図や表で整理しながら学習  なお、補完的学習に対応した教材などを整備するにあたっては、手話奉仕員養成講座基礎課程を修了した学習者の手話言語技能習得度および学習ストラテジーの状況に対応したものでなければならないと考える。 第 10 章 結 論 10.1.補完的学習の条件  手話技能を効果的に習得するには、指導者による指導だけでなく、学習者の学習方略の習得も必要となる。予算や講師不足といった、地域の実情を考慮した学習法の 1 つとして、特別な知識や指導技術を要しないかつ、均霑化が期待できるワークシートを活用した方法は有用と考える。 10.2.補完的学習の導入時期および終了時期  手話技能に関する自信度などの自己評価を行うことで、補完的学習プログラムの作成および、学習者自身の学習方略構築への一助になる。プロソディ検査は、時間構造および区切り位置の客観的な評価として有用である。 10.3.補完的学習の内容および方法  プロソディを含めた非手指動作に関する明示的な指導が必要と考える。手話学習者は、流暢性だけでなく、区切り位置にも課題を抱えているため、スラーを用いた簡易手話表記法を用いた指導および学習法は効果的であると考える。学習者のみでの学習を可能にするには、模範となる手話表記例の蓄積が必要となる。 第 11 章 今後の課題  本研究で得られた成果を踏まえた上で、手話通訳者養成に繋がる手話言語教育の質的向上につなげるために、今後なすべき課題として以下の 4 点が挙げられる。  まず、本研究では、都道府県の学習者を対象にした学習支援の実情を明らかにし、補完的学習のあり方を考察できたと考える。一方で、市町村にも対応できるかを確認するために、市町村へ範囲を広げて手話学習者への支援状況を明らかにする必要があるだろう。なお、国内の基礎自治体総数 が東京都の特例区を含めて 1741(総務省,2016)に及ぶため、人口規模や地域を考慮しながらランダムにサンプルを選定することが現実的であろう。  また、学習者の内的要因および手話言語技能習得への自信度については、茨城県内の 6 ヶ所に限定した調査であったため、茨城県以外の学習者の特性の傾向までは明らかになっていない。全国的に同じ傾向がみられるのか、地域毎の特徴かを検証する必要がある。また、地域内と、大学・専門学校内といった教育環境による学習者の特徴の差を明らかにすることで、これらに対応した補完的学習およびカリキュラム作成・設計に資することができると考える。  さらに、手話言語プロソディ検査および基準の作成については、手話言語プロソディの時間構造を測定するために、手話言語プロソディ検査で収録した動画をアノテーションソフトへ読み込ませて分析したが、膨大な作業時間を要するため、実用的でない。このため、簡易化した手法が必要である。また、区切り位置の基準への信頼性向上および作成事例を増やすためには、課題文および聴覚障害者のサンプル数を増やす必要がある。  最後に、簡易手話言語表記法を用いた手話言語プロソディ学習法については、学習前の検査と学習後の検査との課題文が同じでかつ間隔が 30 分程度と短かったため、学習効果を検証するまでにはいたらなかった。このため、他の学習法との比較による検証が必要と考える。また、今回の学習法は実験段階に留まり、実証試験までにはいたっていないため、数箇所で実証試験を実施する必要がある。 第 12 章 結 語  本研究では、『日本手話言語の補完的学習法の検討』として、都道府県での学習者を対象にした手話言語学習支援実施状況調査および、学習者の心理的側面(手話言語技能習得への自信度の自己評価)および工学的・言語学側面(手話言語プロソディに寄与する要素の測定、読み取り、表出)をあてた 2 つの研究を実施した。これらの結果を基に、手話言語プロソディの改善に焦点をあてた書き込み式ワークシートを活用した学習法を考案し、実験学習を行った。  しかし、国内における第 2 言語としての手話言語習得に関する研究は、成長期にあるとされる手話言語研究と違って萌芽期(ほうがき)①に位置するであるものの、手話通訳現場や手話言語教室などの現場のニーズに沿った実用性の高い内容が求められている。このためには、手話言語学的な研究や、英語などの第 2 言語習得研究で得られている知見を最大限に活用した実証的な研究を蓄積することで、高い専門性および倫理性を兼ねた手話通訳者を効率よく養成することが期待される。 資料 【背景】 1.厚生省「手話奉仕員および養成講座手話通訳者養成カリキュラム」 2.国立身体障害者リハビリテーションセンター学院 手話通訳学科カリキュラム 【研究 1】 3.質問紙「手話奉仕員養成講座・手話通訳者養成講座に関するアンケート」 【研究 2】 4.質問紙「手話言語技能への自信度測定に関するアンケート」 【研究 3】 5.手話言語プロソディ検査に用いたプレゼンテーション 6.手話言語プロソディ検査に関する質問紙調査 質問紙 7.手話言語プロソディ検査および実験学習に関する質問紙調査 質問紙 8.評定者に関する質問紙調査 質問紙 9.評定用紙 【研究 4】 10.実験学習「手話言語プロソディ学習」の説明(スライド) 11.実験学習「手話言語プロソディ学習」 回等用紙 12.実験学習「手話言語プロソディ学習」 模範回答用紙 資料 1. 厚生省「手話奉仕員および養成講座手話通訳者養成カリキュラム」 手話奉仕員養成カリキュラムの構成 表 手話通訳者養成カリキュラムの構成 表 〔別表 1〕手話奉仕員養成講座 入門課程 〔別表 2〕手話奉仕員養成講座 基礎課程 〔別表 3〕手話通訳者養成講座 基本課程 〔別表 4〕手話通訳者養成講座 応用課程 〔別表 5〕手話通訳者養成講座 実践課程 資料 2. 国立身体障害者リハビリテーションセンター学院 手話通訳学科カリキュラム (国立身体障害者リハビリテーションセンター学院HPより引用) 資料 3. 質問紙 「手話奉仕員養成講座・手話通訳者養成講座に関するアンケート」 資料 4. 質問紙 「手話言語技能への自信度測定に関するアンケート」 資料 5. 手話言語プロソディ検査に用いたプレゼンテーション 資料 6. 手話言語プロソディ検査に関する質問紙調査 質問紙 資料 7. 手話言語プロソディ検査およびプロソディ学習に関する質問紙調査 質問紙 資料 8. 評定者に関する質問紙調査 質問紙 資料 9. 評定用紙 資料 10. 実験学習「手話言語プロソディ学習」 回等用紙 資料 11. 実験学習「手話言語プロソディ学習」 模範回答用紙 資料 12. 実験学習「手話言語プロソディ学習」の説明(スライド) 研究業績 1.「手話奉仕員養成講座修了から手話通訳者養成講座への移行期における手話学習支援の現状と課題」 繁益陽介,大杉豊. 第 49 回 全国手話通訳問題研究集会~サマーフォーラム in かながわ~ 第 6 分科会:学習や手話通訳者の養成.2016.8.20(神奈川県 横浜市) (第 49 回全国手話通訳問題研究集会 ~ サマーフォーラム in かながわ ~ 大会誌.pp.64-65.2016.) 2.「手話習得過程における補完的学習法の検討 手話学習者の手話習得に対する自信度の調査研究」 繁益陽介,大杉豊. 日本手話学会第 42 回大会.2016.12.3(東京都江戸川区) (日本手話学会第 42 回大会予稿集.pp.8-10.2016.) 3.「手話習得過程における補完的学習法の検討 手話学習者の手話習得に対する自信度の調査研究」 繁益陽介,大杉豊. 第 50 回 全国手話通訳問題研究集会 ~ サマーフォーラム in ひろしま~ 第 6 分科会:学習や手話通訳者の養成.2017.8.19(広島県 福山市) (第 50 回全国手話通訳問題研究集会 ~ サマーフォーラム in ひろしま ~ 大会誌.pp.66-67.2017.) 4.「手話習得過程における補完的学習法の検討 手話学習者の手話プロソディの特徴」 繁益陽介,大杉豊. 日本手話学会第 43 回大会.2017.12.3(東京都江戸川区) (日本手話学会第 42 回大会予稿集.pp.34-35.2017.) 5.「日本手話言語の補完的学習法の検討 プロソディに着目して」 繁益陽介,大杉豊. 第 17 回 手話研究セミナー.2018.2.25(兵庫県神戸市) 謝辞  論文の執筆に際し、多くのご指導とご助言を賜りました筑波技術大学障害者高等教育研究支援センターの大杉豊先生に心より厚くお礼申し上げます。日本での手話言語教育を科学的に研究していくという私の道標となってくださいました。本当にありがとうございました。  そして、これまで論文指導をしていただきました筑波技術大学の佐藤正幸先生、白澤麻弓先生、中島幸則先生、また、データの分析にあたり、指導をしていただきました大人のための統計教室「和」の松村貴裕先生に心よりお礼を申し上げます。先生方のおかげで、研究を実現可能な形にすることが出来ました。  本論文の調査にご協力いただきました皆様にも心よりお礼を申し上げます。特に、都道府県の聴覚障害者団体への質問紙調査にあたってサポートいただきました一般財団法人全日本ろうあ連盟の皆様、手話奉仕員養成講座基礎課程修了予定者を対象にした質問紙調査にあたってサポートいただきました茨城県内の市町村聴覚障害者協会および手話奉仕員養成講座講師団の皆様、手話言語のプロソディ学習の検討にご協力いただきました聴覚障害者や手話通訳者、手話学習者の皆様、手話言語のプロソディに関して有益な助言を与えてくださった元千葉大学大学院自然科学研究科の市川熹先生に心よりお礼申し上げます。  大杉研究室の小林洋子先生を始め、先輩、同期、後輩、研修生、職員の皆様、職場である全国農業協同組合連合会の皆様、そして家族の皆様のご支援および激励に、この場を借りて深く感謝申し上げます。  本研究を通して、長年におけるろうあ運動や手話言語指導の現場に携わっている聴覚障害者をはじめ手話言語通訳者や事務関係者の方々の情熱を改めて認識し尊敬の念を抱くとともに、本研究の成果が手話言語学習の現場や手話言語研究を含む手話言語教育研究への小さな一助になれますことを切に願っております。 引用文献・参考文献 1 一般福祉法人 聴力障害者情報文化センター (2017). 「第 28 回手話通訳技能認定試験 試験結果 (PDF)」. 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