ハンドグリップ運動が末梢血管内皮機能に及ぼす影響について 平成30年度 筑波技術大学大学院修士課程技術科学研究科保健科学専攻 西田叡人 目次 要旨 1 第1章序論 4 1-1背景 5 1-1-1血管内皮機能の増悪因子の疫学 5 1-1-2慢性腎臓病の疫学 7 1-1-3血管内皮機能と動脈硬化の進展 9 1-1-4種々の運動による血管内皮機能の変化 14 1-1-5ハンドグリップ運動と血管内皮機能との関連 16 1-1-6筋力増強と血管内皮機能の関連 17 1-1-7血管内皮機能と炎症性サイトカインの関係性 19 1-2本研究の仮説 21 1-3本研究の目的 21 第2章方法 22 2-1研究対象者 23 2-2倫理 24 2-3検定項目 25 2-4プロトコル 34 2-5統計処理 35 2-6予備検討 36 第3章本検討の結果 39 3-1筋力の変化 40 3-2動脈硬化測定 43 3-3炎症性サイトカイン 45 3-4血清脂質代謝 49 3-5血管内皮機能検査 51 第4章考察 54 第5章結論 59 謝辞 62 文献 63 図表の説明 71 要旨 わが国では、心血管疾患リスクや脳血管疾患罹患リスクが高まる生活習慣病罹患者数は急増している。そのような患者の特徴としては、初期における血管内皮機能低下が認められる。また、国内で1330万人の患者数といわれる慢性腎臓病(chronic Kidney Disease:以下CKD)においても、腎臓内血管の血行動態異常、糸球体硬化病変などに血管内皮細胞障害による動脈硬化性血管病変が関与する。したがって、CKDと心血管疾患との“心腎連関”の関係において、共通する病態としての血管内皮機能障害がある。血管内皮機能障害は、心腎連関における重要な疾患進展因子であり、かつ、運動療法におけるリスクでもある。一方、健常者や血管内皮機能障害患者の血管内皮機能の改善に、運動療法が有効であることが報告されている。このことは、健常者の骨格筋活動は血管内皮機能改善に好影響を与えることを示している。しかしながら、効果的な運動の部位や強度、障害の程度などは確立されていない。その上、CKD患者は保存期では、蛋白尿増悪予防のため安静を強いられる期間が多く、透析導入後においても他疾患と比較し、運動機会は限られている。 そこで本研究では、CKDの中でも運動リスクが高い血液透析(hemodialysis:以下HD)患者でも、上肢だけで実施できるハンドグリップ(handgrip:以下HG)運動は有害事象なく実施可能で、血管内皮機能を改善しうるという仮説を立て、運動強度別に血管内皮機能および身体機能に及ぼす影響を比較検討することとした。 対象者は、3ヶ月以上維持透析を安定して施行されているHD群(平均年齢61.9±2.3歳、透析歴92±13カ月の7名)および対照群を健常群(平均年齢29.8±1.9歳の8名)とし、低強度(最大握力の40%)、中強度(最大握力の60%)、高強度(最大握力の80%)でそれぞれ2週間(1セット2分、1日2回、週5回)実施した。 HG運動による有害事象は認められず、全例で検討期間の運動が施行可能であった。施行期間内で筋力の有意な変動はみられなかった。反応性充血指数(reactive hyperemia index:RHI)により測定された血管内皮機能では運動前は健常群と透析群で2群間の有意差は認められなかったが、両群とも運動前と比較し低強度運動では、RHIが上昇傾向を示した。HD群では、中強度運動では、低強度運動前より改善傾向にあったが、高強度でむしろ増悪傾向にあった。更に本検討では、HD群においてtumor necrosi sfactor-α(以下TNF-α)が、安静時と比べ各運動期間後で有意な低下が認められた。 今回の結果から、RHIの有意な変化は認められなかったが、炎症の指標であるTNF-α減少が各強度で認められことで、HG運動が抗炎症性に有効に作用することが示された。HDに対するHG運動は安全に実施可能で、低強度からの運動が炎症性サイトカイン減少に有効に作用することから推奨されることが示唆された。 本研究の限界は、対象者が少なくHD患者の原疾患別の検討がなされていないこと、RHI測定機器であるエンドパッド2000の感度が低い可能性があること、介入期間が短く、介入後の長期の変化を捉えられていないことがあるので、今後さらなる検討が望まれる。 第1章序論 1-1背景 1-1-1血管内皮機能の増悪因子の疫学 心疾患、脳血管障害、がんは我が国の主要な死因であり、生活習慣病といわれ近年増加している(図1)。生活習慣病の代表格として、高血圧症、高脂血症、糖尿病などが挙げられ、慢性腎臓病(chronic Kidney Disease:以下CKD)の悪化因子でもある。これらの患者において、酸化ストレス、慢性炎症、脂質の蓄積などが単独にあるいは相互作用しながら血管内皮機能障害を惹起し、動脈硬化発症の引き金となり、動脈硬化の進展から心筋梗塞、脳卒中などの血管合併症に至る。 わが国の心血管疾患患者は死因の第2位を占め、増加傾向にある[1]。厚生労働省が3年ごとに実施している「患者調査」の平成26年調査によると、高血圧性疾患の総患者数は1010万8000人(人口10万対7994人)に及んでいる。メタボリックシンドロームは多くの生活習慣病の前段階であり、内臓脂肪型肥満を背景として糖脂質代謝障害や血圧上昇が並行して進展し、動脈硬化症を中心に糖尿病、高血圧症、非アルコール性脂肪肝炎(nonalcoholic steatohepatitis:NASH)などの生活習慣病を発症し[2]、合併症罹患率の増加につながっていく。 図1.生活習慣病患者数の推移 1-1-2慢性腎不全の疫学 近年、高齢化社会を迎え、様々な疾病の影響を受けて腎臓機能が低下するCKD患者が1330万人になり、日本人の8人に1人がCKDで新たな国民病ともいわれている。CKDの末期段階である透析患者数も年々増加し、2017年末には全国で32万人に達する。これは国民の約386人に1人の割合となっている。また、年間2万5千人がCKDにより死亡し、血液透析(hemodialysis:以下HD)患者は毎年8千人程度増加している。 HD導入の原疾患は、糖尿病性腎症が最も多く、次に慢性糸球体腎炎、腎硬化症、多発性嚢胞腎と続く。 図2.2015年末の慢性透析患者数 出典:日本透析医学会「図説わが国の慢性透析療法の現況2015年12月31日現在」 CKDは比較的早期から心血管疾患を合併する危険が高いことが明らかとなってきた。たとえば、2004年KeithらのeGFR<90ml/min/1.73平方メートルの3万人を対象とした報告において、透析導入されるよりも、心血管合併症(cardiovascular disease:以下CVD)により死亡するリスクが高いとしている。40歳以上の集団を12年間観察した本邦の久山町研究では、CKDを有する男性は冠動脈疾患の発症リスクが2.26、女性では1.6、脳血管リスクはCKDを有する男性は1.91、女性では1.91であった。したがって、これらの患者の血管内皮機能増悪を伴う、血管リモデリング防止と再発防止のリハビリテーションが重要である[3,4]。 一方、多くの動物実験モデルにおいて、運動が血管内皮機能を改善させることが報告されている[5]。ヒトにおいても、Sealsらのメタ解析において、歩行などの低強度の有酸素運動を実施することで、血管内皮機能が改善するとされる[6]。しかしながら、HD患者は週3回、1回4~5時間にわたる透析を生涯受け続けなければならないため、運動機会が少なく、血管内皮障害の悪循環に陥りやすい。その上、従来は治療の一環として、安静が指導されてきたこともあり、HD患者に適した運動の種類や、強度の検討についての報告は少ない[7]。 1-1-3血管内皮機能と動脈硬化の進展  動脈は内膜、中膜、外膜の三層から構成される(図3)。血管内皮細胞はエンドセリンや一酸化窒素(NO)などの血管作動物質を放出し、血管壁の収縮・弛緩の調節に関わっている[8]。血管内皮機能は、高血圧や糖尿病、脂質異常症などの様々な血管内皮機能の増悪因子により機能が低下することが知られており、血管内皮機能の低下は動脈硬化に進展し、合併症リスクを高める[9](図4)。  これらの血管内皮機能異常を惹起する様々なメカニズムのうち最も重要なのは、NOの生物学的活性の低下(NO自体の産生低下もしくはNOの不活性化あるいは両者が同時に存在する)によるものである[9]。NO産生低下の機序としては、アゴニストに対する受容体の異常、受容体結合後の情報伝達系の異常、シェアストレスの異常、内皮型NO合成酵素(endothelial nitric oxide synthase:eNOS)のアンカップリングなどが考えられる。また、NO産生低下以外の機序としては活性酸素(NO-Reactive Oxygen Species:以下NO-ROS)平衡が重要である。高血圧、糖尿病、高脂血症あるいは喫煙、加齢、肥満といった血管内皮機能の増悪因子では、いずれも酸化ストレスにあることが確認されている。最近、活性酸素の産生増加によるNOの不活性化が血管内皮機能異常の機序の一つとして注目されている。活性酸素の一つスーパーオキシドはNOと非常に高い結合親和性を有しており、NOの不活性化に寄与する。さらに、産生されたスーパーオキシドはNOと結合することにより非常に強い細胞毒性を有するハイパーオキシナイトライトに変換される。これにより、血管壁細胞の直接の障害、さらに血管内皮細胞や血管平滑筋細胞でのNOの生物学的活性の低下を生じる。酸化ストレス状態はNOの産生低下とNOの不活性化により血管内皮機能障害に働き、これにより動脈硬化を進展させる悪循環を形成する(図5)。血管構造自体の変化が、二次的に血管内皮機能障害に関与することも考えられる。心血管疾患と酸化ストレスの存在は悪循環を形成し、動脈硬化の維持・進展につながる[4,10]。これらのことから、血管内皮機能の障害が進行したCKD患者においても、心血管リスク減少のために血管内皮機能を改善させることは肝要である。薬物療法としては、アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(angiotensin II receptor blocker:ARB)やアンギオテンシン変換酵素阻害薬(angiotensin converting enzyme inhibitor:ACE)阻害薬、カルシウム拮抗薬、スタチンなどの薬物により、改善可能であることが知られている[11]。 図3.動脈の構成 図4.血管内皮機能障害と動脈硬化の進展 図5.動脈硬化形成のメカニズム MCP-1:monocyte chemoattractant protein-1(単球走化性因子)[12] スカベンジャー受容体:変性リポタンパク質の受容体でコレステロールやリポタンパク質代謝に関わり、変性リポタンパク質を結合して細胞に内在化する機能を持つ[13]。 したがって、早期に血管内皮機能の状態を知ることにより動脈硬化の予防、進展防止に役立つ他、スタチンなどの薬物療法や有酸素運動介入により、いち早く改善がみられ可逆的であることも、血管内皮機能の重要な特徴の1つとされる[11]。 たとえば、高血圧患者を血管内皮機能の重症度により3群に分けて、予後を7年間追跡した報告では血管内皮機能の障害高度群は低度群に比べ、イベント発生率が3倍以上であった[2]。冠動脈疾患患者や閉塞性動脈硬化症患者においても、血管内皮機能は心血管イベント発生リスクであることが報告されている[14]。Matsuzawaらのメタ解析では、血管内皮機能がCVDの独立した予測因子であるとされる[15]。血管内皮障害は、CVDの発症・進展に関与するばかりでなくアルブミン尿や腎障害進展の危険因子であること、CKDの進行に伴い内皮障害の重症度も増すことが知られており、心腎連関症候群(cardio-renal syndrome:CRS)で中心的な役割を果たしていると考えられている。かつCKDでは、eNOS阻害物質であるasymmetric dimethylarginine(ADMA)が生体内に蓄積し、その上昇が血管内皮機能障害を介して、CVDやCKDの進展に関与することが明らかにされ、CRSを介在する重要な因子として注目されてきている[16]。 血管内皮機能検査の測定方法は幾つかあるが、簡便な方法として、指尖に装着したプローブから指尖動脈の容積変動を測定し数値化するRH—PAT法がある(後述)[16]。これは片側の上腕動脈を一定時間駆血したのち解放したりすることによる血流増大がもたらすずり応力により血管内皮から放出される、NOやプロスタサイクリンなどの血管拡張物質による血流変動を反映するとされる[11]。 1-1-4種々の運動による血管内皮機能の変化 先行研究では、動脈硬化疾患に対する適切な運動処方は高血圧患者に限らず心血管病の発症予防、死亡率の低下に関与することを示している。したがって、これらの患者の血管リモデリング防止と再発防止のための、運動療法や食事療法を集約した、包括的リハビリテーションは重要である[6,7]。 運動強度別では、高強度の下肢の運動では血管内皮機能の改善は認められているものの、同時に酸化ストレス亢進及び心臓交感神経過緊張が示されている[4,5]ため、低強度から中強度までの運動強度で週3日以上行うことが血管内皮機能改善に有効とされる。運動の種類では、歩行や自転車運動などの定期的な有酸素運動によって、糖尿病患者・慢性心不全・冠動脈疾患患者の血管内皮機能を改善させることが報告されている(表1)。しかしながら、HD患者は週3回、1回4~5時間にわたる透析を生涯受け続けなければならないため、運動機会が少なく、血管内皮障害に容易に陥りやすい。加えて、HD患者に適した運動の種類や、運動強度の検討についての報告は少なく[7]、さらなるエビデンスの蓄積が必要である。 表1.血管内皮機能の先行研究 1-1-5HG運動と血管内皮機能との関連 運動は血管内皮細胞機能の改善を通じ生体に影響を与えるが、一方で高血圧疾患や呼吸系疾患を有する患者では、運動そのものの実施に過剰な努力を要するため、運動の継続が難しい。しかし、ハンドグリップ(handgrip:以下HG)運動は、下肢の有酸素運動と比較すると場所や高額な機材を必要とせず(表2)、有疾患患者における運動手段として注目されている。 Allenらは、HG運動により血管内皮機能改善が得られるまでの介入期間は最短で1週間から2週間と報告しているが[19]、至適な運動強度や運動部位及び介入期間については依然不明な点も多い。また有疾患患者での効果、至適な運動強度や運動部位、及び介入期間については解明すべき点も多い。 表2.HG運動と下肢運動の比較 1-1-6筋力増強と血管内皮機能の関連 筋力増強の条件は運動の強度、運動の持続時間、運動の頻度がある。Hettingerの研究(表3)によれば、筋力維持には最大筋力の20~30%以上の負荷、筋力増強には最大筋力の40~50%以上の負荷が必要とされる。さらに、筋収縮持続時間の範囲も提示されている。 表3.等尺性筋力強化における強度と時間[20] 表3の運動を1ヵ月以上継続することによって、筋力増強がもたらされる[19]。このように適切な条件下で継続されれば、発揮される最大筋力は経時的に増加され、訓練開始から約4週間以内の初期にみられる最大筋力の増加は運動単位数の増加、発火頻度の増加・同期化、拮抗筋の抑制、運動プログラムの改善などが関与し[21]、結果として単位断面積あたりの筋力が増加する。その後のさらなる運動の継続により筋肥大がもたらされる。 筋力増強と血管内皮機能との関連では、筋力増強に先行して血管内皮機能改善がもたらされるため、2週間程度と運動期間が短い場合には、筋力増強を伴わない場合が多い[22]。 運動強度別の検討では、低強度の運動は血管内皮機能を生理学的に改善させるという報告が多数あり、低強度とレジスタンス運動(高強度)の混合運動は血管内皮機能の改善に有効だが、高強度の運動は筋肥大などを生じさせるも血管内皮機能の改善は認められなかったとされている[23,24]。 1-1-7血管内皮機能と炎症性サイトカインの関係性 炎症はtumor necrosis factor-α(以下TNF-α)を含む炎症誘発サイトカインに続発する。TNF-αは主にNAD(P)Hオキシターゼ活性化を介してROSを刺激し、その結果、血管内皮細胞のNO産生を低下させ[25]、動脈硬化に進展させる。TNF-αはインスリン抵抗性との関係で詳細に研究されており、筋肉などの標的臓器でインスリン受容体のシグナル伝達を抑制し、インスリン抵抗性を惹起する。また、TNF-αは炎症のみならずアポトーシスも誘導する。また、TNF-αの作用機序は他のサイトカインより上位に位置しており、脂肪組織から分泌されるInterleukin-6(IL-6)の約半分の産生に関与するなど重要な意義を持つ[26]。脂肪細胞から分泌されるIL-6は脂肪組織から分泌されるIL-6の僅か10%程度と考えられている。血中IL-6は食事中の炭水化物や脂質量に関連して増加し[27][28]、生活習慣や種々の環境因子から大きく影響を受ける[29]。 一方で、運動によるIL-6、ミオカインの生成や、筋力増加の過程での細胞内の炎症も、炎症性サイトカインを惹起する[27]。このIL-6には炎症細胞による産生と骨格筋の収縮による分泌があり、前者は炎症作用を、後者は抗炎症作用をもつが血中での両者の判別は不能である。このようにTNF-αとIL-6の血中レベルやその変動は明らかに異なる[26]。透析患者は慢性炎症症候群の状態と低栄養の状態に陥りやすく、運動は血管内皮機能改善を通じ、病態改善に有効であると考えられる。 1-2本研究の仮説 低強度の有酸素運動を実施することで、血管内皮機能が改善するとされる[6]が、HD患者は長時間の透析を生涯受け続ける影響で運動機会が少なく、血管内皮障害に容易に陥りやすい。一方、HG運動は場所を選ばず、簡便に実施可能である。 そこで本研究の仮説として、運動リスクが高いHD患者でも、HG運動は健常群患者と変わらずに有害事象なく実施可能で、下肢の運動と同等に、低強度の運動で血管内皮機能を改善しうるという仮説を立案した。 1-3本研究の目的 本研究では、HDと健常群で、HG運動の運動強度の差異が、血管内皮機能に及ぼす影響について、身体機能と各種の検査値から比較検討することとした。 エンドポイントは以下のとおりである。 主エンドポイント:血管内皮機能 副次エンドポイント:血清脂質、TNF-α、IL-6、筋力、動脈硬化測定 第2章 方法 2-1研究対象者 本検討の対象は末期腎不全のため、3ヶ月以上維持透析を安定して施行されているHD患者(HD群:n=7、平均年齢61.9±2.3歳、透析歴92±13カ月)とし、対照群として健常者(n=8、平均年齢29.8±1.9歳)を健常群として実施した(表4)。 HD患者は前腕内シャントをブラッドアクセスとして用い、3ヶ月以上安定して血流が確保(透析器への脱血側血流速度が200~300mL/min以上[30])されている患者とした。HD群患者の原疾患はIgA腎症4名、糖尿病性腎症が3名であった。除外基準は、不安定狭心症、肺高血圧症、急性心筋梗塞、安静時SpO₂<90%以下の低下、著しい認知機能の低下、その他医師が医学的根拠から本試験に参加することが適当でないと判断する患者とした。 表4.研究対象者の年齢・性別 2-2倫理 本研究は、筑波技術大学研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号H29-10)。全ての被験者には、任意性と同意撤回の自由、利益・不利益、研究結果の公表、個人情報の保護について、文章と口頭による説明を行い、以下の事項について同意を得た後に実験を実施した。 1.途中で同意を撤回しても不利益は生じないよう配慮される。 2.研究対象者の秘密は守られ、名前や個人を鑑別する情報は非公表とする。 3.研究で得られた情報は、筑波技術大学大学院を通じて、関連学会へ投稿される。 4.この研究に関わる関係者、この研究を審査する委員会担当者が対象研究対象者の個人記録等を閲覧する場合があるが、この場合であってもプライバシーは保護される。 2-3検定項目 本研究の測定項目として、血管内皮機能、動脈硬化測定、握力、下肢筋力、動脈硬化測定、各種生化学検査を実施した。 握力測定は、握力計(T.K.K5401、竹井株式会社製、新潟市)を用いて実施し、立位もしくは座位で測定を行い、左右上肢で2回ずつ測定し、最大握力を採用した。運動強度の設定は、最大値を介入前最大握力の80%を高強度、60%を中強度、40%を低強度とし、各介入期間のグリップ運動を実施した[31,32]。 下肢筋力測定では、下肢筋力計(アイソフォースGT-620運動能力測定モニタ、オージー技研株式会社、岡山市)を使用して測定を実施し、研究対象者には端座位で膝関節90度の姿位から膝関節を伸展し、大腿四頭筋力を2回測定し、その中で最大測定値を採用した[33]。 測定では、センサーパットを下腿前面、足関節直上に固定し、下腿後面の支柱と下腿遠位部をベルトで連結した。次いで、ベルトの長さを下腿が下垂位になるように調節した。測定中はセンサーパットのずれを防止するため検者が前方でパットを固定した。また、体幹は垂直位を保つように指示し、両上肢はベッド端につかせた。この時、練習は行わず、約5秒間の最大努力による膝関節伸展を実施した。 動脈硬化測定 動脈硬化測定では、測定施設が保持している機器が異なるため、健常群は動脈硬化測定器(VS-1500A、フクダ電子株式会社、東京)で測定し、HD群はBP-203PRE(オムロンコーリン社、東京)を使用し、それぞれの測定機器を用い背臥位でCAVIまたはbaPWV測定を実施した。測定原理としては、血圧測定のカフを腕と足首に巻いて、心臓から足首までの距離を測り、心臓と足首での脈波の時間差から、脈波速度を割り出してコンピューターが血圧を加味して数値を計測する。計測では脈波速度が大きいほど心筋梗塞や脳梗塞のリスクが高くなり、動脈硬化を発症しているという報告がある。次にABIは足関節収縮期血圧/上腕収縮期血圧であり、ABIは、閉塞性動脈硬化症(ASO)を診断する指標として一般的に用いられており、その評価基準はAHA(米国心臓学会)で定められている。 図6-1 測定の一例 図6-2 VS-1500A 図6-3 BP-203PRE 血液生化学検査 各種生化学検査では、本学東西医学統合医療センター・その他にて採血を行い、研究対象者より採血で得られた血液試料中のHDL-C、LDL-C、TNF-α、IL-6は、SRL株式会社に委託して測定した。測定方法としては、TNF-αはELISA(Enzyme-Linked immunosorbent assay)法1)、IL-6は(Enzyme-Linked immunosorbent assay)法1)、HDL-C・LDL-Cは通常のSRL株式会社での標準的検査法を用い、実施した。 1)ELISA(Enzyme-Linked immunosorbent assay)法: 酵素免疫測定法とよばれ、固相化した抗体に対して抗原を反応させた後、酵素標識した抗体を抗原に2次反応させ、酵素活性を測定する方法である。 血管内皮機能測定法:FMDとRHI 血管内皮機能の測定にはいくつかの方法があるが、臨床では非観血的な手法が主として用いられる。このうちFlow Mediated Dilation(FMD、図7)は血流依存性血管拡張反応検査と呼ばれる。超音波を用いて血管拡張率を計測し、動脈硬化の早期進行リスクを評価する。ガイドラインとしてはJournal of the American College of Cardiology(以下JACC)により2002年に欧米の研究者を中心に発表されている。近年、血管内皮による抗動脈硬化作用の重要性が問われるなか、各学会においてFMD検査の有用性に関する数多くの報告があり、2005年以降様々なガイドラインにも記載されている[34]。FMD検査は、動脈硬化検査項目として病院だけでなく、検診や企業など多くの施設でも取り入れられはじめ、心血管疾患の予防に効果を発揮している[34]。測定方法はカフで上腕を加圧解除後の血流増大によるずり応力により、血管拡張物質であるNOが血管内皮より放出されることによる血管の拡張率を、超音波での動脈径測定により数値化する。しかし、超音波検査には熟練した臨床検査技師の技術力が求められる。 エンドパット2000(イタマー株式会社製、イスラエル、医療機器承認番号22500BZI00008000)(図8)は、上記の欠点を克服しより簡便に血管内皮細胞障害を評価できる手段として近年開発された[35]。これは上腕の血管止血後の血管拡張反応を指尖脈波によって測定する装置である(表5)。具体的には、測定時にプローブを両側の指に装着し、駆血していない側の腕をコトロールとして用いる。これにより、交感神経の影響をキャンセルすることができ、かつ再現性も高く、高度な技術も要しないため簡易的に行える[35]。 図7.FMD 図8.エンドパッド2000 表5.FMDとエンドパット2000 エンドパット2000 エンドパット2000は、指尖脈波の容積変化を検知するRH-PAT法により動脈の血管拡張能を安全かつ非侵襲的に検査できる医療機器である。RH-PAT法は、左右の指各1本に指尖細動脈血管床の容積脈波を検出する専用プローブを装着し、両側の5分間の5分間の安静時測定(ベースライン)から脈波基礎情報をとり、その後利き腕ではない腕の上腕にカフを巻き、5分間片腕を駆血した後の再灌流刺激に反応する容積脈波の経時的増加から、動脈の拡張機能を測定する検査法である。 基礎安静状態での指尖容積脈波に対する駆血再灌流後の容積脈波の増加を対照側の増加率で除することにより、交感神経系の影響を少なくし、血管内皮由来一酸化窒素(NO)に代表される血管拡張因子による血管拡張機能を算出する[34]。 測定された血管内皮機能はRHIとして算出され、駆血側の駆血後の値を駆血前の値で割った数値をコントロール側の駆血後の値を駆血前の値で割った数値で更に割ることで算出される。 図9.エンドパット2000測定画面 駆血された腕は、血流が遮断され虚血状態となる。その後、駆血解放し、血流が再開するとNOや内皮細胞由来過分極因子(endothelium-derived hyperpolarizing factor:EDHF)等の血管拡張をもたらす物質が血管内皮細胞より分泌される。この一連の反応を付属ソフトウェアにより両指尖より取得されデータを元に、駆血前および駆血解放後の比率、補正されたベースライン値、非駆血腕での非血管内皮機能由来の血管拡張反応から、血管内皮機能を自動算出する。測定条件として空腹時に背臥位で、各期間後に計4回の計測を全ての対象者で統一して行った。HD患者の測定では、血行動態が安定している状態である、HD後に実施した。 測定原理は、両手指尖に密着する柔軟な膜と硬い外殻とのあいだの空気圧を電圧に変換して容積脈波として表示することである。膜と外殻のあいだの空気圧は指尖動脈血管床の体積変化を反映し、体積変化はトーン(圧)としての脈波変化へと変換される[34]。 表6.RHIスコア基準値3) RHIスコア ~1.67 血管内皮機能障害との関連が示唆 1.67~2.0 ボーダーライン 2.0~ 正常 3)「血管機能の非侵襲的評価法に関するガイドラインGuidelines for non-invasive vascular function test(JCS2013)」[34] 2-4プロトコル 先行研究[36]に従い、最大握力の測定後、低強度(最大握力の40%)での運動、中強度(最大握力の60%)での運動、高強度(最大握力の80%)での等尺性筋強化運動をそれぞれ実施した。運動は右手でHG運動を2分実施したのち、1分間休憩した。続いて左手でHG運動を2分実施したのち、1分間休憩といった運動を1日1回2セット、週5回、2週間実施した。1日あたりの運動時間は10分程度であった。最大握力測定後及び各運動後は2週間の安静期間を設定した(表7)。 具体的には、最初の介入期間の測定後に2週間の観察期間をおき、最大強度の40%の負荷量でHGを用いた上肢運動を2週間実施し、休止期間を2週間挟み、続いて最大強HG度の60%の負荷量でHGを用いた上肢運動を2週間実施し、再度休止期間を2週間挟み、最大握力の80%の負荷量でHGを用いた上肢運動を2週間実施した。評価は各期間前後にそれぞれ実施した。 表7.介入期間の流れ 2-5統計処理 統計ソフトはStat Cel4(オーエムエス出版)を使用し、全ての値は平均値±標準誤差で表記した。運動前と各強度別の各検査値を正規性と等分散を確認後補正した後に、(repeated-analysis of variance:以下repeated-ANOVA)を使用し、介入前後と各群間の差を比較検討した。有意差が生じた事象については、事後検定(Tukey-Kramer's test)を実施した。なお、HD患者における欠損値(2回)については、単回帰分析により予測値を採用した。 2-6予備検討 本検討実施前に、安全性と実行性および血管内皮機能に測定の実効性を評価することを目的とし、健常者2名で以下の検討をした。 1:上肢運動と下肢運動の差異 2:運動直後(即時効果)と運動2週間後(長期維持効果)における変化 予備検討の結果 2週間のHG運動の測定と下肢の運動直後の測定は、別の日時に測定を実施しcarrying-over effectの影響を及ぼさないようにした。 予備検討の結果から、各強度ともHG運動は安全にデータ収集ができ、実施可能であることが確認できた。 図10.HG運動(短期効果) 図11.下肢運動(歩行速度を変えてのウォーキング・長期効果) 図12.血管内皮機能長期効果 図13. 血管内皮機能即時効果 第3章 本検討の結果 第3章 結果 研究対象者15名(HD群7名、健常群8名)である。脱落者は0であったが、1名のみエンドパッドの機器としての測定限界のため、データを採用できなかった者を除外した。 3-1筋力の変化 HG運動の実施による最大握力・最大下肢筋力の変化を図14、15に示す。 握力測定の結果は、介入前のHD群と健常群に2群間の有意差(F=91.04、P=0.001)が認められたが、強度別による群間差への影響は認められなかった。強度別の変化では、健常群で40.5±0.6kg(介入前)→40.8±0.7kg(低強度)→41.8±0.8kg(中強度)→40.7±0.8kg(高強度)で、HD群では25.1±0.6kg(介入前)→26.2±0.9kg(低強度)→25.5±0.8kg(中強度)→25.6±10kg(高強度)であった。また、介入後のHD群と健常群との間にはそれぞれ変化は認められなかった。 下肢筋力の結果は、介入前のHD群と健常群に2群間の有意な差(F=80.81,P=0.001)が認められたが、強度別による群間差への影響は認められなかった。強度別の変化では、健常群で46.3±1.8kgf(介入前)→52.0±1.9kgf(低強度)→47.9±2.5kgf(中強度)→50.0±2.5kgf(高強度)、HD群では15.4±0.9kgf(介入前)→18.1±0.8kgf(低強度)→15.5±0.6kgf(中強度)→15.0±0.7kgf(高強度)であった。また、介入後のHD群と健常群との間にはそれぞれ変化は認められなかった。 図14.最大握力計測 図15.最大下肢筋力 3-2動脈硬化測定 HG運動の実施による動脈硬化測定の変化を図16、17に示す。本検査では、施設内保有機材の関係で、健常群はVS-1500A(フクダ電子株式会社製)を用いてCAVI・ABIを測定実施し、HD群はBP-203PRE(オムロンコーリン社製)を用いてbaPWVを測定実施した。 健常群のCAVIの測定結果は、強度別の変化では、右側で6.3(介入前)→6.7(低強度)→6.4(中強度)→6.3(高強度)、左側では6.3(介入前)→6.9(低強度)→6.6(中強度)→6.2(高強度)で、強度別でのCAVIの変化は認められなかった。 baPWVの結果は、HD群では、HG運動による影響は認められなかった。右側で1895.9㎝/sec(介入前)→1764.4㎝/sec(低強度)、左側で1740.9㎝/sec(介入前)→1477.1㎝/sec(低強度)で、低強度のHG運動によるbaPWVの変化は認められなかった。 図16.CAVI(健常群) 図17.baPWV(HD群) 3-3炎症性サイトカイン HG運動の実施によるTNF-α・IL-6の変化を図18、19に示す。他研究でのHD、健常群のTNF-α値、IL-6値を本研究の対象者と比較するため表示する。先行研究においても、HD群ではTNF-αとIL-6の計測値は健常群と比較し高値であることが伺える。 本研究でのTNF-αの結果は、介入前のHD群と健常群に2群間の群間差(P=0.003)、各介入期間(F=20.54、P=0.001)で2群間の有意差が認められた。具体的な強度別の変化では、HD群で11.9±1.9pg/dL(介入前)→3.0±0.2pg/dL(低強度)→2.8±0.2pg/dL(中強度)→2.6±0.0pg/dL(高強度)であった。また、介入後のHD群と健常群との間に低強度、中強度、高強度にそれぞれ有意差が認められた(F=3.78,P=0.017)。 本研究でのIL-6の結果も、介入前のHD群と健常群に2群間の有意差(F=23.90,P=0.001)が認められたが、強度別による群間差への影響は認められなかった(群間差は続いた)。具体的な強度別の変化では、健常群で1.2±0.1pg/dL(介入前)→1.3±0.1pg/dL(低強度)→1.3±0.1pg/dL(中強度)→10±0.1pg/dL(高強度)で、HD群では7.5±1.2pg/dL(介入前)→12.1±2.0pg/dL(低強度)→10.3±1.9pg/dL(中強度)→12.1±2.6pg/dL(高強度)であった。また、介入による変化は、HD群・健常群とも変化は認められなかった。 表8.TNF-α平均値・信頼区間 表9.IL-6の平均値・信頼区間 図18.高感度TNF-α 図19.IL-6 3-4血清脂質代謝 HG運動の実施による血清脂質に与えた変化を図21、22に示す。 LDLコレステロール(以下LDL-C)の結果は、介入前のHD群と健常群に2群間の有意差(F=4.89、P=0.032)が認められたが、強度別による群間差への影響は認められなかった(群間差は同様に続いた)。強度別の変化では、健常群で102.3±2.6mg/dL(介入前)→106.5±2.7mg/dL(低強度)→99.6±3.4mg/dL(中強度)→106.4±2.9mg/dL(高強度)で、HD群では87.2±7.0mg/dL(介入前)→93.2±7.8mg/dL(低強度)→79.0±5.8mg/dL(中強度)→80.3±5.7mg/dL(高強度)。両群とも介入によるLDL-Cの有意な変化は認められなかった。 LDL-C/HDL-Cの結果は、介入前での2群間の有意な差、強度別による群間差への影響は認められなかった。強度別の変化では、健常群で1.9±0.1(介入前)→1.9±0.1(低強度)→1.8±0.1(中強度)→1.9±0.1(高強度)、HD群では2.1±0.2(介入前)→2.2±0.2(低強度)→2.1±0.1(中強度)→2.1±0.1(高強度)であった。また、介入によってもHD群・健常群とも、それぞれ変化は認められなかった。 図20.LDL-C 図21.LDL-C/HDL-C 3-5血管内皮機能検査 HG運動の実施によるRHIの変化を図22に示す。 介入前で2群間の有意な差、強度別による群間差への影響は認められなかったが、中強度にて2群間の有意差(F=1.60,P=0.211)が認められた。強度別の変化では、健常群で1.6±0.1(介入前)→1.7±0.0(低強度)→1.4±0.0(中強度)→1.7±0.1(高強度)で、HD群では1.6±0.0(介入前)→1.8±0.0(低強度)→1.9±0.1(中強度)→1.5±0.1(高強度)であった。また、介入によってもHD群・健常群とも変化は見られなかった。 図22.RHI 第4章 考察 HD患者に対する強度別のHG運動による血管内皮機能に与える影響の比較についての報告はこれまでなかった。本研究はHG運動がHD患者に対して安全で効果的に実施でき、血管内皮機能の増悪防止を示した最初の研究である。健常群と比較して、HD群では血管内皮機能に関与するTNF-αが、低強度の運動から低下を示していたため、全ての強度の運動がHD患者においてTNF-αの減少に効果的であることをうかがわせる。 また、健常群とHD群に血管内皮機能を反映する、RHIの介入前の群間差は認められなかったが、健常群とHD群では強度別の影響が、異なる可能性があった。両群ともに低強度運動後にRHI増加傾向が見られた。健常群では中強度で平均値が低下し、高強度で平均値が上昇を認めた。他方、HD群では中強度まで増加し、高強度のHG運動で低下傾向を認めた。これらの結果から、RHIの変化はTNF-αの変化と連動しており、本研究においても先行研究[38]における、血管内皮機能とTNF-αの関係を支持するものであった。 CKDでは、糖尿病、高血圧、脂質異常症などの血管内皮機能増悪因子が作用すること、および慢性炎症状態となり、酸化ストレスが亢進して血管内皮機能が低下し、血管内皮機能低下と共に腎機能が低下する。末期腎不全に至ると、腎機能が全廃し、透析や腎移植が必要となる。一般的な臨床症状では、徐々に腎機能が低下するとともに動脈硬化が進展し、脳血管障害に進行する。主な臨床症状として、身体に水分が貯留することによる浮腫や高血圧、更に悪化することで肺への水分貯留による呼吸障害や、老廃物の蓄積による吐気や食欲不振などの尿毒症、ホルモン分泌低下による貧血の進行によるめまいやふらつき、手足の痺れといった神経症状を生じることもある[39]。そのうえ、CKDは筋減弱症や運動耐容能低下などを伴うため、日常生活動作やQOLの低下につながることが報告されている[40]。 現在のところ、CKDは進行性であり、その進展防止のため、薬物療法や食事療法を主軸とした集学的治療の一環として、運動療法の必要性があげられている。従来では、保存期CKDには治療および教育指導において、尿蛋白増悪防止のため安静を強いてきたが、最近では安静にはむしろエビデンスが乏しく、可能な範囲での運動が推奨されている。 具体的には、20~60分/日、3~5日/週の有酸素運動が推奨されているが、この推奨に関する理論的な根拠は十分ではない[40]。HD患者においては、1日4~5時間、週2~3回を生涯にわたってHD治療を受けるため、運動機会は限られている。そのため、監視下での運動が最も推奨されるが、HD中の運動療法も有効であるとされている[41]。Badrovらの8週間の低強度のHG運動での変化では、下肢運動と同等に血管内皮機能が2~6%改善し、収縮期血圧・拡張期血圧も低下したと報告している[42]。Shenoudaら[43]は、下肢の6週間にわたる最大運動強度の70%の中強度運動によって、上腕の血管内皮機能が改善したと報告しており、下肢の運動でも全身の血管内皮機能に影響を及ぼすと報告している。しかし、この運動負荷設定の理論的根拠は示されず、強度別の検討の記載もされていない。本研究ではHettingerらの[20]最大運動強度から各運動強度を表す報告に準じ、低強度(最大強度の40%)、中強度(最大筋力の60%)、高強度(最大筋力の80%)で、2週間の各運動の効果を検討した結果、血管内皮機能は健常群・HD群の両群でいずれも介入前から低強度にかけて値の増加傾向が認められた。健常群では中強度で平均値の減少傾向、高強度で増加傾向が認められたがHD群では中強度まで増加傾向を示し、高強度で減少傾向が認められ、中強度では2群間に有意な差が認められた。今回の結果では、上下肢の筋力に変化がみとめられず、各強度間での有意な差は認められなかった。筋力増強のために必要な介入期間があり、一般的には適切な2週間以上で運動単位の増加による筋力増強が[19]、それ以降も継続することにより2~3ヶ月で筋肥大がもたらされる。本研究では設定した運動期間が2週間と短く、各強度間に2週間の安静期間を挟んでいたため、今回の結果では先行研究と同様、筋力に変化が認められなかったと考えられる[44]。 また、今回の結果では動脈硬化指標であるCAVIなどにも変化を与えなかった。先行研究では、動脈硬化の改善には1日30分以上の有酸素運動が効果的とされており[45]、今回はHG運動を1日約10分間・計2週間継続して実施し、各強度の間に2週間の安静期間を置いたことで、動脈硬化指標に与えるまでの影響ではなかったことが原因として考えられる。 また、LDLコレステロールやLDLコレステロール/HDLコレステロールに、全ての群に強度別の影響は認められなかった。先行研究では脂質代謝改善のためには、10~30分低強度から中強度の有酸素運動を、週3日以上、6-24週間継続することが有効であるとされ[46]、今回は介入期間が2週間であるため、血清脂質代謝の変化まで影響を及ぼさなかったものと考えられる。 今回の結果では、炎症の指標となるTNF-αは介入前に比べ、低強度、中強度、高強度後のそれぞれの期間後で有意な減少(健常群:0.89±0.24→0.84±0.19、HD群:11.92±9.65→2.63±0.22)が認められたが、IL-6では強度別の変化は認められなかった。Pedersenらの報告[47]によると、TNF-αは、アテローム性動脈硬化症および心不全の病因に関与し、IL-6の顕著な増加は、運動によって誘発され、TNF-αの阻害およびIL-6の刺激によって直接抗炎症効果を発揮する。一方、筋肉由来IL-6は、直接的な抗炎症効果を有し、耐糖能を改善するための機構として役立つ。その上、長期運動の間接的な抗炎症効果は、体組成の改善を介して媒介するとされている。今回の結果も、IL-6が炎症と抗炎症機序からの産生のため全体数値は変化がない、という先行研究を支持するものであり、各強度でTNF-αが減少し、HG運動により血液検査による抗炎症効果が明確に認められたことで、HG運動が抗炎症性に有効に作用することが示された。RHIの結果から、HD患者に対しては、中強度以下の運動が推奨されることが示唆された。 HD患者は慢性炎症症候群の状態と低栄養の状態から、血管内皮機能低下に陥りやすいが[48]、中強度以下の運動でその値を改善させる可能性があり、TNF-α減少が各強度で認められたことで、HG運動が抗炎症性にも有効に作用することが示された。これによりHDに対するHG運動は安全に実施可能で、筋収縮に由来するミオカインがTNF-αを減少させ、炎症性サイトカイン減少に有効に作用することが推測され、炎症因子の改善は動脈硬化進展予防を通じて、病態の改善およびCVDリスク軽減に有効であることが示唆された。 第5章 結論 HD患者は慢性炎症症候群の病態にあり、炎症因子が健常者と比較して高値で、合併症罹患率および死亡率が高いため、運動療法の安全性と有効性については確立されていなかった。しかしながら、本研究では、各運動強度の介入では有害事象発生はなく安全に実施可能であった。先行研究[13][46]では、歩行などの有酸素運動で血管内皮機能が改善すると報告されているが、上肢の運動での血管内皮機能に及ぼす影響は不明であった。一方で、定期的な運動習慣によって炎症因子が改善することが報告されている。筋力や身体機能に与える影響では2週間の短期間では筋肥大や筋力増強には及ぼさないとされていたが、今回の実験の結果もそれらと同様の結果であった。本研究では2週間の短期間で、血管内皮機能の有意な変化は認められなかったが、各強度で炎症の指標となるTNF-α減少が明確に認められた。このことから、HG運動は抗炎症性に有効に作用すること、および中強度以下のHG運動が血管内機能悪化に関与するものではないと考えられる。よって、HG運動は場所を取らずに安全に実施可能で、慢性炎症状態であるHD患者に対して抗炎症作用を有することから、HD患者に対してHG運動が推奨されることが示唆された。 しかしながら、今回使用したエンドパッド2000は測定感度が低い可能性も考えられ、今回の検査法では血管内皮機能の状態と変化を、完全に把握するには至らなかった。 したがって本研究の限界は、対象者が少なく透析患者の原疾患別の検討がなされておらず、どのようなHD患者に効果があるのかが不明であり、介入期間が短く、介入後の長期の変化を捉えられていないこと、筋の収縮様式や運動部位の比較をしていないことである。またエンドパッドには血管内皮機能の測定機器としての限界があり、上腕動脈での「血流依存性血管拡張反応」であるFlow-Mediated Dilatation検査との比較検討など、今後さらなる検討が望まれる。 謝辞 本研究を行うにあたり、多くの方々のご支援を頂きました。 研究指導を頂きました筑波技術大学大学院技術科学研究科教授平山暁先生、准教授三浦美佐先生には、本研究の実施および修士論文の執筆にあたり、終始暖かい激励と御指導、御鞭撻を頂きました。心より厚く御礼申し上げます。 また、筑波技術大学大学院技術科学研究科教授松下昌之助先生には、主査として、教授木下裕光先生には、副査として御指導ならびに御鞭撻を頂き心より厚くお礼申し上げます。 研究遂行にあたり、日頃より有益なご助言を頂いた、筑波技術大学保健科学部理学療法学専攻の諸先生方、並びに附属東西医療センター所属の先生方には、大変お世話になりました。心より感謝申し上げます。 さらに、平山病院で研究のご協力と御指導を頂きました、平山陽先生には、大変お世話になりました。感謝申し上げます。その他、研究を進めるにあたり、貴重な御意見を頂きました、多くの先生方に心より感謝申し上げます。 また、研究対象者として本実験に協力して頂いた患者の皆様と本学学生の皆様に心より感謝申し上げます。最後に、大学院へ通うことを理解し、支えてくれた家族に心より感謝致します。 文献 1.厚生労働省.人口動態統計月報年計(概数)の概況.厚生労働省,36-41.2015. 2.Safar ME, Thomas F,Blacher J, Nzietchueng R, Bureau JM, Pannier B, et al. 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J Strength Cond Res. 52-55,2018. 図表の説明 図1.生活習慣病患者の推移 心疾患、脳血管障害、がんは我が国の主要な三大死因である。平成26年のデータからは、高血圧で1011万人、高脂血症で206万人、糖尿病(インスリン非依存型)で1667万人の患者が確認されている。1996年と比較すると高血圧で1.3倍、高脂血症で2.1倍、糖尿病で2.9倍増加している。 図2.2015年末の慢性透析患者数 2015年12月末現在で日本の慢性透析患者数は32万4966人で、1979年と比較すると約10倍増加している。透析に至らないCKDは1330万人で、その予備軍はさらに多い。 図3.動脈の構成 動脈は内膜、中膜、外膜の三層から構成され、血管壁の収縮・弛緩の調節に関わっている。血管内皮は血管の内側に存在し、その一層の細胞である血管内皮細胞はNOなどの血管作動物質を放出し、血管中膜内の平滑筋の収縮(血管収縮物質エンドセリン)・拡張(血管拡張物質NO)の調節、血小板の粘着、凝集を抑制し、血液が血管に凝固するのを防ぎ血管の保護に関わっている[8]。 図4.血管内皮機能障害と動脈硬化の進展 動脈硬化の進展で血管内皮が障害されると、血管内皮が本来有している動脈硬化と抗動脈硬化のバランスが崩れ血管構造の破綻につながる[49]。高血圧、高脂血症、糖尿病、肥満、運動不足、喫煙、塩分の過剰摂取、閉経などの病態・因子が血管内皮に障害を起こし、進行すればCVDを引き起こすと考えられる。出典:動脈硬化の進展を知るFMD検査FMD検査の意義(http://www.fmd-kensa.jp/index.html) 図5.動脈硬化形成のメカニズム MCP-1:monocyte chemoattractant protein-1(単球走化性因子)の略。単球の走化性因子として発見された。単球に対する作用は走化性の亢進、ライソゾーム酵素や活性酸素の放出亢進、抗腫瘍活性の増強、IL-1・IL-6の産生誘導など、単球活性化因子としての役割も明らかになっている。単球以外では、好塩基球による化学伝達物質の遊離促進、T細胞走化性活性がある。MCP-1の産生・分泌は、生体のさまざまな細胞に認められ、単球・マクロファージ、線維芽細胞あるいは血管内皮細胞が代表的である[12]。 スカベンジャー受容体:変性リポタンパク質の受容体でコレステロールやリポタンパク質代謝に関わる。当初、活性化したマクロファージで同定され、変性リポタンパク質を結合して細胞に内在化する機能を持つ[13]。 泡沫細胞:アテローム性動脈硬化症に見られる脂肪蓄積マクロファージである。これらは、プラーク形成またはアテローム性動脈硬化症の兆候であり、これは一般に心臓発作および脳卒中のリスク増加に関連する[50]。 図6-1 測定の一例 図6-2 VS-1500A 図6-3 BP-203PRE 図6-1:動脈硬化測定の一例。図6-2:フクダ電子株式会社製動脈硬化測定器。図6-3:オムロンコーリン社製動脈硬化測定器。 動脈硬化測定原理は、血圧測定のカフを腕と足首に巻き、心臓-足首までの距離を測定し、心臓と足首での脈波の時間差から、脈波速度を算出してコンピューターが血圧を加味して数値を計測する。脈波速度が大きいほど心筋梗塞や脳梗塞のリスクが高くなり、動脈硬化を発症しているという報告がある。 ABIは足関節収縮期血圧/上腕収縮期血圧であり、閉塞性動脈硬化症(ASO)の診断指標として一般的に用いられており、評価基準はAHA(米国心臓学会)で定められている。 出典:NIHONKOHDEN血圧脈波検査装置BP-203RPEⅢ(https://www.nihonkohden.co.jp/iryo/products/physio/10_artery/bp203rpe3.html) 図7.FMD Flow Mediated Dilation(FMD:ユネクスUNEXEF38G)測定機器。測定はカフで上腕を加圧後の血流増大により生じるずり応力により、血管拡張物質(NO)が血管内皮から放出されることによる血管の拡張率を、超音波での動脈径測定により数値化するが、超音波検査には熟練した臨床検査技師の技術力が求められ、経時的に同一部位を同定困難とされる。 出典:医療法人財団明理会新松戸中央総合病院FMD検査装置(http://www.ims.gr.jp/shinmatsudo/hospital/facilities/fmd.html) 図8.エンドパッド2000 エンドパット2000(イタマー株式会社製、イスラエル、医療機器承認番号22500BZI00008000)は、FMDより簡便に血管内皮細胞障害を評価でき、測定時にプローブを両側の指に装着し、駆血していない側の腕をコトロールとして用いる。これにより、交感神経の影響をキャンセルすることができ、再現性も高く、高度な技術も要せず簡易的に行える[35]。 出典:NIHONKOHDENエンドパッド2000、血管機能の非侵襲的評価法に関するガイドライ(https://www.nihonkohden.co.jp/iryo/artery/endopat.html) 図9.エンドパット2000測定画面 エンドパッド2000の測定原理は、両手指尖に密着するプローブの柔軟な膜と硬い外殻との間の空気圧を電圧に変換して容積脈波として表示することである。膜と外殻のあいだの空気圧は指尖動脈血管床の体積変化を反映し、体積変化はトーンと(圧)しての脈波変化へと変換される[34]。 図10.HG運動 図11.下肢運動 図12.血管内皮機能長期効果 図13.血管内皮機能即時効果 図10・11・12・13は健常者2名での比較検討を示す。比較検討では各強度とも安全に実施可能であった。その他プログラムの遂行を妨げる事象は認められなく、各強度とも安全に実施可能であった。 図11は、低強度を4km/h、中強度を6km/h、高強度を8km/hで実施した。 図14.最大握力計測 最大握力では、健常群とHDにおいて群間差が認められたが、各介入期間ごとの変化は見られなかった。 図15.最大下肢筋力 最大下肢筋力では両群共に群間差が認められたが、強度別では変化は認められなかった[51]。 図16.baPWV(HD群のみ実施) 図17.CAVI(健常群のみ実施) 健常群患者のCAVI、HD患者のbaPWV共に、両群、各強度別の変化は認められなかった。 図18.高感度TNF-α 図19.IL-6 図18では血管内皮機能に直接関与するTNF-αは介入前と各期間後との間で有意に減少(健常群:0.89±0.24から0.84±0.19、HD群:11.92±9.65から2.63±0.22)したが、図19ではIL-6では両群、強度別の全てのパラメーターにおいてIL-6の変化は認められなかった。 図20.LDL-C LDL-Cでは、健常群とHDにおいて群間差が認められ、低強度・高強度で平均値の増加が認められたが、各介入期間ごとの変化は見られなかった。 図21.LDL-C/HDL-C LDL-C/HDL-Cでは、健常群とHDにおいて低強度・高強度で平均値の増加が認められたが、群間差および各介入期間ごとの変化は見られなかった。 図22.RHI 両群ともに低強度運動後に増加傾向があり、健常群では中強度で平均値が低下傾向を示し、高強度で平均値が増加傾向を示したがHDでは中強度まで増加傾向を示し、高強度で低下傾向を示した。 表1.血管内皮機能の先行研究 運動強度別では、低強度から中強度までの運動強度で週3日以上行うことが血管内皮機能改善に有効とされる。種類別では、歩行や自転車運動などの定期的な有酸素運動によって、糖尿病患者・慢性心不全・冠動脈疾患患者の血管内皮機能を改善 させることが報告されている。 表2.HG運動と下肢運動の比較 高血圧疾患や呼吸系疾患を有する患者では、運動の実施に要する過剰な負担から、運動の継続が難しいが、HG運動は、下肢の有酸素運動と比較すると高額な機材や実施場所を必要とせず、有疾患患者における運動手段として注目されている。 表3.等尺性筋力強化における強度と時間 筋力増強の条件は運動の強度、運動の持続時間、運動の頻度があり、Hettingerの研究によれば、筋力維持には最大筋力の20~30%以上の負荷、筋力増強には最大筋力の40~50%以上の負荷が必要とされ、筋収縮持続時間の範囲も提示されている。 表4.研究対象者の年齢・性別 本検討の対象は末期腎不全のため3ヶ月以上維持透析を安定して施行されているHD患者6名(平均年齢61.9歳、BMI24.6%、透析歴92カ月、糖尿病率42%)、対照群として健常者8名(平均年齢29.8歳、BMI21.9%の8名を健常群)で実施した。 表5.FMDとエンドパット2000 エンドパット2000は効果判定までの期間が約2週間とFMDおよびCAVI/ABIよりも比較的短期間で判定が可能で、操作法に関してもFMDは技師の技術力に依存するのに対し、エンドパッドおよびCAVI/ABIは比較的簡便に実施可能である。 表6.RHIスコア RHI(reactivehyperemiaindex:反応性充血指数)スコアは、研究対象者データを元にした正規分布の表の中に示されている。正常値は2.0以上、ボーダーラインが1.67~2.0、1.67未満で血管内皮機能障害との関連が示唆される。 表7.介入期間の流れ 運動の流れとして、最初の測定後に観察期間2週間を挟み、最大強度の40%の負荷量でHGを用いた上肢の有酸素運動またはレジスタンストレーニングを2週間実施、休止期間を2週間挟み最大強度の60%の負荷量で同様の上肢運動を2週間実施し、再度休止期間を2週間挟み、最大握力の80%の負荷量で上肢運動を2週間実施する。 表8.TNF-α平均値・信頼区間 Dungeyらの先行研究では健常群は平均値:1.0(0.96)(信頼区間0.4–1.8)、HD:3.2(2.7–4.6)であるのに対し、本研究初期値では健常群:0.9(信頼区間0.7–1.1)、HD:11.9(11.3–12.6)であり、全体的に差が見られなかったが、本研究のHDは先行研究と比べやや高値であった[37]。 表9.IL-6の平均値・信頼区間 Dungeyらの先行研究では健常群は平均値:0.8(信頼区間0.4–1.8)、HD:3.2(2.7–4.6)であるのに対し、本研究初期値では健常群:1.2(信頼区間0.5–1.8)、HD:7.5(信頼区間1.3–13.6)であり、平均値および信頼区間は両群共に全体的に本研究が高値であった[37]。